273.ここで乱数調整します
狒々 Lv.60
属性:風
状態:汚染
一人や二人で露払いできてしまう獣系を除くと、今回のパーティでの初戦闘。猿系の魔物である《狒々》が三頭だ。
まずはメロさんがバフをかける。彼女は持っている唯装の性質的に魔術バフが強いから、対象は私とルプストだ。
つまりバフのかからない物理職、アルさんとジルさんは陽動メインとなる。ジルさんの方はそれだけというわけではないんだけど、特にアルさんは本当に陽動役が本職になってきているね。
「《ダブル・マジックブースト+》」
「《サモン・ナイト》!」
「……っとと、火力高いよコイツ! カバー頼むよ、二人とも!」
「任せて」
「《ダブル・ラージヒール》〜!」
フリューが正面の一頭を受け止めて、アルさんが左から3メートルほどオーバーラップ。しっかり引きつけるように横から攻撃を入れて、二頭目を縫い止める。残る三頭目は横に回っていたジルさんが射掛けて、不意打ちを受けたことで完全に横を向いた。
フリューのナイトとアルさんを見るに敵はかなり高火力だけど、バフを終えていたメロさんの回復が充分に間に合う。……いや、これは相当だね。しっかりレベル有利をとってこれとなると、狒々はレベルの割に攻撃力はかなり高い。
その裏から私はフリューのナイトに隠れるようにすり抜けて、一頭目を無視してナイトの隣で振りかぶる。狙いは、アルさんが受け持っている横向きの二頭目。敵の火力が高いなら、こちらも攻めて短期決戦としよう。
〈短い〉
〈届かんぞそこからじゃ〉
〈詠唱してなくね?〉
〈お嬢何して〉
まあ見ていて。
私の剣は、伸びるから。
「《エクステンドピアース》」
「うおお!?」
「なにそれ!」
「もしかして〜、それが《魔剣術》ですか〜?」
「《トリプル・マグマランス》……凄いの覚えたわねえ?」
コメント欄の反応からもわかる通り、普通ならまず攻撃が届かない位置だ。パーティメンバーはアイリウスの性質を利用して剣を投げるとでも思っていたのか、攻撃を当てること自体は疑っていなかったように見えるけど。
そんな意識にも入っていない油断があるからこそ、しっかり当ててやるとクリティカルになる。それを狙うのがこの《エクステンドピアース》、刀身から伸びる光の槍で繰り出す遠距離突き攻撃アーツだ。
直前にアルさんもいい攻撃を入れていたこともあって、かなりレベルの高い敵にもかかわらずバフとクリティカル込みで一撃だった。光の刀身が消えると同時にエフェクトが出て、残りのHPゲージが全て減少予定の赤に変化する。
少しだけ遅れて、ジルさんのクリティカルと合わせて高火力魔術を撃ち込んだルプストの方も合わせ技一本。……これアレだね、メロさんのバフ量が凄いんだね。
両横で仲間がやられて驚いたのか、残る一頭はナイトの大きな盾の前で一瞬動きが止まった。それが終わりの合図。
「《バックフロント》」
「あっクリティカル」
「あとは、適当に……っと」
「ルヴィアちゃん、どんどん手がつけられなくなってるな……」
真横に躍り出て一度は無視した分、本来なら敵の攻撃に《バックフロント》の出が間に合わないタイミングだ。そうなっていたらまた対応するつもりだったけど、生々しい硬直を起こしてくれたおかげで流れのまま倒すことができた。
一応それなりに強い敵という事になっているようだけど、これだけ思惑がハマれば瞬殺。これがトッププレイヤーの意地というものである。
「今の大猿の話と、新しいアーツの話。どっちからしましょうか」
「ここで選択肢あるのヤバいよな」
「なんかもう、ルヴィアは一生話のネタに困らないんだろうなって確信を得たよ」
〈大猿〉
〈アーツ〉
〈あの沸々みたいなの気になる〉
〈いいからそのアーツについて吐け〉
〈フリューちゃんに戦慄されたら終わりよ〉
〈今のアーツ何???〉
〈*ブラン(私用):かっけえ!!!〉
アーツの方がやや優勢。
というわけで歩きながら《エクステンドピアース》の話からすると、アレは今のところメロさんの予想通り《魔剣術》スキルの専用アーツだ。
「効果は名前と見ての通りですね。普通の剣の突きの構えから攻撃範囲がすごく伸びるので、うまく使えばかなり不意打ちクリティカルが取れます」
「初見殺しアーツですね〜」
「基本的に敵はみんなプレイヤー初見なPvEではめちゃくちゃ強いやつだね」
「MP消費はありますが、威力にも補正あり。難点はわずかとはいえ届くまでラグがあることと、至近距離の敵には何の意味もないことですね」
〈ほー〉
〈なんか魔剣っぽいことしてる〉
〈伸びる剣とかロマンじゃん〉
〈*ブラン(私用):俺もそれやりたいんだけど〉
〈ブランは事務所手続きに集中しろ〉
あとは、《魔剣術》スキル前提だからか最初から魔術属性だ。《バックフロント》のような《片手剣》にもあるアーツは《魔撃》を経由して魔術属性になっているから、少し処理が違う。私にとっては今のところ同じだけど、他の人が習得したりしたら変わってくるかも。
これのように、《カースドソード・スピリット》に進化してからの私はいろいろと新しいものを習得していたりもする。《魔剣術》や《ソードガード》の効果が特にそうだけど……このあたりは本当に私しか使わないから、これまでのようにまとめてアーツ紹介はしづらいのはご容赦願いたい。今みたいに、いざ使ってみて公開の方が盛り上がるし。
「次、今の魔物の話ですが……」
「《狒々》って、確か猿の妖怪だったよね」
「うん。よく知ってるね」
「ルヴィアの話についていきたくて、最近勉強してるの」
「皆さん、見てますか。この健気さのほうがフリューの正体です。こんなにいい子なんです。暴走天使なんて呼んでネタキャラ扱いしていた人はごめんなさいした方がいいですよ」
〈お、おう〉
〈フリューさんすみませんでした〉
〈フリューさんすみませんでした〉
「フリューさんすみませんでした」
「ちょっとアルさん?」
リスナーさんを巻き込んだ茶番はさておき、《狒々》は中国や日本に伝わる猿の妖怪だ。とても大きな猿の姿をしていて、長生きした猿が年老いて変化するといわれている。その背丈は一説によると、大きいもので3メートルほどになるとか。
山の中から訪れて、怪力で人を襲って食べ女性を攫う。風を起こして人を吹き飛ばしたり切り裂いたりするというカマイタチのような話もあったりするから、風属性になっているのはこのためかもしれないね。あとは、やたら火力が高いのは怪力からか。
「あとは、中国には狒々の血を飲むと鬼を見ることができるようになるとか」
「へえ……」
「ところでたった今、《狒々の血》がドロップしたんだけど」
「えっ」
「もしかして、鬼族の進化条件になったりする?」
「有り得るかな。珍しいことに、分類が《強化素材/生産素材》になってる」
「おお、複数用途〜……生産?」
「狒々の血には、色落ちしない緋色の染め物に使えるという話もあるから」
妖怪は恐ろしく見られていた分、対抗する人々を奮い立たせ強く生きさせるために“討伐できれば有用”だとされることが多いんだよね。恐怖へ立ち向かう勇気に見合うリターンがあるとされがちだ。
ただ、今回の場合は少し面倒かもしれないね。種族要素にかかわるかもしれないアイテムに実用性があるとなると、供給量や価格に影響が出てしまう。
とはいえ、この手のアイテムが進化にしか使われない場合は需要が少なすぎて逆に暴落しそうだ。進化の緊張感という意味ではいいのかも。
「でも、なんでここで狒々?」
「それは……」
「最近気づいたんだけどお、運営って時々急に頭悪くなるじゃない? でしょ?」
「それは確かに……いや待て」
「『日光といえば三猿だよね』、『猿の妖怪といえば狒々だ』、『じゃあ天陽に狒々を出そう!』の完璧な三段論法だと思う」
「「「…………」」」
こう、さ。それならちょっと無理にでも三猿そのものを出すとか、さ。あるんじゃないの?
と思っていた時期が私にもありました。私たちはこの後、まあまあの地獄を見ることになる。
区切りの都合上短め。
というわけでトップ勢は少しだけ暇になりました。相手は運営、他に意図がないはずもなく……?