271.今回お嬢なんもしとらん
翌日、10月19日土曜日。昼間はドラマの撮影があったから、今日も夜から。
……ログインしたら見慣れた光景だった。いや当たり前なんだけど、そうじゃない日があったから違和感があるね。
自分で思っていた以上に、《ザダクロ》の存在は私の感覚に染み付いたらしい。たった四日間だったのに。
今日はというと、そのザダクロのせいでずっと触れていなかった方に行こうと思う。
「皆さんこんばんは、ルヴィアです」
〈こんー〉
〈待ってた〉
〈来たねお嬢〉
〈見たことない場所だ〉
〈そこどこ?〉
ああ、見せたことなかったっけ。
「ここはギルドハウス二階の個室です。ギルドメンバーはログイン時にここからも入れるんですよ」
「ギルドみんなの家のようなものなの」
このゲームはログイン時の仕様がちょっと親切で、いくつかある候補から好きなところにログインすることができる。ギルドハウスがあったらその個室、ダンジョンを持っていたらマスタールーム、すごく関係の深い双界人がいたらそのひとの拠点、各転移門、そして前回ログアウト地点だね。
初期状態だと最後のふたつしかないけど、私の場合は全ての該当箇所がある。……みなまで言うな、三つ目は精霊界だ。
「待ち合わせがある時はそこに直接飛ぶことも多いんですけど、なければギルドハウスからですね。これまでは見せていませんでしたけど」
〈はえー〉
〈まあいつも始まってすぐゲストおったしな〉
〈ザダクロだとどうだったの?〉
「システムに『ザダクロの皆を悲しませられない!』って出てあの聖堂固定になります」
〈草〉
〈えぇ……〉
ちなみに、目的地への距離や待ち合わせを考えないならギルドハウスが一番いい。次いでマスタールームかな。
この二箇所は手持ちの整理になにかと便利だし、どうせ《転移》があるから移動は大きな問題にはならない。中でも特にギルドハウスが好ましい理由が、これ。
「リクライニングチェア、あるいはベッドですね。VRダイブは入った直後の姿勢がリアルでの姿勢と近いほど負担が減るので、これがあるギルドハウスが特にいいです」
「実際、ルヴィアはここから出てきた時のほうがちょっとだけパフォーマンスがいいの」
ともかく、そろそろ出ようか。あくまでログイン/アウト用のインスタンスエリアだから、この部屋はサーバー負荷軽減のために簡素な作りになっている。他に見せるものもないだろう。
というわけで外へ。ここはギルドハウスだから、当然階段を降りればギルドの広間だ。
「あ、ルヴィアさん」
「こんばんは〜」
「昼間は撮影です?」
「こんばんは。うん、十一月末あたりの放送分だよ」
基本的にここにたむろしているのは、コンテンツを終えたばかりで小休憩中の人か待ち合わせ中の人、またはトップ勢に話を聞きたい後進とその手助けがしたいトップ勢といったところだ。見分け方は簡単、私を見て固まっているのが後進で意に介していないのがトップ勢である。
「ん? ルヴィアちゃん、それは〜?」
「昨日もらってきた依頼だよ。エルジュちゃんが、宝石足りないって」
〈さっそくか〉
〈元気だなぁあの子〉
〈エルジュちゃんやっぱ推せる〉
今日ギルドハウスに来たのは、ただ個室を使いたかっただけが理由ではなかった。ギルド共有のクエストボードに用があったのだ。
いくつか同じものを貼った依頼の内容は、『細工用の宝石素材アイテムの納品』。エルジュちゃんは元々多くの加工依頼を抱えていたんだけど、昨日のカーバンクル進化で作業速度が急上昇。依頼を早く捌けるようになった……のはよかったんだけど、結果として素材が先に足りなくなったのだ。
貼ったそばから取っていった宝石をちょうど持っていたらしいプレイヤーを見送りつつ、声をかけてきたメロさんに説明を返す。
彼女、メロさんは《サークルプリズム》創設メンバーの一人で、巫術師とはいえ狐獣人という精霊と縁もゆかりもない種族でありながら掲示板の精霊スレに入り浸っている珍しいひとだ。文面でのフランクな調子と、実際に話した時のゆるふわ口調のあまりのギャップに初対面だとまず驚くこと間違いなし。
…………狐獣人の巫術師。
「ところでメロさん」
「なあに〜?」
「お宝石はお好きで?」
「……あんまり縁はないけど、好きだよ〜」
「じゃあこれ要る?」
「えっルヴィアさんそれ」
「昨日エルジュちゃんが持ってたのと同じものだよ」
〈えっもう?〉
〈あまりにも早い勧誘、俺でなきゃ見逃しちゃうね〉
〈メロちゃんがこのためにギルドハウスにいたまである〉
まであるというか、たぶんそう。メロさんって普段は口調に反して落ち着きはない方で、あまりギルドハウスに落ち着いてはいない人なんだよね。なのに今日に限ってすっかりくつろいでいた。
とはいえ、エルジュちゃんが即進化したのは普段からよく宝石に触れていたから。メロさんはすぐに進化とはならないだろうし、とりあえず持っておいても損はないだろう。いざ進化可能になったときに考えればいい。
「他にもいくつか置いておくから、興味あったら持っていって。なくなったらマナ様に言えば補充できるし」
「仲間増やしに余念がない……」
「必死だねマナ様も」
「トップ層の魔術師限りとなると候補にも限界があるし、焦りもするよ。前衛の精霊が増えれば話は別だけど」
とはいえ、人脈お化けのエルジュちゃんを引き入れた影響は計り知れない。四大ギルドのストレージに放り込まれた宝石も相まって、しばらくはマナ様もニコニコでいられるはずだ。
ところで。
「なんか今日は人多いね」
「えっ今さら!?」
「ルヴィアさんって自分の話を進める時はそれに集中しがちですよね……」
「いや、にしてもコレを無視するのスルースキルやばくないですか」
そうかもしれない。誰も話を止めてこないということは、大事なことでもないのだろうと判断してもいるし。
なんかね、特に主要メンバーの集結率が異常だ。これからここでレイドボス戦でもするのかというくらい集まっている。そして、ロビーで仲良くソファ周りに集って、わざわざカーペットとソファを動かして、パブリックビューイング会場を作っている。……えっと。
「それで、これは。見覚えある風景だけど……」
「《薄明と虹霓の地》ですね」
「配信者が挑戦してるの?」
「うーん、ちょっと違うというか……」
腕のいい配信者が攻略配信しているのなら喜ばしいけど、と思っていた私の想像はすぐに打ち砕かれた。フリューのあまりに重苦しい声色で、心底憎そうに。
「アレ、ルヴィアのアンチだよ。大した実力もないのに、『ここのボスを倒してルヴィアを負かす』とかイキってる」
「ダンジョンに入る前はあ、ちょっと地上波には流せないような暴言とか吐きまくってたわよお?」
「…………ああ、うん。突っ込んじゃいけないやつか」
〈理解が早い〉
〈アンチのやっかみかー〉
〈まあそういうのもあるよな〉
〈150万人以上のチャンネルにしては平和すぎるし〉
〈「勝つ」じゃなくて「負かす」なところにひねくれ方が出てるな〉
フリューが「大した実力もない」とまで言うような対象がうちの《薄明の影》に勝てるわけがないという直感はともかく、そもそもダンジョンボスを倒したところで私に勝ったことにはならないだろうとか、そんなに負かしたいなら私を直接《決闘》で倒せばいいのにとか、いろいろと思うところがないでもない。
……いや、それができないと無意識でわかっているからこうなっているんだろうけど。
「ひゃあ辛辣」
「こういうド辛辣な正論が容赦なく出てくるあたりが妹との違いよねえ? じゃない?」
「……それで、その配信を開いてここで何してるの皆」
「パブリックビューイング」
「高みの見物」
「負けイベ鑑賞」
「イキリアンチがボコボコにされるシーンを見て溜飲を下げる会」
「プギャー」
「NDK待機〜」
〈草〉
〈後ろに行くほど酷くて草〉
〈メロさん……?〉
〈これがトッププレイヤーたちの本性ですか〉
〈因果応報なんだよなあ〉
〈別にただ見てるだけだしな〉
〈なんなら義憤〉
〈お嬢のためにここまで怒ってくれる人がたくさんいるんやなって〉
〈“1500人目”を思い出すなぁ〉
〈1500人目くんですら経緯を考えるともうちょいマシだったぞ〉
君たち……。
さすがにこれを無視するわけにもいかないから、私も見ていくことになった。
私としては、影ちゃんに勝ってほしいのは当然としても、多少なりともいい戦いにはなってほしいかな。あまりの難易度のせいでなかなか攻略動画が出回らなくて、「単に無理ゲー」と称されてしまっている我がダンジョンのイメージ払拭になるかもしれないし。
ところが。
「…………」
「卑怯な奴ってとことん卑怯ですよね」
「本人じゃなくて影ちゃんを狙ってイキろうとする小物らしいけど……」
「自分たちはあの程度の魔物ですら消耗する実力ですっていう自己紹介?」
「こんなのダンジョン攻略じゃない!」
「ダンジョンが泣いてるよ!」
あろうことかアンチくんたち、禁断の全逃げ戦法を取っていた。それなりに貴重品である逃走補助アイテムの《フォッグウィードの煙》を大量に持ち込んで、アイテムの力で無理やり。確かに三十六計逃げるに如かずとはいうけど、逃げるにしても限度というものがある。
このゲームはランダムエンカウントのレトロRPGではないのだ。実際にそこにいるMobは逃げると追いかけるし、逃げ切れたとしても分布に影響が出る。具体的にはトレインのようになって後続に危険が及ぶ。だから基本的には、高レベル帯においては全逃げはタブー視されている。
他のプレイヤーのことなどそもそも考えていないのか、それとも攻略と呼べるかすら怪しい荒らし行為で嫌がらせをするところまで性根なのか……まあ、どっちでもいいけど。
「なんというか、面白くないですねこれ」
「る、ルヴィア、それだけは禁句……」
「エンタメ的に面白かったら全然よかったんですけど、この人たちといい勝負をしてもメリットないですね」
「まあ、確かに。むしろ『あんなのすらボコれない《薄明》』とか言われそう」
〈お嬢がどんどん冷めていく〉
〈炎上芸すら認められないとかあんまりだよ〉
〈シンプルにおもんないから仕方ない〉
〈エンターテインメントのかけらもないただのアンチだしな……〉
〈ここまで言っといて全く怒ってもないのこわい〉
いや、元々ただの私を嫌いな人でしかない彼らに期待する方が間違いなんだけどね。とはいえ、わざわざ配信でやっている以上はちゃんと面白く作るべきだと思うんだ。
案の定、向こうの配信のコメント欄は「つまんな」ばかり。もはや私への挑戦行為そのものすらろくに言及されていない。私が釣られたみたいにされたくないからあんまりキツいことは言いたくないのに、何かしら言及しようとするだけで危うくなってしまう。
「……あ、気づいた」
「まあ流れで同時視聴配信なんてしてればね」
「うわぁ、面白みのかけらもない啖呵ですねぇ」
「これ啖呵なの? うちの小学生のイトコとおんなじ怒り方なんだけど」
「配信者じゃない皆がエンタメを語るのも面白いといえば面白いけど、実際みんな配信慣れしてるから何も言えないな……」
誰かがコメント欄で教えたのか、それとも私のことをちゃんと見ていたのか、見られていることに気付いた様子で喚き立てる皆さん。……気付いているのかな、自分たちの配信はエンタメとして成立していないのに私の配信のネタにだけなっていること。
結局、そのまま何の面白みもなくボスエリアまで到達した。……このダンジョンは精霊界の扉を担っている、ああいう進み方でズルできないように後で調整しておかないと。
そしていざボス戦に入ったんだけど……。
「あ、影ちゃん怒った」
「あの子ルヴィアさんより情緒ありますね」
「なんてこと言うのスズランちゃん」
「影ちゃん、地味にルヴィアのこと大好きだもんねー」
やはりと言うべきか、道中を正攻法で突破すらできないようなパーティに後れを取る影ちゃんではなかった。開幕で私を貶されて怒った影ちゃんすら若干困惑しているくらい、手も足も出ずにコテンパンにされている。
それどころか配信越しに私が見ていると理解しているようで、合間合間に配信カメラに目を合わせたりアピールしたりしていた。かわいい。
……それはいいんだけど、こちらにいる観客たちはだんだん飽きてきた様子。ヘイトを向けるには物足りなかったのか、いつの間にか楽しみ方が変わってきていた。
「あ、あの動きルヴィアの」
「やっぱり再現できるんだ……」
「ちゃんとルヴィアのクローンなのねえ?」
「ああ、ダメダメ。その動きに素直に乗ったら……あー」
「だから誘いに乗っちゃダメ……ルヴィアさんはしっかり釣ってくるんですからぁ」
「正解は全部無視して突貫なのにな」
「それはアルさんの反応力があるからです」
「とりあえず出処の関節を撃てば止まるよ」
「ああ、そうだな」
「あんたらの自己基準は他の奴には適用できないんだよ!」
「…………みんな飽きて論評し始めちゃったの」
「アイリウスちゃん〜、こういうのを“指示厨”っていうんだよ〜」
「アイリウスちゃんに嘘教えるのやめてくださいよ」
……あの、私もう帰っていい?
ダメ? はい。ちゃんと影ちゃんの勇姿を見届けることにします。
こういうのもたまーにいます。でもだいたいプレイヤーがキレるまでもなくNPCが処理してくれます。自分たちの大切なリーダーを貶されたみんなより、自分のたったひとりの主人を貶された影ちゃんの方がよっぽどキレてます。本気で世界を憂う住民なめんなよってお話。
PKも遊び方のひとつだ、とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、それは他のゲームでの話。DCOは倫理ゲームってベータの頃から言われてますからね。




