270.アイリウスの感情ジェットコースター
「何かあったの、エルジュちゃん」
「……どこかにぶつけちゃったの?」
〈漫画みたいな押さえ方してる〉
〈痛そう〉
〈このゲーム痛覚ないぞ〉
〈ウサミミぷるぷるしとる〉
振り返ってみると、悲鳴の主であるエルジュちゃんは額を押さえてうずくまっていた。作業の合間に作業台にでも頭をぶつけてしまったのかもしれない。背を丸めてぷるぷる、こんな時でも可愛らしいのは獣人の特権だろうか。
それでも商売道具である宝石は手の中にあって、おでこに当ててまで落とさないようにしているのは見上げたプロ根性だ。私の視点からは大きなガーネットの側面だけが見える。
しばらくすると落ち着いたようで、エルジュちゃんは曖昧に笑いながらこちらを向いた。手をどかして、額に埋まるようについている赤い宝石を見せてくる。
…………うん?
「待って、エルジュちゃん。それ」
「その……お恥ずかしながら、たった今、進化しちゃったみたいです……」
「ふぉぉぉ!? カーバンクルなの!?」
「オメデとうゴザいマす、師匠!!」
「え、何!? なにごと!?」
「あっルナちゃんこんばんは、あとキャラ剥がれてるよ!」
つまり、こういうことか。
「エルジュちゃんは今、どれが誰だかわからないくらいたくさんの宝石の加工依頼を受けていて」
「なぜかその中に、マナ様のが混ざってて」
「マナさまの暴そ……んん、イタズ……げふんげふん、サプライズで、『資格のある獣人をカーバンクルに進化させる宝石』を紛れ込まされてたの?」
「そういうことみたい」
なんてこったい。
あまりの緊急事態にさしものエルジュちゃんも手を止めて、ちょうど駆けつけたルナちゃんを巻き込んで、まずは状況整理をすることになった。
とりあえず間違いないのは、エルジュちゃんが《カーバンクル》にエクストラ進化を果たしたこと。それと、進化に際して額に埋まった宝石を加工依頼で送ってきた犯人がマナ様だったことか。
マナ様がエルジュちゃんに加工依頼という時点でもう理解を放棄したいんだけど、そこは今回置いておこう。
「とりあえず、マナ様がついに他人の強制進化に乗り出したと」
「処すの? 処すの?」
「わあ、違う、違うよ! 私がね、マナ様の前で言っちゃったの。エクストラ進化したいなー、って」
〈アイリウスちゃん草〉
〈アイリウス様がこっちの世界みたいな反応しとる〉
〈あんたらの女王様だろ一応〉
〈お?〉
〈先に言ってたのか〉
〈お節介タイプ?〉
これで望んでもいないエルジュちゃんに進化を押し付けたのだったら、さすがにお仕置き案件なところだったけど。どうやらエクストラ進化そのものはエルジュちゃんが望んだものだったらしい。
「あのね、夜津さん、エクストラの子としか話してなかったでしょ?」
「……そうだね」
「初めて話した時はそうとわかってなかったけど、確かにそういうことになってるみたいだね」
「私、もっと友達がたくさんほしくて。夜津さんともお話してみたくて、もちろん進化の恩恵とかも含めて、できたらいいなーとは言ってたの」
……夜津さんか。確かに、彼女は「並外れた素質の証」としてエクストラ種族を特別視している節がある。元が人見知り気味で無口なのもあってか、本当に必要がない限りは現状エクストラとしか話していない。
なるほど、確かに彼女と友達になりたいならエクストラ進化は必須だ。他にも似たスタンスの人は現れるかもしれないし、そもそもエクストラ進化は癖こそあれど基本的に強い。自分に合ったエクストラ進化がしたい、というのは多くのプレイヤーの願いでもある。……「友達がもっと欲しい」を理由にするのはエルジュちゃんくらいだろうし、彼女はもう友達が何人いるか誰にも分からないくらいだけど。
「それに、私が宝石を好きなのは隠してもないでしょ? だから、宝石と一緒になれるカーバンクルにしてあげたい、って思ってくれたなら、それは嬉しいの。だから、マナ様は責めないであげて」
「……事情はわかった」
「マナ様、無罪なの」
「あのひと、いつも一見ギルティなところからギリギリ無罪になるね……」
まあ、そういうことなら。する側とさせる側の希望が一致したなら、外野が言うことはない。こんな不意打ちのような形でトラップを仕掛けたのはいただけないけど、素直におめでとうということでいいと思う。
それに、その、ね。実はエルジュちゃんとマナ様、前からちょっと似てるなとは思ってたの。どっちも友達がたくさん欲しい寂しがり屋で、健気な頑張り屋でもあるから。
とはいえ、さすがに聞きたいことが多い。ちょっと呼び出しておこうか。
ひとまず、進化の経緯はいいとして。
「次に気になるのは」
「カーバンクルの種族性質だよね。私も気になってる、何も知らないところからいきなりだったし。……ちょっとまってて、見てみる」
やっぱりグレーかな、マナ様。進化先の性質すら教えずに進化させてしまうのは、後戻りのできないエクストラ進化においては本当はダメな行為だ。
とりあえず予想がつくこととしては、おそらく《カーバンクル》は……。
「とりあえず、精霊の亜種になったみたい」
「そうだよね。マナ様が精霊と無関係にやるわけないし、そんな力もないだろうし」
「この世界のカーバンクルは精霊……」
〈精霊なのか〉
〈カーバンクルってそもそもなんなん〉
〈ドラゴンじゃないのか?〉
〈召喚獣のイメージしかない〉
そもそもカーバンクルという存在は元の定義がとても曖昧で、詳しいことは何もわかっていないんだよね。パラグアイで見つかったとされるUMAで、『燃える石炭のごとく輝く鏡』を頭に乗せた小さな動物とされているだけだ。後世の伝承では額に宝石を持つ哺乳類の小動物ということになっているけど、その性質は幅広い。
だから創作では好きに扱いやすい存在でもあって、たとえば某パズルゲームでは謎生物になったし、某RPGではキツネやウサギのような召喚獣ということになった。DCOでは獣人からエクストラ進化する精霊亜種になっていたようだ。
「あとは……ステータスはINT-DEX系だね。マジックアイテム作りやすくなったかも」
「生産向けなの?」
「うーん、どっちも?」
命拾いしたね、マナ様。これでもし生産に不向きな種族だったら、アイリウスが今後一週間は口利いてなかったよ。この子今そういう顔してる。
しかもエルジュちゃんは元々DEX極振りに近い自由値をしていて、魔術系の能力がどうしても必要な宝石加工に難儀していたところらしい。おそらくマナ様もそれを見越して仕込んだのだろう。
「それと、固有っぽいのがあるね。《宝石獣》……えっと、宝石の声が聞こえる?」
「……また、凄いのが出てきた」
「エクストラ進化ってそういうものだからね。それにしても曖昧な説明だけど」
「試してみるね。…………ああ、ふんふん。宝石がどう扱われたいかイメージがわかるんだ」
「……ソレハ、ウラヤマシい能力デすネ……」
なるほど、そうきたか。どう扱われたいか、言い換えればその宝石の加工の仕方がわかるわけだ。しばらく熱中していたリオネッタちゃんが振り向くくらいには、確かに細工師御用達の能力かもしれない。
しかし、それで書き口が曖昧ということは、戦闘時には別の効果があるのかもね。そういうのはありうる。
「お待たせ、ルヴィアちゃん。あなたから呼んでくれるなんて、ご主人様嬉しいわ」
「うわ、ご主人様なんて自称し始めたの」
「仮にも精霊王が嬉々として呼び出されるのどうなんですか。あとエルジュちゃんに何か言うことは?」
「あ、無事に進化できたのね。おめでとう!」
「えっと、ありがとうございます……?」
「違うでしょ、ここ謝るとこです。エルジュちゃんに戸惑わせるなんて相当ですよ」
「うわぁ……」
そしてここで、呼びつけたマナ様が到着。全く悪びれる様子もなく、自分の仕込みの成功を無邪気に喜び始めた。
アイリウスは渋い顔で煙たがっている。最近気づいたけど、たぶんアイリウスはマナ様のこういうところが苦手だ。この子、最初に思いっきりヤンデレムーブをかましたのが嘘のように常識人だから。アレなんだったんだろうね、私の方から愛でているから満足してくれているのかな。もしかして私やリスナーにヤンデレって持て囃されていたから乗ってくれただけだったのかな。
ちなみにドン引きしているルナちゃんはまだいい方で、リオネッタちゃんあたりは声も出ていない。ごめんね、こういうひとなんだ。
「……ねえルヴィアさん、どうしてエルヴィーラさんの育てた子がこうなったの?」
「知らないけど……似た者同士だと思うよ。エルヴィーラさんも大概だし」
「エル様、未だにザダクロのことを黙ってた件の弁明がないの」
〈エルジュちゃんのここまで切実な声初めて聞いたな〉
〈この精霊王ほんま……〉
〈ん? エルジュちゃんエルヴィーラをまともだと思ってる?〉
〈*ユナ:あー、エルジュちゃんの知ってるエルヴィーラさんってルヴィアのために装備の手助けに来た印象だから〉
決して悪い人ではないんだけどね。マナ様やエルヴィーラさんの悪戯っ子ぶりを見ていると、やっぱり人間とは感覚が違うんだ、という事実を再確認させられるね。この世界の精霊は全体的に、サプライズや悪戯を好む傾向にある。
種族性質の話をしても仕方ないから、そこはエルジュちゃんに慣れてもらうしかない。とはいえ、
「マナ様、次からはちゃんと本人の了承を取ってからにしてください。いいですね?」
「えー。でも、こういうサプライズのほうが喜びも」
「い い で す ね」
「ひゃい」
「よろしい」
「お……恐ろしいものを見てしまったの」
〈ヒェッ〉
〈こわ〉
〈お嬢そんな顔できたんやな〉
〈ガチお叱りお嬢初めて見た〉
〈アイリウスちゃんまで引き戻されてる〉
私たちの正体が別の世界の人間で、この世界で通用する悪戯も許されるとは限らないことは改めて叩き込んでおかないとね。どうせ必要だったし、取り返しはつくザダクロの件と進化という一大イベントはわけが違うから。
でもアイリウス、さっきまであんなに怒っていたあなたにまで怯えられるのは心外だよ?
閑話休題。
「それでなんですけど」
「うん」
「カーバンクルという種族とその扱いについて、改めて教えてくれせんか?」
「ええ。……まず前提として、カーバンクルは厳密には精霊ではないわ」
「え? でも、確かに《精霊獣》って……」
戸惑うエルジュちゃんに向けて、マナ様は改めて説明してくれた。
曰く、カーバンクルは精霊界の特殊な宝石と共鳴した現世(久々に聞いたね、この単語)の獣人が変化したものである。それによって精霊の性質も得て、現世の存在でありながら精霊の性質を持つ亜種となった。
とはいえ、双界人のカーバンクルは少なくない割合が精霊界へ移り住んだそうだ。魔力生命体でもあり体質的には精霊と変わりないから、今となってはすっかり精霊として扱われていると。
「なるほど……」
「とはいえ、認識的にも扱い的にも、今は精霊ということで問題ないわ。等しく愛しい我が子ね」
「…………(あんまり嬉しくない、とは口が裂けても言えない微妙な顔)」
「つまり、ドリアードと似たような立場、と」
「ええ。……ルナちゃん、だったわよね。よかったらあなたもカーバンクルにならないかしら?」
「……前向きに検討、しておきます」
「あら、残念」
どうしよう、あんなに誰にでも気さくなエルジュちゃんが辟易しつつある。エルジュちゃんに避けられるなんて、ちょっと想像もできないくらいの大事だ。もしそうなったら、豆腐メンタルのマナ様は耐えられるのだろうか。
ルナちゃんも流れるように誘われたけど、こちらは即座に断られてしまった。んだけど、この返答を断りだと理解できる知識をマナ様はどこで身につけたの?
「それで性質だけど、精霊のように分身となるものを持ってはいないの。あくまで“精霊のようになった生き物”だから、性質がよく似ているだけね」
「なんか、精霊は生き物じゃないみたいな話しますね」
「あら、そう思うならルヴィアちゃんの鼓動を確認してみて?」
「……あれ、ない!?」
……ああ、うん。実はないんだよね。精霊は呼吸をしていないだけでなく、心臓も動いていない。そういう意味では確かに生き物ではないのかも。
そう思って確認してみると、エルジュちゃんは普通に呼吸していた。なるほど、そういう違いが……ちょっと待って。
「あれ、でもマナ様。さっき、カーバンクルも魔力生命体って」
「魔力生命体には違いないけど、体内での動きが少し違うのよ。精霊は形のない魔力が満ちているのに対して、カーバンクルは血の代わりに魔力が流れているの」
「あ、ほんとだ。よく見たら《魔力生命体β》って書いてある」
思った以上に深く作り込まれている。システム的にも差異があるようで、精霊は無視していた《窒息》のような一部の状態異常はカーバンクルは受けるらしい。
ちなみに《ドリアード》は精霊側。その違いはどうやら、種族の主となる存在に手ずから作り直されているかどうかだ。
〈なんか難しい話してる〉
〈考察が捗るぜ〉
〈もっとシロートにもわかる話が欲しいですせんせー〉
「……おおよそはわかりました。では、そもそものカーバンクルの進化条件は」
「あ、そうね! 他にもなりたい子がいるかもしれないものね!」
「わあ、急に精神年齢が10くらい下がったの」
「アイリウス、わりとマナ様に容赦ないよね……」
直接お世話になっているエルヴィーラさんへの態度はもう少し柔らかいんだけど、アイリウスからマナ様へはなかなかぞんざいだ。アイリウス自身は精霊そのものではないからかな。
そんなアイリウスの冷ややかな視線もどこ吹く風、マナ様によるとカーバンクルは「しばらく宝石系のアイテムに触り続けている獣人が、精霊界から用意した特定の宝石に触れながら進化を望んで額に当てること」で進化できるらしい。
……ちょっとストップ。
「エルジュちゃん、あなた……」
「えへへ……これマナ様からのだーって思い出して、カーバンクルになれたならこんな感じかなーって当てちゃいました……」
「…………完全に自己責任だったの」
そんな偶然にはなり得ない条件を満たしていたなら、もうマナ様に非はないね。うん。
やったね、カーくん!




