269.八個集めても何も起こりません
《バッジ》というのは、知る人ぞ知る装備品カテゴリである。
前々回のアップデートでひっそりと実装されたものの、その時点では運用方法が完全に不明。他の装備品のように完成品のドロップもなく、店売り品もなく、しかもプレイヤーにも作り方がわからないという徹底的な八方塞がりからスタートしていた。
そもそも実物が手に入らず、パッチノート以外に参照できる情報源がない。そんな謎だらけな装備品はほとんど知名度を得ることなく、半月以上にわたって忘れ去られていた。
動きがあったのはつい先日だ。トップ級の《細工師》がスキルレベルで《バッジ製作》を習得して、生産ギルドや掲示板を中心に少しだけ騒がれた。
……のだが、これがわけあってあまり間を置かず沈静化してしまった。
「その理由が、効果値が少なすぎること。既存の装備枠にとらわれないとはいえ、さすがに効果値が誤差レベルだったの」
「それもあって、せいぜいちょっとしたオシャレ装備、程度の認識になっているのが現状というわけですね」
〈めっちゃカメラ目線エルジュちゃん〉
〈ゲスト解説たすかる〉
〈配信者しかいないのかってくらいゲスト全員流暢な配信好きだよ〉
トップ生産ギルドである《メイカーズ工芸館》を訪れた私は、バッジ製作においても最大手であるトップ細工師のエルジュちゃんのもとへ来ていた。
バッジ作りを依頼しに来た、と私が告げた途端、コメント欄から細かい説明がまだだと見抜いたエルジュちゃんがわざわざ解説モードになってくれたところだ。いつもありがとうね。
「まあとはいえ、競合はないよりあった方がいいんだけど……かといってコレを高く売りたくないのも職人的にホンネというか」
「やっぱりあるんだ、そういうの。性能に見合った値段とか」
「そりゃもう。それに、いま細工師は忙しいから、バッジに割ける労力は限られるし。『ダンジョンリワードにしちゃえ』ってのは、私たち的にもありがたいくらいだよ。いま、細工師は、忙しいから!」
〈草〉
〈笑い事じゃないんだろうけど草〉
〈せやなぁ〉
〈ウッキウキでかわいい〉
〈宝石両手だと説得力あるなあ〉
……細工師は、というか、エルジュちゃんはね。というのも、《ザダクロ》の特産品が宝石だったのだ。これまでも細々はあったとはいえ、本格的な宝石の産出でエルジュちゃんは絶賛小躍り中である。
この子は以前から根っからの宝石好きで有名だから、彼女がこうなっていることはトッププレイヤーを中心に知れ渡っている。みんなそっとしておいて……はおらず、むしろ我先にと宝石を使った高品質アクセサリーを注文しているところだ。だから彼女は本当に忙しい。
「だからホントに申し訳ないんだけど、そのバッジ製作は」
「うん、大丈夫。さすがに今の納期は待ち切れないし、そっちに集中して」
「ありがと。……というわけで、リオネッタちゃん」
「ハイ! 頑張りマす!」
とはいえ、私は彼女以外の得意の細工師を知らない。これまで私が自分のもとへ来るよう誘導し続けていたエルジュちゃんもここで水の泡にする気はないようで、次善の策を出してきた。……弟子ならいいんだね。
リオネッタちゃんの出番だ。弟子入りから一月半、もはやトップ級に名を連ねるほどとなっているリオネッタちゃんだから、エルジュちゃんも安心して任せられるようだった。
バッジというアイテムについて、もう少しだけ詳しく話しておこうか。
「DCOにおけるバッジは、アクセサリー……つまり装備品の一種です。実装は前々回、つまり9月30日のアップデートですね」
「トはイえ、ソノ時点ではナンニもワカらナくて、ミンナワスレてマシた。ヤットミツカったのは……アっ」
「私がザダクロに入ってからですね。今日まで触れていなかったのはそのためです」
さっきはある細工師と言ったけど、エルジュちゃんだ。あれこれ試しているうちに偶然見つかったようで、条件達成型のエクストラアーツだったからスキルレベルでまだ後塵を拝しているリオネッタちゃんもすぐに習得できた。
ところが、ザダクロの攻略が進むにつれて宝石が少しずつ外に出始めて、第一発見者がすぐにそちらに夢中になってしまった。だからバッジ製作については、リオネッタちゃんが第一人者のようになっている。
「……キモチはワカるんデす。ワタシも、人形がツクれるヨウにナッたらアアナるデショうし……」
「クラフターのサガだね。そのくらいのこだわり派の方が、私たちも信頼しやすいし」
〈リオネッタちゃんまさにあんな感じのタイプだもんな〉
〈モノづくりは偏屈がちょうどいいってイメージそのままなのな〉
〈そういやどっかの歩く触手がなんか言ってたような……〉
装備品というからには装備枠というものがあるのだけど、詳しく判明するまではそれすらわかっていなかったのがバッジの面白いところだ。システムとして実装された時点で装備枠拡張があるから、普通は装備画面を見るだけで誰でも気づくものなんだけど……。
「ではなぜ誰も気付かなかったのか。……これですね」
「ソシて、ワタシのがコレデす」
〈あー……〉
〈こりゃわからんわ〉
〈隙を生じぬ2段構え〉
開いてみせたのは、ステータスの装備画面……からさらにひとつ踏み込んだ、服装備の詳細画面だ。ここをよく見ると、謎の装備枠らしき四角が並んでいる。
そして同じ画面でも、リオネッタちゃんのものだと「バッジ」として明文化されている。バッジはここに装備するのだ。
どういうことかというと、まずそもそもバッジはプレイヤーに直接ではなく服に装備する。運用上は特に変化があるわけではないけど、そういうことになっているのだ。
そして、バッジは該当アイテムを入手してはじめて装備枠が開く隠し装備なのだ。私はまだ実物を手に入れてないから、グレーアウトした枠が表示されるだけ。
「しかもこの枠、バージョン1.3アップデートどころかベータ開始時点から存在していました。小さな変化も見逃さないプレイヤーたちが気付かなかったのは、これまでただの飾りだった模様をいきなり実用化されたからなんですよ」
「あの人たち、そういうところあるの。特にエル様なんか、人を驚かせることに並々ならぬ情熱を燃やしてるの」
〈草〉
〈まあわかる〉
〈確かに〉
〈お前が言うな〉
〈初登場時にあんなイベントでお嬢を驚かせたアイリウスちゃんに言われるとか末期では?〉
うん。私もアイリウスには言う資格はないと思うよ。あの時の驚き、私はまだ覚えてるからね。
そんな経緯を辿ってきたバッジだけど、では肝心の性能は?
「はっきり言って、端数です」
「マア、ナいヨりハましデすカネ」
「ルヴィアのステータスから見たら、影響度は0.25%あるかどうかなの」
〈えぇ……〉
〈ひっく〉
〈そんなぁ〉
〈これいる?〉
というわけだから、結局のところ割と誰にも見向きされていない。今のところメインストーリー方面だとステータスに困らないバランスということもあってか、少しでもとがっつくトッププレイヤーもほとんどいないんだよね。
なので、出されている結論は「実用性なし」。あってもなくてもパフォーマンスには影響がほぼないとされてしまった。いくら装備枠競合なしでつけられるとはいえね、四つ集めてやっと1%ではさすがに割に合わない。このゲームはまだそこまで煮詰まっていないし、その時間で他の装備を集めた方がいい。
だけど、この話の発端は、さっき私が《ダンジョンリワード》への採用を決めたことだ。
「ここからが本題ですね。なぜ私が使うことにしたのか。……ぶっちゃけてしまうと、『誰も枠を埋めていない』『オシャレ装備だから』です」
つまり、手に入りさえすれば、誰でも性能度外視でつけることにデメリットがないということ。私の思いついた用途では、それが大事になる。
ダンジョンリワードに選んでおいてなんだけど、装備としての質には私も期待していないのだ。
「大事なのは、その見た目要素。ここでしか手に入らないバッジによる、『このプレイヤーは《落花繽紛桜怪道》をクリアしましたよ』という証です」
「……アア、ナるホド。身分証明デすね」
〈*スズラン:あー〉
〈にゃるほん〉
〈考えたなお嬢〉
〈*デンガク:確かにアリだな〉
〈上位プレイヤー陣がこぞって理解を示している〉
〈*シルバ:俺もわかってるフリすれば上級者に見えるか……?〉
〈滑ってんぞシルバ〉
《桜怪道》をはじめとするいくつかのダンジョンが《圏外組養成所》と呼ばれて登竜門の働きをしていることは前にも話したけど、その時に私は「ここのボスを倒せればゴーサイン」とも言っていた。それは実際に使われている目安なんだけど、現行のシステムUIだとその証明がかなり面倒なのだ。
具体的には、メインメニュー→アチーブメント→ダンジョンと段階を踏んだ上で該当ダンジョンの概要を開く必要がある。スクリーンショットを撮ってしまえば簡略化はできるけど、それでもわざわざアルバムを開かなければいけない。
何が問題なのかというと、私たちが《圏外組》などと呼んでいる層に公式の区別がないのだ。だから一目でわかるような判別方法がない。だからいざ前線に来たプレイヤーが、実際どのくらいやれるのか判別をつけづらい。
「ここからはレベルだけだと実力を測れない」としてプレイヤーが利便性のために勝手に作った区分だから仕方ないとはいえ、ここがすぐにわかるようになれば便利だ。あまり警戒したくはないけど、クリアしていないのに嘘をつくこともできなくなるし。
トップ勢には強さがわかるような称号でもつけておいてもらうとして、バッジさえ見れば実力の水準がわかるように。定着すれば前線攻略はまた一歩便利になるはずだ。
「ソうイうコトデしたラ、オ任セクダサい!」
「うん。お願いね」
「《桜怪道》以外デモ作れるヨウニ、形ヲ共通サせヤスいヨウニ……」
ということで、任せることに。リオネッタちゃんのデザインセンスは時にエルジュちゃんすら手伝ってもらうほどだから、全面的に任せていいだろう。手元に広げられた設計図を眺めているに、圏外組証明のバッジは菱形ということになりそうだ。
「また他の場所でも話しますが、養成所持ちのダンジョンマスターさん、よろしければご協力を」
「でもルヴィア、養成所のマスターってみんなルヴィアの知り合いなの。どーせ我先に、ルヴィアのところじゃなくてここに飛んでくるの」
「否めないな……」
〈*イシュカ/せれな:よくわかってるじゃないの〉
〈*黒王:やっべバレてる〉
〈*アーク:HAHAHA、その通りさ〉
〈*ルナ:甘い。もう向かってる〉
〈こいつら……〉
〈アイリウスちゃんようわかっとる〉
〈行動が早い!〉
アイリウスも大概鋭いけど、なんか約一名上手がいるね。なんという思い切りの良さ、こちとら無理強いする気もなかったのに。
あとは現在の圏外組にも、準備ができ次第もう一度養成所のクリアをお願いしないと。ダンジョンリワードは遡及されるわけではなく、設定されている間の初クリアでカウントされるようだから。
というわけで、後はリオネッタちゃんや他の細工師たちに任せるとして、私はそろそろ……
「───わあっ!?」
……すぐ隣から、急にエルジュちゃんの悲鳴がした。
前話のコメントでいただくまでバッジからポケ〇ンに結びつける発想がなかった作者がいるってマジ?
たぶん養成所はそのうち各地方八箇所まで増えます。




