265.24歳児と1000歳児
あの後は次々にFSプロゲーム部門への加入希望が出て、しまいにはキョウカさんまで加入の方向で調整。参加者の大半を巻き込むことになって、そのまま細部の詰めに移った。
私も他人事ではないから真面目に参加して、ある程度の時間で続きは後日としてお開き。このあたりの話は互助会サーバーにも流した。見るとミスティアさんも参加していたから、おそらく近日中にあちらでも似た動きが起こるだろう。
もちろん予定通りで、玲さんは悪い顔をしていた。下手に独占するよりちょうどいい対抗馬がいた方が安定しやすいから、魂胆は全てわかるんだけど……親子だなあ、所長さんとこの人。
という話はまだ一般公開されないから、夜の配信はいつも通り。
……の予定だったんだけど。
『聞こえていますでしょうかー?』
〈ばっちり〉
〈OK!〉
〈美声じゃん〉
〈やはりお嬢の周りにはハイスペしか集まらない〉
どうしてこうなったのかというと、配信を始めたちょうどそのタイミングで玲さんから連絡があったんだ。内容はさっそく事務所に行ったブランさんについてで、大したことはなかったんだけど、その時に思いついてしまったリスナーがいたのだ。
〈そういえば、お嬢のマネさんってどんな人なの?〉。これにリスナーたちはこぞって食いつき、玲さんが割と軽く乗った。そのまま私が玲さんと通話しながらやることになったのだ。配信って時々よくわからない経緯で謎の現象が発生するよね。
「玲さん、あんまり問題発言しないでよ」
『失礼な。私がいつ問題発言なんかしたと?』
「ほぼ毎日してるでしょ」
『でもそんなマネージャーが住み込んでいるのが?』
「寂しくなくて案外……こら、言わせないの」
〈独特の距離感だ〉
〈ここまでぞんざいなお嬢初めて見た〉
〈芸人相手でもこうはならんのに〉
〈てぇてぇ〉
〈住み込み!?〉
〈寂しがり屋さんお嬢かわいい〉
幼馴染たちは善人揃いだからこうはならないんだけど、その代わりとばかりに玲さんは悪戯好きだから自然と扱いも雑になる。この人の本質は初めてお見舞いに来てくれた10歳の頃から大して変わっていないのだ。
それはそれで居心地の悪くない距離感であることと、自分が思っていたより一人の時間がないことを苦痛にしないことを自覚したのは、割と最近のことだ。なんとなく癪だけど、この人のおかげである。
『というわけで、マネージャー兼モデレーター兼編集者の浅倉玲です。よろしく』
「このひとあんまりおだてると増長するから、適当に扱っておいてくださいね」
「え? でも玲さんはすごくいい人なの」
〈よろー〉
〈アイリウス初日のキャスにいたな〉
〈レイさん、覚えた〉
〈あー、あの時の〉
〈ん? 浅倉……?〉
〈アイリウスちゃんこんー〉
〈浅倉ってFSプロの!?〉
〈シオンちゃんの言ってた所長令嬢じゃねーか!?〉
あ、バレた。プロダクションの情報を調べれば所長が浅倉さんであることはすぐにわかるし、紫音は時々玲さんのことも話すからね。可能性はあると思っていた。
別に知られて減るものでもないのは玲さんが名乗ったことからもわかる通りなんだけど、多少は騒がれるよね。主に娘を私につけている所長の本気度に。
そしてアイリウスがログイン。この子は最近エルヴィーラさんのもとでお勉強することが多くて、今日の昼はアイリウスの役に立つ話でもなかったから行ってもらっていたのだ。
アイリウスは玲さんによく懐いているから、玲さんの悪戯対策はアイリウスが帰ってくる前に済ませておきたかったんだけど……失敗。コメント欄の流れもすっかり私の照れ隠しということになってしまった。仕方ないか。
『それで朱音ちゃん、今日は何するの?』
「あ、それわたしの役目なの!」
『ふふふ、早い者勝ちだよ』
「ぶーなの!」
「さて、今日ですが、昨日の続きからですね。たぶん今日中にダンジョンに入れるかと」
秒で喧嘩を始めた子供二人は無視して、さっそく今日の内容に入ろう。
基本的には昨日の続きで、内政クエストの精霊要求部分を埋めるところから。といっても暇な大学生組のメイさんとペトラさんが夕方から進めてくれていたから、昨日と比べるとずいぶん進行している。精霊がいなかった時の分の遅れを取り戻さんばかりの勢いで、更新された資料を見るに今日中に完遂できそうだ。
「早速向かいましょうか。汚染患者はもうほとんど済んでいるので、今日は加護の付与が中心ですね」
「わかったの! えっと、地図によるとこっちなの」
『あ、アイリウスちゃん! 案内はモデレーターの十八番なのに!』
「お返しなの! いーなの!」
〈微笑ましいななんか〉
〈子供の喧嘩かな?〉
〈これが……シオンちゃんの七つ上……?〉
〈アイリウスちゃんも作られたの凄い昔じゃなかったっけ〉
〈最年少がガン無視して進行してて草〉
〈モデレーターの通話補助とは〉
さっそく一箇所目、領主嫡男の身の安全のための加護依頼だ。彼の特異な体質が必要なクエストがあって、そこに同行してもらうための強化の一環である。
浄化のほうは「お前らも慣れてきただろ?」とばかりに複雑な操作や繊細な扱いを要求するクエストが多かったけど、加護は習得したばかりの慣らしとばかりで簡単だ。
「感謝致します、精霊様」
「はい。こちらこそご協力感謝します、どうかお気をつけて、お怪我をなさらぬよう」
「…………」
『…………』
「精霊様から加護はおろかお礼まで賜って感激したのは分かりますけど、そろそろ行きますよ若様」
加護を終えても跪いたまま動かない令息を、やれやれ顔で護衛の騎士が引っ立てていく。……これが血筋か。
ちなみに何のフラグが立ったのか、この後のクエストでこの令息は大活躍だったらしい。気付いたら《人事を尽くして天命を待つ》の称号ランクが上がっていた。
とまあ、こんな感じのことを繰り返した。その最中にはさまざまな人間ドラマが繰り広げられていたけど、私のやること自体はずっと同じだったから割愛とする。
途中から人手不足が露呈してアズキちゃんも呼ばれて、街の中を東奔西走。ここぞとばかりに加護をお願いしてくる案外たくましい住民たちを助け続けて、なんとかその日のうちに完遂に漕ぎ着けた。
ちなみにこの街、精霊信仰が強まったのはもともと精霊がたくさん集まる街だったからで、これだけ気軽に加護が振り撒かれるのもいつも通りなのだとか。精霊と会いたければ《ザダクロ》に行け、という形で観光名所にすらなっていたようだ。
しかし汚染侵攻で精霊はほとんどが活動停止してしまった。もしかしたらこの街は、その煽りを一番大きく受けてしまった場所だったのかもね。
……ちょっと待って。
『ってことは、マナさんもエルヴィーラさんもそれを知ってて『ザダクロに行くなら覚悟して』みたいなこと言ってたってことだよね?』
「いや待って、この街をルヴィアさんに伝えたのって」
「……アイリウス?」
「わ、わたしは知らなかったの。ずっとダンジョンにこもっていたから、最近の双界事情は基本的にエルさまの受け売りなの」
「よし、アイリウスはん無罪」
「エルヴィーラさん???」
『被告人エルヴィーラ、法廷欠席につき有罪』
〈草〉
〈流れるような連携〉
〈息ぴったりじゃん〉
〈こいつらに結託の機会を与える側がね〉
〈白々しいにも程があったし……〉
こういう時に限ってエルヴィーラさんが弁明に出てこないんだよね。いやまあ、結局逃げられずに未だにこの街にいるラインさんを見るに正解なんだけども。
とはいえ、アイリウスに怖いことを教えてあんなに必死な引き留めをさせたのはちゃんと罪だ。後日問い詰めることとしようか。
それはさておき。
「ひとまずの成果として、ダンジョンは見つかりましたね」
『まあ、そうだね』
《浄潔なる霊域》。とてもとても汚染されているダンジョンとは思えない名前だけど、おそらくクリア後の末永くを想定しているのだろう。エルヴィーラさん公認だし。
規模としてはこれまでの圏外ダンジョンと同じくらいの、そこそこの難易度の場所なんだけど……街中の浄化と加護を手伝ってくれたアナスタシアさんが、ダンジョン前まで来てから逃げたという不穏な情報が届いている。なんか嫌な予感するね。
「これだけでも不穏なのですが……皆さん、覚えてますか? ここのダンジョンが判明した経緯」
「……覚えてなかったら気楽だったの」
〈あっ〉
〈そういえば〉
〈お嬢逃げらんないじゃん〉
そもそも、このダンジョンは「浄化石の新しい安置先」として提案された場所だ。エルヴィーラさんがそう言った通り、あのダンジョンには浄化石を置かなければならない。
そして、浄化石は今のところ《薄明と虹霓の地》のダンジョンアイテムだ。ダンジョンアイテムは移動にも制限があって、基本的にはダンジョンマスターにしか持つことができない。
「つまりどう避けようとしても、少なくとも私は一度ダンジョンの奥までは行く必要があるんですよね」
そういうわけだから、逃げられない。なんという罠。
とはいえ、これで素直にダンジョン解放に参加したりすれば、もしかしたら痛い目に遭うかもしれない。
「というわけで、下見をします」
「…………」
「わかります、皆さん? あの元気なアイリウスがここまで黙る恐怖が」
『ルヴィアちゃん、逃げて』
〈こわ〉
〈ヒェッ〉
〈アイリウスちゃんも行くんだもんな……〉
〈アイリウスの こわいかお!〉
〈アイリウスちゃんエル様を恨んでそう〉
ちなみに私は怖い。アイリウスが素でこんな顔するの、初めてだもの。
いざ入ってみて、大丈夫そうなら攻略に参加だ。私もどうかこちらであってほしい。
そして、ダメそうなら撤退。ボス攻略まで待ってから、なんとか頑張って強行突破を狙う。どうやるかは未定だ。
何はともあれ、入ってみないと始まらない。というか玲さん、私逃げられないんだってば。
念のため精霊ではないプレイヤーに随伴してもらって、いざダンジョンへ。
撤退。
「あ、あの、全ての敵が《精霊特攻》を持ってたんですけど、報告なかったんですが?」
「え? いや、ワシにはそんなの見えなかったが……」
「オイラも」
「アタシも、見えてない」
『拙者も』
「ワシもじゃ」
「み、みんな見えてない……!?」
〈ネタに乗る余裕はあるんですね〉
〈え、何のネタこれ〉
〈知らない方がいいぞ〉
〈なんで全員乗れるんだ〉
ちょっと昔のCMパロディの茶番は置いといて、つまりこれはアレなのかな。特攻対象にしか見えない特攻がついていることがありうると。
それ自体が今後を考えると厄介だけど……そうか、全敵精霊特攻か。強行突破が必要な場所ということも加味すると、一番厄介なパターンだね。
どちらにせよ、こんなありさまでは攻略どころではない。どう突破するかはまた考えつつ、私たち精霊はダンジョン外で攻略待ちだね。
長女19歳、次女17歳、三女1000歳くらい、四女24歳。