27.彼は優秀だったよ、反面教師としてね
今回はこれまでと違って、少なくとも「ほのぼの」ではない表現を含みます。次話前書きにあらすじを用意しますので、苦手な方は自己判断でボス戦パートを読み飛ばしてください。
《桜木霊》が根を地上まで伸ばしてくる。この攻撃を前衛、私とゲンゴロウさんとアルさんが回避。直後にアルさんの方へ飛んだ風刃を、根を避けつつ刃の射線を塞いだゲンゴロウさんが受け止める。
その横をすり抜けたアルさんと、回り込んでいた私で挟撃。ゲンゴロウさんが下がる間に横の幹を斬りつけて、波状攻撃の要領でジルさんとイシュカさんが援護。アルさんはヒットアンドアウェイで離れるが、私は至近距離に張りついたまま。攻撃を重ねながら魔力を練っていく。
「グオォォッ!」
「よしきた!」
「おう、こっちだ!」
〈ハマったな〉
〈よすよす〉
〈やっちまえお嬢!〉
何度か狩って気づいたんだけど、桜木霊の根攻撃は間合いの内側に死角がある。そして風刃も口から出る以上、横合いに張り付いている私のことは狙えない。
離れていった二人に攻撃が飛ぶ中、密着した私はノーマーク。これはトドメを刺してくださいと言っているようなものだ。
「いただき、《コールドプロード》!」
「ア、ガッ……」
〈かんっ、ぺきっ、ですっ〉
〈やったね、カーくん!〉
〈ぐぐーっ!〉
最後に私が剣を突き刺して、幹の中に食い込んだ刀身を媒体に《氷魔術》。この戦法のために取得した新しい魔術はてきめんに威力を発揮して、体力を全損した木は凍りついた。
《天竜城の御触書・弐》攻略三日目。《落花繽紛桜怪道》の攻略に二日目となる昨日から参加した私たちだったが、進捗は非常に順調だった。
厄介な敵だった桜木霊も攻略パターンを確立されて、この森の中も効率的に進めるようになっていた。これはこのパーティだからこそできる戦法ではあるけど、他のパーティもそれなりにうまく進んでいるようだ。
「ここが最後のセーフティね。一番乗りかしら」
「今日中にはボスまで行けそうだな」
「私たちは少し時間が余るくらいかもしれませんね」
ボス直前のセーフティエリアはいくらか広くなっている。レイド単位での作戦会議などを行うための措置だが、おかげで一目で見分けることができる。
このダンジョンのボスはレイドバトルになりそうだ、という話になっていた。同じ形式だった《田園街道の化生》がそうだったから、同じように早かった到達者たちでまとめてボスにかかる形の可能性が高いとか。
「同じダンジョンの皆さん、無理はしないでくださいね。人数が足りなければこちらが待ちますし、今日中にクリアしなければならないわけでもありません」
〈せやな〉
〈他の二箇所は明日になりそうらしいし〉
「連動枠があるとしたら桜木霊かしらね。それを倒してくれるだけで、かなり助かるわ」
連動枠というのは、より多くのプレイヤーを攻略に参加させるために用意されるシステムのことだ。ダンジョン内に現れる特定の敵をたくさん倒すことで、ダンジョンボスのHPが減少する。それを意識して、念入りな雑魚掃討を各プレイヤーが意識しているらしい。
それにしても、まる一日コメントを読んで一緒に配信をしていると意識がつくようで。私が全て言わずとも、皆がそれぞれリスナー向けに説明を挟んでくれる。
そのおかげか随分楽だけど……もちろん、甘え続けるわけにはいかない。彼らは面白半分に体験して、手伝ってくれているだけだから。
「さて、私達は狩りに戻りましょうか。しばらくしたら戻ってきて、ある程度集まっていればボス戦も考えますか」
「そうだな。今のうちに少しでも減らしておくべきだろう」
「このあたりはまだ手付かずだろうしな」
というわけで、他のパーティが追いついてくるまでは狩りをすることに。ボス弱体化ついでに経験値稼ぎだ。
そんなこんなで二時間ほど。セーフティまで戻ってみると、そこそこの人数が集まっていた。前回の《田園街道》と同じく、実力自慢はここに偏り気味のようだ。まあ、私たちも一目で本筋っぽいとわかったし。
ちなみにここ二日、視聴者数が目に見えて増えている。人数とキャラのおかげで終始コント状態になっているのがよかったのかもしれない。
「あ、お嬢だ」
「こう見ると錚々たる面子だな、やっぱり」
「ついに面と向かってそう呼ぶ人が現れましたか……」
〈草〉
〈いいぞもっとやれ〉
〈アニキさすがっす〉
リスナーのノリとしてわざと呼んでいるゲンゴロウさん(実は昨日の休憩中、あえてコメントの調子のままで振る舞っていると断りがあった)を除くと、真正面から「お嬢」と呼んできたのは彼らが初めてだ。
もっとも、彼らだからこそ許されたようなところはある。本人たちもそれをわかっていて、そのために先陣を切ったのかもしれない。……ありがた迷惑というほど迷惑ではないけれど、感謝するほどありがたくもない。
すなわち、
「あなたたちがここをまとめているんですか、シルバさん……」
「暫定的にな。お嬢と面識がある奴が仕切ってた方がいいだろうってさ」
「なるほど。確かにその配慮は助かります」
あまりに似合わないから少しげんなりしてしまったが、そういうことなら話は早い。VRMMOでのレイド指揮経験があるプレイヤーはまだほぼ皆無だから、サブリーダー経験者である私に任されることは当然予想していたのだ。
別に暫定のまとめ役は他のプレイヤーでもよかったのだけど……まあ、リスナーへの配慮なのだろう。この方がわかりやすい。その本音はどうあれ、優しい皆さんに感謝だ。
「それでリュカさん、状況は」
「ああ。まずボスだが、あのデカい樹そのものだ。大方の予想通りHP共有持ちで、対象は《桜木霊》だろうな」
呪染の大霊樹 Lv.28
属性:風
状態:汚染
ボスが見える位置に移動して、《鷹目》で確認しつつ説明を受ける。……外見はそのまま、大きくした桜木霊といった感じ。表示されていたHPは四段で、うち二段は既に全損していた。三段目もそろそろ半ばか。
他の様々なタイトルと同様に、DCOでもゲージが削れるごとに行動パターンが変わる。そしてやはり最終ゲージは暴走モードがある。だが先に共有で削っておくことで、そのパターンを減らすことができるのだ。
検証はされていないからわからないが、このHP共有型ボスはそれが前提として組み込まれている可能性が高い。常識的に考えると多すぎるHPと、序盤はひどく穏やかな攻撃パターンであることが予想されている。
だから、事実上は二段ないし一段ゲージのボスとして、終盤を通常状態とみて倒すものということになっていた。当然、いずれはその認識も崩れることになるだろうけれど。
「ま、そろそろ行っても大丈夫だろ」
「ですね。予定通り、ボス戦しちゃいましょう」
途端、周囲が色めき立つ。思い思いに話しているように見えて、皆こちらを窺っていたようだ。見ず知らずの人にここまで信用されると、かえって心配になってこなくもない。
まあ、有名人とやらの宿命なのだろう。紫音にこの間そう言われたし、そういうものだと諭された。
「ああ、それと」
「ん?」
「お二人とも、今更取り繕っても仕方ないと思いますよ。コメント欄での扱いがコメディアンのそれです」
〈草〉
〈草〉
〈ハッキリ言うお嬢だいすこ〉
〈おい芸人共にやけんな〉
〈芸人扱いに喜んでるのバレバレなんだよなあ〉
まあ、これもファンサービスってことで。
◆◇◆◇◆
ボス戦への入り方は、ほぼ完璧だった。
まずウサギ戦と同じように、交代で態勢を整えられるように隊を二つに分ける。A隊は私が受け持って、B隊はその場で指名したサブリーダーに任せた。今回の人数は30人と少し、両方合わせて6パーティだ。
先にA隊で攻撃をかけて、ボスのパターンを掴む。偵察パーティでの戦闘は行っていたが、数が増えた相手にどう対応するかは慎重に見ておかなければならない。
「《コールド──》っ」
「ルヴィア、上!」
「オォォッ!」
「おっと……!」
〈あー〉
〈さすがに対策されてるか〉
桜木霊と同じ方法でダメージを稼ごうとした途端、真上で葉が揺れる音。やや間があって、地面に硬く鋭い葉が突き刺さった。威力は高そうだが、かなり遅い。少し離れれば落ちてこないようだし、欲をかかなければ当たらないだろう。
ただ、これで楽な稼ぎ方は封じられた。ただ、さすがに防がれるだろうと予想はしていた。これは想定通り。
それ以外の部分については桜木霊とほぼ変わらず、ヒットアンドアウェイを繰り返すことで充分なダメージを与えることができた。
四分の一を削ってB隊に交代し、難なくゲージを削りきることに成功。
……だが、問題はここからだった。
「へへ、チャンス!」
「駄目だ、下がれ!」
「だけどこいつ、やられ演出中だろ!」
「すぐゲージ攻撃が来るぞ!」
ゲージ切り替えの最中、そのままボスに張り付いて攻撃し続けるプレイヤーがいた。私よりも歳下と見える少年で、サブリーダーやパーティメンバーの後退指示にも聞く耳を持っていない。
まあ、こういうこともある。おそらくボス戦は初めて、それもこの手のゲーム自体が未経験なのだろう。
頭を抱えるサブリーダーに声をかける。手厳しいことではあるけれど、それを言うのがレイドリーダーの役目だ。
「場合によっては、彼は切ってください。ヒーラーのリソースが狂います」
「ルヴィアさん……わかりました」
〈シビアだな〉
〈でも正しいんだよな〉
〈アレにかまけると最悪レイド崩壊するから〉
〈お嬢も言いたくないだろうに〉
〈あ、枝が〉
まだまだ雑な計算ではあるが、タンクとヒーラーのリソースについては常に計算しながら動かしている。もちろん、ある程度の想定外に対応できるゆとりは残しつつ。
だが、今は最終ゲージの入り。何が起こるかわからない以上、最悪の想定はしなければならない。
サブリーダーが迷うなら、私が指示を出す。あまり悠長にしていられる場面ではない。
……そして、その反撃は。
「このまま俺が───うわあぁっ!?」
「言わんこっちゃない……!」
「これは……そうきたか」
〈うっわ〉
〈これはやべぇ〉
〈この絵面よ〉
〈誰かなやみのないやつ連れてこい〉
《大霊樹》が枝を大きく揺らす。葉を落とす攻撃のモーションが、そのまま大きくなったような感じだ。
そして、落ちてくる。それは葉や枝なんて生易しいものではない。
タンコロリン Lv.24
属性:土
状態:汚染
薄刃陽炎 Lv.25
属性:火
状態:汚染
道中に現れたMobだ。それもレベルがかなり高い。ダンジョン後半の個体は少しずつレベルが上がっていたが、さらに3~4レベルほど上がっている。
単純な数字で見れば、なんと私とほぼ同格である。ゲージ攻撃でここまでやってくるとはちょっと思っていなかった。
《田園街道》は一ゲージボスだったから、DCOにおけるゲージ攻撃を見るのはこれが初めてだ。全員が指示通りに動いていれば、手間がかかるだけで大打撃はなかった。……現実はそう上手くはいかなかったが。
「たすけてぇぇぇ!」
「……全員、予定変更。近いものから雑魚を各個撃破、その間ボスは放置! 敵のレベルが想定外です、決して無理はしないでください!」
〈さすがお嬢だな〉
〈これが正義だろ〉
〈下手すりゃアレだけじゃ済まないしなぁ〉
私たちがいるのはボスの縄張りの外縁部、彼はボスのすぐ近く。短く見積もっても40メートルはあるし、その間には十体近い敵が立ち塞がっている。その上、彼はボスと複数の雑魚に囲まれているときた。
確実に、間に合わないだろう。あの状態だと私でも生き残ることは難しい。そして現状、蘇生アイテムはまだ見つかっていない。
彼には悪いけれど、戦線への復帰は不可能だろう。
「リスナーさんには、嫌な思いをさせてしまうかもしれませんね。……どう思ってもらっても構いません。でも、これがMMOです」
「あんまり悲観なさんな。お嬢に非がないことくらい、みんな分かってるさ」
〈せやな〉
〈みんなで戦ってみんなで勝つゲームだもんな〉
〈迷惑ワンマンプレーは罪〉
〈お嬢はよくやったよ〉
〈暴走で周りに迷惑をかけるのは……やめようね!〉
〈ルールを守って楽しくゲーム!〉
……結局、雑魚掃討にはそこそこの時間がかかった。後続組の《桜木霊》狩りによって、一切触っていなかったボスのHPが二割も削れるほどだ。
突出した少年の姿は当然なく、HP全損時に現れる人魂のような蘇生待ちアイコンもなかった。リスポーンを待たずにログアウトしたらしき彼のいた場所には、今日の攻略で手に入れていたのだろうアイテムが転がっていた。
今回の話を投稿するかは少し迷いましたが、一度はこのような描写が必要だと判断して更新を行いました。ただし、このようなシーンは今回きりの予定です。
ちなみに配信コメント欄、掲示板、SNSなどにおいての反応にはごくごく少数ながらルヴィアを非難するものも存在したようです。当人にも黙殺されましたし、誰にも相手にされなかったようですが。
次回は日曜日、いつものノリに戻ります。ダンジョンクリアと、精霊についての話。
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