260.リスタちゃんはかわいいなあ
配信ミラーシステムについては運営さんに一度持ち帰ってもらって、せせこましいからマナ様とは映像通話 (魔術)に切り替える。条件達成で発生した《精霊の加護》スキルを取得しつつ練習も兼ねてばら撒き、そのまま参拝対応を続けて、なんとか落ち着いたのが一時間くらい経った頃のことだった。
最初は大変かとも思ったけど、この参拝対応が面白いこと。普段はなかなか得られない異世界の市井生活についてだとか、あちこちで起こっている小話だとか、その中に時々混ざっている冒険にまつわるレア情報(美味しいダンジョンの場所やレアアイテムの在り処など。さすがにこの手の話の時は配信ミュートにしておいた)だとか、聞いていて飽きないのだ。
おまけにクエスト扱いなのか経験値が入るし、関係のある話の時はなぜかスキルにも経験値が入るしで、もはやキャパオーバーだ。戦闘ばかりは当然できなかったけど、それはこの街に入った時点で想定していたことだ。大量の経験値と普通ではない体験の前には、意外にも瑣末なことだった。
「あ、もう終わりか」
「もっと欲しかったねこれ」
「アイドル気分で楽しかったのです」
「オトク情報の扱いは後で考えましょっか」
〈「もう終わりか」〉
〈楽しそうではあったが〉
〈俺なら途中で飽きてる自信がある〉
〈トップ勢こういうのおろそかにしないよな〉
〈これ握手会?〉
〈どんな情報が出たんだろ〉
ただ、これには少し理由もあって。精霊は進化に『唯装との絆』が必要になるんだけど、どうやらこれが曲者なのだ。ひたすら攻略戦闘に明け暮れるより、メリハリをつけてバランスよく楽しんだ方が進行が早いらしい。
とはいえこれは、元々この《DCO》ではトップ層にほど多い気質ではある。元は攻略ジャンキーやレベリング主義の廃人だった人ほど、この世界の面白さに気付いてそうなるのは面白い現象だ。かくいう私も初期と比べると戦闘レベリングの比率が減っている。
「……うわ、普通に前線でレベリングするより経験値入ってる」
「ほんまやね。僕はレベル上がっとるわ」
「それもいつものDCOだけどね」
〈えぇ?〉
〈クエストなんかこれ〉
〈DCOのレベルって強さじゃないもんな〉
〈知識も力ってことよ〉
このあたりの「異世界生活重視スタイル」と呼ばれるDCOの特性は、巷ではよく「ゲームの難易度を下げているのでは」だとか言われるけど、実際は逆だ。
DCOではプレイヤーレベルだけでは戦えない。スキルレベルも必要だし、何よりプレイヤースキルがかなり大事になる。それらは戦闘でないと身につかない。
つまり、両方しないといけないんだよね。戦闘をしすぎても、戦闘しなさすぎてもよくない。これによって、むしろDCOの難易度は上がっている。……ただし、圏外組以上は、の注釈つきで。
「して、ソフィーヤちゃん」
「はいなのです」
「待たせちゃってごめんね。……その子の話をしよっか」
ひと段落したから、ずっと気にかかっていたことに触れようと思う。一週間前に起こって、私はそれ以降触れられていなかった大事な要素だ。
すなわち、ソフィーヤちゃんの唯装。リスタちゃんこと《クリスタリウムの書》についてである。
「この一週間で、リスタちゃんとはたくさんお話したのです。これまでのことをどう思っていたのかとか、リスタちゃんのこれまでとか、一緒に進化したいねとか」
「うん。……よければ教えてくれる?」
「もちろんなのです!」
〈(きらきら)〉
〈こらスルーできませんわ〉
〈ソフィーヤちゃんは語りたい〉
〈リスタちゃんまだ人化してないのに可愛くない?〉
もちろん私たちにとっても、これは気になることだったんだけど……それ以上に、このうずうずした様子のソフィーヤちゃんを見れば聞かずにはいられなかった。
一方ゴーサインを受けたソフィーヤちゃんは、一球目から爆弾を投げ込んできた。
「アイリウスちゃんが先に言ったことは省略すると……新種族が見つかったのです!」
「「「……」」」
「待ってソフィーヤちゃん、いきなり飛ばしすぎないで」
「でも、助走段階のことはだいたいアイリウスちゃんが言っちゃったのです」
〈ほぁ!?〉
〈新種族〉
〈いやまあありうるけど〉
〈もしかして新種族毎回ある?〉
〈それはそう〉
〈アイリウスちゃんの情報量ヤバかったもんな〉
いやまあ、確かにおかしなことではない。そもそも私からして新種族だったわけで、それがそのまま増えたとしても自然なことだ。ただ、先攻の一ターン目にいきなり切り札をぶん投げてきたソフィーヤちゃんにびっくりしただけで。
そして前提となる新情報のたぐいはアイリウスが明かしたのは事実だから、私は何も言えなくなった。
「さっき九津堂に『軽率に通話してくるな』って言われましたけど、あなたもですねマナ様」
『補足をしてあげようと思ってね』
「まあ、助かりますけど」
『一定以上の格の精霊はね、固有種族が多いの。《本質の精霊》がそのまま対応することもあるから』
「なるほど……」
『ただ、あなたたち《来訪者》がどうなるかはわからないわ。面白そうな因子の変化も見て取れるし、固有種族の先輩と同じ種族になれたりもするかもしれないわね』
この世界、特に精霊は固有種族の希少度はかなり低いらしい。確かにあの一件以来、セレスさんは《ミラー・スピリット》だし、ニムは《ヌーニア・スピリット》だ。アメリアさんの《ロイヤルデビル・スピリット》が固有種族かはわからないけど。
ちなみにウンディーネさんは、そのまま種族も《ウンディーネ》だった。……もしかしたら本名は違うのかも。
しかし、サービス精神が旺盛だ。固有種族と憧れの種族を選べるかもしれないなんて。
「《スノーリア・スピリット》なのです。リスタちゃんに書いてあったのです」
「スノーリア……雪人、ってところ?」
「昼界風に呼ぶと《雪妖》らしいのです」
「ああ、雪女か」
「うん! ひるかいのとしうえのひとたちには、そうよばれてるよ!」
〈かっけえ〉
〈ファンタジーな響きだ〉
〈スノーリア、いい〉
この世界の種族名、たまに声に出して読みたいものがある。いいね、スノーリア。
どうやら雪女をベースに男女兼用、かつ夜界の類似物も巻き込んだもののようだ。きっと北の方に行かないと会えないのだろうけど、雪の女王とか含まれてそうだよね。
なかなか興味深いことがわかったところで、何やらマナ様との通話からごそごそと物音が聞こえるようになった。……たぶんお祝いの準備をしている。
「実はもう進化できるのです。けど、ルヴィアさんたちに話してから配信の前でって決めてたのです」
「「「ソフィーヤ」ちゃん」(はん)」
〈ソフィーヤさん?〉
〈ソフィーヤェ……〉
〈ソフィーヤ嬢〉
〈ソフィーヤァ!〉
爆弾の追加投下。これには私以外のみんなも息が揃った。ソフィーヤちゃん、イシュカさんあたりに毒されてない?
どうやら後で、ここで進化する気らしい。さっきからこの聖堂、赤裸々な精霊トーク聞きたさにさけっこうな数の住民が残っているんだけど、大丈夫なのかな。
「でも、先にリスタちゃんについても話したいのです」
「わたしはますたあにおまかせ! したいときにしんかします!」
「だって、出会い頭に強制進化のアイリウス」
「……むぅ、それは浮気しようとしたルヴィアが悪いの」
リスタちゃん、いい子だ。アイリウスとはまた違った可愛さがある。私はアイリウスの押しの強さがありがたいけど。
そんなリスタちゃん、正式名称を《クリスタリウムの書》。ソフィーヤちゃんが自分のものとしたダンジョン 《冷水晶の地下洞窟》のコアで、氷属性に特化した魔導書タイプの唯装だ。魔導書は杖のような器用さはないものの、代わりに威力に優れる攻撃魔術用の武器である。
公表されているカタログスペックとしてはそんなところだけど、ソフィーヤちゃんが話したいことは違うだろう。“かわいい”極振りコンビの話すところによると、こんな感じだった。
「リスタちゃんの書名の《クリスタリウム》は、ここからずっと北東の《ニヴルヘイム》に伝わる魔術の技法、秘術のたぐいなのです」
「わたしはそのひじゅつをつたえる、たったひとつのまどうしょなんです!」
「秘術……となると、ルナさんの《サンダースパロウ》のような固有魔術が?」
「ある……みたいなのですけど、まだ習得できてないのです」
「きっと、しんかすればつかえます!」
なるほどね。遠い国の秘術を伝える、とても希少な存在であると。
先ほど「不器用で威力重視」と魔導書を紹介したけど、実は唯装の場合はもうひとつ特色があるのだ。それが、《固有奥義》とはまた別の《固有魔術》だ。例に挙げたけど、プリムさん戦の時に見たルナさんの《雷霆の魔書》による《サンダースパロウ》がまさにこれだね。
知り合いでいうと、イルマさんも実は持っている。まだ私の枠では見ていないけど、彼の《百魔夜行全書》も魔導書タイプの唯装だ。
リスタちゃんの存在はまさにこれに見合ったもので、やはり固有魔術はあるようだ。それが未だに使えないとなると、確かに進化でアンロックされる可能性は高そうだね。
他に比べて出し惜しみ感はあるけど、魔導書自身が「秘術」と呼ぶ代物だ。そのくらいでちょうどいいのかもしれない。
そうなってくると、俄然気になるのはやはりこれだろう。私と同じだったようで、さっきから興味津々のツバメさんが口を挟んだ。
「でも、ってことはリスタはその《ニヴルヘイム》出身なんだよね。どうやってここ……《ヴァナヘイム》だっけ、まで来たの?」
「う……」
しかしこれには、リスタちゃんが浮かない顔。あまりいい話ではないようだ。
その様子を察した主人が、リスタちゃんを抱き寄せながら(注:見た目的には本を抱えているだけだ)話を引き継いだ。
「リスタちゃんはその秘術の唯一の魔導書だ、とは言ったのですよね?」
「ああ。そりゃ、唯装だもんね」
「じゃあ、なんでそうなったのかは」
「……ああ、そっか。写本できなかったのか」
「そうなのです。……唯装の魔導書は、基本的に曰く付きなのですよ」
唯装というのは、基本的には出来のよさや製法の特異性、または置かれた状況などから発現するものだ。その手の要因で、二度と同じものを作れなくなった時に唯装と呼ばれるようになる。剣なら伝説の鍛冶師が全力を込めたとか、龍脈を封印しているうちに力を宿したとか、そんな感じだね。
そんな逸話があることから、プレイヤークラフターでもいつか唯装が作れるのではという話もされるけど、閑話休題。
一方で、魔導書というのは前者のような、作り方の時点では特異性を見出しづらい。ただ本を書くだけだから。この世界では写本でもオリジナルと同じ魔力を持つから、なおさらだ。
つまり魔導書の唯装とは、ただの魔導書として生まれたが後から何かあったか、記された時点で何らかの要因で写本すらできなかったかのどちらかだ。ソフィーヤちゃんの言う通り、どちらにせよ曰く付きなのである。
「《クリスタリウムの書》は、オリジナル……リスタちゃんができた後、写本を作ろうとした魔術師をひとり半殺しにしているのです」
「……そりゃ穏やかじゃないね」
「そんなつもりは、なかったんです! なぜか、うつしのほうがぼうそうして……!」
「リスタちゃんの記憶でしかわからないので、実際に何が起こったのかはわからないのです。ただ、少なくとも写本は作れなかったのです」
リスタちゃんが虚偽をしている様子もないし、事実なのだろう。もしこれが嘘で自発的に写本を防いだのなら、それほどの嘘はわかってしまうものだ。
では、そんな《クリスタリウムの書》が、なぜダンジョンにいたのか。
「そもそも、秘術が伝わる場所なら直接教えた方が早いですよね。だからそもそも、リスタちゃんはよその人に秘術を教えるために記された」
「はい、そうでした。……だけど、そのひとにおしえおわったあと、『わたしをまもるため』って、ダンジョンをつくって」
「……秘術の力が強大すぎたんですね。それで、迂闊に習得者が増えすぎないように、そのためのダンジョンの奥に隠したと」
ありそうな話だね。そして、自分で持たずにダンジョンに隠すあたり、そちらも何か事情ある人物だったのかもしれない。
《冷水晶の地下洞窟》には私も行ったことがあるけど、よく考えて整えられたダンジョンだった。《ダンジョンマスターシステム》実装日にソフィーヤちゃんが私のところに来たのもうなずける。きっと前任者は優秀な人物だったのだろう。
「でも、ますたあがきてくれました! いまはとってもたのしいです!」
「それはよかったねえ」
「そうなのです! わたしは前のひとみたいな事情がないので、リスタちゃんとはずっと一緒なのです!」
……まあ、何やかんやあって、それをマナ様が発見。ソフィーヤちゃんに伝えて、ダンジョンを攻略したソフィーヤちゃんの手に渡ったと。
リスタちゃんは大変な経験をしてきたようだけど、今はソフィーヤちゃんのおかげで楽しそうだ。終わりよければすべてよし、と言ったところだろう。
もうそろそろやりうるミスだいたいやったんじゃないか……?(予約投稿不発、推敲漏れ、特大誤字、本文まるごと取り違え)
こんなにリスタちゃんが可愛い回なのに。申し訳ありませんでした皆様、リスタちゃん、ソフィーヤちゃん。