255.魔剣は可愛い爆弾魔
結局は確認と微調整に終始したけど、《荒れ果てた神宮》はこのくらい。マスタールームの転移ゲートを使って、直接次のダンジョンのマスタールームへ。
「お待ちしておりましたっ!」
「芳乃ちゃんなの!」
「芳乃ちゃん、わざわざ来てくれたんだ」
迷守の芳乃ちゃん、堂々登場す。自分の守るダンジョンだからと自信満々で、役に立とうととても張り切ってくれている。やはりこの子の存在は癒しだ。
何より、
「アイリウスちゃんっ」
「もう、芳乃ちゃんったらくすぐったいの」
〈かわいい〉
〈かわいい〉
〈かわいい〉
〈かわいい〉
これ。アイリウスと芳乃ちゃんって、すごく仲がいいのだ。
こうして触れ合うのを見るのは私も初めてだけど、大学や撮影収録で私の邪魔になると判断した時のアイリウスはよく芳乃ちゃんと一緒にいるらしい。思えばまだ剣だった時も、仲良さげな雰囲気を見せていたような。
「そういえばドリアードは精霊界に入れるんだったね」
「はいっ。精霊と同じように見ることもできますよっ」
「アイリウスが私の知らない精霊界のことを知ってるのはそういうことだったんだ」
アイリウスも今は精霊の片割れだから、単身で精霊界に入ることはできる。だけど、芳乃ちゃんという同行者がいれば得られる情報は増えるだろう。昨日は《ウィル・オー・ウィスプ》という私の知らない精霊を語っていたけど、そうして知り合っていたなら納得がいく。
「……ルヴィア、突っ込まないの?」
「何を?」
「いや、芳乃ちゃんが精霊界を見られるってことは」
ところがここで、目論見が外れた、といった様子のアイリウスが首を傾げた。どうやら私に何らかの驚きを与えるつもりだったようだ。残念ながら伝わらなかったけど、やはり悪戯好きな……
「ドリアードも《魔力覚》を持ってるってことなの」
「………………」
『大変だよルヴィアちゃん! たった今なぜかいきなりシステムメッセージが出て《魔力覚》を習得しちゃった!』
「……うちの子がごめんなさい、ペトラさん」
でもペトラさん、口ぶり的にこの配信を見ていないのに真っ先に私に通話かけてくるのはなんで?
気を取り直して、ふたつめのダンジョン。さっきも訪れた《落花繽紛桜怪道》だ。
ここはさっきと違って、リアルタイムで推奨レベルを動かし続けている。今はレベル45~55くらいで、余裕を持って探索したいなら50くらいは欲しい。ただ、ここは前半の桜並木エリアと後半の森エリアにはっきり分かれていて、桜並木エリアだけならレベル45くらいでも問題ない。
「イメージ的には、桜並木エリアを踏破できれば圏外行きの準備を始めてよし。森エリアを攻略できるなら実際に行ってらっしゃい、といった感じですね。ただし、圏外のレイドボス戦に参加するなら、ここのボス相手の戦いで貢献できるだけの力が欲しいところです」
「ルヴィアみたいなトップからマイナス15くらいなの」
〈簡単に言ってくれるよな?〉
〈さも50レベが簡単なことみたいに〉
〈*ユナ:難しくはないよ。そのくらいのレベルまでは上がりやすい仕様になってるし〉
〈上がりにくい仕様の中で後方+15を維持してるトップ勢やっぱヤバくね?〉
〈大半の圏外組はトップ勢との10レベ差を一生埋められねーんだぞ〉
あまり明確になってはいないけど、《DCO》にはトップ層のレベル(つまり、現時点での最前線の必要レベル)を基準に経験値テーブルが変動するという珍しい仕様がある。トップ層から15レベルほど下、つまり今は50あたりまでは少し上がりやすくなっているのだ。
だからそこまでは追いつきやすいし、しばらくサボってもすぐに復帰できる。そういう意味では優しい仕様だけど、問題はそこからで……それ以降は急に上がりづらくなるから、トップ勢並の効率で経験値を取らないと差が縮まらなくなる。結果として、トップ層マイナス15レベル前後のプレイヤーがかなり多くなるというやや歪なレベルグラフが成立していた。
ただ、上げやすいとはいえそのボリュームゾーンまでのレベリングにも適した場所が必要だ。まさにその需要を見越して設定されたのがこのダンジョンだというわけ。
ボスだけさらに少し強くなっているのは、レイドボス戦という定員の少ない、トッププレイヤーたちが集う場に参加して恥をかかないためだ。ここのボス相手に戦えるのなら圏外組のボリュームゾーンを突破、晴れて上位勢の仲間入りといっていい。
「こちら現在のボス部屋の中継映像ですね。もちろんダンジョンマスターはこういうものも見ることができます。……珍しい、今回は勝てそう」
「芳乃ちゃん、このボスの討伐成功率ってどのくらいなの?」
「楽勝そうな狩り気分のトップの方々と、奥まで来た記念の様子見のようなものを除くと……一割くらいですっ」
「……世知辛いの」
「いや、一割もあるなら上々だよ。その数だけ上位勢が増えているってことだから」
〈そうしてるとダンジョンマスターみたいだな〉
〈人を試して育てる上位者〉
〈まーた主人公やめてお助けキャラになってる〉
みたいじゃなくて、ダンジョンマスターそのものだ。それに育成者になるのは、私たち自身の負担を減らすため。決して上位存在の気まぐれのようなものではない。
それに、私だけではない。他にもこのくらいのダンジョンで圏外組増加に努めているダンジョンは少なくないし、ここと同じ《天竜城の御触書・弐》の対象だった残り二箇所なんかはまさにそうだ。
切実なんだよね、私たちにとっても。攻略参加者が増えてくれないと、自分たちが前線攻略に忙殺されるから。あちこち遊び回ったり、各地の寄り道要素で素材やアイテムを集めたりしたいのだ。
さて、ここのような“圏外組養成所”は、まともな再解放済ダンジョンの中では最高級の難易度を誇る。というのも、これ以上難易度を上げると、特殊な事情か需要でもない限り挑戦者が来ないんだよね。
そもそも圏外組を超えた上位勢ともなると数が少ないし、彼らは圏内外を問わず未踏破のダンジョンの攻略に忙しい。わざわざ後方の、一月以上前に攻略されたダンジョンに来ることはまれだ。
まさにその例外が控えているから、その話は後回しにするとして。
“圏外組養成所”は総じて盛況になりがちだ。普通に《DCO》をプレイする場合、一番楽しい上に自然と行き着くのが圏外組だから。現に今もマスターメニューで見る限り、ダンジョン内の人口密度は比べるべくもない。まして今のようなゴールデンタイムはなおさら。
「なので、とりあえず大幅な地形弄りはできませんね。あれはエリア内に人がいるとそもそも行えません」
「それに、もともとダンジョンとしていい形をしてるの。変える意味はあんまりなさそうなの」
前半と後半でがらりと変わる形式は、平面型ダンジョンの中でも人気だ。閉塞感がないとして案外そこそこの人気がある平面型ダンジョンだけど、だからといって最初から最後まで同じ景色だとさすがに飽きられてしまう。
さすがに最初期メインストーリーの対象として気合いを入れられたのか、ここはそのままでとてもいいダンジョンだ。レベル上昇で変化がある他要素と違って、大幅な地形改造の余地はないといっていい。
また、ボスについても弄る要素はない。レベルは少しずつ上げ続けて、それに合わせて報酬の質も上げている。関門としてちょうどいい塩梅になっているし、手をつけない方がいいだろう。
「なので、主な調整対象は魔物と報酬ですが……芳乃ちゃん、ここの収支は?」
「すっごいプラスですっ」
〈でしょうね〉
〈恵まれてんなぁ〉
〈ここはほっといてもそうなるやろ〉
そうなんだよね。ここもダンジョンパワーの収支は大幅黒字。そのうちマスタールームでハウジングできそうなくらいのペースで貯まっている。
マスタールームの改装機能はお金とダンジョンパワーの両方が使用可能で、しかも同一マスターによるダンジョンはダンジョンパワーが融通できる。このままだと全てダンジョンパワーで賄えてしまえそうだ。
ただ、ここは《荒れ果てた神宮》よりもさらにそれが仕方ない部分がある。さっきも言った通り、“圏外組養成所”と渾名されるダンジョンは挑戦者の実力の試金石にされているからね。
ちゃんと攻略できる算段を立ててから報酬や素材を取りに来るプレイヤーが多い他のダンジョンと違って、実力の水準を測るために来るということはクリアの確証は基本的にない。挑んだがまだ実力不足で跳ね返される、というパターンがかなり多いから、その分だけ余計にダンジョンパワーが貯まりやすくなるのだ。
「そしてこれを報酬として変換することも、難しいんですよね」
「どうしてなの?」
「ここの報酬をあんまり強くしちゃうと、それ目当てのより強い《来訪者》さんがたくさん来ちゃうんですっ」
で、そうして狩りに来た上位プレイヤーが邪魔になって腕試しがやりづらくなる。結果として狩り需要は伸びるものの、圏外行き試験としての挑戦者はいなくなってしまうのだ。
そういう、『報酬を美味しくするとかえって挑戦者が減る』という特殊な現象が起こったから、下手なダンジョン運営をして価値を失わないためにわざわざ“圏外組養成所”という呼び方までされるようになった。ちなみにそうなるまでにいくつかのダンジョンが、実際に憂き目の実例になってしまっている。
「と、そういうわけでここは運用に大きな制限があります。ダンジョンパワー収支はその対価のようなものですね」
「放置していたらすぐに普通のダンジョンになっちゃいますからっ。登竜門であり続けるには、ずっと調整し続けなきゃいけないんですっ」
〈なるほど〉
〈難しいんだなぁ〉
〈まさにその管理者が言うと説得力ある〉
〈芳乃ちゃんえらい!〉
そんな芳乃ちゃんと一緒に、軽くだけどいつものように調整。
「《ドレインフラワー》はこれまで通り前半でいいですかっ?」
「うん。レベルは45から48で、そろそろ入口から出していいかも」
「じゃあ《タンコロリン》は……」
「さすがに渋くなってきたし、出現止めちゃおうか。今日の様子だと、ここに来る人たちにとってはほぼ脅威にならなそうだったから」
夕方のミスティアさんたちの様子も考慮に入れつつ、今のレベル帯に難易度を合わせる。あの三人の今の力量の割には想定より奥まで進めてしまったから、もう少し上げるべきだろう。
このあたりは芳乃ちゃんに丸投げしても回してはくれるんだけど、今のようにズレが出てしまうことはどうしてもある。感覚レベルの意思疎通が簡単ではないのは人間でも同じだ。
「《桜木霊》はどうしましょうっ」
「レベル据え置きで、配置を前倒しかな。これまでの《ドレインフラワー》くらい幅広く出してみて」
「じゃあ、終盤は何を出しますかっ?」
「《水圀》で見つけた《雲入道》をそろそろ投入しようと思うんだけど……」
「いいと思いますっ!」
〈こうしてダンジョンは作られる〉
〈ダンジョン管理風景という貴重映像〉
〈えっ雲入道が一般解禁!?〉
〈さっきの話されたばっかだけど行きたくなってきた〉
〈素材狩りは薄明でどうぞ〉
〈*ペトラ:あ、チャンス! うちでも出るように設定してくる〉
〈マ!?〉
うん、ペトラさん助かる。“圏外組養成所”は再解放済ダンジョンではトップクラスのレベル帯になるから、どうしても新しい魔物の“ダンジョン落ち”をやることになってしまいがちだ。それに合わせて近い系統の他ダンジョンが追従してくれるのは、私たち“養成所”管理者としてはとてもありがたい。
まあ、打算込みだ。うちのチャンネルはダンジョン持ちのようなトップ勢もよく見ているから、配信でやっておけば誰かがいち早く反応してくれると思って。
……ところで、今私は“ダンジョン落ち”と言った。そのあたりの詳細は、次回ということで。
ついに次回とか言い始めたよコイツ。
怜さん「あの子にあとがき時空などという概念を与えてしまったのが悪いのでは?」