253.ご覧のプレイヤーは主人公で間違いありません
では、その『DCOへの適応』というのはどんなものなのかというと。
「わかりやすいように、飛行なし腕パリィなし魔術なしでやりますね」
「…………ええっと、つまりただの剣でやると」
「普通のはずなのにとんでもない縛りプレイに聞こえるね」
「そのような特別感は少し羨ましいかも……」
『そんなに縛ったら何も残らないんじゃ』
『いいえ、上田さん。ルヴィアさんはそれでやっと一般の強豪プレイヤー並です』
『は?』
『挑戦者として認識されない』をオフにして、ダンジョンを少し奥へ。そして私特有の三つの要素を縛って、ちゃんと剣一本で戦う。私の持ち味は手数だけど、それがなくてもトップ陣に引けを取らないくらいには鍛えてあるつもりだ。
私はこのダンジョンの適正レベル外だから、普段のポップ制限を無視した量の敵がすぐに襲ってくる。……まずは《タンコロリン》が8匹だ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ふう」
〈なにこれ〉
〈絶好調だな〉
〈お嬢腕上げた?〉
〈??????〉
〈さす嬢〉
〈この配信これが普通なの!?〉
まず飛んできた一匹目を剣で跳ね返して、二匹目と正面衝突させる。三匹目と四匹目は高さが同じだったから一薙ぎでまとめて飛ばして、五匹目が回り込んできたからタイミングよく避けて六匹目と事故らせる。
そして七匹目と八匹目はかなり遅れて来たから、足元で動かない一匹目と二匹目を持ち上げて投げつけてみた。《DCO》は物理演算重視だからトゲも毒もない魔物は触るだけではダメージにならないし、逆に衝撃が発生すればしっかりダメージが入る。だからこれで八匹全てが止まったし、二度のダメージがあった最初の二匹はこれだけで落ちた。
あとは簡単だ。跳ね返し方をずらして再攻撃が被らないように調整してあるから、一匹ずつ基礎の対処をするだけ。この《タンコロリン》は私が攻略法を確立した魔物だから、私は奴らのパターンをよく知っている。
《DCO》はとにかく自由度が高い。だから魔物の種類ごとの対処法が特に大事だし、それがまだない最前線では自力で見つけ出すのが先決だ。さっきの三人、特にヒルデさんのような正攻法は、圏外まで来るのなら時に毒となってしまう。
「だからといってコレは違うのではありません!?」
「人間に再現できないものを攻略法とは呼ばないと思いますよ」
「ひどい言いようですね?」
『まっとうだと思うけど……』
『よく“人間卒業”でトレンド入りしてるの見るけど、こういうことか』
〈正論の嵐〉
〈そーだそーだ!〉
〈お嬢には人の心がわからぬ〉
〈少なくとも参考にもお手本にもならんぞ〉
おかしい、三つもアイデンティティを縛ってこれでもかと人間に寄り添ったはずなのに。普段なら飛行の機動力を使いながら打点に魔術が入るし、防御の手数も倍になるから今の半分くらいの時間で殲滅できた。
さすがにそれは真似どころか認識も難しいだろうからとたくさん譲歩したのに、それを捕まえてこの言い草である。ならば仕方ない、さらに難易度を上げるしか。
「……え、人外ごっこしているつもりですか?」
「…………トッププレイヤー、こわい」
「今日のヒルデはよくメンタルブレイクするなあ」
『俺たちは今何を見せられてるんだ?』
『ニュータイプか?』
『このくらいで驚いてたらルヴィアさんの配信は見てられませんよ?』
『て、天香ちゃん慣れてるね……』
〈ヒルデ可愛くない?〉
〈あれがあの橘麗來……?〉
〈いい感じに初見の人たちが驚いてる〉
〈天香ちゃんが俺たちなんだが〉
〈ほんとによく見てるんだな……〉
〈コメント欄も普段から天香ちゃんに監視されている!?〉
そうこうしている間に次の獲物が来たね。ええっと、《ドレインフラワー》がしめて12体……あ、まずいねコレ。
『……はいっ、主様っ』
「芳乃ちゃん、もしかして」
『主様のお力をぜひ披露していただこうと思いましてっ』
「……あーだめだ、怒れないや」
単純に数が1.5倍になるし、あしらいやすくまとめて倒しやすい《タンコロリン》と違ってレベルの割に普通に強い。いくらレベル差があるとはいえ、これには最前線のパーティですら壊滅しかねない。
さすがに縛っている場合ではないし、ちょっと本気でやろうかな。マスタールームから可愛らしい遊びをせがんできた芳乃ちゃんにもいいところ見せたいし。
「三人とも、《DCO》の基礎は知識としては持っているはずです。今からトッププレイヤーの全力戦闘を見せますので、ひとつでも盗んでみせてくださいな」
まずは飛ぶ。何はともあれ、ちゃんと動けさえすれば飛んだ方が速い。地上すれすれでもうまく飛行できるよう、ひたすら練習するのが強さへの近道だ。飛行種族に進化したプレイヤーにしか通用しないけど。
そして敵の行動を把握する。《ドレインフラワー》はツルと《ソーラーロア》という二種類の攻撃を、他の敵に比べると高頻度で飛ばしてくる。狙いはつけた瞬間の私の胸元と単純だから、いつどこからどのように飛んでくるかをだいたいでいいから押さえておく。これが全くできないと、一対多の時は避けた先に逃げ場がないなんてこともありうるのだ。
それができれば、今度は攻撃の機会を窺う。自分の持っている手札は常に覚えておいて、安全かつ有効に使えるチャンスがあればその直前のうちに意識。落ち着いて実行に移せるよう、二手分くらいの戦況予測ができると望ましい。……私の場合は、魔術を使う時は詠唱もあるから少し難易度が上がる。
今回はさすがに数が数でまどろっこしいから、まずは範囲攻撃で一気に削ることにした。《ドレインフラワー》は攻撃が成功した時に多量のHPを吸ってきて厄介だけど、その分そのドレインが成功しなければ回復しないから削りが通用する。
「《トリプル・コールドプロード》」
「…………はぇ?」
「何が、起きてるの」
数が数だから、総ダメージ効率はとても大事だ。範囲攻撃はこういう多数の敵に一気に当てるとダメージ効率が跳ね上がるから、積極的に狙っていい。ただし、今のは中央に敵が集まるように少し誘導しておいた。何も考えずに撃ってもここまで効果的にはならない。
そしてそれだけではなく、各個撃破も重要だ。敵の一部を先に倒してしまえば、そこから先で飛んでくる攻撃も考える量も減って楽になる。だからこの二つはバランスが大事。
「《トリプル・ブリザードランス》」
『……あれ?』
『あっち倒せそうなのに』
『あ、ルヴィアさんアレやる気ですね?』
〈え〉
〈あっ……(察し)〉
〈お嬢のやることには基本意味があるぞ〉
〈あれだけ人間の振りしといて人外隠す気ないじゃん〉
〈なんか古参勢のノリ楽しそう〉
ただし、それはあくまで基礎論だ。状況や敵と、自分の手札によりける。たとえば私の場合は、とある技があることで最適解が違う。
ほぼ瀕死の《コールドプロード》爆心地付近の二匹でなく、向こうの二匹を貫通するようにして《ブリザードランス》を入れておく。……あ、奥でもう一匹かすった。半ば偶然だけど、悪くない。
「《ソードガード》。そもそも効かないんですよね、これ」
『え、今ルヴィアちゃんの腕から金属音しなかった!?』
『今のルヴィアさんは魔剣と一体化しているので、アレは剣で弾いているのと同じなんです』
『なんか天香ちゃんが解説キャラになってる』
『あー、今日の収録で格好変わってたのそういう』
〈わかるかお嬢、今あんた大魔王だぞ〉
〈負けイベのボスじゃん〉
〈捕まえる系の攻撃全部防げるのズル〉
〈全身剣つえーわ〉
〈三人娘固まってて草〉
ここでいくつか攻撃が飛んできたけど、これは《ソードガード》で左手も剣にして防ぐ。ここで来る攻撃がツルになるように、間合いを調整してあった。
これで凌げたから、下拵えの最後の工程。……私の背後で予定通り一匹が攻撃を企てて、それにミスティアさんが気付く。
「ルヴィアさん、後ろ!」
「《オーロラパルス》」
「……え?」
「アレ、見たことないんだけど」
「まさか新技!?」
『……天香ちゃん』
『あんなの知りません。ここで新技だなんて!』
『天香ちゃん楽しそうだね』
〈新技ァ!?〉
〈えっSL110ここでくるの!?〉
〈*イシュカ/せれな:でしょうね、来ると思ったわ〉
〈また秘匿してたなイシュカァ!?〉
イシュカさん、属性魔術のアーツだけ秘匿して私にだけ教えるよね。早々に公開しなくても誰も困らないからではあろうけど。
これは属性魔術スキルレベル110での新取得アーツ、《パルス》系だ。威力はやや低めだが、当たり判定が大きい上に仰け反り効果がある。
今のように攻撃の出を潰したり、動きが止まったところを連携して倒したり、ダメージ量を調整したりと便利な魔術だった。やや長めのクールタイムさえ過ぎればまた撃てるけど、猫騙しみたいなものだね。
とりあえず、これで予定通り準備完了。後は一度宙に浮かんで、敵の《ソーラーロア》を避けつつドレインフラワーを集めて……。
「では。《エッジラッシュ》」
「あ」
「アレ切り抜きで見たぁ!」
『あれは?』
『連撃を当てれば当てるほど威力が上がる凄い技です! ほんとはそんなにたくさん繋げられないんですけど……』
『なにあの攻撃力!?』
『あっはははははは、なにあれ! 人間の動きじゃないでしょ!』
『……もしかして、ここまでの全部仕込み……?』
ド派手にやりたかったのと、これだけ数がいれば狙いやすかったのだ。使うだけなら恐ろしく多数の、おそらく数万人ほど使えるけど、すっかり私の代名詞のひとつのようになったアーツを。
まずは瀕死になっていた目の前の二匹を一撃ずつで倒す。次に一番近くで《ブリザードランス》を受けたものを一撃、その奥で貫通していたものを一撃。そして《オーロラパルス》を当てたものも一撃。これで五回、普段の戦闘ではなかなか繋がらない回数だ。
ここまで来れば、レベル差もあって物理が硬いドレインフラワーでもワンパンできる水準に乗る。あとは途切れないように繋いでいくだけ。
そうして十二連撃が終わった時には、敵性反応は私の《魔力覚》でも感じ取れなくなっていた。
「……こんなところですかね」
『わぁっ、さすが主様ですっ!』
「…………」
「…………」
「…………」
『…………』
『…………』
『…………』
『…………』
あー……コメント欄を見たくなくなってきた。
その後、もうひとつ感じた課題点である『ラメルさんへの負担集中』を提示して課題解決に取り組んだんだけど……なんか、座談会の方が天香ちゃん以外静かだった。
ログアウトしてもう一度会うの、怖いなぁ。
新しい人外判定基準「ドレインフラワー12体」が誕生した瞬間である。