250.仮面は外さず、溶かすだけ
「「「つかれた…………」」」
ボス戦が終わった直後のフィールドは、燃え尽きたトッププレイヤーたちの墓場と化していた。
一パーティで六頭や七頭とか、一人で三頭や四頭とか、そんなものは決して正確な実力ではない。みんなハイになった極限状態でリミッターが外れて、普段の実力以上のものが出てきてしまっただけだ。そんなことをして、平気でいられるわけがなかった。
「もう少しも動けないの……」
「うん、ほんと頑張ったねアイリウス……」
「ごめんルヴィア、今は私も介護できない……」
「いま介護って言ったねフリュー」
いや確かに、退院後しばらくの私は要介護状態だったこともあったけど。
普段ボケる人もツッコむ人も、みんな疲れきって何もできそうにない。とりあえず休むにしてもこの島から出てハロウィンパーティー会場なりギルドハウスなりマスタールームなりに行くべきなんだけど、その気力すら回復待ちというありさまだった。
そんなふうになるくらいなんだから、やっぱりさっきの戦闘は私たちの本来の実力じゃなくて。だからまだ私たちは人間なんだよ。だって、さっきのをもう一度と言われても無理なんだから。
〈いやそういうもんじゃない〉
〈そんな言い訳が通じるとでも?〉
〈ギア上げれば人外になる奴は人外なんだよ〉
〈てか普段の時点で人外だろ〉
〈人外マークⅡから戻っても人外なんだって〉
「そんなあ」
だめだ、すっかり距離を置かれてしまった。
中堅勢だって途中からパーティごとに二頭は相手できていたように、ギアが入れば誰だって本来以上の実力を出せるものだし、VRダイブはそれを助ける性質がある……とは言ったものの。そもそも基準となる普段の時点で人間卒業しているなんて言われれば通用しない。そしてそれはだんだん、私たち自身にも否定できなくなりつつある。
「ふふ、お疲れ様でしたぁ。確かにこれだけできるならぁ、《アスガルド》もお願いしてよさそうですねぇ」
ほどなく、一応倒されたはずなのに私たちより復活が早かった架純さんが、やはり代表扱いされているらしい私のもとへやってきた。どうやら戦闘になった理由である「アスガルドの解放攻略も任せられるかの力試し」は満たされたらしい。
…………それはいいんだけど、私は彼女に反応できなかった。正確には、応じようとした途中で動きが止まった。
「? どうしたんですかぁ?」
「あ、いえ……」
その、ね。私も地面に座り込んでしまっていたから、架純さんが助け起こしてくれるところだったんだけどね。
差し出されたのが手じゃなかったの。……触手だったんだよね。袖の中から出ている、アダルトなコンテンツでよく用いられるような姿かたちの。
さすがにモザイクが必要そうな形状はしていないんだけど、ちょうどいい太さの先が丸まった円筒型というか。ホイ○スラ○ムみたいなやつ。
なんかヌメヌメしているし、うねうねしているし、思わず伸ばしかけた手を止めてしまった。
「あらぁ? ご遠慮なく、掴まってくださいな」
「あ、いえ、お構いなく……ひゃっ!?」
〈…………〉
〈急に遅くなるコメ欄よ〉
〈仕方ないだろ!〉
〈こう、今の悲鳴とかクるものがあったというか、ですね〉
〈不覚にもお嬢が成人女性だってことを思い出したっつーか〉
失礼なコメントも散見されるんだけど、つまり私と触手の戯れにえっちな風味を感じ取ったと。なるほど。
思ったんだけど、私これでも十九歳の女子大学生であって、成人女性なんだよね。なのに三ヶ月強、VR以外を含めると半年以上も配信をやってきて、エロ方面の雰囲気がちゃんと出たのは今回が初めてなんだよね。
「…………なんか、悲しいような」
「わからなくはないけど、めちゃくちゃそういう想像やらファンアートやら量産されるよりはいいんじゃないかな」
「あとたぶんそういうトコだと思うよ。触手に捕まったのにヘーゼンとしてるし」
〈うん、落ち着いてきた〉
〈なんかエロい展開にはならなそうだなって再認識したわ〉
〈見た目だけじゃなくて、お嬢にはそういう清楚な素質があるんだよ〉
なんかそれはそれで不服な気もする。仮にも大人の女なのに、全く不純な妄想の対象にならないというのも。
え? そういう見られ方をしたいならもっと触手を怖がるべき? …………そうかも。
「よいしょ、っと。ありがとうございます、架純さん。フロルちゃんも」
「いえいえー」
「ちびっ子を立たせるときの動作だった……」
「そのままぶら下がるように手を繋いで遊園地を歩きそう」
「やります? なんならペトラさんかユナさんを呼んできましょうか」
「やらなくてよろしい」
ヒロインがヒロインなら確実におへその下のほうへ向かいそうな触手と、現にそういうファンアートが存在するツルに片手ずつ掴まって、そのまま立たせてもらった。たぶんこういうことしてるからえっちな雰囲気にならないんだろうね私。
ちなみに一年前のフロルちゃんデビュー当初はそこそこあったというフロルちゃんのツルを活かした成人向けファンアート、最近になって生産量が減少しているらしい。リアルすぎるVR空間は稀に夢を壊すこともあるという、なんだか悲しい現実だった。
その後、大方の予想を裏切って何もせずただ祭りに参加しだした架純さん。ただし娘である水葵さんによると、普段の架純さんは大方の予想通り歩く十八禁系キャラであるそうだ。
これは後で聞いたことなんだけど、その日のうちに女性配信者であるキョウカさんには微エロな絡みを披露したらしい。……あの、架純さんにとっても私はそういう魅力に欠けるということで?
これまであまり気にしてこなかった自分の色気のなさに直面した私だったけど、かといって暇を持て余すということはなかった。平和になって本番を迎えたハロウィンパーティーの最中、話しかけてきた人がいたのだ。
「ふふ、すみませんね。実のところ、さっき助けて頂いた時からずっと気になっていたんです」
「そ、そうなんですか。……えっと」
「うふふ。なるほど、なるほど。なんとなくわかりました。ルヴィアさん、とっても面白い方ですね」
彼女の名はナイア。先ほど攻略した招待状ダンジョン、《夜界闇神大聖堂》の奥にいたシスターだ。
彼女と出会った時は私たちの側がテンションを上げ切ってしまっていたからあまり話せていなかったんだけど……お忘れではないだろうか。彼女のモデルはあの這いよる混沌、ナイアーラトテップだということを。
「よろしければ、ぜひお話をお聞かせいただけませんか? 全く新しい形での新種への進化、とても気になる事象ですから」
「は、はい……」
「よかった。私は少し好奇心が強い方でして、私の知らない現象のことは興味があるんですよ」
なるほど、これがかの有名な。
……うん、圧が凄い。どうしようこれ、逃げられる気がしない。ちゃんと知っている限りのことを教えたら解放してくれるかな、そのまま連れ去って監禁とか解剖とかされたりしないで済むかな。初デスが戦闘でもイベントでもない邪神の好奇心とか嫌だよ私。
とりあえず、かくかくしかじか。……「もっと詳しく」と言われたから追加でまるまるうまうま。
アイリウスとの馴れ初めからひととおり、ついでにそもそもの私たち《来訪者》についても説明。ときどき質問を返してきながらも楽しそうに聞いていてくれたから、特に問題はなさそうだった。洗いざらい吐かされた上に質問も多かったから、時間はかかったけど。
「ふむふむ、ありがとうございました。とても興味深かったです」
「それは何よりです」
「ふふ……私にとっても面白い情報ばかりでしたし、これならいいネタになりそう」
「……ねた?」
「実は私、市井の情報源として教会に壁新聞を貼っているんです」
「それ早く言っていただけますか!?」
……前言撤回、問題あった。お近づきの印くらいのノリで話した私の色々がこちらの世界でまで一般公開されそう。
そうだった、この人ナイアーラトテップだった。好奇心旺盛は当たり前として、悪戯好きも警戒しておくべきだった。この世界の性質上、狂気や混乱をもたらそうとまではしていない様子なのは救いだけど。
しかし、なるほど。モチーフの「何をしてくるかわからない不気味さ」を好奇心にデフォルメして、ここまでマイルドに仕上げたのか。節操のない運営さんにしては筋が通っているかもしれない。
それが高じて、情報屋と。あまりシスターと兼ねるには向かなそうな業種だけど、この世界では違うのかな。信仰対象からして違うから、それが普通なのかもしれないし。
「……それに、これだけ期待できるなら、妹のことも探し出してくれそうですし」
「え?」
今、何か小さく呟いたような……。
しかし聞かせる気はなかったのか、繰り返してはくれなかった。意味深な態度だ。
「あ、よろしければお友達も紹介していただけると。いろいろ面白そうですし」
「すると思いますか?」
「何か粗相をはたらいた方ならありうるかなと」
「…………なるほど」
〈*メイ:何がなるほど?〉
〈*シルバ:思い直してくれお嬢! まだ戻れる!〉
〈あ、生贄一号だ〉
〈こないだお嬢をネタに使ってたもんな水差シルバ〉
〈よかったなメイ、今なら逃げられるぞ〉
ほら、使えるものは使うべきだと思うんだ。どうせ私はもう話してしまったし、今後もナイアさんと関わるにあたって困る要素がない。
……毎度思うんだけど、自分が不意に受けた被害をそのまま罰ゲームに使うのってどうなんだろうね。私は悪いことしてないのに。
その後もあちこちで呼び止められながら遊んで、いつの間にか時間は進んで。そろそろイベント終了という頃になって。
「どうだった、ルヴィア? 初めてのハロウィンパーティー」
「……うん、楽しかった」
最後に話しかけてきたのはミカンだった。この子はいつも私を一人にしないでくれるんだよね。
もしもミカンが男だったら、たぶん今ごろ付き合っているだろうな、と思ったりもするところだ。そのくらい自然に私の隣を確保している。
フリューとルプストは意外なことに、こういうところでは一歩引くタイプだ。崇拝という感情は本当に半歩の距離を生み出すのだと、私たちは経験則で知っていた。
「さすがに渋谷のハロウィンなんかは、今のルヴィアでも行けないもんね」
「むしろ今だからこそ行けないよ。一応芸能人だし」
「ほんとは“一応”じゃダメだけど、ぼくはルヴィアのそういうとこ良いと思うよ」
だけど、と、ミカンは続ける。
「ぼくたちはもっと、自分本位で身勝手に振る舞うルヴィアを見てみたいなぁ」
「身勝手って」
「“儚げ”から“健気”になって、そこから一気に“大人”に飛んじゃった」
「……」
「もしもルヴィアが、病気も何もなく普通に育ってたら。……たぶん今は同じルヴィアに育ってるだろうけど、子供の頃はどうだったのかなって」
なんとなく、言いたいことがわかってきた。つまり、
「ぼくたちですら、“子供の朱音”を知らない」
「……そんなに見たい、それ?」
「もちろん。……それに、こういうイベントの時の……配信中のルヴィアは、それにちょっと近いと思うし」
「そうかな……」
「うん。仮面も薄れてきてるし、自然に笑えるようになってきてる」
「そんなこと、ないと思うけど」
どうやらミカンは、配信中の私が素の、それも本来薄いはずの感情を色濃く持った私に見えているらしい。私としては、どこよりも深く仮面を被っているつもりなんだけど。
だって、素顔の私ほどつまらない人間もそうはいない。配信が受けているということは、“仮面”がうまくいっているから──
「もう、なんでそっちに行くかなぁ」
「だって、まさかそんな」
「でもルヴィア、こっちだと仮面を被っていることすら忘れかけてるでしょ。それ、素顔と何が違うの?」
「────」
言われてみれば。そうだ、確かに私、この世界にいる間はそもそも仮面だとか演技だとかを意識していない。ただいつも通りの“役”を作って、それで感じたままにしているだけだ。今だって、ミカンにこの話をされるまで思い出してすらいなかった。
それって、ちょっとキャラを作っているだけの普通の人と何が違うんだろう。
「ね」
「……ねえミカン。一応確認なんだけど、私が配信まだ切ってないのって気付いてる?」
「え?」
「気付いてなかったなコレ……」
固まるミカン。敢えてスルーしていたけど百面相のコメント欄。……私はそれで誤魔化して、いったん思考を止めた。
なぜなら配信中だから。便利な免罪符だ、多用はできないけど。
でも、いいよね、これくらい。だって、どうやらミカンたちのみならずコメント欄の皆までも、私の『自分本位で身勝手』なところを求めているようだったから。甘えさせてもらおう。
それに、たぶんこれでいい。自分でも理由がわからないまま解決に向かっているなら、このまま問題が消えるまで踊り続けているのが一番の選択なのだ。あいにくこれまでの人生で固められた私の精神は、放っておけばいいことで悩むほどやわじゃないから。
「ミカン」
「ん?」
「ありがと」
「リスナーのみんなに言ったら?」
「照れくさいから代表してもらったの」
「……ほんと変わったね。昔は不気味なくらい物怖じしなかったのに」
でも、ちょっとは柔らかくなったかもしれない。寄りかかれるものをたくさん見つけたから。
だからみんな、悪いけどもうしばらく付き合ってね。せっかく手に入れた以上、私は逃がしてあげないから。
癖になってんだ、章終わりでだけシリアスになるの。
あまり日常的に触れることでもないし、主人公にとっても気付かないうちに進んでいることなので、たぶんこんなもんの触れ方がちょうどいいです。
まあそれはよくて、ナイアさんはこの後しばらくの間ひたすら臑に傷持つプレイヤーたちを荒し回ることとなります。
でも意外と分別があるのでネタとして美味しい止まりになります。




