246.這い寄ってるのはどっちですか?
改めて言うまでもないとは思うけど、最後の属性ダンジョンこと《夜界闇神大聖堂》は、名前の通り闇属性のダンジョンだ。
つまり主に有利がつくのは、光属性と闇属性である。
「ようやく見せ場が来たです」
「よろしくね、アズキちゃん」
最初の《四方の海底結界》の時に素早い配慮で去っていったアズキちゃんだけど、彼女は光属性だ。元々回避前提である精霊ビルドということもあって、このダンジョンは本領発揮のいい機会となる。
ただ一方で、同じ光属性でもフリューはお休みだ。あちらはタンクで攻撃を受けることが前提だから、被ダメージ2倍があまりにも重い。それもあって、この後のお祭りにも備えてログアウト休憩中だ。
「ルヴィアさんは大丈夫です?」
「大丈夫だよ。二回ほど攻略が早く済んで時間が余ったから、その時に休んである」
「それ大丈夫っていわないの」
「休んだともいわないです」
なかなか信じてくれないけど、本当に大丈夫だ。これでも体の異変で何もできない感覚には慣れているから、少しでも変ならすぐにわかる。
「……急に重いこと言うのやめるです」
「は、反応に困るの……」
「私が苦しんでるのを見たお父さんが製薬会社を買収して新薬を」
「やめるです」
〈お嬢ェ〉
〈あの買収そういう……〉
〈結果あの薬でうちの弟が助かった話するか?〉
はい。
まあそういうわけで、私は自惚れでなければ「つらい」という感覚にはそれなりに経験と耐性がある。それこそ、健康に暮らしていれば得られない程度には。
「そんな私が平気って言うんだから、大丈夫だよ」
「そういう問題なの?」
「違うと思うです……」
そうでなくとも、合間合間にはちゃんとハロウィンを楽しんでいる。そこで休憩できているのだ。
まあそんな話はいいとして。
「最後はここ、夜王都ですね」
「…………なんでこんなところに避難結界があるの?」
「さあ?」
夜王都でも目立つ、中枢付近の大聖堂。そこの入口が異界化していたから、ダンジョンはそことなる。
ここまでの結界ダンジョンはどれも現時点の基準では辺境の位置にあったけど、今回は王都のど真ん中だ。何か事情があるのだろうか。
「そして助っ人ですが」
「またぼくだよ!」
「そして僕だ」
「その、ごめんなさい。騒がしくて」
「なんでジェヘナさんが謝るんですか」
今日だけで三度目の助っ人になるミカン、トップ光魔術師のイルマさん、こちらも本日二度目な闇属性タンクのジェヘナさん。そして何も言わずに無関係を装っているラジアンさんだ。
無難なパーティになったね。無難すぎて撮れ高に心配が残るくらいという、珍しい状況だ。しかもタメ口強要してこない貴重な人物が二人もいるから、とてもとてもやりやすい。
というわけで特に何かあるような陣容でもないし、さっさとダンジョンに入ろうか。
それで、ダンジョン内はというと。
「……接敵、シャンタク2体ですね」
「OK、戦闘態勢」
内装はまさしく教会。礼拝堂そのものの光景にはなっているんだけど、その上でどういうわけか迷路化している。なかなか距離感や形を掴めなくて、探索が難しいタイプのダンジョンだ。
エネミーは主に二種類。馬の頭をした鳥である《シャンタク》と、羽の生えたマムシの《ハンティングホラー》だ。
シャンタク Lv.60
属性:闇
状態:正常
備考:《放射冷却》
「《クイックヒール+》」
「これ、本当に厄介……!」
「ほんとにね……スキレベ上げにはなるけど」
基本的にはレベルの割に強めなエネミーなんだけど、この《シャンタク》の怖さは備考欄にある。《放射冷却》、これは「接触した相手を《凍傷》状態にする」という効果だ。
その《凍傷》は受けた箇所が動きにくくなるほか、スリップダメージもあるから早めの対処が必須だ。幸いほかの状態異常と違って普通の《治癒術》で回復するんだけど、タンクが触れるたびに回復する労力はなかなかのもの。ヒーラーが忙しいから、あまり他の面々がダメージを受けると困る。
……とはいえ、そこはダメージ管理に定評のあるミカン。パーティ自体の動きがいいこともあって、苦にはなっていなかった。
ちなみに《放射冷却》には特筆することが二つあって、ひとつは《凍傷》を起こすのに氷属性の特徴を持たないこと。そしてもうひとつは、光属性のプレイヤーには効かないことだ。
これによって、主に光属性の前衛アタッカーは相克二倍の印象以上の活躍ができている。……タンクばかりは被ダメージが多すぎて無理だけど、光タンクは他の七箇所で安定した活躍を続けていたからね。ここはお休みということだろう。
「《ショルダーフォール》っ」
「あー、ルヴィアと一緒だと楽だなー」
「前衛精霊とかいう噛み合いの塊ね」
「今回はやってること光アタッカーと同じなんだけど」
「諦めるの、あれは隙あらば褒める流れなの」
〈よくわかってんじゃん〉
〈さすがアイリウス様〉
〈お嬢よりわかってらっしゃる〉
〈お嬢もアイリウス様を見習って〉
なんかコメント欄、アイリウスを信奉する集団みたいになってきてない? これ大丈夫?
悲しい正論を教えてくれたアイリウスだけど、その原因になったのはまたしても私の性質だ。多くの状態異常が効かない精霊の中で唯一の前衛だから、光属性ではないのに《放射冷却》が無効。結果として《シャンタク》相手でも攻めやすい。
ちなみに物理攻撃を使っているのは、嵌め込んでいる《神石・極光》のおかげでアイリウス自体が光属性を帯びているからだ。……あれ、もしかして《虹の鏡》がしっかり輝くのはこれが初めて?
いい感じにヨイショされながらしばらくダンジョン攻略。ついでにここに出てくる敵の話もしておこう。
「《シャンタク》か……」
「ナイアーラトテップの眷属ですね」
「そう、これもクトゥルフ神話要素です」
実はここまでにもクトゥルフ神話が元ネタの存在はあった。例えば土属性担当の《立花》さんはヴルトゥーム、火属性担当の《火扇》さんはクトゥグアといった感じ。それぞれのダンジョンにはその眷属とおぼしき魔物が混ざっていた。
ではここはというと、救出対象の名前が《ナイア》さんである。……言うまでもなく、元はナイアーラトテップだろう。七人の中でもダントツで露骨だ。
たぶん、王都のど真ん中で避難結界を張っている理由もこのあたりにある。
「だから《シャンタク》であり、《ハンティングホラー》ですね」
「シャンタクはわかるけど……ハンティングホラーって?」
「『忌まわしき狩人』の英名ですよ」
「あー……」
〈わかるのか〉
〈さてはジェヘナ、CoC好きだな?〉
〈確かに好きそうなHNしてる〉
確かに、これだけで伝わるあたり彼女はよく知っているのだろう。ジェヘナというプレイヤーネームが関係しているかは別として。
シャンタク鳥は霜とガラスがついたコウモリのような羽と馬のような頭を持つ、象より大きな鱗を持つ鳥だ。……鳥と呼んでいいのかはわからないけど、作者が鳥と呼んだから鳥である。
人語を理解し、ナイアーラトテップや古き存在の騎乗動物とされる。《放射冷却》は、宇宙空間を飛べることと羽にまみれているという霜からきているのかな。
「ぼくはよく知らないんだけど、これのどこが狩人なのかな!」
「僕にはただのでかいモザイクにしか見えないんだけど、そんなにヤバい見た目なのか」
「もしかしてイルマさん、フィルター最大です……?」
「マジかお前……」
「苦手なんだよ、こういうの……というか虫が」
「チカさんにイジられそうなの」
続いてハンティングホラー、忌まわしき狩人。こちらは別作品でナイアーラトテップの配下とされている生物で、その番犬としての役割を果たす。
「皆さんは見ての通りですが、イルマさんのために容姿を説明しておくと、空飛ぶ大きなマムシ……イソメのほうのマムシです」
「……さぶいぼ出てきたから僕はここで」
「聞くだけで!?」
「今から帰っても途中ででかいモザイクに殺されるだけだぞ」
「てっきり蛇か何かだと思ってた……」
マムシというと一般には蛇を思い浮かべるし、実際に本来の忌まわしき狩人の見た目は蛇のマムシだ。ただ、主に釣り餌に使われるようなイソメという虫の一種にも「マムシ」がいて、あろうことかここのハンティングホラーはそちらになっている。……有り体に言うと、かなりキツい見た目をしている。元ネタよりクトゥルフっぽい。
このゲームのフィルター機能はとても優秀だから、このマムシがただの蛇に見えるくらいしっかりモザイクをかけてくれる。それでいて問題なく戦えるようには見せてくれる。
たぶん羽の生えた蛇にでも見えていたのだろう。確かに虫が苦手な人には聞くだけで辛そうな見た目をしている。イルマさんが弱いわけではなく、なんともなさそうな女子陣が強いだけだろう。
「もっとも、どんな見た目をしていようが倒せてしまえば問題ありませんね。《トリプル・フォトンランス》」
「《トリプル・フォトンランス》……まあそうだね」
「《トリプル・フォトンランス》」
「まだ何もしていない三匹のマムシに理不尽な投槍が!」
「属性強化があるとはいえ、しっかり三人ともワンパン火力出してるあたりトッププレイヤーだよね」
〈アッ溶けた〉
〈マジでなんにもしてなかった〉
〈これはひどい〉
〈あんな虫より秒で屠るトッププレイヤーの方が怖くない?〉
やだなあ、怖くないよ。ちょっと虫取りしただけじゃない、そんなに怯えないでよ。
とはいえ、ここは八箇所の属性ダンジョンのひとつ。いくら元ネタが不穏とはいえ、難易度でいえば他のところとさして変わらない。
特色を挙げるなら、他よりも出てくるエネミーが数段グロテスクでコズミックだったことだろうか。とはいえ、そのくらいなら大した障害には……。
「いや、キツかったよモザイク越しでも」
「まあ、怖さのある見た目ではあったな」
「ルヴィア知らないの? 完全ノーフィルター、こないだから年齢制限ついたんだよ」
〈そうだぞ!!!〉
〈お嬢にはコズミックホラーが効かんのか……〉
〈いつもノーフィルターだけど今回はつけた〉
〈こわかった〉
〈さすが九津堂、フィルターあるからって容赦がない〉
いや、知っているけど……そっか、ここまで怖がられるんだ。普通の感覚って意外とヤワなのかな。今度からは合わせないと。
「ルヴィア、それ人に溶け込もうとするヤバい怪物の思考」
「間違ってないのでは?」
「ルヴィアさん。ジェヘナさんにまでツッコミ放棄されたら、もう終わりです」
うん。けっこう擬態って難しいよね。
じゃなくて、自分にホラー耐性があることは知っていた。だけど、有無しか意識していなかったのだ。よもやここまでとは。
そんな話をしているうちに、いよいよ最奥。
「あれ、もうゴール?」
「まだボス倒してないのに……」
「ボスどころか関門もなかったな」
「でも、労せずクリアできたのはいいことだよね」
「あとはナイアさんを連れ帰るです」
「なんなのですか、この方々は……」
「……こういう子達なの」
〈ツッコミいないんだが?〉
〈こんなに常識人多めのパーティなのにな〉
〈イルマ以外全員ツッコミ側のはずなのに……〉
〈もしかして全員発狂してる??〉
〈ニャル様を困らすな〉
〈アイリウスちゃん正常側に回った上で諦めてて草〉
いや、本当に。ボスがいなかったの今回。最後に《クームヤーガ》というちょっと大きなシャンタクがいたけど、あれは硬いだけで強くなかったからボスというほどではなかったと思うし。
でも、あれを倒したらここの扉が開いたんだよね。しかもその先に探し人であるナイアさんがいたから、まるでボスみたいな扱いだ。珍しいこともあるものだね。
〈ダメだこいつら、完全に発狂してやがる!〉
〈精神分析、精神分析持ちはいるかー!?〉
〈確かミカンちゃんが!〉
〈精分持ちが発狂してんじゃねーか!?〉
いあいあしてきた(主人公側が)
質問回答コーナー③
Q.ルヴィアの影が薄い唯装ことプリマヴェーラブーツですが、《四季シリーズ》というシリーズ武器の併用で強くなるタイプ、と語られていました。こうしたシリーズ装備は他にもあるのでしょうか。また、あるのならルヴィアのように一つだけでも所持している人はいますか?
A.もちろん他にもあります。ルヴィアのように各部位の装備がいくつかセットになるパターンもあり、シリーズ全部指輪というパターンもあります。……が、これは本来ならもっとたくさん唯装が出てきてから登場する代物でした(具体的には、148話の一幕があってからですね)。あれもルヴィア特有の前倒し案件だったわけです。
なので、それ以降はポツポツながら出始めています。主に一つ目の唯装取得が早かったプレイヤー、つまり十二神器持ちを中心に。いずれ本編にも出てくる可能性はありますが……触れる機会は少ないかもしれませんね。