241.一番落ち着いてそうな子は逆に暴走する
「つまり、私たちが誤認していただけで、どの種族からでも精霊になれると?」
「ええ。といっても、エルフと妖精が精霊になりやすいことには変わりありませんけれど」
アメリアさんの話をまとめると、こんな感じだった。
そもそも、精霊への進化そのものには種族による制限などない。進化そのものは何からでも可能で、それは他のエクストラ種族からでも例外ではない。
しかし、精霊進化のための最低条件である「精霊界へ入れるようになること」という要素に種族格差がある。エルフと妖精は少し鍛えるだけでできてしまうが、ほかの種族だとこの時点でかなりの難度を誇るらしい。
また、条件以外にも精霊の性質というものもある。自らの分身を除く金属を装備すらできなくなるという代償があるから、重装備だと進化するだけで詰みかねない。そのような者となると精霊側が止めるから、実例はないようだけど。
そもそも精霊そのものが極端に魔力や魔術に寄った存在で、魔術の得意な者でないと精霊界には入れない。これはエルフの場合も大きくは変わらないようで、言い換えればステータスの合わないエクストラは候補にすらならない親切仕様だ。
「では、アメリアさんの場合は……」
「わたくしは、そもそも魔術を、中でも聖術を得手としていますから。魔力との親和性も高い《魔王族》と相まって、エルフ並に適性が高かったのです」
確かにそうだった。彼女はこの世界でも、そして《セイクリッド・サーガ》でも、飛び抜けた魔力を有する怪童だ。そこを注視すれば、精霊になるのに不足はないといえる。
なるほど、彼女が精霊となれた理由はわかった。
「では、その……実際に進化したのは」
「以前から誘われてはおりまして。世界の現状を鑑みると、少なからず強化になる精霊化を渋るわけにはいかなかったのです。アズキさんの件はいい機会でしたよ」
「えっと、滅相もない、です」
なるほど。精霊である場合とない場合を比べれば、確実に精霊であった方が魔術的な力が上がるのは疑いようのない事実というわけだ。
でも、それなのについ先日まで進化していなかったのは理由があるのだろうか、と思っていたら。
「もっとも、代償はありました。……わたくしはこれ以上、生物としての発育を行えません」
「え……」
「汚染侵攻があと二十年遅ければ、悪魔として大人になれてから精霊化できたのですけれど……背に腹は変えられませんから」
とんでもない爆弾が落とされた。
精霊になってしまえばふつうの生物の軛からは外れて、全く別の存在になってしまう。私たちにとってはメリットとデメリットのある効果でしかなかった《魔力生命体》だけど、そう聞くと無慈悲に過ぎる性質だ。
アメリアさんはまだ13歳で、見た目も未成熟な幼女そのもの。それなのに、今精霊化してしまったせいで、これ以上の発育が起こらない。……その事実に、彼女はどう思うのだろうか。
私たちにどうこうできる話ではなかったし、アメリアさん自身が決めたこととはいえ、汚染侵攻という事件が叩きつけた結果には閉口するしかなかった。
「……なんて。まっとうに成熟できないのは本当ですが、問題ありませんよ」
「え?」
「精霊は魔力生命体。つまり魔力を自在に操ることができれば、一時的にではありますが大人の体を再現することも可能ですから」
「…………え」
飄々と嘯くアメリアさん。……いや、成長した後の姿を本来の姿にできないことを憂う様子はあるけれどね。でも、私が少し想像してしまった哀しさは、ものの数秒で本人に否定されてしまった。
私は、ちょっとだけ青筋を浮かべた。
「アメリアさん」
「……は、はい」
「後日、精霊の先輩として指導して差し上げますね」
「ひぇ」
いつになく可愛らしい様子で縮こまるアメリアさん。だけど、減刑はないからね。
私たちの哀愁と同情を弄んだ罪、今度しっかり償わせてあげる。
まあそれはそれとして。
「もう作業に入っているでしょうし、そろそろ各地の様子を見ていきましょうか」
「(ぱぁっ)」
「アイリウスちゃんの顔」
「楽しみだったですね……」
とてもわかりやすい表情で飛んでいったアイリウスを追いかけると、すぐに準備に賑わう道端に着く。一度落ち着いて話をするために訪れた小聖堂だけど、ここも街の範囲内だからね。
実際に見るのは例によっていつもの6人のところがいいだろう。
「まずは《裁縫》から?」
「せっかくだから双界の人達にも仮装を楽しんでもらおうと思って!」
「……なんですその目は」
「アメリア様もいかが?」
「アメリアさん、いいことを教えてあげます。こうなったら最後、逃げ場はないですよ」
これは単純で、既にプレイヤーには行き渡りつつある仮装衣装を増産していた。既に広まりつつあるのか、近くの道端ではNPC表示の子供たちがお化け布を被りながら駆け回っている。
当然の流れで押し付けられたアメリアさんもさほど嫌そうではなかったから、すんなり着てくれることになった。……ちょっと待って、アメリアさん今「ルヴィアさんへダメージを与えられるものを」って言った!?
「ふふ、どうでしょうか」
「ゔっ」
「いつぞやにルヴィアちゃんに渡した魔法少女衣装の色違いよ!」
「すみませんでした……」
〈(可愛死)〉
〈おおおおお〉
〈折れるのが早いぞお嬢〉
〈おかわわわわわわわわわ〉
〈グッジョブホネキ!!〉
色違いというか、悪堕ちエディションというか。よりにもよってとんでもないものが出てきた。魔女ならともかく、魔法少女衣装はもう見たくもないのに……。
でもまだだよ、それはそれとして後日お仕置きを……え、このまま着ていく? そ、そうですか……。
「では《細工》は……」
「あ、アメリア様! メイクもしていきます?」
「是非」
「……助けてリオネッタちゃん」
「ワタシは師匠に逆らエまセんノデ」
「そんなところで人形らしさ発揮しなくていいから……」
エルジュちゃん、こんど怒る。ホーネッツさんには弱みを握られていて難しいから、その分もまとめて。
……大人気ない? うるさいやい。
「あ、これかわいー」
「性能もいいです。わたしたちなら、年中使えるですし」
「リオネッタちゃん、あれ、二人に」
「ハイ、マイドアリガトうゴザいマすっ!」
「え、いや、自分たちで……」
「金持ちには奢られておきなさい」
「か、貫禄です……」
〈は? かっけえ〉
〈お嬢いっけめーん!〉
〈なんだこの聖人〉
〈ノブレス・オブリージュ!?〉
〈株取り戻しに来たな〉
スズランちゃんとアズキちゃんが気に入った様子でアクセサリーを見ていたから、私からリオネッタちゃんに代金を渡して購入。そのままトレード操作で二人に譲渡する。ちょっとシステマチックだけど、こういうのもいいね。
二人によく似合いそうな、コウモリをかたどったイヤリングだ。ヴァンパイア一年生な二人にもよく似合いそう。
「セッカクナノで、ルヴィアさんの小物もヌりカえサセてクダさい!」
「え、いや、サービスはいらないけど……」
「……ソノ、練習をシタくて」
「ああ……そういうことなら」
アメリアさんのメイクにはもう少しかかりそうということもあって、リオネッタちゃんからはこんな提案もあった。そういえば進化直後、服は染め直したけどアクセサリーはそのままだったね。
今の私のイメージに合うよう、練習台も兼ねて塗り直してもらった。……本当に練習台かってくらい上手だった。
「……あれ、でもルヴィアさん、リアルはともかくこっちなら私たちも資産そんなに変わらないような」
「あのね、ルヴィアはああ見えて物欲があんまりないの。必要な物しか買わないから、未だにインベントリにゆとりがあるの」
「あー……」
「しかもやってることが多いから使い切れてないの。……あと見栄をはtt」
「アイリウス?」
「ぴ」
もしかして今、お仕置き対象増えた?
次、《錬金》。
「……え、これって」
「はい。蘇生薬です」
「いつの間に……」
「ついさっき、漆咎さんがレシピを」
「これなの、とくと見るといいの!」
〈見せ方が進化してる〉
〈ド有能アイリウス〉
〈分業たすかる〉
〈これはかしこい〉
多少慣れてきたとはいえやはりハイムさんのあがり症は健在で、至近距離で実物を配信に映しながら話すのは難しい。しかしその問題を解決したのは、我が分身こと超有能ハイパーソードのアイリウスだった。
マイクを持つ私がハイムさんの近くで実物Aを見ながら説明を受け、少し離れた場所でアイリウスが実物Bをカメラに向ける。完璧な役割分担である。
たぶん自分の世界のものに興味を持ってもらえるのが嬉しいのだろう、アイリウスも嬉々として手伝ってくれている。……手持ち無沙汰な三人はちょっと憮然としているけど。
「ルヴィアさんは、リザポのことはどこまで?」
「存在自体は《アガフィヤ》で確認されていることは知っていますよ」
「そういえばアレ、どういう意図があって一個だけ置かれてたんだろ」
「ああ、それならちょっと思いつくものはあるよ」
〈マ?〉
〈っぱお嬢の考察力よ〉
〈世界観のクレハ、システムのルヴィア〉
〈それ気になってた〉
スズランちゃんも目を輝かせているし、軽くだけね。
リザポは《アガフィヤ火山》のボス戦クリア後に一つだけボス部屋に置かれていたのが初出だ。それ以来一月近く手に入らなかったこともあって、研究も兼ねてハイムさんが預かっていた。
しかしどうやら今日、漆咎さんから錬金レシピの教授があったらしい。つまり本来の初出はこちらで、アガフィヤでの分は例外的だったということになる。
「おそらくですが、その《アガフィヤ火山》のボスが助け出す対象だったからでしょうね」
「というと?」
「連れ帰りのためだったんだと思います。状況によって、せっかく助けた《涼》を置いていったりしないように」
アガフィヤ火山のボス、《“斬炎竜” 涼》は討伐後、少女の姿となってその場に倒れた。彼女を助け出して街で介抱するところまで前提だったわけだけど、ここで問題があったのだ。
それがアガフィヤ火山の地形。火山という天然の要塞が祟って手軽な出口がないから、場合によっては連れ出しにとても苦労する。たとえば死闘の末に一人しか生き残らなかった場合、少女を抱えたまま一人で下山するという苦行を強いられることになっていた。この時に助けを求めるための蘇生薬だったというわけ。
結果的には攻略したクレハたちは数人を残したし、そもそも空を飛べるクレハが生き残ったから労せず運び出すことができた。余ったリザレクトポーションがボスエリア脱出で消えずに残ったのは、余裕を持ってクリアしたことを称えた追加報酬とでもいうべきだろう。
「ちなみに、ハイムさん。この四週間で、リザポの解析は?」
「……こちらを」
〈なんだ?〉
〈動画ファイル?〉
〈嫌な予感するんだが〉
〈お嬢、それ開かなくてよくね?〉
うん、コメント欄の皆と同意見。とっても嫌な予感がする。
だけどね、こういう露骨な振りには配信者は応えなきゃいけないんだ。そういう定めなの。たとえ後悔することになっても……
『なんの成果も!! 得られませんでした!!』
「……え、それだけ?」
「許してください。配信者に聞かれたらこれを見せろと言われていたので……」
うん、開かなきゃよかったね。
今回のイベントはクラフター多めでお送りします。
仮装するのはむしろアメリア様、予想できた方はぜひコメントに!(いるのか?)