239.✕ハロウィン 〇秋の仮装大会
さて、ティレイオ島の主要都市 《タルミナ》の広場に到着してしばらく。いよいよ開始時間なんだけど……。
「安いよ安いよー! 種類がなくなる前になってみたいものを選んどきなー!」
……なにあれ?
「あの、なんですかこれ」
「おや、ルヴィアちゃん。敬語」
「ホーネッツさん、あなたもか」
「敬語」って言った時ってふつう無礼な人に敬語を求める時だと思うんだけど、私の時だけ真逆なのなんなんだろうね。
じゃなくて、あなたまでそれを求めるのか。もう本格的に知り合い全員になりそうなんだけど。
「で、なんなのこれ」
「見ての通り、ハロウィンコスチューム屋だよ?」
「そうだと答えてほしくなかったから聞いたんだよ?」
いやまあ、パターンは読めていたけどさ。水着くらいならともかく嬉々として体操服を作りまくっていた裁縫師の皆さんが、ハロウィンなどという美味しすぎるイベントを逃すわけがないことくらいわかってたけどさ。
ホーネッツさんは接客に返して、横から店頭のラインナップを見てみようか。ええっと、カボチャの被り物はもちろんとして……。
軽いものだと悪魔の尻尾や角 (たぶんアデルやアメリアさんがモデルだ)、ウェアウルフや黒猫のつけ耳(普通に初期プレイアブルにどちらもあるけど)、鬼の面(夜界で見ると場違いに見える)、魔女服(なんか見覚えがある)、その他もろもろ。
より本格的なものだと、ヴァンパイアなりきりセット(《ヴァンパイアハンターハンターズ》コスプレセット)、ゾンビ用と思しき衣装たち(某ゲームのような普通? のものから花嫁衣装まで)、死装束と天冠(天冠とは幽霊が頭につけている三角の布のことだ)、キョンシーセット(本格的すぎて言うことない)などなど。
「これにしてみようかな……!」
「おお、お客さんダイタンだね」
「カメラさん、ちょっと向こう」
「あ、別にいいですよ?」
包帯を体に巻きつけただけ(に見える)衣装なんかもある。体のラインが出るから、ちょっと挑戦的かも。露出はないけど、サービスショット。
隣にあるスケルトンの全身タイツは……あ、リュカさん着てる。やっぱり芸人向けか。
「あの、いつもの装備に血糊をつけたりとかできます?」
「もちろん。《生活魔法》で落とせるけど、使い切りだから気をつけて」
「……割とこれだけでイケるな」
なるほど、確かに。手軽に冒険者のゾンビのようになるから、戦闘職には満遍なく似合う。盲点だったけど、これも現実世界だと王道だね。
「ハァイ、ジョージィ……?」
「ぶは、似合ってんぞアル!」
「アルさん何してるんですか……」
「いや、あったから……あと敬語」
「…………」
確かに、一昔前に流行ったこのピエロも欧米では明確な恐怖の象徴だ。現にコメント欄でもローマ字からは恐怖が感じ取れる。残念ながら排水溝なんてこの世界にはないけど。
だけどアルさん、もうちょっとキャラ保とうよ。いきなり素に戻られた上で敬語要求されてホラーに感じるの私だけだよ。
他にもあるけど、こんな感じ。……だけど、なんとなく足りないような。
「ちなみにメイクは向こうだよ」
「メイクはコッチです! バッチりホラーにキめマすよ!」
「……一番決まってるのはリオネッタちゃんでは?」
これだけではアンデッド系には不完全だなと思ったら、どうやらホラーメイクは担当が別らしい。リオネッタちゃんが向かいで露店を出している。
……んだけど、リオネッタちゃん自身が完璧にメイクしているからみんなぎょっとしている。《DCO》では人間だけど、本来のビスクドール前提の顔立ちをしているからホラーメイクはよく似合う。
あと彼女、いつもと違って服に球体関節模様の肌色インナーを合わせていた。そういうのあるんだ。
「ルヴィアさんモ、ゼヒ!」
「……まあ、確かにありか」
「アリなの!」
「アイリウス、それ自分がホラー系の存在だって自白してるのと同じだからね」
本来なら私も仮装するところだったんだけど、今の私は《カースドソード・スピリット》だ。普段からそれなりにダークに仕上がっていて、仮装の中にいてもあまり浮かない。
だからそのままでいるつもりだったんだけど、メイクなら有りだ。せっかくだからやってもらうことに。
「……コンなカンじで!」
「おお……一気に雰囲気出るねこれ」
「似合ってるよ!」
体のあちこちに切り傷の痕のような線を入れて、腕や脚にはいくつか青あざ。顔はさらに青白くしていわゆるゾンビメイク。さらに装備にはところどころに血糊や汚しを入れた。
コンセプトは「斬り殺した死体を操り、近づいてくる人間を殺している呪われた剣の悪霊」……あれ、普段とあんまり変わってない?
「こんな感じなら……」
「お、それなら乗ったの!」
「……なんだろうね、この“本物感”」
「外見ダケでは得ラれナい雰囲気がアりマす……」
できる合わせは自分でもということで、常に《魔力飛行》で浮いてみた。幽霊のような揺らめき方を翅で再現していると、アイリウスも出てきて私の手から少し離れたところでひとりでに浮き始める。
「あれLive2Dか何か?」
「ゲームのキャラじゃん……」
「ソシャゲのハロウィンスキンにいそうグランプリ優勝」
「キャラ詳細画面開いたの誰だよ」
いい感じだね。イメージを集団共有させられている。まさにそれを狙ったのだ。
では次に、揺らぎを保ったまま横移動。すーっと前進して、また止まって待機姿勢。
「マップ移動じゃん」
「クオリティの高いRPGだなあ」
「裏ボスの攻略が楽になる隠しキャラだ」
「アイリウスちゃんはあの絶妙な動きをどこで」
そうそう、それがやりたかったの。操作した分だけ待機状態からキャラが動いて、指定されたマスに着いたら止まってまた待機姿勢に戻るやつ。
アイリウスが予想以上についてきてくれているから、もうひとつやってみようかな。
「……ふっ」
「うっわいいモーション」
「触れてない剣を振るのロマンだ」
「……はっ!」
「オタクくんこういうの好きなんでしょー?」
「二連撃モーションサイコー!」
「力を入れる時は握るの生前の名残感あっていい」
「……消えてっ」
「三連撃したら喋るやつだ!」
「えっ魔術をエフェクト扱いしてる?」
「連撃モーション完璧すぎて濡れる」
「やぁぁっ!」
「コンボの切れ目の強攻撃!」
「力入っててよき」
「拙者、普段浮いてる子が強攻撃で地面に着いてすぐ浮くモーション大好き侍」
…………たのしい。
ちなみにこの奇行はばっちり切り抜かれて、あろうことか公式Tsuittaに載せられた。無論バズった。
なお、このモーションが後にほぼそのままの形で「百鬼戦録」に収録されることになることは、まだ誰も知らない。
このあたりで私が落ち着いたのに合わせて、広場中央の転移門に特殊エフェクト。……時刻は午前10時2分だった。ちょうどに来ないあたり、ほぼ確実に私を待っていたよね。
ほらもう、降り立った希美浜パパが手招きしている。運動会の時に続いて私と関わりが深い人が来ているのもわざとだろう。
「…………何してるのお父さん」
「メタ的な注意事項の伝達さ」
「はーい。そんなことだと思ったから、早く終わらせましょうねえ」
「ルヴィアちゃん、うちの娘たちが冷たいよぅ」
「いや、知りませんけど……」
〈!?〉
〈今度はフリュルプパパか〉
〈もうわざとでは?〉
〈余裕あるなあ運営〉
先月のジュリアは顔を真っ赤にして慌てることしかできていなかったけど、今回はなんだか距離が近い。イベント主催が運営さんではなく夜津さんであるのが影響しているんだろうけど、そのせいで広場にいた娘たちには動揺より冷たい目を向けられていた。
助けを求められたけど、応える筋合いはなかった。私はフリューとルプストの親友なのだ。
「と、とにかく。ここではルヴィアちゃんとの問答の形で軽く注意事項を伝えさせてもらおうと思う」
「なるほど。……まあ、お聞きしましょう」
「ではまずひとつ。みんなお察しのことかとは思うけど、コスプレ促進制度は今回もある。奮って参加してくれ」
「コスプレって言っちゃいましたよ」
せめて仮装って言おうよ、ハロウィンなんだから。せっかくごまかす言葉が存在するのに、運営さん側が紛れもないコスプレと認識してしまっているのがバレている。
ちなみにこれ、どうやら全プレイヤーのメニュートップ画面にて中継されている。こういうところ、適切な措置ではあるんだけどね。
「判定基準だが、ハロウィン用装備やメイクに性質を付与する形になっている。素でハロウィンっぽいプレイヤーも、何か少しでいいから特別要素をつけておくといいぞ」
「メイクでもいいんですね。それはいいことを聞きました」
「余裕のあるプレイヤー諸君は、ぜひ仮装も含めて楽しんでくれ。ルヴィアちゃんのように」
〈はい広告塔〉
〈いつもの〉
〈使われてるぞお嬢〉
〈でも実際これだけ楽しんでる公式配信者とか美味しくて当然なんだよな〉
私やスズランちゃんのような素でハロウィンに違和感のない種族でも、仮装アイテム側に判定があるから何かつけておく必要があると。ただしメイクや血糊だけでもいいから、苦手な人はそれをつけておくだけでもよし。
ちなみに私はメニュー画面中継に至っても浮遊立ち絵を継続している。誇示するチャンスだとは思ったけど、逆利用されているね。
「……とは言ったけど、現時点でもなかなかの着用率になっているな。慣れてきてくれているようで何よりだ」
「皆さんわかりますか、これがどうしても話題性とCMの絵が欲しい運営さんの本音です」
「そういうことは思っても言わないでもらえるかな?」
〈最近特にお嬢に遠慮がない〉
〈*運営:ルヴィアさんから遠慮を消したの誰だよ!〉
〈お前らだよ!!〉
まあ実際、慣れるよね。前回ああだったし、裏で繋がっていそうなホーネッツさんがあんな煽り方をしていたし。特に運動会を経験したプレイヤーたちは自分たちから進んで仮装していた。
ただ、こういうタイプの成功体験を得てしまった運営さんはもう止まらない。これから毎月コスプレしようぜ、となること請け合いだ。
そしていくつかの諸注意をして帰っていく希美浜パパ。もしかしてこれも様式美?
そのうち誰かが着ぐるみとか特殊メイクとかやってくる。