231.“普通”に着地させてください
「うぅ……もうお嫁に行けない……」
「よく言うわよ、けっこう楽しんでおいて」
「うぇ、ホーネッツさん!? それ言わないでくださいよ、ルヴィアさんはずっと乗ってくれてたのに!」
「ああ、ごめんなさい。ふふ」
無事に計測が済んで、メイさんはようやく解放されてorzポーズ。一時期イシュカさんのお家芸だったやつだ。
本気で嫌がってはいなかったという種明かしもしっかりしながら用事が終わったのに逃げずに残って、そのまま私と一緒に来る気満々だ。
「それで? ルヴィアさん、凄い目に遭ったみたいだね」
「それはもう。おかげでこんな美味しい見た目になれましたし、進化自体も強かったですし」
「たくさん褒められて嬉しいの……もうとろけちゃうの……」
〈いうほど褒められてるか?〉
〈お嬢はともかくエルジュは災厄扱いしてるが〉
〈最初けっこうなメンヘラだったのに普通に可愛くなってきてる〉
〈軽めのヤンデレって甘やかすとこうなるのか〉
ね、うちの子かわいいでしょ?
そもそもの話、私はアイリウス以外を使う気は元々どこにもなかった。実はデメリットなしでただ可愛い半身が現れただけなのだ。この性能と可愛さの前なら、元々なかった自由度なんて捨ててしまってよろしい。
「なのでみんなも早く《唯装魂》と仲良くなりましょう」
「前から思ってたけどさ、ルヴィアさんってたまーにブレーキのネジ飛ぶよね」
「ああ、わかるわ。面白さに躊躇がないというか」
〈それ〉
〈お嬢はプロだから〉
〈意外とボケに回るんだよな〉
〈初見さんには確実にツッコミ役だと思われるのに〉
……あの、今回ばかりは別にボケに回っているわけじゃないんだけど。
だってほら、こんなに可愛いんだよ?
「いやまあ確かに可愛いけど」
「私たちは唯装なんて持ってないから、よくわからないわ」
そのうち来るんじゃないかとは言われているけど、確かにクラフター用の唯装はまだ存在しない。それを理由に評価を放棄されてしまった。
だから、自然と矛先はこの場でもう一人の唯装所持者に向く。
「メイさんはどう?」
「私は……」
「受け入れてくれたらとっても嬉しいの! イグニもそう思うの?」
〈あっ……〉
〈イグニちゃん「うんうん!」〉
〈あーあ〉
〈ついにメイのやつまで光った!〉
しかしメイさんが下手なことを言う前に、アイリウスがイグニ……《イグニッショングローブ》に問いかけた。……ちかちかと瞬いて意思表示、おそらく肯定の反応が帰ってくる。
ちなみに《イグニッショングローブ》が瞬いたのは初めてだ。それを見たメイさんは……。
「……かわいい」
「でしょう?」
「えぇ……?」
「持たざる者から見るとよくわからないわ……」
〈メイさん?〉
〈理解してしまわれた〉
〈イシュカもユナも手遅れだったりするぞ〉
〈やはり精霊は逃れられないのか〉
〈でもまあこれが育つとアイリウスちゃんになると思えば〉
ようこそ、メイさん。こちら側の世界へ。みんな待ってたよ。
特にソフィーヤちゃんあたりは本格的に自我を宿してきている《クリスタリウムの書》を毎日丁寧に手入れして愛でている。傍から見ればちょっと危ない子だけど、一度可愛いと思ってしまえばこっちのものなのだ。
そんなこんなでしばらくして、無事に染め直しが済んだ。
「おお、ダークでいい感じじゃないですか!」
「はい。最高です。まさにこんな感じのイメージでした」
「とりあえず一度振り切ってみたけど、これで完璧なのね。ルヴィアちゃんってけっこう大胆……?」
「最近吹っ切れてきたんですよ。数割くらい誰かさんのせいで」
「ダレノコトカシラー」
〈うわ〉
〈いい感じじゃん〉
〈夜の洋館の奥に現れる人外お嬢様かな?〉
〈一気に非人間ぽさ増したな〉
〈ぎりぎりホラーにならない塩梅いいじゃん〉
染み付いて乾いた血痕のような暗めの赤に、元は純白のドレスだったように見せかける白抜きの模様。さらに胸元により暗い色の模様を一筋だけ差すことで、まさにさっきやられたように貫かれた痕らしい様子になっている。
だけど血飛沫まではついていないから、あくまで少し想像させる程度だ。このくらいなら普通に見ている分には主張しすぎないし、見ようによっては普通のドレスの範囲内。この示唆するだけの塩梅、プロの仕事である。
「まあ、気に入ってくれたならよかったわ。必要になったらまた染め直してあげるから、いつでも来てね」
「はい。その時はお願いしますね」
ちなみに少しだけ名前が変わっていた。《ヴェスティート・シンフォニア=サングィノーゾ》。……意訳すると、「血濡れた合奏のドレス」といったところだ。
どうやらまたモデルチェンジした時に備えて「サングィノーゾ」の部分を変更できるようにしてくれたらしい。ちょっと引き気味の割には、ホーネッツさんも乗ってくれるよね。
そのままメイさんと一緒にギルドハウスへ。
…………待ってメイさん、あなたここじゃなくない?
「うわぁ、かっこいい……!」
「けっこうはっちゃけたね?」
「すっかり呪われちゃった」
「ここまできたらもう、楽しんだもの勝ちだと思って」
〈そうだぞ〉
〈やーっと気づいたか〉
〈いいぞもっとやれ〉
〈↑←↓見てる分には面白いから焚き付ける野次馬共〉
〈いろいろ配慮してるお嬢より配慮の余裕がないときのお嬢のが面白いからな〉
みんな集まって配信で見ていたようで、もう大盛り上がりだった。ハヤテちゃんに至っては同時視聴枠までやっているからなおさらだ。
この突然の第二進化は流れ的にも美味しかったし、性能や期待の面でも可能性の広がりを感じさせて好ましいからね。特にここにいるトッププレイヤーたちは盛り上がる要素が多い。
ここにいる面々の大半はこれまでの私を「落ち着きすぎ」だと思っていたようで、ちょっと羽目を外してみた今回の行動にはすごく好意的だった。
「それと、昨日気づいたんですけど……」
「あれ、昨日何かあったかしら、スズランちゃん?」
「ルヴィアさん、私とアズキに対してタメ口で話してくれるようになってて」
「ああ。もう仲もいいし距離を詰めてしまおうと思って」
〈あ、そういえば〉
〈急にタメ増えてたから違和感あったぞ〉
〈あー、それかぁ〉
スズランちゃんがわかっていたようだけど、これも。それなりに長くDCOをやってくるにつれて、仲のいい子たちとの距離を詰め足りないなと思って。
「慣れてもきたので、年上じゃない子たちにはもう砕けてしまおうかと」
「「「!!」」」
〈ついにか〉
〈むしろ遅かった〉
〈あの子たちずーっと待ってたんだぞ〉
〈お嬢に人間味が〉
…………うーん、思っていたより反響が大きい。てっきりここまで喜んでくれるのは数人くらいかと。
でも、これまでは思いっきり押せ押せできてくれていたハヤテちゃんやエルジュちゃんのような一部の子だけだったからね。むしろ彼女たちを見習って、私が積極的になろうと思って。
「へぇ。年上にはそのままなのね」
「イシュカさん?」
「残念です、同じくらいルヴィアさんのことが好きなのに」
「メイさん?」
「ほらそうやって。年上ってだけでちょっと距離を置かれちゃうのね」
「私に目上の人への敬語も使うなと??」
〈草〉
〈まあそうなるな〉
〈諦めるんだぞお嬢〉
〈自分がどれだけ愛されてるか自覚しろ〉
思わぬ飛び火が来た。さすがに敬語が当たり前の年上はそのままだと思っていたのに。
でもこの二人……というか他も含む年上組の表情を見るに本気だ。しかも私の方から距離を詰めると言ったばかりだから、断るに断れない。
「……わかった。けど、しばらくお試し期間を作らせて」
「よろしい!」
「あと、さん付けだけは許して。さすがに無理だから……」
「まあ許そうじゃないか」
というわけで、私に敬語を使われたくない年上プレイヤーは各自申告してください。明らかな年上にも敬語を使えない矛盾に私が耐えられたら、そういうことになるから。
…………普通っぽくしようとしただけなのに、飛び越えてしまった。どうしてこんなことに?
ところで。
「メイさんはなんでわざわざここまで来たんで……来たの?」
「ルヴィアが混乱してる」
「どうせすぐ慣れちゃうし、今のうちに堪能しましょ」
「ちゃんと配信に映ってるので大丈夫ですよ!」
外野、うるさい。特に年上組、自分たちから敬意を捨てさせたんだから今後は容赦しないよ?
「これからはイグニをちゃんと可愛がってあげなきゃと思ったので、先達がいればと思いまして」
「メイさん……なんていい子なの……!」
「ソフィーヤちゃん、出番だよ」
「はいなのです!」
〈アイリウス再起動〉
〈イシュカたちに詰め寄られてる間は助けてくれなかったのに〉
〈同族を大事にしてくれる子は大好き〉
都合のいい時だけ会話に参加する術を覚えてしまったアイリウスは置いておくにしても、メイさんは行動が早かった。さっそくというわけだ。
その話をするなら、やっぱりソフィーヤちゃんだろう。彼女はいつも自分の相棒を愛でているし、可能と言われれば現実に持ち込んで一緒に寝たりすらしそうだ。
もちろん、その動機は「実体化した時にかわいいとうれしいから」。歪みない。
「そうなのですね……やっぱりまずは、装備として労わってあげることだと思うのです。まずは基礎が固まってないと」
「うんうんなの」
「それから、これ以上大事にしようがないってくらいになったら、ただの装備じゃなくて相棒としてうんと大事にしてあげるのです。たくさん話しかけてあげたりとか、いいと思うのです」
「そうなのそうなの! わたしはルヴィアに話しかけてもらえた時が一番嬉しかったの!」
「「ねー!」」
〈何この、何?〉
〈なんでそこで意気投合するんだ〉
〈対偶の位置だろお前ら〉
とてもまっとうに唯装溺愛論を展開するソフィーヤちゃんに、アイリウスがこれでもかと賛同している。どうやら可愛がられる側として嬉しくなったらしい。
そして自分のやっていることが間違っていないとわかったソフィーヤちゃんも嬉しくなって、ついには二人で意気投合。しまいにゃ泣くぞ、私と《クリスタリウムの書》が。
しかしこれに悲しそうにしたのは、そのどちらでもなかった。
「じゃあ、私の《ブロッサムクロージャ》が応えてくれないのはなんでなんだろう……」
「んー……ロッサちゃん、怖がってるの。甘やかされすぎて怖いみたいなの」
「え゛っ」
「それだけ愛してくれたら、わたしならうれしいの。だけどロッサはちょっと怖がりな子なの、もっとゆっくり落ち着いて気持ちを伝えてあげるといいの」
「そ、そうなんだ……わかった、ありがとうアイリウスちゃん」
〈草〉
〈wwwwww〉
〈持ち主側の重すぎる愛は毒と〉
〈ちょっと愛ですぎたな〉
〈ユナェ……〉
〈ぜったいハチャメチャに可愛がってるもんなユナは〉
ユナ、あなた自分の錫杖にまでそれ発揮してたの?
この子は元々ちょっと自分が可愛いと思う物への愛が深い傾向にあったけど、それが高じてしまったせいでかえって《唯装魂》が出てきてくれていないらしい。そのパターンまであるのか……。
しかしそうとわかれば思いやりはできる子である。ユナは今日から上手くやることだろう。……もしも出てきたロッサちゃんがロリっ娘だったら、そのときは知らない。
あとメイさん、さすがにそれをメモするのはユナがかわいそうだからやめてあげて。ソフィーヤちゃんの方だけでいいと思うよ。
アイリウスもいろいろ話せて満足みたいで、重要な会話はこんなものだろうかと思った矢先。雑談モードに移りかけていた私たちは、しかしある声に意識を吸い寄せられた。
「アイリウスちゃんという先達も現れてくれたことなのですし、私たちもがんばりましょうね、リスタ!」
「はいっ、ますたあ!」
「「「…………え?」」」
知らない声がした。
驚いて固まってしまった一同の中で、無邪気なのは二人だけ。
「あ、リスタちゃんが起きたの!」
「や、やったのです……リスタが応えてくれたのです……っ!」
「ますたあ? なんでないてるの?」
単純に嬉しそうなアイリウス。感極まって泣き出してしまったソフィーヤちゃん。そして、その様子に不思議そうなリスタちゃん。
そろそろ様々なことに驚き疲れてきたプレイヤーたちだけど、まだ何事もないひと時には戻らせてくれそうにない。
この子ら動かすのたのしいです。
なお日程の都合上、リスタちゃんの本格登場は20話後とかになります。