225.君もヴァンパイア
「本当に、助かったわ……」
ボス戦終了後、《マンダ》の街にある中央広場にて。
無事に解放されたプリムエヴァ姉妹は、かなり申し訳なさそうに頭を下げた。
「あまり気にしないでください。私たちが来るまで食い止めてくれていたことはみんな知っていますから」
「そうはいっても、ね。これでもけっこう先輩なのに、情けないところしか見せられてないもの」
「こー、ね。《第二級冒険者》としてのプライドが、というか、ね……」
〈しおしおじゃん〉
〈この子ら責任感強めだもんなぁ〉
〈ロレッタのお説教後より萎れてる〉
まあ、言わんとするところはわかる。二人は私たちが到着するまで耐え切るつもりだったのだから、「途中までよく食い止めてくれた」は気休めにしかならないのだろう。
だけど、そればっかりは仕方ないというか。植物神の娘や武神や女王でもかかってしまう汚染なのだから、この世界の人々には耐えられないのが当然というか……。
ちなみにいま《第二級冒険者》とエヴァさんが言ったように、実はこの世界の冒険者には階級がある。第一級から第十級まで、基本のものは十段階だ。
第十級は完全な見習いで、魔物退治ができるのは第九級から。第八級まで上がるとようやく見習い卒業となり、第四級からは皆の憧れだ。そして一般冒険者の最高ランクは第三級となる。
ではその上はというと、第二級は目立った功績を残したりして一般の枠を外れた冒険者が属する。要は名誉称号だね。ここまでくると領主のお抱えになったり、指名依頼をたくさん抱えるようになったりして、一般の依頼はほとんど受けなくなるらしい。
さらに上の第一級は、歴史に残るような英雄たちのための伝説の称号。つまり第二級というのは、事実上の最高位といっていい。
なんでこのあたりの話をこれまでしていなかったのかといえば、今のところ私たちには関係ないから。私たち来訪者の扱いには難儀しているようで、今はここに振り分けずに《特級冒険者》として保留状態になっている。
この特級は特上とか特別ではなくて、特殊の特だね。そもそも枠組みの外にあるということだ。
以上、掲示板の世界観考察スレより抜粋。
閑話休題。
なんともいえない雰囲気になってしまった場は、しかし打破してくれる人がいた。
「大丈夫です、お師匠!」
「フィア。無事だったのね。……でも」
「確かに先生たち、のみならずこの世界そのものが来訪者の皆様にご迷惑をお掛けしてしまってはおりますが、ならばその分だけこれから恩返しをすればよいのです」
「セレニア……うん、そうかもね」
ずっと攻略に協力してくれている、フィアさんとセレニアさんだ。今回は師匠たちの解放戦ということで二人とも意気込んではいたけれど、さすがに危険すぎるということで待機戦力に混じって大量発生した魔物を倒してくれていた。
この誰だって前向きにできてしまいそうな二人の提案に、顔色をよくして頷いてくれたローカルド姉妹。美しい師弟愛の成果もあって、この場も綺麗にまとまってくれたようだ。
「というわけで、その……雇い主に確認はこれから取るんだけど、これからは私たちにも世界解放の手伝いをさせてもらえないかしら……?」
「はい、もちろん。とても心強いですし、むしろ私たちの方からお願いしたいくらいです」
「ありがと。わたしたちも頑張るから、期待しててね」
〈え、最高か?〉
〈あの二人と一緒に戦える???〉
〈早くレベル上げて前線行かねば!!〉
〈やっぱみんなVHH好きなんやなって〉
なんで双界人の皆様にすら当たり前に私が代表として扱われるのかは解せないんだけど、明らかに私に向けて言葉が発されたから返事は私がする。ちゃんと代表役は他の三ギルドのマスターと持ち回りになっているはずなんだけどな……。
というわけで、ここまでが予定通りの会話となる。もうDCOもベータ含めて三ヶ月とあって、だんだんこういう流れはわかるようになってきた。
だから、ここからの話もなんとなく予想がつくというか。……ほら、ケイさんがフィートちゃんを連れてこっちに来ている。
「でも、それだけじゃ心苦しいというか……だから、他にも何かわたしたちにできることがないかな?」
「……それについては、この二人から」
ほら。この流れ、金華猫とサトリの時もやったよね。そしてそれに対して求めることも、人が違えど内容は同じだ。
しっかり位置を入れ替えてきた二人に譲って、私は少し斜め後ろに。ケイさんはなるべく平常を保ったまま、フィートちゃんは期待を隠しきれずに。
「私とこの子は、吸血鬼に進化したいと思ってるんです」
「!」
「それで、夜王都にいるサーニャさんには聞いてみたんだけど」
「ああ、あの子」
「『なるべく強いひとに吸ってもらった方がいいですよ』って、振られちゃったんです」
「なるほどね。事情はわかったわ」
話を聞いたプリムさんは、二人の装備や立ち姿を少し観察すると、隣の妹へ視線を向けた。
「エヴァ、やりなさい」
「……お姉ちゃん、他人事だと思ってるね?」
「二人とも近接物理系じゃない。エヴァの方がいいわよ」
「いや、そうなんだけどさ」
〈エヴァちゃんの顔〉
〈めっちゃ趣深い感じになってるな〉
〈かわいい〉
〈やっぱ気恥ずかしいのか〉
微妙な反応を見せるエヴァさん。とはいえ、その方がいいことはわかっているようで、断る様子ではない。
それを見たフィートちゃんはおろか、ケイさんまで期待に満ちた視線を送るものだから、エヴァさんはむず痒そうに頬を掻いた。
「なんか、こう、バランスが悪くない? お姉ちゃんも誰か……」
「いるなら吸うわよ。それも恩返しだもの」
何も言えなくなったエヴァさん、私の方へ向いてきた。
でも、ごめんね。ここで名乗り出てこないということは、たぶん今はいないと思う。いざ進化できるようになったけど、急な話だから事前に決めていた二人しか出てきていない。
ちょっとかわいそうになってきたけど、かといってなにかできるわけでもない。こればかりはどうしようもないだろう。
…………そういえば、吸血鬼化といえば、さっき似たようなことがあったよね。エヴァさんの手助けではないけれど、あれについてプリムさんに聞いてみたいかも……なんて思ったその時。
事態は斜め上の進展を見せた。
「その話、ちょっと待った!」
「話をややこしくしにきた、です」
突然口を挟んできたのは、まさにその件の犠牲者。ついさっき《傀儡》で吸血鬼のようになっていた二人、スズランちゃんとアズキちゃんだ。……そういえば、ちょうど私にタメ口を要求している二人だね。
なんか片方ちょっと違和感がある気がするけど、それは一旦いいとして。声がした方にみんなで振り向いて…………絶句した。
なんかあの二人、さっきと比べていろいろ変わってない?
「…………え?」
「二人とも、どうしたのそれ!?」
「そう、その話をしに来たんです」
その、有り体にいうとね。この二人、死に戻った今もなぜか吸血鬼になっている。
顔色が若干青白くなっていて、口もとに牙。アズキちゃんの妖精翅がコウモリっぽい、プリムさんやエヴァさんと同じものになっていて、スズランちゃんにもやはり同じものが生えていた。
「……この中に、全部知ってて黙ってた人がいる」
「ユナだ」
「決定的証拠をスクショしてた人がいるです」
「ユナだ……」
「いや、ほら、二人が隠れてたからサプライズの手伝いをしようと思ってさ」
「ユナ、見せてくれる?」
「ハイ」
〈草〉
〈いつもの〉
〈お嬢の微笑み(圧)〉
〈なんかそういう役回りになってきたな〉
〈お嬢とイシュカにだけやたら弱い女〉
たぶん、ロウちゃんが裏のグループチャットとSNSに流してくれたスクショの亜種だろう。予想がついたから強請ったら、ユナは見せてくれた。
そこに写っていたシステムメッセージがこちら。
『《“魔弾の射手”プリム》に立ち向かった勇敢な来訪者へ。
攻略の礎として身を捧げた見返りとして、《傀儡》状態を遊ぶ特別な機会を差し上げます。望む場合は、素敵なロールプレイをお楽しみください。
《傀儡》を自分で操作しますか? Y/N』
『《呪化》状態のプリムの最後の魔弾で《傀儡》となったプレイヤーは、特別に《ヴァンパイア》として更なるロールプレイが可能です。二次的に《傀儡》を増やすヴァンパイア本来のロールプレイを体感していただけます。
※このオプションを選択した場合、終了後も《ヴァンパイア》のままとなります(元の種族への復帰には別途アイテムが必要です)
※このオプションを選択した場合、戦局に少々の影響が及ぶ可能性があります。ご利用と行動は計画的に。
《ヴァンパイア》に変容しますか? Y/N』
…………なるほど。これに乗っかると、他の条件を特別に飛ばしてヴァンパイアに進化できてしまうと。
なんか最近、運営さんもはっちゃけ度が増してきたね。
「つまり、スズランちゃんとアズキちゃんはプリムさんから撃ち込まれた吸血鬼の因子を受け入れて、そのまま進化してしまったと」
「はい。ケイさんとフィートには悪いですけど、先を越したです」
「……ごめんアズキちゃん、いきなり始めたRPについては突っ込むの後にするね」
〈なんか口調変だなぁ?〉
〈また精霊の口調バリエーションが増えてる〉
〈カエデとルナ見て何か思ったのか?〉
ただでさえ情報量が多いからごめんね。種族が変わった、どころか“堕ちた”といってもいいから、始めるタイミングには最適なんだろうけど。
まあ、そもそもソフィーヤちゃんと付き合いが長いところにあの二人だから、なんやかんやで影響を受けたんだろうね。
ただ、今気にするべきはそこじゃくて、向こうで思いっきり頭を抱えている吸血鬼さんのほうなの。
「『いるなら吸うわよ。それも恩返しだもの』」
「あ゛っ」
「よかったね、お姉ちゃん。いたよ、お姉ちゃんの眷属」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
〈草〉
〈仲のいい姉妹だナー〉
〈まあまあムカついてたんだなエヴァちゃん〉
〈まあ因果応報だな〉
安全地帯から焚き付けられたエヴァさんの仕返しを受けながら、プリムさんが余計にしおらしくなっている。もう殺してくれ、とでも言わんばかりの様子だ。
お願いしてくる子を吸って眷属にするのと、正気を失っている間に頼まれてもいない相手を眷属にしてしまうの。どっちの方がましなんだろうね。
さすがにちょっと可哀想だから、私から口を挟んだ。……ほら、二人とも、慰めてあげて。
「プリムさん、あまりお気に病まずに。ユナみたいに拒否もできたところを、この二人は自分からヴァンパイアになったみたいですから」
「そ、そうはいっても、ね。大事な進化でしょうに、こんな形で……」
「そう、それですっ。こんな特別な形を経験させてくれて、むしろお礼を言いたかったんです」
「それと、マスター? と、仲良くなりたい、です」
「……なんていい子たちなの」
プリムさんはそれはもう嬉しそうに、救われた様子で二人を抱き寄せた。二人とも少し驚いてはいたけど、すぐにその気になって抱き返す。……美しい眷属愛、でいいのかなアレ。なんかノリが良すぎる気はするけど、本人たちは楽しそうだからいい?
ヴァンパイアへの進化難易度はかなり高いです。が、このボス戦本戦に少しでも関わっていればいつでも無条件で進化できます。有力な双界人とのコネ、たいせつたいせつ。