214.ここは今から隅田川
よくわかる概説。
今回の目標である《海蛇竜・海佳》戦は、ひとまず最初のうちは順調に進んでいた。たまに船から落ちて死に戻るプレイヤーがいたくらいで、全体的にはむしろ平和なものだったほどだ。
だけど、ゲージ攻撃から崩れた。予測可能回避不可能、DCOのいつものパターンだ。
最初のゲージ攻撃までは様子見のようなもので、そもそも電撃が来なかったのだ。波起こしや水ブレスでひたすら水攻撃を飛ばしてきて、素直にこちらを削りにきていた。
もちろんその程度で崩れるトッププレイヤー勢ではないから、ここまでは何事もなかったんだけど、ゲージ攻撃で雷が飛んできてからは話が変わった。
濡れ状態を少し甘く見ていたのだ。みんな自分自身くらいは常に乾かしていたんだけど、何も攻撃で水浸しになるのはプレイヤーだけではなかった。
雷がいくつかの船の甲板に直撃して、一帯にいたプレイヤーがまとめて戦闘不能になったのだ。ダメージは着弾地点の近くにいた魔防の低いプレイヤーが死に戻るくらいで、不可逆の被害は少なかった。だが、範囲内の全員が《感電》状態になってしまった。
この《感電》がなかなか厄介で、今のところ治すには時間を置くしかない。だから中破した船の修理も兼ねて、数隻が丸ごと一時的に離脱することになった。
そこからは適切な対処はしていたんだけど、もう単純に海佳が強かった。じわじわと被害が増えていって、途中で大破した船が離脱して、最終的には戦力が半分くらいになっていた。
で、たった今。最後のゲージ攻撃として放たれた範囲放電によって、残る船の全てが一時的に動きを止められてしまったのだ。
「調整おかしいだろうんえー!」
「航空隊前提とか、竜進化が出てなかったらどうするつもりだったんですかぁ!?」
〈*運営:竜がいなければ難しいボス戦なので、その場合は後回しになりますね〉
〈草〉
〈開き直ってやがる〉
〈あのさぁ……〉
〈強く生きろセージ〉
〈お嬢がいてよかったね〉
というわけで、船が復帰するまでのしばらくの間、航空隊だけであの竜を抑えることになりました。
この流れ、既視感があるんだよね。ふつう二度も三度もあるはずがないような状態なんだけど。
「いや、まあ、今回は一人じゃない分だけ楽なんですけどね」
「それが楽な理由になる時点でもうお察しだよね」
三度目の竜足止め戦。今回は最初から仲間たちがいるけれど、代わりに足場がない。ずっと休まずに飛び続けながら戦わなければならないし、少し気を抜いて海に落ちたらそれだけで危険だ。
もはや飛ぶことが当たり前の妖精ならともかく、他の種族にとっては基本状態でまで飛びはしない。常に飛行にリソースを割きながら立ち回る必要があるのだ。
「ぬおおお休めないの結構つれえ!!」
「足場を、足場をくれー!」
「足場ならあるじゃろあそこに」
「どこだよ」
「竜の上」
「無理だが???」
〈元気だなあいつら〉
〈まだ余裕そうだな〉
〈たのしそう〉
〈やっぱ翼人いいなぁ。俺らみたいな凡人でも飛べるのは魅力〉
だから、特に物理飛行の翼人はあんな感じになりやすい。現実では使わない、というか存在しない筋肉を使うから、飛ぶコツを掴んでも本当に慣れるまでは辛いのだ。
まあ、疲れるだけだ。多少無理な飛び方をしても、急に力が入らなくなって墜落したりはしない。ただしSP管理は適切に。
「そこでこれです」
「カロリーバーうまー」
「ハンバーガー味のカロリーバーってどう作ってるのです?」
「この世界の料理の可能性は無限大だね」
〈うまそう〉
〈口パッサパサになりそう〉
〈妖精がかじりつくのすごい絵面だな〉
〈なんで九鬼姉妹は平気そうなんですか?〉
〈この姉妹妖精に混じってピンピンしてら〉
〈リョウガとユナも大概だぞ〉
「航続時間は慣れですよ。ひたすら練習すれば負担は消えます」
「そうなんだよね。ルヴィアに勧められて普段からなるべく飛んでてよかったよ」
〈そうなのか〉
〈自転車も慣れたら楽みたいな?〉
〈人間は楽な形を見つけるの上手いからな〉
〈生命の神秘だぞ〉
〈*運営:飛行は慣れれば歩き続ける程度の疲労になるよう調整していますよ〉
〈つまり飛ぶだけで疲れてる奴は鍛錬不足ってこと?〉
〈お嬢練習の鬼だもんな〉
そこまでは言わない。どちらかというと、進化解放から幾ばくもない現時点でここまでの長時間飛行が必須の戦闘を用意してくる運営さんサイドに問題がある。
ただまあ、一部にはそれについてこられているプレイヤーがいるのも事実なんだよね。リョウガさんのように実力でモノにしている人もいれば、イースさんをはじめとして飛行ジャンキーが故にとうに慣れきっている人もいる。
私? 私はほら、クレハとジュリアもそうだけど、飛べるようになったのがかなり早かったから。確かに練習は裏でけっこうやったけど。
〈お嬢の「けっこう」は常人の猛特訓なのでは〉
〈*クレハ:よく言いますね〉
〈*ミカン:それクレハが言う?〉
〈ミカンたそもそれ突っ込めるのだろうか〉
改めてボス戦だけど、攻撃パターンは意外と単純だ。
水系の攻撃、雷系の攻撃。この二つを交互にひたすら繰り返す。それだけである。
……簡単だと思った?
「こいつ! 過去一!! しんどい!!!」
「はー……次何くる?」
「『波起こしです! 後ろ足が沈みました!』」
「了解、横に回るよ」
〈うわぁ……〉
〈害悪ボスじゃん〉
〈ちょっと凶悪すぎひんか?〉
〈お嬢がいてよかったね(二度目)〉
〈こういうのよく知らないんだけど、何がヤバいの?〉
〈攻撃内容がランダムだから初動見てからじゃないと避けられない〉
〈マジ?〉
そう。攻撃パターンは水系と雷系の二つだけなんだけど、その機会ごとにそれぞれの中から完全にランダムで選ばれるのだ。だからパターン読みで避けられなくて、予備動作をきっちり見切る必要がある。
しかも紛らわしい。今のように後ろの足が沈んだら、上体を起こしてから波を立ててくる。足を沈ませずに上体を起こしたら、息を吸い込んで水ブレスだ。
「次ー!」
「『足は沈んでません!』」
『前足が開いた! 魔術来るよー!』
「『……プロード!』」
「うげぇ!?」
かといって、後ろ足だけを見ていればいいわけでもない。同時に前足が開くかどうかの判断もあるから、観測者は二人必要だ。
前足が開いたら水魔術。……そして厄介なことに、魔術が来たらさらにいつも通りエフェクトから種類を判断しなければならない。この魔力が収縮するようなエフェクトは、直後に《スコールプロード》が飛んでくる。
水系だけでこれだけど、もちろん雷系の方も同様だ。落雷か放電か雷魔術か、こちらも予備動作を見ないと分からない。しかも癖のつき方が水系と違うから、ちゃんと混乱せずに適切な部位を見なければならないおまけ付きだ。
〈はぇー〉
〈ヤバない?〉
〈最前線こわ〉
〈私は固定ルーチンだけでいい後方にいます……〉
〈心が折れそう〉
「これは慣れです」
「申し訳ないですけど、アズキちゃんの言う通り慣れるしかないんですよねこれ」
「じゃあ初最前線で暴れ回ってるあの子は?」
「…………アデルのことは私にもわかんない」
ほんとあの子、なんで普通に「二ヶ月ずっと最前線にいます!」みたいな雰囲気出しているんだろうね。
ともかく、この攻撃観測はトッププレイヤーの中でも得手不得手があるから、得意な人が引き受けることになる。そしてこれが忙しいから、個人としての攻撃がややおろそかになりがちだ。
さすがにずっとそれだとまずいから、観測者はなるべく交代制を作るようにしている。ここまで観測に回っていたけど、私もそろそろ配置換えだ。
「ルヴィア、代わるわ。もうポーション許容も含めてMP空っぽだから」
「じゃあお願いします、イシュカさん」
〈元RTA走者参戦!〉
〈ゲームが上手い人代表だ〉
〈貴重なゲーマー側〉
〈お嬢みたいなゲームどうこうを超えたバケモンばっかだからなこのゲーム〉
……コメント欄は好き勝手に言っているけど、イシュカさんがゲームそのものがものすごく上手い人なのは事実だ。今のDCO最前線に元プロゲーマーとかはいないから、彼女の各種RTAでの実績は割と目立つ。
このひと、スピードランならゲームジャンルをあまり問わなかったとんでもない人なんだよね。強いていうなら、手を出すタイトルには九津堂のものがかなり多かった。
そういう人は攻略の定型化にも慣れているし、リカバリーで求められるアドリブ力も高いし、見るべきところの変化を見逃さない目も持っている。そもそもオールジャンルの能力を求められるDCOとはとても相性のいい存在なのだ。
「『前なし後ろあり、ホーミング来るわよ!』」
『えっ今両方見てた!?』
『もしかして観測手一人でいい?』
『お嬢でも片方だったのに……』
〈え〉
〈なんなら魔術種まで見抜いたぞ〉
〈お嬢よりやべーのおって草〉
〈てっきりこういうのもお嬢が最強だと思ってた〉
そんなことない。むしろ私のウリは総合力だから、局所的に見れば一番のものなんてそうそうないのだ。そのくらいDCOトッププレイヤーの層は厚い。
ここはイシュカさんに任せて問題ないだろう。もう一人の観測手と一緒に、ここからは私も攻撃に集中する。
というわけで、近距離まで来たけど。
〈蹂躙の時間だああああ!!〉
〈切り抜きの準備!〉
〈*サープリ切り抜き班:まっかせろーい!〉
〈来るぞアレが!〉
〈最高火力が!〉
このテンションのコメント欄の皆さんには悪いけど、一つ断っておかなければ。
「今回は《トワイライト・ブラスター》は撃ちません」
〈え〉
〈!?〉
〈なんでさ〉
〈使えよ!!〉
〈ルヴィアさん……?〉
「使えないんですよ。アレ、一度魔力を全て使い切るので。撃った直後は飛べなくなるんです」
〈あー〉
〈そうなのか〉
〈なんてこった……〉
〈OMG〉
〈失望しました。ハヤテちゃんのファンやめます〉
〈つら〉
〈Oh nein!〉
〈世界は残酷だね……〉
〈トワブラを見に来たのに〉
うーん、言いたい放題。ただ魔術ひとつ使えないだけで観客がするには凄まじい落ち込みようだし、なぜかこの場にいないハヤテちゃんの株が落ちているし、しれっと英語圏やドイツ語のコメントが混ざっているし、勝手に略している人すらいる。
だけどこればっかりは仕方ないのだ。精霊の飛行は魔力を使っているから、一瞬でも魔力を空にしてしまうと浮力が消える。
もしかしたら浮力の回復が間に合うかもしれないけど、そんな賭けはさすがに怖い。戦線が崩壊しかけたりしたらやるけど、最終手段だ。
「なので、使うのはこっちです」
〈お!?〉
〈それもあったな〉
〈キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!〉
〈トワブラのインパクトに押されて影が薄い方だ〉
〈OMG!!〉
〈必殺技がふたつあるのズルいよな〉
〈テンション上がってきた!!〉
〈Toll!!!〉
〈感動しました。ハヤテちゃんのファンになります〉
〈召使いの手首はボロボロ〉
耳に手を添える。私に与えられたもうひとつの決戦兵器、《百華神の耳飾り》だ。
前回これを使った実戦も《露喰十姉妹》が相手だったね。あの時は時間稼ぎの苦肉の策だったけど、今回は本領発揮だ。
「では。《百華千変》!」
『よーし! 隙作ってお嬢を通すぞ!』
『怪力乱神のお通りだ!!』
『お前ら! 伝説は見たいかー!!』
『『「『「おー!!!!」』」』』
「……突っ込みたいけど、3分しかないので我慢! 《トリプル・パラサイトスプラウト》!」
〈たのしそう〉
〈俺らも楽しいぞ!!〉
〈祭りじゃー!!!〉
〈Huuuuu!!!〉
私がツッコミに回れない時に好き勝手言うんだから、もう!
《百華千変》の効果はふたつ。弱点攻撃時火力の50%アップと、《植物魔術》の任意属性への変化だ。たぶん前者が百華、後者が千変だろう。
総計すると《植物魔術》は火力がほぼ2倍になるから、効果時間中は基本的にこれで攻め続けることになる。開幕で投げつけた《パラサイトスプラウト》も、総合火力の高いスリップダメージ系《植物魔術》だ。
このノリの周囲に乗せられるのは少しだけ癪だけど、ここからも時間いっぱい攻撃を続けるのが最優先だ。MP回復も攻撃タイミングのお膳立ても全てやってくれているから、私はひたすら攻撃するだけ。
「《トリプル・ソーラーロア》」
『「『『たーまやー!』』」』
「《トリプル・シードプロード》!」
『『「『『かーぎやー!!』』」』』
「間違っては……間違ってはいませんけど!」
〈草〉
〈たのしそう〉
〈やっぱアレに混ざりたいなぁ……〉
〈私、もう少しだけ頑張ってみます〉
〈プレイするだけで後続を励ます公式配信者の鑑〉
〈ツッコミ我慢しきれてなくて草〉
今日は10月4日。さすがに残暑も落ち着いてきて、花火は季節外れ……というツッコミは罠だ。10月にも花火大会を行っているところは多々あるから。
だけど、こう……この露骨なツッコミ待ちはなんというか。逆に突っ込まないと配信的にダメというか。
「『次で最後です!』」
『よし、頼んだ!』
「崩すぞ! そー、れっ!」
「「「よーし!」」」
「今! 《トリプル・ポップフルーツ》!」
〈wwwwwwwww〉
〈いやーヤベエ火力〉
〈ただでさえ高いお嬢の火力が倍だもんなあ〉
〈急所に高威力のトリプル当てりゃこんなもんよ〉
結局、三分間ずっとこのノリだった。……まあ、三分くらいなら騒ぎ続けられるか。
それなりにゲージで見える量のダメージを入れて、効果時間が切れるとほぼ同時に後方から船団が近づいてきた。どうやらここで平常復帰、航空隊の戦線維持も終わりのようだ。
死闘を演じたはずの航空隊の皆さんは、むしろほくほく顔だった。……楽しそうで何より。
たのしそうですね。