207.また化け物しかいない
10月2日、水曜日。
昨日に引き続き埼玉攻略だ。とはいえ私たち精霊は北の方へ行けないから、似たような絵面が続いたのは申し訳ないところ。
「ただ、今日は後半が雑談で終わった昨日とは違います」
〈あのさぁ……〉
〈あれを雑談と呼ぶ度胸だけは褒めてやる〉
〈ずっと戦闘してましたが〉
〈どのへんが雑談だったんですか???〉
いや、雑談だったでしょ。ひたすら《空口》と《西河》を行ったり来たりして戦いながら喋っていただけ。
特筆するような進展はなかったから、雑談といってよかったと思う。
「今日はボス戦です。埼玉攻略の詰め、《河昏》攻略となりますね」
〈お〉
〈もうか〉
〈ええやん?〉
〈待って、夜なんだが〉
〈え、もしかして〉
そう。今は夜だ。10月は9月と同じく、偶数日の夜が夜になる。
《河昏》の攻略で、夜ということは?
「昨日も少し触れましたね。河越夜戦です」
○昏れ泥む昼の夜
区分:グランドクエスト
種別:クロニクルクエスト
・河昏を解放するには、周辺に蔓延る落武者たちを排除しなければならない。だが奴らは夜に大量発生するから、そこを叩いて一網打尽にする必要がある。異常な数を抱える落武者たちを夜襲で殲滅して、一帯の安全を確保せよ
備考:夜限定
まあ正直、やらされるんじゃないかとは思っていた。予想がついていた人も多いだろう。
だから夜戦そのものはいいんだけど……。
「厄介なことに、今回の用件はそれだけではありません」
「そう。河昏には、《猫鎮めの神器》があるんだ」
〈なんだいきなり〉
〈火刈さん!?〉
〈結乃ちゃんもおるやん〉
〈結乃ちゃんの隣の子は?〉
神宮寺火刈さん、最近になって私たちのやり方に慣れてきたらしい。配信の使い方をマスターして、上手くインパクトを残すようになり始めたのだ。
ただ、彼女の言う通りなら、ここに来ている理由はわかる。バージョンボス特攻の《猫鎮めの神器》、そのひとつがここに眠っているらしい。
《水圀》では天狗に譲ったようだけど、今回は自分で来てくれた。ゲリライベントでも見えた通り、彼女がいるのはとても心強いのだ。
そしてやはり、彼女の隣に控えている天那結乃さん。そこまではいいんだけど、さらに隣にいるのは……。
「来訪者の中心になってる、精霊の子だよね。初めまして。火刈先生の一番弟子の、《雪景梓》です」
「《虹剣の精霊》ルヴィアです。火刈さんにはお世話になっています」
〈!?〉
〈あずこゃん!?!!?〉
〈ほんもの!?!?〉
《雪景梓》、前にも出た名前だね。《百鬼戦録》というソシャゲのメインヒロインで、「九津堂の看板娘といえば?」という質問をすれば確実に一二を争う超有名キャラだ。一昔前のゲームに喩えるなら、後輩系シールダーや腹ぺこプリンセスのような存在である。
DCOではプレイヤーに《仙人》への進化を教えてくれる九尾の《仙狐》で、結乃さんと同じく火刈さんの弟子であり《三又神社》の巫女ということだった。まだひよっ子だった百鬼戦録の梓の数百年後といった感じ。
これまでも主に仙人志望プレイヤーと交流していた彼女だけど、メイン攻略の場に顔を出したのは初めてだった。師匠と一緒にいるあたり、火刈さんもいよいよ本腰を入れてきているということだろうか。
「今回の攻略は重要だからね。私も手を貸そうと思って、梓も連れてきたんだ」
「そういうことでしたか。ありがとうございます、私たちも心強いです」
「私は先生や姉さんほど強くありませんが、お役には立てるかと。ぜひお手伝いさせてください」
〈あずこゃん強そう〉
〈あずこゃんの戦い見れるの!?〉
〈結乃ちゃん初戦闘じゃない?〉
〈誰も見た事ないはず〉
〈結乃→梓の姉さん呼びてぇてぇ〉
そういうことらしい。梓さんもすごく強そうだし、ありがたいことだ。
結乃さんは未知数だけど、仮にも火刈さんの弟子。仲のいいミカンも教えてもらっているというし、きっと実力は高いはず。
「それで、私たちはどうすればいいかな。三人で動くのがよければ、そうするけど」
「いえ、私たちにサポートさせてください」
この三人は無視できない戦力だし、そのまま野放しにするのはよくないだろう。バランスも固まっているわけではないから、こちらで脇を固めたほうがよさそうだ。
ゲリライベントで助っ人に来てくれていた二人のスタイルはわかっている。火刈さんは魔術アタッカー、結乃さんはヒーラーだ。一方の梓さんは仙狐、つまり仙人と同じ物理型魔法戦士。要は前衛火力である。
となると……。
「お困りのようだね!」
「あ、チカさん。さては狙って……なんでそっちから出てくるんですか?」
「それはもちろん、師匠と一緒に来たからだよ」
「あは、ごめんね。実は最初からそのつもりで、残りの二枠も用意してあるんだ」
「…………なるほど、これが狐に化かされたというやつですか」
〈?????〉
〈どういうこと?〉
〈ここまで全部あずこゃんの手のひらの上か〉
〈狐だぁ〉
つまり、そもそも私に話しかけてきたのも偶然ではないし、私が一緒にやる前提で、しかもその場合に足りない残り二人のプレイヤーもしっかり用意して連れてきていたと。どうやら私は、ものの見事に化かされたわけだ。
チカさんは梓さんの弟子として仙人を目指しているから、その伝手……というか、たぶん私の存在を吹き込んだのがそもそもチカさんだろう。火刈さんが梓さんに声をかけて、梓さんからチカさんに伝わって、そのチカさんが私を驚かせようとした可能性が高い。だって、今一番ドヤ顔しているのが彼女だし。
さて、梓さんは二枠といった。つまり、六人パーティを組むのに必要なあと一人も用意済なわけだ。
チカさんのさらに後ろから、人影。
「この面子に紛れるの凄く緊張するけど……はじめまして、ルヴィアさん。《ジェヘナ》といいます」
「ああ、掲示板でたまにお話している方ですね。よろしくお願いします」
〈お、見たことある〉
〈また実力者が一人〉
〈*アルフレッド:この子強いよ〉
〈*エルジュ:あ、ジェヘナちゃんの紹介先越された〉
薄紫の髪を伸ばした垂れ目気味、雰囲気を喩えるなら某ゲームのライダーの女神姿のような感じ。そこからもう少し表情豊かな印象だろうか。
ジェヘナさんはパーティを固定せずに渡り歩いている魔族の女の子だ。《サークルプリズム》所属で、掲示板では精霊スレにも顔を出してくれる人。そこで会話をしたことがあって、いずれご一緒できればとは思っていた。
ちなみに背負っている背丈の八割くらいありそうな大盾が示す通り、一線級のタンクである。つまりこの場の六人目には最適である。
「悪いね、うちのが発端になって、押し付けるみたいになって」
「いえ。こういう出会いや新しい場面は、こちらとしてもありがたいですから」
私自身がその場のパーティメンバーを取っかえ引っかえしているから、その度に一人ずつは必要になるヒーラーとタンクの知り合いは、特にソロの人は何人いても困らないんだよね。本人さえよければだけど、ジェヘナさんは今後呼ぶことが多くなるかもしれない。
今日の主目的はボス戦だけど、魔物の動きから予測される予定時間には少しだけ猶予がある。今回は初めて組むひとが多いし、少し慣らし戦闘。
相手は当然落武者だ。ちょうどその辺りに八匹ほど湧いていた。
「…………多くない?」
「たぶん、あちらの御三方が強いからかと」
そう。《三又神社》の三人、かなり強いんだよね。三人とも私たちから見てレベルがわからない。
世界有数の強者らしい火刈さんやプレイヤーの師匠役である梓さんはともかく、結乃さんもまたそれほどの強者。やはり世界は広いというか、まだまだこのゲームは始まったばかりだ。
「来るよ」
「はいっ!」
落武者は個体ごとに複数種の武器を持っているが、今回は槍3刀2弓3の割合だった。まずはそのうち槍持ち三匹が突っ込んでくる。
私が一匹は引き受けるべきかとも思ったけど、ジェヘナさんは縦長の大盾を横向きにして構えた。そのまま両手で保持した盾を見て、左右からチカさんと梓さんが駆け出す。
「よい、しょっと!」
「ナイスー!」
「……なるほど。彼女、一目でわかるタイプの化け物でしたか」
〈なにこれぇ!?〉
〈は???〉
〈まーた人外増えてるんだけど?〉
〈ひどい言い草で草〉
〈人のこと言えるのか?〉
最初から妙だったんだけど、ジェヘナさんは大盾を右手に持っている。ふつう盾は利き手ではない方に構えて、利き手は武器を使うんだけど、彼女の場合はそもそも武器を持っていないのだ。
いや、語弊があるか。ジェヘナさんにとっては、その盾こそがメイン武器なのだ。タンクとして敵を止めることが役目だし、盾にはシールドバッシュのような攻撃手段もある。下手な得物と合わせて使わず、盾ひとつと《盾術》スキルで全てをこなすのがジェヘナさんのスタイルなのである。
……というところまでは私も知っていたんだけど、いざ見てみると凄いねこれ。横一列に三本も並んだ槍はふつう一人では受け止め切れないんだけど、彼女の大盾は横にするとカバーしきれてしまう。
それだけじゃない。右手でしっかり構えた盾を左手で少し回すように振ると、槍の穂先がズレて体勢が崩れる。……両端だけ。
「《トリプル・アタックブースト+》からの、《ラウンドエッジ》!」
大きく体勢を崩した敵が相手なら、隙の大きい技も当たる。命中不安のはずのチカさんの即時最高火力が簡単に決まったのは、ジェヘナさんの仕事が完璧だったからだ。
そうして一気に優位をもたらした弟子を前に、もちろん師匠も黙っていない。
「《虎の八、兎の三》……はッ!」
「うわ、一撃……!?」
「やっぱ師匠凄すぎー!」
「あれは……文字通り、格が違いますね」
百鬼戦録でも得意技だった梓さんの代名詞、《鳥獣径行》だ。動物の力をイメージした術で自己強化をする技で、虎は力、兎は脚を示す。
これを用いた強化体術こそが彼女の特色。つまり、DCOにおける仙人の原型だ。出力もしっかり調整したのか、今回はしっかり一撃で決めてきた。
もちろん私も黙っているわけにはいかない。残る二人も同じく。
「《山猫よ》……!」
「……! それなら、《ソルブレス》、から《バックフロント》っ」
「……ほう。彼女、相当できるね」
〈うわぁ〉
〈????????〉
〈未だに見慣れん〉
〈今どういう動きした???〉
〈おうお嬢、人のこと言えるか?〉
支援してくれたのは結乃さんだ。彼女は梓さんと違って、他者へ支援を付与する方が得意。それがジェヘナさんを飛び越えようとしていたところの私にかかる。
……どうやら身軽さを強めてくれたようだけど、彼女も凄まじかった。驚きの強化幅で、跳びすぎてしまったのだ。私にとっても予想外だったけど、落武者の方の動きも止まっていたから咄嗟に体を半回転。
魔術との併用は難しそうだったから剣に魔術を宿しながら、きりもみ回転に近い動作で刀持ちの上へ。そこから《バックフロント》を起動しながら二匹一気に斬る。
攻撃力はさすがに据え置きだったけど、なんと二匹ともに《行動遅延》が入った。……もしかして、猫騙しってこと?
振り向くわけにはいかないから魔力覚で大まかに探ってみたけど、一撃で仕留めた梓さんは続いて隣の槍持ちに取り掛かっている様子。チカさんは続く一撃で手元の敵を倒してから、私のところへ援護に来てくれた。そうなれば私は、一匹を手早く倒しながらもう一匹をチカさんと二対一にするだけだ。
……ちなみに、奥にいたはずの弓使い三匹はというと、前衛に手出しの余地がなくて暇になっていた火刈さんがいつの間にか殲滅していた。
パーティ戦闘中に、後衛とはいえ敵三匹を遠距離魔術だけで倒す難易度は想像するまでもない。これほどの力を見せてくれた梓さんと結乃さんの師匠は、やはり伊達ではなかった。
エルヴィーラ「ちなみに平行世界での梓は行方を眩ませたお師匠様を探しているところで迷い込んできた人間と出会い、一緒に旅をしているうちになんやかんやあってその人間のことを……」
紫音「そういう解説は私たちの役目なんですよ。というかなんで《百鬼戦録》のこと知ってるんですか」
エルヴィーラ「九津堂の人が観測して見せてくれたんだ。まあ、私たちの世界の梓はそのような運命的な出会いはしていないみたいだけどね」