203.異次元の角度からかわいい子が増える
予約投稿ミスりました!! 申し訳ない!!!!
ここまではダンジョンマスターシステム全般について説明してきた。ざっくりした解説ではあったけど、このあたりはダンジョンマスターたち以外は雰囲気でわかっていれば十分だ。
というわけで、ここからは私がマスターになったダンジョンを個別に見ていこう。
「この転移門に入ると……」
「別のダンジョンのマスタールームに入れるのですね」
マスタールームにある転移門は街のものと同じ。転移対象にマスタールームが追加されただけだから、複数のダンジョンを持っていればマスタールームの転移門で直接行き来できる。
というわけで一瞬で別のダンジョンへ。ここは《荒れ果てた神宮》のマスタールームだ。
……あれー?
「あの、武神様。どうしてここに?」
マスタールームに来たはずなのに、先客がいる。このダンジョンのすぐ外に位置する《神鞍神宮》の武神様だ。
マスタールームはダンジョンマスターの専用空間だから、ここには私が許可した人物しか来られないはずなんだけど……。
「ダンジョンの掌握に際して、我が《迷守》に選ばれたらしい」
「…………《迷守》、ですか?」
〈うん?〉
〈めーしゅ?〉
〈なんか新しい単語が出たな〉
〈なんぞや〉
○迷守
ダンジョンを維持管理するために選ばれた、ダンジョンマスター以外の存在。マスターが与えた分の裁量を振るうことができ、特に重要なものを除く操作を行ってダンジョンを運営する。
新しいキーワードを取得。どうやらそういうことらしい。
つまり、私が任せることによって、武神様はこのダンジョンをある程度変化させることができるわけだ。サブマスターといった方が感覚的にはわかりやすいかも。
「元よりダンジョンの運営は複数で行うことが多い。まして来訪者は多忙ゆえ、助けが必要とダンジョンが判断したのであろう」
「なるほど。情勢に合わせた微調整をお任せできるわけですね」
言われてみれば、なかなか便利な機能だ。
そもそも私たちの本分は攻略をする側なのだから、その時々で変わる需要や攻略事情に合わせていちいち調整するのは煩わしい。事前に方針を伝えておくだけで迷守が調整をしてくれるなら、私たちとしてはありがたいわけだ。
「そういうことでしたら、ぜひお願いします」
「うむ。我もルヴィア殿に大恩ある身、好きなだけ顎で使うと良い」
「いや、顎では使いませんけど……」
〈草〉
〈武神様意外と軽口いける?〉
〈この世界けっこうジョークが独特よな〉
なんにせよ、そういうことなら助かる。さっそくダンジョン内を確認しつつ、方針を決めていこう。
ここ《荒れ果てた神宮》は、主に初心者向けのダンジョンだ。現時点での推奨レベルは道中が20、ボス戦が25といったところ。
「この難易度は基本的にそのままでいいと思います。フィールドで力をつけた初心者が初めて挑むダンジョンとして、このくらいがちょうどいいでしょうから」
「うむ。これまでも初々しい来訪者たちが腕試しや練習に挑んでおる。この程度の厳しさのダンジョンも必要であろう」
ただ、一応微調整はしておこう。入口付近はもう少し簡単にして、レベル15くらいでフィールドレベリングに飽きてきたプレイヤーの受け皿に。
逆に終盤からボスにかけてはもう少しだけ難しくして、ダンジョン踏破の達成感を強めておく。この近くの他のダンジョンと少し推奨レベルが離れていたから、そこも含めてより長く練習できるようにした。
このダンジョンの必須Mobは《逆柱葉》。これのレベルを少し上げて……。
「《タンコロリン》が出現するようにしようかと。魔物としてもちょうどいいですし、聖水の材料として不足していますから」
「うむ。丁度我が神宮でも、聖水は材料不足に陥っておったところだ。それが可能なら、我としても有難い」
獣系と《逆柱葉》の境目あたりにやや出現率低めで配置しておいた。流通量の調整なのか、新しく配置する魔物は最初はレアエンカウントにしかできないのだ。
地形と報酬はそのままでいいとして、ボスも少し難易度を上げておく。レベル25のパーティで少し苦戦するけど倒せる、くらいが目標だ。ありがたいことに、こんなふわっとした指定でも迷守はやっておいてくれるらしい。
「こんなところでしょうか」
「うむ。あとは任せよ」
「はい。また遠からず来るので、まずはそれまでお願いしますね」
再び転移門を潜って、今度は《落花繽紛桜怪道》。
ここのマスタールームは、とにかく大きな一本桜が咲き誇る空間だった。降っても降ってもなくならない花びらが幻想感を演出して、その上で桜そのものが淡く光って非現実性も醸し出している。
妖怪桜、というやつだ。幽玄の美がここにある。
「根元に死体が埋まってそうなのです」
「ソフィーヤちゃん、そういうこと言うと運営さんは後から死体を配置したりするんですよ」
いや本当に。ありうるのだ、あの運営なら。さすがにデフォルメくらいはすると思うけど。
だから発言には気をつけて……うん?
「なんか……桜の木、光ってません?」
「うわっまぶしっ」
〈まっしろ〉
〈配信画面のおかげで眩しくないぞ〉
〈自動で光量絞ってくれるの助かる〉
元々淡く光を放っていた妖怪桜が一際強く光って、私たちの視界を塗りつぶす。それが収まって目が慣れてくると、何やらさっきまではなかった人影が見えた。
まさか、この会話を見越して事前に死体やら幽霊やらを……と思っていたら、その人影はぺこりとお辞儀をしてみせた。
「お待ちしておりました、主さまっ!」
「…………はい?」
ええと。
妖怪桜の前に、見知らぬ少女……幼女かもしれないが、ひとまず少女としよう。少女がいる。
儚げな顔立ちに桜色の長い髪、纏っているのは白装束……って、
「ゆ、ゆゆゆ幽霊っ!?」
「ソフィーヤちゃん、落ち着いて。違うから……たぶん」
〈幽霊!?〉
〈幽霊じゃん〉
〈足はあるけど〉
〈幽霊にしちゃ元気そうじゃない?〉
〈いま主様って〉
ソフィーヤちゃん、ものすごく取り乱して私の肩口に隠れた。こういうの、苦手なのかな。……私はこの手のリアクションが苦手だから、代わりにやってくれて助かった。
一方の幽霊(仮)さん、きょとんとした様子。どうやら思っていた反応と違ったようで、すぐに口を開いた。
「えと、主さまがたは、こういうのをお望みの、ものかと」
「あー……そういうわけではないですけれど。……幽霊では、ないんですね?」
「は、はいっ! わたし、《妖桜》の精ですっ」
どうやら私たちが死体どうこうの話をしていたから、わざわざ死人の姿で出てきてくれたらしい。なんとも余計なお世話だったけど……自分で言い出してダメージを受けたソフィーヤちゃんは、可哀想だけど自己責任ということで。
《妖桜》というのは、まさしくこの木のことだろう。それの精だという少女がその場で一回転すると、衣装が白い着物に切り替わった。色合いはさほど変わっていないけど、幽霊っぽくはなくなった。
「桜の精……つまり、元々ここにいたんですか?」
「はいっ! このダンジョンの精として、主さまをお待ちしていたんですっ」
「というと……ここの迷守さん?」
「そうですっ!」
〈めっちゃ元気〉
〈全セリフに「っ」がついてる〉
〈かわいいなあ〉
〈prpr〉
〈↑通報〉
儚げな見た目と、とにかく元気な様子とがいまいち一致していない。独特な魅力のある子だ。
つまり、どうやらここにも迷守がいたらしい。私としては助かるんだけど、ことはそれだけではなくて。
「えっと、名前はなんていうのです?」
「あ、申しおくれましたっ。《妖桜の樹精》の《芳乃》といいますっ」
「樹精……って、ドリアードなんですか?」
「はいっ。翠華さまじきじきに名づけていただいたのが自慢なんですっ」
〈わあお〉
〈また凄いの出てきたな〉
〈こりゃまた〉
〈ドリアードの話!?〉
なんとドリアードだった。確かに桜の木から出てきたみたいだし、それらしいところはある。たぶん名前の由来も吉野桜かソメイヨシノだろう。
それに、このダンジョンは翠華さんが眠っていたところだ。彼女に近しい存在がいてもおかしくない。
「すごく弱ったようすで翠華さまがきたので、わたしががんばって守っていたんですけど……わたしも力を使いきってしまって、あんなことに」
「そういうことだったのですね……」
「では、翠華さんが無事だったのは芳乃さんのおかげだったんですね」
「そんな、わたしのおかげだなんて……えへへ」
〈かわいい〉
〈*sper:FA描きます〉
〈かわいい〉
〈なんか今神絵師おらんかった?〉
あ、ことり。いらっしゃい。ファンアート描くなら私が先じゃない? ……いや、やっぱいいや。小っ恥ずかしいし。
翠華さんは木のウロの中で眠っていたのが印象的だけど、芳乃さんが言う通りならあれは囚われていたわけではないらしい。ダンジョンそのものが危険地帯となる中で、汚染されないように守られていたわけだ。
そうであれば守っていたという芳乃さんは翠華さんの恩人ということになるんだけど……。
「そうなると、あの時の《大霊樹》は」
「おはずかしながら、わたしは汚染されてしまって……あのときはありがとうございました、主さまっ」
なるほど、あれは芳乃さんが汚染された姿だったわけだ。今は《荒れ果てた神宮》と同じくボスエリアは異空間になっているから、本物はあそこにいなくてもおかしくない。
おそらく、解放後にこのマスタールームへ移っていたのだろう。私がマスタールームに入れるようになるまで、ここでずっと待っていたらしい。
「それで、その『主さま』というのは……」
「わたしはこの妖桜の樹精ですっ。妖桜があるここがわたしの場所なんですっ。だから、ここのダンジョンマスターさまは、わたしの主さまですっ」
「……どうするのですルヴィアさん、すごく理にかなった理論が飛んできたのですよ」
どうすると言われても。確かにそれなら私をそう呼ぶのが自然でもあるから、呼びたいならそうすればいいし。ちょっとくすぐったいくらいで、別に実害はない。
ただ……彼女はドリアードだ。ドリアードには種族としての主がいるはずなんだけど……。
「その、いいんですか? そもそも翠華さんが主なのでは」
「大丈夫ですっ。その耳飾りは翠華さまのお墨つきですからっ」
「……なるほど」
〈繋がったな〉
〈フラグ回収じゃん〉
〈ここでそれが意味をなすのか〉
言われてみれば、確かに。これは翠華さんの想装であり、つまり信頼の証だ。一目で見て、「彼女は翠華が信を置く存在ですよ」と宣言しているに等しい。
それを着けているのは、芳乃さんにとっては従う理由付けそのものかもしれない。そもそも彼女、私たちが翠華さんを助け出すところをすぐそばで見ていた可能性が高いものね。
「ですから、わたしのことは芳乃とっ。ごなんなりとご命令くださいっ」
「……うん。そういうことなら、よろしくね、芳乃ちゃん」
「はいっ」
〈かわいい〉
〈かわいい〉
〈かわいい〉
〈*sper:モデル助かる〉
そういうことになった。まあ、迷守である以上ダンジョン管理を手伝ってもらうことは既定事項だった。そんなに変わりはしないだろう。
「……ルヴィアさんのタメ口、先を越されたのです」
「スズランちゃんあたりもですけど、私のタメ口ってそんなに欲しいものなんですか?」
そのまま芳乃ちゃんと一緒に各種設定。ここも基本的には元のままで、王都近辺の中では推奨レベル高めの調整にしておいた。
ただしひとつ違う点として、ここは少しずつ推奨レベルとドロップや報酬のグレードを上げていくことにした。その時々の中堅層、特に攻略前線への合流を意識し始めたくらいのプレイヤーの受け皿を狙いたい。
ちなみに《薄明と虹霓の地》はさらに上で、私のレベル基準で常に難しくなっていく対攻略勢仕様だ。ここは《神宮》と《薄明》の中間ということになる。
現れる魔物は、とりあえず一段階上のランクのものまでは出しておく。代わりに簡単な動物の出現は止めた。種類が多すぎると散らかって、どれを狙った狩りでも美味しくなくなるから。
固有枠はもちろん《桜木霊》だったから、これは出現レベルを上げておいた。その分だけドロップする素材の質もよくなるから、狩り対象としての価値は落ちていない。
元々それなりに厄介な敵だったし、これからここに来るプレイヤーたちにもある程度は苦戦してもらおう。
あとは、芳乃ちゃんには好きに外出していいと伝えておく。言っておかないとずっとダンジョンに責任感を覚え続けていそうだったから。
翠華さんには定期的に挨拶しに行くようにも言っておいた。私につく迷守とはいっても、ドリアードであることには違いないからね。
sperはその日から3日連続で芳乃ちゃんの絵を投稿したそうな。