202.ダンジョン運営もの
「……まあ、ソフィーヤちゃんは入ったことありますし、配信でも見せたことだけはあるんですけどね」
「こういうのはノリなのです」
ソフィーヤちゃん、こういう時に大抵のことをノリで流してくれるから本当にやりやすい。
というわけでマスタールーム。ルームとは名ばかりの屋外だ。
まず目を引くのは、やはり景色だろう。常に薄明状態なのは外と同じだけど、とにかく見晴らしがいい。地形の起伏が少なくてすっきりしているし、山というか台地の上だから余計に見通せるのだ。
本来このダンジョンには、こんな地形はない。遠くに見えるということもなくて、空へ魔術や《空筆》を使っても通じない。異空間か何かのようだ。
「さっそくダンジョンマスターシステムについて紹介していくのですが……おそらく皆さんが思っているほどの多彩なことはできません」
「ダンジョンマスターというと、ダンジョンを育てて挑戦者を苦しめてー、みたいなイメージなのですけど……」
「そこまでのことはできません。というか、目的が違うんですよね」
〈そうなの?〉
〈*ミカン:うん、意外とできること少ない〉
〈*ペトラ:九津堂にしてはちょっとだけ作り込み甘いよね〉
〈安心した〉
〈それ面白くされてもほとんどのプレイヤーはそもそもできひんねんな……〉
「たぶん、わざと甘く作っているのではないかと」
このダンジョンマスターシステム、そもそも唯装を持っているような最上位勢にしか縁のないものだ。それを面白く作られたところで、楽しめるのは数百人もいない。
だからおそらく、これは意図的に小さなコンテンツに留めているんだと思う。
「このシステムはそれ自体を楽しむものではなく、本人や挑戦者を手助けするものとして設計されています」
「特に『挑戦者を』の部分がミソなのですね」
〈ほーん〉
〈なんだ、やっぱいつもの九津堂か〉
〈*チカ:でも楽しいからヨシ!〉
詳しくは後述するけど、ダンジョンマスターにご褒美的な優越感を与えながら挑戦者のプレイ効率を上げるようにできている。
マスターになるような最上位勢にとっても、それで後続が育つなら万々歳。最前線は万年人手不足だからね。このあたりはよくできている。
実際に見ていこう。
「まずはこれから見ましょうか」
「ダンジョンコアなのです」
「これが本体だそうで、そのダンジョン固有のデザインになっています」
〈おお〉
〈神々しい〉
〈虹と薄明の光か〉
これまでダンジョンコアというとクリア時にドロップする固有アイテム、または唯装のことだったんだけど、ここにあるのはそれらの本体ともいうべきオブジェクトだ。まさにこれがダンジョンの核ということらしい。
攻略勢のチャットサーバーによるとそれぞれ形が違うようで、ここのものは地平線の下から差す光を背負った虹だった。ペトラさんの《宿り木の小路》はヤドリギに包まれた小枝、メイさんの《火打石の溶岩道》は二つの石と火花と言った感じだ。
これの役割はふたつあって、ひとつは《ダンジョンパワー》の貯蔵。もうひとつは《ダンジョンの雫》の生産だ。
「《ダンジョンパワー》は読んで字のごとく、ダンジョンが蓄えて維持に使うエネルギーですね。問題は《ダンジョンの雫》のほうで……なんとこれ、高品質の聖水として使えます」
「この《雫》はダンジョンが活発なほど採れる量が増えるらしいのです。ダンジョン管理のモチベーションとご褒美なのですね」
「うーん、優秀ですねこのアシスタント」
〈草〉
〈逐一補足してくれるじゃん〉
〈お嬢のセリフ少ないな今日〉
要約すると、ダンジョンがしっかり活発に動いていると、ダンジョンマスターはよりたくさんの聖水、つまり状態異常回復薬を手に入れることができる。ソフィーヤちゃんの言う通りで、これは《ダンジョンマスターシステム》の報酬でありモチベーションを作る存在だ。
現状では聖水はそれなりにレートが高いし、何より売っている場所がかなり限られる。わざわざ神社まで行って並ぶ手間を考えると、ダンジョンから得られるならこちらを当てにした方が相対的に楽だろう。質もいいし。
特に全員がダンジョン持ちである精霊プレイヤーにとっては、精霊水に向き始めていた需要もやや薄れるからいいことずくめだった。
「ふたつめ、これも単純な恩恵ですね。かなり簡易的ですが、このマスタールームをプレイヤーホームのように扱うことができます」
まだ始まったばかりのDCOではプレイヤーホームという概念そのものが浸透していないけど、このマスタールームには今後それの雛形になっていきそうな機能が揃っている。
まずはアイテム貯蔵庫。これまでは引き出すには取りに行かなければならない《倉庫屋》という施設に預けていたものが、マスタールームのストレージに置いておけるようになった。
同様にお金も置いておける。機能が集中しているマスタールームに置いておけば、かなり操作が楽になりそうだ。
また、死に戻り時の復活地点にも指定できる。私も設定しておいた。まだ死んだことないけど。
何より、マスタールームには転移門が存在する。ダンジョンのある方の世界の街にある転移門と全く同じように使えるから、街から直接ここを訪れることももちろんできる。これによってここまでに紹介した全ての機能の利便性が跳ね上がるわけだ。
「あとはハウジングの定番、装飾品……ですが、屋外ですからね。まずは建物から建てる必要があります。しかもこれが高いこと」
「もっとお金が貯まるようになってからなのです」
ただ、意識的に金策をすればこのハウジングをより早く進めることもできる。これまではいまいち影の薄かった金策という概念が、いよいよ実体を持ってくるかもしれない。
「……これで終わりだと思いました?」
「あっ……」
〈お?〉
〈なんかあんの?〉
〈ソフィーヤちゃんなんか察しみたいな顔してるけど〉
本来ならこの装飾品の要素には今は縁がないはずなんだけど、精霊プレイヤーだけはここで例外が発生している。
というわけでドン。
「精霊の祠ですね。マナ様から押し付け……プレゼントされていました」
「私のところにも来てたのです。『早く設置しろ』という圧が……」
〈うわ〉
〈安心と信頼のマナ様〉
〈今押し付けられたって言った?〉
気のせいじゃないかな。
しかも精霊界の側からもマスタールームへ入れるようになっているから、精霊界と各精霊ダンジョンは簡単に行き来できるステキ仕様である。
さすがにプレイヤー間だとダンジョンマスターによる許可が必要になるけど……これ、わかる?
〈草〉
〈wwwwwwwww〉
〈マナ様ェ……〉
〈システムに干渉してるのかよ〉
マスタールームへの来訪可否を一覧で管理する画面があるんだけど、マナ様の項だけ「可」にされたままグレーアウトしていた。絶対に拒否させない、という強い意思をシステムから感じる。
いやまあ、仮に動かせたとしても拒否する気はないんだけどさ。
「気を取り直してみっつめ、ダンジョン管理メニューです。ここからはこれについて詳しく見ていきましょうか」
ダンジョン管理メニューは、ダンジョンを構成する要素を変更することができる機能だ。ただし、無制限になんでもできるわけではない。
管理対象として、「魔物」「地形」「報酬」「ボス」の四項目が存在する。逆にいえば、プレイヤーが変更できるのはこれらに関連する項目だけだ。
たとえば所在地なんかは、普通は変更できない。ここ《薄明と虹霓の地》は例外というか、イベント的な流れで私が初めて来た時に入口が変えられていただけだ。むしろ本来の入口は元々王都の祠で間違いない。
「『魔物』カテゴリ。ダンジョン内で発生する魔物をある程度指定できます」
たとえば好きな魔物が出るように設定して好みのダンジョンを作ったり、雰囲気に合った選出をして「らしさ」を醸し出したりできる。実用的なところだと、需要が高い素材をドロップする敵を配置して挑戦者を呼び込んだり、自分が今ほしい素材を産出して流通させたりといったところだろう。
しかし、裏技的ともいえる分、制約もかなり多い。
まず、出せる魔物は自分で倒したことがあるものだけだ。見かけただけの強い魔物をレベルを下げてポップ、なんてことはできない。
レベルまで選択して難易度も操作できるけど、上限と下限がある。下限はレベル15かつその魔物の自然出現最低レベル、上限は自分のプレイヤーレベルと同じ値だ。だから私の場合、レベル57までの魔物しか出せない。
さらに、自分またはフレンドがマスターのダンジョンでは獲得経験値が四分の一となってしまう。そして自分のダンジョンからは素材は直接獲得はできない。自分で選んで作れる分、ちゃんとバランスは取られるわけだ。
そして、ダンジョンそのものの性質やそのエリアの地形に適した魔物しか設定できない。たとえば森の中なのに水辺エリア限定の《トビトビウオ》を出したりはできないし、屋外ダンジョンなのに洞窟エリア限定の《ケイブニュート》を出したりもできない。
あと、汚染状態の魔物も出せない。ダンジョンそのものが浄化されて再解放されていると、魔物の汚染も全て解けるようだ。
「そして、各ダンジョンごとに最低一種類は出し続けないといけない魔物が存在するようです」
「ここの場合は何なのです?」
「《エレメンタルシャドウ》ですね。ボス戦の時に出ていた《精霊の影》の廉価版です」
アレを一回り弱くして、AIも弱体化させて通常Mob相当にしたものだ。それでもけっこう強いから、ここでは終盤にだけ出現するように設定している。
これは精霊かその亜種が運営しているダンジョンでだけ配置可能らしいから、そのための討伐登録がしたかったらここに来てもらおう。
「続いて『地形』。おおよその方向性は変えられませんが、細かい形くらいなら意外と自由が利きます」
「丘を作ったり小川を作ったりして天地開闢ごっこができるのです」
「スケールが小さいですね……」
〈たのしそう〉
〈開闢にしてはかわいい〉
〈子供かな?〉
ただまあソフィーヤちゃんの言う通りで、ある程度までは好きな地形を作ることができる。いちプレイヤーとしてやるには、確かにけっこう楽しいところがある。
ただし、弄れるのは該当地点にプレイヤーがいないときだけだ。ハウジングの延長線上のような感覚。
「『報酬』。挑戦者に与えられる報酬を設定できます」
もう少し詳しくいうと、できることは主にふたつだ。採取ポイントの設置と、宝箱の配置である。
採取ポイントについてはいいだろう。果樹や鉱脈などの地形にあった素材が手に入るエリアを置くことができる。置いた分だけ少しずつダンジョンパワーを消費するけど、置けばそれ以上の挑戦者の増加が期待される。
ダンジョンパワーはプレイヤーが挑戦してくると溜まるから、このあたりの匙加減が上手くいくとどんどん増えるわけだ。
宝箱はダンジョン内の任意の場所またはランダムに現れるよう設定できる。湧くタイミングも定期的かランダムかで選べて、その上でさらに二つのパターンがある。
片方は自動生成。近くに現れる魔物や採れる素材、またはこれらから作ることのできるアイテムなどが勝手に作られて配置される。ただし作られるたびに少しずつダンジョンパワーが消費される。
もう片方はダンジョンマスターによるものだ。不要なアイテム(ただしデメリットアイテムは設置できない)を報酬として宝箱へ入れることができて、それがそのまま宝箱報酬になる。もちろんこの場合はダンジョンパワーは消費しない。
「そして最後に『ボス』。ただ、これは基本的に変えることはできません。操作できるのはレベルだけですね」
〈そらそうか〉
〈元のボスのまま?〉
〈しゃーない〉
〈え、ここどうなるん?〉
基本的には元々いたボスのままだ。レベルも操作できるといっても自由ではなくて、出現する最高レベルの魔物+5レベルくらいに自動設定される。
ちなみに《薄明と虹霓の地》の本来のボスは私自身だったけど、さすがに私が常駐するわけにもいかない。代わりとして《薄明の影》という、私を模したパーティ用ボスが設定されていた。
紹介が終わったところで、ソフィーヤちゃんが呟いた。
「自分の分身が実際に存在するなんて、ちょっと妙な感じがするのです」
「普通はそうかもしれませんね」
きょとんとするソフィーヤちゃん。確かに、私が自分から普通でないと言い出すことはあまりない。
だけど、これは仕方ないんだ。
「私はもう慣れてきました。エルヴィーラさんがいるので……」
「あー…………」
私も慣れたくはなかったんだけどね。うん。