21.早く使いたくて終始うずうずしています
「もう集めてきたんですか!?」
「エルフの目が役に立ちまして」
「それにしても、《タンコロリン》はあまり多くない魔物だったはずですが……」
まあ、本来ソロならもっとかかるクエストだったかもしれない。私は途中から野球を始めたせいで手早く終わったけれど。
翌日、余計な薬草と素材を卸した私はさっそく結乃さんの待つ寺子屋へ来ていた。
これで聖水が作れる。つまり、呪われた魔剣を浄化できるはずだ。もしも魔剣がそのまま使えるのであれば、大きな戦力強化になる。
メインストーリーともいえるグランドクエスト《天竜城の御触書・壱》は、私が手を出していないだけで一昨日から始まっている。このクエストが終わればそちらへ向かう以上、若干のレベルロスを補えるだけのステータスがあるととてもありがたいのだ。
……まあ、その前にレベルを上げすぎて、まだまだ上位層に位置してはいるんだけど。
「ともあれ、これで聖水を作れます。少し待っていてください」
下処理を済ませた素材を持って庭へ移動した結乃さんは、まず井戸から水を汲んだ。普段からやっているのだろう、私が手伝いを申し出る間もないほどすぐに綺麗な水が汲み上げられる。
水が入った大きなたらいを縁側に置いて、磨り潰した薬草を絞り袋に入れて濾す。頭巾で包んで水に入れ、軽く揉むようにすると成分が溶け出た……らしい。水は透明なままだから、私にはわからない。
「もっとも、色のついた聖水というのもそれはそれで嫌ですけど……」
「ふふ、なんとなくわかります。綺麗なもの、という印象がありますから」
何やら術を掛けた《タンコロリンの果肉》(なんでも柿の灰汁と魔物特有の不純物を取り除いたらしい)をこちらも絞って、その上澄みを垂らす。不思議なことに水に溶け込んだそばから橙色が消えていき、やはり透明なまま変わらなかった。
「あとは……」
それを、祝福。何やら術を唱え、白色に淡く光る魔力(この世界の場合、「魔」の文字に悪い印象は存在しえないらしい)を注ぎ込む結乃さん。
程なく、そこには……水があった。
「できましたよ」
「ありがとうございます。やっぱり見た目ではわかりませんが……ああ、確かに」
○三又神社の聖水
分類:回復
品質:B
備考:イベントアイテム
・三又神社の巫女である結乃が浄化した、良質な高位の聖水。汚染を受けた魔物が嫌うほか、汚染されたものを浄化することができる。
回復:全ての状態異常を4回復する。
聖水の場合は品質B-以上が高位のものとされるそうだ。その点、この聖水は条件をしっかり満たしている。
言うまでもないけど、現状での品質はF+からEが標準。D以上なんて今のところNPC専用だ。品質Bなんて私も初めて見た。
……と、結乃さんはいくつか小瓶を取り出した。そのままできたばかりの聖水を汲んでいく。この情勢だ、確かに聖水の予備は取っておいて損はないだろう。
「では、浄化してみましょうか」
結乃さんは最初からこのつもりで素材の要求数を決めたのか、ただ聖水を作るにはかなり多くの量が出来上がっていた。具体的には、大剣がすんなり入る大きさのタライ一杯。
もっとも、しっかりイベントアイテムとの明記がある。今回は最序盤ということもあってまだ楽だったが、今後正規の用途で聖水が必要になった時はもっと大変になりそうだ。
「沈めてみてください」
「はい」
〈おっ〉
〈反応してる〉
〈モヤが出てきたな〉
剣を聖水に漬けると、すぐに変化があった。剣の黒色が抜けるように汚染とおぼしきモヤが引きずり出されて、それがすぐに泡を出して消えたのだ。
そもそも汚染というのは歪んでしまった魔力だ、と精霊が言っていた。その汚染を解けば、それは元の魔力に戻って大気に還る……ということだろうか。
まだ鞘と柄しか見えないものの、だんだん色が変わってくる。汚染に染められた黒から、元の色であろう鮮やかな白銀に。何色にだってなれそうな無垢な輝きは、だからこそ汚染にも染まってしまったように思えた。
やがて浄化が終わると、剣はひとりでに浮き上がって水面を割る。縁側に向かう位置に立っていた私の手元の高さまで来ると、水滴を滴らせながら横向きになって静止した。
「手に取ってあげてください。待っているようですよ」
「……わかりました」
右手でグリップを、左手で鞘を。数えるほどしか握っていないはずのその剣は、驚くほど手に馴染む。
汚染されていた時と違い、鞘に閉じこもってもいないようだ。なぜだか急かされているような気がして、剣を鞘から抜き放った。
○晶魔剣アイリウス
分類:武器
スキル:《片手剣》、《魔術》、《巫術》
属性:幻
品質:Epic
性質:《唯装》、《魔装》、《不壊》、プレイヤーレベル連動
所持者:ルヴィア
宝石:なし
状態:正常
ATK+4、JUD+6、MATK+10
MPリジェネ+1
・汚染された自らを解放した者を認めた、古代より形を保つ虹の魔剣。認められた所有者にのみ振るうことが許されたその剣閃は、その力を引き出す鍵によって虹色に変化する。
○固有能力:《虹の鏡》、《???》
──綺麗だ。最初にそう思った。何色にでも染まりうる、硝子のような透明度。そんな錯覚を覚えさせながらも、確かに絶対的な存在感を窺わせる鏡のような輝き。
相反するようでいて、一致している。一種神々しさとはこうあるのかと、しばらく見蕩れてしまった。
気を取り直して、ステータスを見てみよう。喋り始めてもなぜか結乃さんに見守られているが、不都合もないので気にしない。
こちらの仲間と話をするからしばらく放置しておいて欲しいと、一言断ってあるのだけど……。
〈エピック〉
〈唯装〉
〈魔装〉
〈不壊〉
〈虹の鏡〉
〈???〉
「見るところが多すぎますね。ひとつずつ見ていきましょうか」
まず、名前。アイリウスというのは、たぶんアイリスのもじり。アヤメらしき意匠も見受けられるけど、おそらく由来は虹の女神イーリスだろう。
次に品質。エピックというのは、通常の基準で量るには不適当な一部のレアアイテムに割り当てられる特殊なものらしい。用語集に追加されていた。
属性。実は属性つき武器というのも初発見だ。汚染されていた時は不明だったが、この剣の属性は「幻」らしい。これは事実上の無属性で、属性の有利不利が存在しない……が、これまでの武器のように「属性がついていない」わけではない。
属性がないわけではなく、ニュートラルな属性という扱いだ。《DCO》にもいわゆる属性一致補正が存在するから、ここの違いは大きい。……まあ、私は幻属性ではないんだけど。
「《唯装》については、ニムさんや結乃さんに聞いた通りですね」
《唯装》
世界にただひとつしか存在しない特殊な装備。その唯装が認めた者にしか扱うことはできず、例外なく《不壊》を併せ持つ。装備の側が持ち主を選んでいるため、決して持ち主の元を離れない。
その全てが強大な力を秘めているが、実際に現れる力は扱う者の力量による。
細かい性質はというと、ひとつの武器を使い続けるために与えられたものばかりだ。決してロストせず、奪うこともできず、プレイヤーレベルに合わせて少しずつ強くなる。私に扱い切れるように、剣自身が力をセーブしてくれるようだ。
何かしらの形で制限された場合を除いて、私が今後この《晶魔剣アイリウス》以外の片手剣を使うことはないだろう。
なにしろ、
「単純な性能も、とんでもないことになってますね。ステータス補正値の合計で見ると、王都の店売りの倍ですよこれ」
〈!?〉
〈やっべ〉
〈つええ〉
〈王都店売りは高いので合計9とかだもんな〉
〈ぶっ壊れじゃねーか!〉
「さすがにこの性能が一つだけはバランスひどいので、今後王都の周辺ではこのレベルの装備などが手に入る高難度クエストがそれなりに見つかるかと。前線組、頑張りましょう」
単純な物理攻撃力で見ても強いが、特筆すべきはJUD。これは判定強化のことで、《アイリウス》が関わった全ての判定で補正が入るということだ。少なくとも現時点では、このステータスが上がる武器は他に存在しない。
そしてもう一つ、MATKのステータスがかなり高い。これひとつで+10と、店売りの特化型ですら届かない補正を誇る。MPリジェネも見るに、どうやらこの剣は魔法剣士専用の代物のようだ。
「で、あの祠のクエストですが、おそらく挑戦者の扱う武器種が現れるようになっていたのでしょうね。住民さんの証言も、それで説明がつきます。さすがにここまで私にピンポイントな武器、固定ではないでしょう。
これは変化球としても、《唯装》の獲得クエストは何かしらの形で戦闘スタイルによって変化または制限があると見た方がよさそうです」
〈なるほどなぁ〉
〈確かにクエストの中身が変わるくらいの猶予はあったか〉
〈変に使えない唯装が手に入っても困るわな〉
ことは汚染された祠だ、何が起こってもおかしくない。これを受けた人は真っ先に動くだろうから、《唯装》の性質を露骨にプレイヤーへ知らせる役割もあったのかも。
「ちなみにですが、ということは少なくとも運営の想定する全武器種にあの祠で登場しうる《唯装》があるということになりますね。他にも出てくるのかも」
〈マ?〉
〈やったぜ〉
〈プレイヤーの欲を煽りよる〉
「次に《魔装》ですが、いわゆる魔法武器ですね。存在自体は初日から判明していました」
〈魔術の媒体か〉
〈レア度次第で魔法剣士が増えるか?〉
〈リジェネもありがたそうだな〉
〈固有魔術は熱い!〉
《魔装》
魔力への親和性が高い希少な装備。魔術の媒体として高い適性を示すと同時に、所有者の力量次第では特異な術を発揮することがある。
魔術の媒体、これは杖や魔導書のような働きを兼ねてくれるということだろう。現にMATKのステータスとして現れている。他にも隠れ補正はあるかもしれないが、それは分かり次第。
リジェネの原理はわからないが、これもありがたい。剣が魔力を貯めておけるのか、周囲の魔力を吸収するのか。《アイリウス》の性質的に、後者のほうがありそうだ。
固有魔術については、今は置いておこう。いずれあるかもしれないので期待。
「《不壊》……これは唯装の補足のようなものですね。壊れない代わりにマニュアル強化不可。レベル連動がある以上、このデメリットは現状ないようなものでしょう」
〈つよそう〉
〈整備不要とかマジ?〉
〈むしろ強化が唯装との差を縮めるシステムなんじゃ〉
〈別扱いってことは不壊だけ持ってるアイテムも出るのか?〉
《不壊》
普通の製法では作ることのできない、特別なアイテムにのみ許された性質。このアイテムは耐久が最大値で固定され、破損しない。ただし、通常の方法で強化することもできない。
決してロストせず、譲渡どころか貸与もおそらく不可能。破損はおろか傷一つつくことはなく、そもそも内部データの耐久値が減らない。もう無敵だ。さすがは唯装。
代わりに強化もできないが、これは些細な問題だ。おそらく人族が手を加えられるような代物ではないということだろう。
むしろ武器強化が唯装に対抗するためのシステム、という説はしっくりくる。鍛冶プレイヤーにとって、永遠の目標は同格の唯装に追いつき追い越すことになるのだろう。
コメントにもあったけれど、これ自体は唯装に内蔵されていてもおかしくない性質だ。わざわざ分離されているということは、不壊を持つ非唯装がありうるということ。これも乞うご期待。
「で、《虹の鏡》。唯装特有の特殊能力ですね」
〈つよそう〉
〈本人じゃないし火属性も使えるんかね〉
〈大器晩成やね〉
〈自由度高そうだし絶対楽しいわ〉
〈でもこれ、今は使えないよな〉
《虹の鏡》
アイリウスが持つ唯一無二の性質。一定以上の質を持つ宝石を柄頭に嵌め込むことで、その宝石が持つ属性や特質をその身に宿す。
「はい、お気づきの方もいますね。これ、しばらくは無用の長物です」
というのも、要求値がそれなりに高いのだ。
《アイリウス》の柄頭を見てみると、それなりの大きさの台座があった。いずれもっと大きな台座になりそうだが、今の時点でも親指の幅くらいはある。
ここに嵌る宝石ともなれば、そう簡単に手に入る物ではない。加工次第ではもっと小さくても可能かもしれないけれど……。
その上で、一定以上の品質を要求している。武器ですらEが精一杯なのだから、品質DやCの宝石など今は夢のまた夢である。
〈まあ、そんなもんだ〉
〈いきなり固有技ぽんぽん使いまくったら差もつきすぎるしな〉
「そして最後、これはそもそも名前からして不明ですね。いずれ開放される……かもしれません」
〈おう〉
〈条件達成しなければされないかもしれない〉
〈んな曖昧な〉
《???》
・アイリウスが持つ最大の権能。自身と所有者の魔力にかかわるもののようだが、詳細不明。現在は発動しておらず、特定条件でアンロックされるようだ。
これは今のところは考えないでおこう。もし開放されたら、その時に考えるということで。
「これからずっとお世話になる相棒ですから、このくらいの底知れなさでちょうどいいんですよ」
話を終えて振り返ると、結乃さんは聖水に汚染されたらしき道具を片っ端から突っ込んでいるところだった。
「……結乃さん、それは?」
「ルヴィアさんがその剣を持っていることはすぐに知れ渡ったので、巡り巡って集まったんです。聖水があるならついでにって」
なんとも逞しい住民たちだ。早くて明日あたりには、聖水の材料が改めてクエストで求められているかもしれない。
まあ、あの森は難易度もさほど高くない。王都に出てきたプレイヤーのいい稼ぎ場になりそうだ。
「ああ、そうだ。よかったらこれ、持って行ってください」
ふと思い立ったような様子で、結乃さんは傍らにあった小瓶を差し出してきた。中身は聖水、精製したものと同じ。さっき汲んでいたもののひとつに違いない。
「いいんですか?」
「これの材料はルヴィアさんのものです。お守りにでも持っておいてください、きっと役に立ちますよ」
「それなら、お言葉に甘えて。ありがとうございます、結乃さん」
「さて、私はそろそろ。結乃さん、お世話になりました」
「いえ、私も楽しかったです。先生が帰ってきたら、是非ご紹介させてください」
ちなみにこのゲーム、なんと一部ではあるがNPCとも連絡を取ることができる。魔力念話という生活魔術になっているらしく、少なくない住民が扱えるのだとか。
私は結乃さんの他に、ニムさんとリットさん、蓮華さん、そして紗那様と連絡先を交換している。それ以外にも、フレンドの伝手を辿ればほとんどの名前付きNPCと連絡が取れる状態だ。
紗那様はよく街まで降りてきているようで、それなりの数の前線組がひょんなことから連絡先を交換しているらしい。フランクな女王様である。
「楽しみにしています……うん?」
「あら、着信ですか」
「はい。……紗那様?」
電話……もとい念話に出ると、紗那様はやや困り気味の声で応えた。その様子から察するに、私の動向は把握しているらしい。いちプレイヤーの行動を掴まれているのもどうかとは思うところだけど、つい一昨日に助けてもらったばかりだ。そのくらいはおかしくないだろう。
……もっとも、ボス兎レイドのメンバーをはじめとする連絡した来訪者のことは大方わかっているような口振りだった。やはり王族は伊達ではないのか。
『《御触書》で、私は三つのクエストを出しましたよね。そのうち二つは順調なのですが、残りひとつが思わしくないみたいで……』
今回のグランドクエストは三つの目標が同時に発生し、手分けして全てクリアする形式となっている。どこかに戦力が偏る懸念はあったけど……まさかそれを、女王様自らが埋めに動くとは。
この和風世界の住民が「クエスト」のような横文字を使うあたりには違和感がないわけではないが、慣れるしかない。
今は寸断されているけれど、西洋世界と繋がっている。それを考えれば、不自然なことではないのだ。
「では、そこに向かいましょう。ちょうど所用も済んだところです」
『ほんと!? ……こほん。それなら都合がよかった。
《酒蔵地下の不思議迷宮》です。他にも手空きの来訪者さんに声をかけるつもりなので、ぜひよろしくお願いします』
今日は適当な狩場で慣らすつもりだったが、お呼びとあらば話は別だ。寺子屋を出た私は、更新されたマップの目印へと進路を取る。
目標は最前線、さっそく《晶魔剣アイリウス》のお披露目だ。
新武器の性能を確認するだけの回でした。ユニークウェポンってワクワクしますよね。ルヴィアも大人びているように見えて、中身はただのゲーマーなカリスマ女の子でしかないのです。
次回は火曜日、いよいよダンジョンに潜っていきます。ルヴィアが強くてかっこいいシーンもあるよ!
さて、ここ2日のことなのですが、本作が急激に伸びました。日間PVが倍になり、総合評価が4桁に到達し、累計PVは4万に届き、そして日間ランキングでは念願の一桁にランクインしました。作者はこの2日間、狂喜乱舞と情緒不安定を行ったり来たりしていました。この場を借りてお礼申し上げます、本当にありがとうございます!!
でも、もちろんここで止まる気はありません。今いる方はもちろん、今後来ていただけた読者さんにも満足し期待してもらえるように頑張ってまいります。