196.DCO開発会議・9月
「みんな、九月もお疲れ。色々あったけど、なんとか無事に終わってよかったわ」
九月末、九津堂本社の《デュアル・クロニクル・オンライン》開発運営チーム。正式サービスも二ヶ月を経過して、彼らも慣れ始めていた。
当初こそ混乱もあり、人手不足の発覚で他タイトルから緊急移動があったりと様々な事態が発生していたが、表向きは無事に運営できていたという事実がよかったのだろう。ここしばらくは大きな事件もなく、平穏なゲーム開発ライフを……。
「無事でしたか?」
「なんか思ってたより話が進まなかったか?」
「けっこーギリギリだったよね、色々」
「ま、まあ、緊急メンテとかはなかったんだから無事よ。うん」
送れてはいなかったようだ。
新人配信者として活動を始めたゴトーの人気が想定以上で一時的に王都エリアが混雑したり、最前線攻略組が強すぎて攻略ペースが想定より少し早かったり、悪い慣れで最初のうちはなかったPKが発生したり。細かい問題は挙げればキリがない。
とはいえ、ゲーム運営とはそのような問題を解決し続ける事にある。約二名の影響で話題になりすぎた《アーツボール》は別部署から単体でのゲーム化が決まったし、需要が想定よりも高まった《浄化》は解決策をねじ込んだ。対処ができているうちは、大丈夫なのだ。
この日は月末のミーティングが行われることになっていた。つい先ほどゲリライベントが終わったばかりだが、それは想定通りである。
前回と同じく、開発主任の南瀬が仕切って即席会議。ただし、今回はエルヴィーラは出席していない。
「まずは運動会の件から。半月経ったけど、アーツボール以外に何か問題はあった?」
「いえ、特には。アーツボール以外もまたやりたいという声が少なからずあるくらいです」
「アーツボール以外も、ね……といっても、あれ以外はどうやってもゲーム内のステータスと切り離せないのよね」
「夜界の中に運動会の種目を遊べる施設を作るとか?」
「つっても借り物と綱引きと大玉と騎馬戦は無理だろ」
「幸い、比較的人気が出なかった方ばかりだけど……とりあえず、残り四つの再現施設は検討しておきましょうか」
嬉しい悲鳴というか、ないよりもいい悩みだ。これは人気が出たからこその問題だから、イベントが成功した証左でもある。
だが、サーバー単位で人が集まった運動会当日だからこそできた種目が半数を占めている。常設できるのは小~中人数のチーム戦や個人戦ができる種目だけだから、おのずと限られてしまうのだ。
それでも、やらないより良い。優先度は再検討となったが、前向きに進められることになった。
「CMはどうだった?」
「良好だ。素材がいくらでもあるのが大きいよ」
「どれをカットするか悩んだくらいだもんなぁ。ほんと、熱心なプレイヤー諸君には感謝だ」
DCOはCMの更新頻度が高い。つい先日には運動会までの映像による新作が公開されて、これで二ヶ月で三作目。しかも今回は通常版とイベント版の二種類があったから、早くも四種類だ。
それどころか朱音が最初に目にした最初期版、ルヴィアが初出演したベータ募集版、ベータ映像を使ったリリース直前版があったから、実際はさらに倍近い七種類となる。
普通に考えると驚異的な数だが、これは九津堂が無理をしているわけではない。当初はともかく、リリース直前版以降のCMはプレイ映像の使用許可を取って切り貼りして、朱音に仕事としてナレーションを録らせるだけなのだ。
簡単に新しいCMを作って、それが大迫力だと好評。なんとも楽なもので、この場でも妙な問題が起こっていないことの確認だけで終わる。
「それじゃ、ゲーム内ライブについてはどう?」
「かなり反響を呼んでますね。驚いたけど面白そう、という意見が大半です」
さらに次の話題。VRバンド 《アルターブルー》の申し込みで実現することになった、幻双界でのライブツアー開催についてだ。
既にメンバー全員がプレイヤーとなっている彼らは初期ロット販売前からDCO内でのライブ公演を目標としていて、それを面白く思った運営も協力していた。ちょうど11月上旬にツアー始点として公演が決まって、情報公開が行われたところである。
反応はというと、全体的に好評。そもそもVR空間でのライブ公演は今やさほど珍しくないから、根本的に敬遠もされない。
だが当然、細かな問題は存在していて、
「ただ、そのためだけにDCOを買う人がかなり増えるかもしれません。サーバー負荷対策と非アクティブプレイヤー増加への対策は必要でしょうね」
「ま、死活問題よね。あれだけ強化してもまだ、サーバーは今もぎりぎりだし……」
その中でも大きいのがこれだった。ライブチケットのような感覚でソフトを買う者が増える見込みなのだ。
それ自体は売上が増えて嬉しくとも、環境整備が人口増加に追いついていない現状はよろしくない。ゲーム会社として売上とプレイヤー増加は至上命題だから止めるわけにはいかないが。
それだけでなく、これまでのようなプレイヤー人口の増加とは異なる問題も出てきてしまう。ごく一時的にアクセス数が爆増することでサーバーも気に掛ける必要があるし、アクセス料制を採っているDCOとしてはライブ一度きりで終わられてしまうのは嬉しくない。もちろん客のマナー問題などもあるし、既存プレイヤーとのトラブルの可能性も否定できない。
……とはいえ、それらは新しいことをすればおのずと発生することだ。結局は対処していくしかないのだが。
「幸い、《@プロジェクト》や《ユーヤ》など後追いのライブ申請はいくつもありますから、一度やって得たノウハウが無駄にならないのは救いですね」
「それは本当に救いだな。せっかくやるなら、そのままビジネスにするに越したことはない」
「その方向の部署を新しく作るように働きかけてみようかしら……」
結局、DCOは世界初の試みで、九津堂は開拓者だ。このような悩みは今後も発生するだろう、と嘆息する一同。
「初めてのことといえば、海外展開の方はどうなってるの? 私はマルガレーテ嬢としか話してないけど」
「ドイツとアメリカとイギリスはフェーガルトの方向で、フランスとスペインにイタリア、インドネシアに中国もそれぞれ手を挙げてくれている企業があるぞ。フェーガルト傘下も多いし、下交渉段階だが」
「あれ、中国からも来たんですか?」
「ああ。まあ、なんとかする、だと。それだけ魅力に感じてくれたんだろう」
この会話を平易に直すと、「極めて順調」となる。
当初からDCOを支援している九鬼グループも日本では最大級の企業だが、マルガレーテが交渉役として訪れているフェーガルトは九鬼すら圧倒する世界最大級の規模だ。元より九鬼とフェーガルトは姻戚関係もあって非常に仲がいいが、フェーガルト自体が全面支援を明言したことで海外展開は急激に進展していた。
社長令嬢であるマルガレーテ自ら海を渡って来たと聞いた時は、事の重大性に九津堂は揺れに揺れた。目を白黒させながら、可能な限り準備を早めているところだ。
「時期については?」
「フェーガルトからは来週には向こう開発の翻訳パッチのサンプルが送られてきて、可能なら年末にベータテストをしたいと。他はまだだな、来年の春か夏になりそうだ」
「ふむ……そのくらいなら、なんとか間に合うかしら。フェーガルトの本気に乗っかる以上のことはないものね」
なおそのフェーガルト、当初は母国ドイツ版だけの予定だったのだが、ドイツに先を越されたくなかった米国と英国が国内のフェーガルト支社にせっついて英語版も担当することになったそうだ。
フェーガルトにとっては販路拡大として得になるから受け入れたが、なんとも言いがたい国際競争もあったものである。
話は巡って、この日つい先ほどまで行われていたゲリライベントに移った。
「一応、成功といっていいのかしらね」
「アデルの顔見せ、ダンジョンシステムの浸透、ルヴィアの扱い方の拡大、有力住民の力の紹介、プレイヤーの向上心の刺激、それに精霊および浄化のテコ入れ。ひと通りできているし、成功でしょう」
このゲリライベントには色々と目的があったが、主なものを並べるとこのようになる。ゲリラというのはプレイヤー視点での話で、運営側から見れば一ヶ月前から準備をしてきたものだ。
向上心の刺激は当たり前に見えるが、今回は特にトッププレイヤーが目立つ形になっていた。仕掛人に回った精霊プレイヤーたちは全員がその範疇だ。そのような活躍を色濃く見せて、より競争を促すことは確かにできている。
他にもこれまで機会の少なかった代表的な双界人、アメリアや璃々の見せ場の確保。次回アップデートで新要素として実装する《ダンジョンマスターシステム》の先見せなど、複数の効果が見込めるようになっている。
さらに後付けではあるが、最大の報酬となった《浄化》の配布。それに伴ってアイデンティティをひとつ失った精霊への補填も大きな要素といえるだろう。
だが、そもそもあのイベントの意図はこれらではない。
「特にアデルちゃんの放流は上手くいったわね。これで彼女も心置きなく遊べるでしょう」
「多忙な彼女の願いを叶えるには、こうして特殊な仕事と立場を与えるのがいい、という前例にもなりました」
「これでスケジュールのタイトな有名人や芸能人がもっと集まってくれれば、言うことはなさそうですね」
「まあ、その度にルヴィア嬢は駆り出されるんだが」
「それは仕方ない。あの子の役回りだよ」
アデル、つまり紫音がこのような形でDCOに参加した裏には、双方の意図の一致があった。
紫音は元々、姉の朱音と一緒に遊ぶことに強い憧れを抱いていた。だが人気女優である彼女にプレイ時間がものを言うVRMMOを普通に遊ぶ余裕はなく、泣く泣く諦めていたのだ。
一方の九津堂も、同じ原因で悩んでいた。ルヴィアのように自前で看板を育てることはできるが、プレイ時間の都合でもともと有名な広告塔を引き込むのが難しい。
そこで両者が考えたのが、「仕事としてまず関わりを持って、一般プレイヤーを納得させながら特殊なアカウントを用意する」だった。……少々乱暴な方法だが、このくらいなら九鬼シオン自身の人気でなんとかなってしまうものである。
そして、これで実例ができた。同じように意欲がありながらも手を出せていない有名人を、同じ方法で引き込める可能性ができたのだ。
しかもそれは九鬼シオンを通じて希望者へ伝わる。これで上手くいけば、また同じように引き込みができる。そして彼らのネームバリューや人気がDCOの拡大に役立つという寸法である。
「それに、ルヴィアちゃんの方にも利益はありますからね。運営側の立場で特殊イベントに参加することで、そもそも彼女自身の特殊な立場が確立される」
「しかもそれは我々運営チームにとっても美味しいと。いやー、本当に妙案でしたね!」
なお、ルヴィアの心労は考えないものとする。
当人も楽しんではいるから、問題はないだろう。
問題なのは、
「で、どうするんですか、エルヴィーラは」
「さっそくあの姉妹にべったりだし、それどころか《薄明と虹霓の地》に常駐するとか言い出しましたよ」
当初からアデルのサポートを引き受けて、今回のゲリライベントで重要な役割を果たしたメインクリエイターAI・エルヴィーラのことだ。
これまでは開発部にてスタッフとともに、作業時は専用のプライベートスペースで開発業務を行っていたエルヴィーラだが、今回プレイヤーたちと接触した結果として生活の変更を言い出したのだ。
具体的には、より幻双界に関わるようになる。これまでモニター越しに確認していただけの世界を、自分で体感しながら作ると主張している。
「あの子も元々、基本ルーチンは他の子達と同じだからね。いつかはこうなる想定だったし、ちょっと早かったけど構わないわ」
もっとも、さしたる問題があるわけではない。
エルヴィーラの方からはっきり言ってきたのは南瀬主任にとっても予想外だったが、いずれ幻双界の中から開発業務を行うようになることは想定内だ。むしろいつか必要になるとして、運営もエルヴィーラへ自由に双界に降り立つ権限を与えている。
それが想定より少し早かっただけで、運営チームから見て望まないことをしようとしているわけではない。南瀬は許可という沙汰を出した。
「まあ、住み着くのが《薄明と虹霓の地》だったのが何よりの幸いね。……ルヴィアちゃんには私から話をしておくわ。マップ班はマスタールームの隣にエルヴィーラの部屋をくっつけておいて」
「はい」
そのまま事後処理を決めて、この話はそれまでになった。
エルヴィーラの作業室には間違っても一般プレイヤーや住民を入れてはならないから、これでどこかの街に行くとでも言われた日には大変だった。その点、万一不注意で入ってしまっても内々に済むルヴィアの拠点で、位置が確定しているおかげで事前に処理ができてしまう《薄明と虹霓の地》だったのは幸いといえるだろう。
その他にも会議は続き、様々なことが決められていく。
その中に一つ、この会議の主題となったものがあった。
「これで最後ね。10月の定期イベント、進捗はどう?」
「バッチリですよ。9月より準備期間もありましたし、よりディープにいけます」
「演出は任せてくれ。グラは見せてもらったから、合うのを作ってみせる」
「ステータスも仮組みは済んでるから、いつでも調整いけるよ」
「うん、問題なさそうね。来月も気合い入れていくわよ」
「最高のハロウィンのために!」
今日から新章と言ったな、あれは嘘になった。
……いやその、この話必要だなってなって昨日慌てて書いたんですよ。だから前回時点では嘘ではなかったってことで、ここはひとつご容赦を。
要はエルヴィーラちゃん大勝利ってことです。ところどころの詳細は後々。




