194.天弓の麓から愛を込めて
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「それで、アイリウスとダンジョンが持つ薄明という言葉についてですが」
「あ、それ。虹と何か関係あったっけ?」
そう、これも説明しておくべきだろう。私はそもそも虹の精霊ではなかったことについて。
これはリスナーにもまだ話していないことだ。
「配信中でも映っていたシーンなのですが、私はマナ様に『自分の色を見つけろ』と言われました」
「虹は色ではない、って言われた時ですよね」
「うん。……あれ以降いろいろ考えていたんですけど、ここに来てから答えが出まして」
これまで、私は自分のイメージカラーを確定させてこなかった。精霊になった時点から「虹」という性質を持たされたから、どれかひとつに絞ることが難しかったのだ。
文字通りの色だけでなく「特色」という意味でも考えてみたんだけど、こちらでも答えは出なかった。ステータスと装備的にできることは基本的にできる上に、プレイスタイルも汎用的なオールラウンダーだったから特色も定まらない。セージさんやスズランちゃん、アズキちゃんや皆がそれぞれ持っている「これ」という得意がひとつにならなかった。
パリィは他の皆も上手くなってきているから、今は私が突出しているわけではない。マルチタスクは私ほどの人はそういないけど、でもこれは特色というわけではない。私は複数できるだけで、ひとつずつなら私よりも上手い人がたくさんいる。
……いや、その“複数できる”の部分で私特有の動きをしているのは自覚しているんだけど、そこはマナ様に対象外と言われているから。
「ここでヒントを得てから気づいたことなんですけどね。私の種族やパリィ、その他いろいろな性質には共通項がありました」
「……その心は?」
「『初めて』です。配信も、精霊への進化も、今となっては仲間がいます。だけど、私が最初だった」
先駆性。ここでエルヴィーラさんにヒントを与えられて、景色を見て、ようやく気づいた私の特長だ。
それがわかった時、私は自分が持つ“色”がわかった。
「みんな。あれ、見て」
「あれ? ……ああ、なるほど」
「うわぁ……!」
「これがルヴィアってことねえ?」
アデルが示したのは、このダンジョンのゴールである精霊石の向こう。そこにあったのは、夜明け前の光だ。
薄明、英語でトワイライト。昼と夜の狭間にある……昼の先駆けと、夜の先駆けに共通する光。
綺麗な朱色だった。そこから上を見るにつれて、まだ照らされていない空はグラデーションに染まっている。赤から黄色に、さらに緑のような色を経て、青が濃くなり紫へ変わっていく。
虹と同じ色。その始まりに、朱があった。
「私は虹の始まりの色……なんて、さすがに気取り過ぎかな」
「いいと思うよ。気取っちゃうくらいで」
「ルヴィア、ずっと自分に自信は持ててなかったもんね。そんな自信満々な顔、初めて見たかも」
「朱音色……ってところかしらあ?」
さすがに気恥ずかしいけど、自分自身これには納得がいっている。色が変わった《トワイライト・ブラスター》も、それを肯定してくれているのだと思うし。
茶化されても仕方ない場面だったけど、コメント欄まで含めてみんなが認めてくれていた。それが嬉しい。
「そんなわけで、虹の精霊あらため薄明の精霊として今後もやっていきますので、どうぞよしなに!」
「……しかし、そうだとしたら、確かに納得がいくかも」
「え? ミカンさん、何がですか?」
ああ、さすがに気がついたらしい。まあ、ここまで繋がればそうだよね。ミカンとフリューとルプストは、それに気付くだけの材料を揃えている。ミカンは中でも鋭いし。
ミカンはさっきまで私やアズキちゃんがしていたような悪戯っぽい顔をして、今日最後のカミングアウト。
この場で唯一わかっていなかったハヤテちゃんは、リスナーたちのリアクションを代弁してくれた。
「紫音がアデルに扮して、今回のイベントに潜り込んでたことだよ」
「……………………え?」
「さすがですね、ミカンさん」
「えええええええええええええええええ!?!?!?」
コメント欄も阿鼻叫喚で面白い。ただ、少数だけど違和感を覚えていた層はいたようだ。さすがにわかっていた人はいないようだけど。
まだせっかちな人以外はダンジョン内に残って談笑していたから、ハヤテちゃんの絶叫にぎょっとした顔で振り向いている。近くで話が聞こえていたプレイヤーから順に、内容も伝わってどよめきが広がった。
「え、シオンちゃん、なの?」
「うん。久しぶり、ハヤテちゃん」
紫音とハヤテちゃんは過去に番宣のバラエティで共演経験がある。だからこそ驚きも大きかったようだけど、一方でそうだと言われれば確信も持てたらしい。
しばらく放心状態だったけど、我に返ったかと思うとアデルに詰め寄った。自分の役回りを思い出したらしい。
「えっと、いつから?」
「計画自体は、八月末から。お仕事として話をもらって、計画を聞きながらこっそり練習してた」
「……待って、あの動き一ヶ月で身につけたの?」
「やっぱり血筋? 血筋よねえ?」
そう。実は紫音、かなり早い段階から話を受けていた。なんでもいつぞやのラジオの時にしていた「お仕事待ってます」発言が実を結んだらしい。
これは私にとっても推測だけど、おそらくこのゲリライベント自体が紫音の参加を前提として組まれたものだったんじゃないかな。
「じゃあシオンちゃん」
「なあに?」
「もしかして、今もテレビカメラが回ってる?」
「さっすが」
「あ、時々あちこちにカメラマーク出てたのそのためか……」
九鬼紫音は国民的女優だ。そんな彼女がゲームのイベントに、しかも現状世界唯一のVRMMOの仕掛け人側としてゲスト参加すれば、それはもう凄まじい話題性となる。まだ確認していないけど、たぶんトレンドも現在進行形で席巻しているところだろう。
となれば、これを興行や宣伝として有効活用しない手はない。密着型ドキュメンタリー番組が、それも地上波で放映される予定になっている。ちなみに裏側を一緒にやった精霊組はそれも事前に知らされていた。
となれば十中八九自分のところの局がやるであろうことに気づいたミカンが固まっている。そして画角の外に移動してからむくれた。この子、この手のイベントではとにかく仕掛け人に回りたがる質なのだ。
……それはそれとして。
「エルヴィーラさん、笑いすぎでは」
「いや、ごめんね。あまりに完璧な流れだったから」
「あー、確かに。エルヴィーラさん、この中では一番最初から紫音のことを知ってたものね……」
この中で唯一現実世界のことを詳しくは知らないであろうエルヴィーラさん、ずっと笑ったまま帰ってこなかった。紫音にかかわることはひととおり本人から聞いているようだから、笑いどころはよく知っていたのだろうけど。
それどころか、おそらく紫音をこの世界に送り込んだ張本人ですらある。自分が仕掛けたイタズラが完璧にハマれば、誰だって笑いが止まらないものだ。
「アデルは私の教え子だからね。生き生きしているのを見れば嬉しいものだよ」
「この世界での動き方とか、戦闘のスキルとかは、全部エルヴィーラさんに教えてもらったの」
これは考えてみればそうだ。他に教えてくれる人もいないだろうし、エルヴィーラさんと二人きりで特訓するのが筋だろう。
ただ、そうなると……。
「《鋼糸》なんて使おうと言い出したのはどちらからなのですか?」
「それは私だね。アデルが『せっかくだからいろいろ試してみたい』と言ったから、片っ端から出してみた中にあったんだ」
「本当に片っ端から試したんだけど……これが一番感触がよかったんですよね」
言いながら自在に金属製の糸を動かしてみせるアデル。まるで指を使っているかのような、それはもう鮮やかな糸さばきだ。
しかもこれを斬撃とホールドの二種類で使い分けていたのだから、本当に凄まじい実力だ。レベルという制限は無視できたとはいえ、これほど難しそうな武器を一ヶ月でここまで上達するのは常人の腕ではない。
「見かけほど難しくはないんだけどね」
「アデル、いいこと教えてあげる。それの基礎にあたる《鞭》ですら、前線レベルでモノにしている人はほとんどいないんだよ」
おそらくこのイベントの参加者にも、一人か二人いるかどうか。希少性でいえばそれこそ私の魔術型魔法剣士といい勝負だ。
そこからさらに発展しているのだから、もはや人間業ではない。これ、ドキュメンタリーとして成立しているのかな。
「確かに番組的にはわかりやすい剣とかの方がよかったかもだけど……」
「唯一性のある画が撮れたんだから、それでよかったんじゃないかな」
「エルヴィーラさんが誰より《地球界》らしいこと言ってる……」
確かにそうなんだけどね。そのツッコミはエルヴィーラさん以外がすべきだったと思う。今に限らず彼女、今回の一連の流れではこれでもかと好き勝手にやっている。
確かメタ思考が可能なAIは開発が難しいはずなんだけど……九津堂のことだ、あまり考えない方がいいのかもしれない。
ああ、それと、ひとつ聞いておかないと。
「アデルは今後どうするの?」
「ちょっと特殊な仕様をもらって、暇な時は遊べるようにしてくれるみたい。それ以外にも、今後またお仕事をもらったらイベントとかで何かやることになるかな」
「……プレイヤー扱いにもなれるの?」
「擬似的に、だけどね」
イベントでの再登場は予想通りだったけど、それ以外に何やら妙なことが聞こえた。任意で遊べる特殊な仕様ときた。
どうやらプレイヤーと同じ扱いの特殊なアカウントをもらって、それで遊べるようにしてくれたらしい。紫音の側から、報酬の一部を立て替える形で要望したとか。
「その仕様というのは?」
「プレイヤーレベルはその時のお姉ちゃんのレベル-5で、スキルレベルは合うように自動計算。種族の《悪魔》と派生スキルの《鋼糸》はひとまず専用で先行実装」
「お、大盤振る舞いですね……」
「すっごい……」
「紫音は忙しいし、たまの休みに遊ぶならそのくらいはアリか。せっかくなら派手にやってもらった方が、宣伝にもなっていいし」
「うん、そういうこと。条件として『なるべく配信して』とも言われてるし、完全に広告塔だよね」
なんというか、お互いに強かだった。これで紫音は私やみんなと多忙を気にせず遊ぶことができるし、運営としても私以外に極大の広告を手に入れた。他のプレイヤーたちにとっても、あの九鬼紫音と一緒に遊べる可能性があるのは大きな魅力だ。
紫音のファンにとっても推しの供給が増えるわけだから、まさに四方良し。みんな得して大団円だ。
…………え? 誰か忘れてるって?
次回ゲリライベント、異界の歌姫! デュエルスタンバイ!!
ようやくこれが書けた……。
とはいえ本編はまだまだ道半ば、掲示板を挟んで攻略の続きへ進んでいきます。