20.野球やろうぜ! お前ボールな!
翌18日、月曜日の夜。
「今日も収集クエをやっていきます」
〈きたきた〉
〈とんでもねえ、待ってたんだ〉
〈昨日も面白かったけど、絵面は地味だったからなあ〉
昨日はあの後、二つ目の条件として結乃さんに質問責めに遭っていた。来訪者についてだったり、呪われた魔剣についてだったり、そこから派生して祠や精霊についてまで根掘り葉掘り。
やはり週末に私が遭遇した出来事はかなりの奇跡体験だったようで、知識を主食とする敬虔な学徒(自称していた。巫女さんじゃなかったっけ……?)であるところの結乃さんの知的欲求を相応にくすぐったらしい。
来訪者についても知りたかったそうで、そうこうしているうちに一時間も話し込んでいた。一応、こちらで通じない「ゲーム」などの単語は使っていない。遊び感覚だからこそ真剣にやっている、とは言ったけれど。
もっとも、話が長引いたのはお互い様だった。私も三又神社や火刈さんについて気になっていたから、これを機にいろいろ聞いていたのだ。
火刈さんは猫妖怪から神格化した神で、尻尾が三本あるらしい。権能は生命力への干渉で、妖怪としての力は死霊の使役。さらに幅の広い様々な魔術と、ものの本質を見通す魔眼を使うという。
後者はわからないけど、前者は火車モチーフだろうか。話を聞くに、相当な強キャラだ。情報は深夜のうちに掲示板へしっかりとまとめられていた。
「昨日は内回りの収集しかできませんでしたが、今日は王都の外に出ますよ」
〈戦闘キタコレ〉
〈もしかして普通の狩り二日ぶり?〉
〈配信だと三日ぶり〉
スタート二度目の土日に一度も普通の狩りをしていない公式プレイヤーがいるってマジ?
ごめんなさい。
「さて。今回は王都北西の森にやってきました。ここに湧く魔物が落とす果実と、ここに生えている薬草が必要だそうなので」
もうひとつ、別の場所で手に入る採集アイテムも必要だったのだけど、これは先に配信外で集めてきた。ただ拾うだけだったからね。
なので、今回の目標はここでの材料調達。二種類が同じ場所にあるのは正直ありがたい。
〈その魔物ってどんなの?〉
〈確かタンコロリンとか言ってたよな〉
〈柿の妖怪だったっけ〉
「はい。主に宮城県のあたりに伝わっている、柿の妖怪ですね。逸話はちょっと汚いので省きますが、食べると甘いそうです」
〈おっそうだな〉
〈調べちゃったかー〉
〈柿だからな〉
言うな。配信者としてベストを尽くした結果だから。
「原典だと大人の男の姿だそうですが……ソナーに反応あり。向こうですね」
〈ソナーて〉
〈まあ《索敵》の演出ソナーそのものだし〉
周りが木だらけで見通しが悪いけれど、不思議と歩きづらさはない。どう補正されているのかはわからないが、《森林歩法》の補正は予想以上だった。
木々の間を抜けて、反応のあった敵を襲撃……
「あ、ごめんね。君じゃないんだ」
〈ウサギじゃねーか!〉
〈ここにも出るのか……〉
〈まあ柿しか出ないってのもアレだし〉
この一帯は柿林らしいけど、だからといって獣が出ないとは限らない。柿が大量にあるのだから、むしろ動物は寄り付きやすいくらいだろう。
南よりレベルが上がっていてそれなりに美味しい(一応注釈しておくと、肉の話ではない)から倒すけど、とりあえずお呼びではない。大人しく経験値になってもらおう。
続いてまたも敵影。ただ、かなり大きい。どう見てもハズレだけど、進行方向的にすごーく邪魔だ。さっさと倒してしまうか。
クレイジーベア Lv.16
属性:雷
状態:狂化
〈あるーひー〉
〈あるーひ〉
〈もりのーなか〉
〈もりのーなーか〉
〈くまさーんに〉
〈くまさーんーにー〉
〈であーった〉
「おお、クマさんは初めてですね」
まあ、昨日一昨日の先行組による情報はほぼ出揃っている。ここ二日ほどサボっていたせいでレベルは拮抗しているものの、それでも負ける相手ではない。
こちらに気づいたクマさんは上体を持ち上げ、小さく振りかぶって爪を振り下ろしてきた。
「その速度なら見えますので」
「……!」
「《ゲイルプロード》」
「!?」
〈はい出た〉
〈いつもの〉
〈ファッ!?〉
〈恒例行事〉
〈えっなにそれ〉
〈驚いてるのはご新規さんか?〉
パリィひとつ取っても、当てる位置で大きく違いが出る。腕や掌を弾くには筋力が必要だけど、軽く逸らすだけなら爪そのものを狙った方がいい。または関節、特に肘は効果が大きいのだ。クリティカルでなくとも、同格の熊を完璧に弾けるくらいには。
がら空きになったところに、《風魔術》の大技。MP消費は大きいとはいえ、これが一番威力が高い。先日新魔術も覚えたんだけど、そちらは低威力の代わりに小回りが利くものだった。
スキルも上がっているから、まだ見せていない技もそれなりにある。まあ、適宜使っていくことにしよう。
「グァァァッ!」
「弾くだけが能ではないんですよ?」
「ッ、」
今度は回転薙ぎを繰り出してきた。さすがにこれまでの奴らよりはレパートリーが多い。これが二足自立の恩恵か。
叩き落としても足元にダメージを受けるので、熊の足元にスライディングして回避。股下を潜りつつ、内腿をざっくりと切り裂いておいた。
このゲームに流血表現はないが、ダメージエフェクトが多く出る部位はある。クリティカルポイントとはいかないまでも弱点扱いで、エフェクトの分だけダメージが大きいのだ。
「遅い」
「ガッ」
潜り抜けた瞬間にブレーキを掛け、残った勢いで起き上がる。ダメージを受けて反応の鈍い熊が振り返る矢先に、その場の半回転で勢いをつけた上段の横斬りで首を斬り落とした。
《片手剣》スキルレベル30で覚えたばかりの《バックフロント》である。背後の敵に通常より高威力な斬撃を放つことができる、トリッキーながら使い道のありそうな技だった。
なかなか効率的にできた気がする。いい感触だ。……と内心で拳を握りながらドロップを拾っていると、コメント欄。
〈慣れてきたルヴィア嬢がどんどん洗練されている件〉
〈戦闘人形みたいな動きするな〉
〈ジェノサイドルヴィア〉
〈お嬢かっけえ!!!〉
「やめてくださいって、もう」
昨日あたりから、なぜか私のことを「嬢」をつけて呼ぶ動きが広がっているのだ。なぜかというか、まあ私が王都で女王や住民に媚を売りまくったせいだろうけど、どちらにせよ気恥ずかしい。
「ルヴィア嬢」ならともかく、「お嬢」と呼ぶ謎勢力が爆発的に増えているのにはなんとも言えない。こういう動きがあったVtuberなんかはそのまま愛称が定着することも少なくないから、余計に口ごもるしかないのだ。
そのうちゲーム内で面と向かってお嬢呼びされそうで、少し怖い。
ちなみに後から知ったところによると、発端は掲示板の個人スレだった。配信での呼称が一致していないのを見て、呼び捨てもどうかと思った有志により選定されたらしい。それを一般のリスナーも真似し始めたと。確かに迷惑はかかっていないけど……。
なお語源はというと、以前から「ルヴィア嬢」と呼ぶ人がいたことと、先週木曜をまとめた動画内でアルフレッドさんが私に話しかけた時の「そこのお嬢さん」らしい。
アルさん、今度イジる。
まあ、私のことを思っての彼らの提案だ。嫌なら本気で拒否すれば止まるだろう。
そうしないのは、別に嫌なわけではないから。正直、そこまで私のことを思ってくれて嬉しくないわけがないのだ。
だからといって照れ隠しみたいな態度をしてしまうから、余計に定着してしまうんだけど。
気を取り直して、森の散策に戻って程なく。またも敵の反応があった。
〈お?〉
〈今度はどうだ〉
〈いかにもモンスターって感じのやつがいるぞ〉
「お、当たりですね。あれが《タンコロリン》です」
そこにいたのは、橙色をした小さな化物だった。
一目見るに柿そのもののオレンジ色で、上にヘタがついた横長の楕円形。そこにいかつい男のような顔が彫り込まれている。大きさは縦が人の頭と同じくらいか。
似ているものを挙げるなら、某国民的アニメ映画に出てくる緑色の生首あたりか。こういうファンタジーらしさのある敵は初めてだ。
「とりあえず、動きを見てみましょう」
まだ気付かれていない上に、私は《森林歩法》を持っている。奇襲はできそうだけど……まあ、視聴者受けがよくないだろう。まずは正面から様子を見ることにした。
私に気づくと顔がこちらを向いて、その場で何度か跳ねた。
タンコロリン Lv.18
属性:土
状態:正常
やはりレアMobなのか、レベルが少し高い。2日間レベリングを怠った私から見ると格上だ。もっとも、多少の格上は気にするほどではない。むしろ美味しいくらいだ。
足のような器官は見当たらないというのに、どういう原理なのか自身四つ分くらいの高さまで軽々と飛び跳ねながら移動している。そんなタンコロリンが一際高く飛んだかと思うと、今度は地面に落ちて僅かにめり込んだ。同時に何やら鬼の形相になって……。
「ひゃっ!?」
〈うおっ!?〉
〈ヒェッ……〉
〈怖い怖い怖い〉
〈避けるなお嬢! 後ろには俺達がいるんだぞ!!〉
〈今の悲鳴可愛かった〉
ものすごい勢いでこちらへ飛んできた。反射的に屈んで避けた私を通り過ぎ、カメラアイコンのすぐ近くを突っ切って後方に着地した。
目線にまっすぐ飛んできたボールは避けづらいというけど、まさにそれだ。止まって見えるのに、だんだん大きくなる。
前触れなく地面から鋭角に飛んでくる柿。まず目が慣れないし、直感的にどこに飛んでくるかわかりづらい。まあ、さすがに顔に一直線は偶然だと思いたいところだけど……。
「この世界では物理法則を過信してはいけないんですね……」
〈パワーワード出たわね〉
〈迷言だけど事実なんだよなあ〉
〈そういうセリフをしみじみ言うの腹筋に悪いんだが〉
いや、事実なんだ。不規則に空を舞う剣があれば、数メートルの距離を直線的に飛ぶ柿もある。このゲーム、現実の感覚で安心していると思わぬ形で攻撃を受ける羽目になるんだ。
体勢を立て直す間に、向こうも次の攻撃の用意ができたらしい。先ほどと同じモーションで溜めの動作。
……いや、今度は目が合っていない。少し下か。
「せいっ!」
〈!?〉
〈打ったーーー! これは大きい!!〉
〈まーた2回目で当ててるよこの子〉
今度は腹部を狙って飛んできたタンコロリンを読んで左足を一歩引き、半身から剣を振り抜いて跳ね返す。顔へ剣をめり込ませたボールはライナーの弾道で飛んでいって、失速する前に木の幹にぶつかって跳ね返った。
《片手剣》スキルレベル20、《チャージストライク》だ。その名の通り溜め時間の長いアーツだが、威力は折り紙付きである。《DCO》のアーツは細かいモーションに調節が利くから、自力で当てることができればかなり自由に使えるのが嬉しい。
ただ、復帰は早い。HPこそ半減したものの、転げ止まるとすぐに元の姿勢に戻った。もう一度こちらへ向かって飛んでくる。
まあ、その頃にはこちらの準備が終わっているのだけど。
「!?」
「はい、残念」
〈ん?〉
〈うわ〉
〈あ、このために歩いてたのか〉
コメント欄にはちらほら察しのいい人がいるらしい。一歩横へ避けた私を逃して木に衝突する柿を、私はスクロールするコメントを横目に串刺しにした。
向こうが体勢を回復する間に、一歩横に動けば木を背負う位置まで移動したのだ。
タンコロリンはどうやら、溜め動作の前の移動で木にぶつからない位置を確保しているらしい。だからいきなり木を背負うと、向こうが動いて外されてしまう。
だからわざと一歩外しておいて、溜め動作に入った瞬間に木を背負う。敵は狙いは修正したけれど、その後ろまではケアできなかった。後はそこから回避すれば、タンコロリンは木に正面衝突するというわけだ。
「ともあれ、これで一体目ですね」
〈なるほどなぁ〉
〈よく思いつくなそんなの〉
〈回避型ソロはそいつ避けてたけど、そうやればいいのか〉
〈これであと四体か〉
さっそく《解体》……かと思いきや、今度は《採集》スキルが必要らしい。これも取得して、ドロップアイテムを確認。
無事にクエストの対象アイテムである《タンコロリンの果肉》は一つドロップしていたので、これで残り四つだ。もっとも、このゲームでは各モンスターから確定ドロップが存在する。《果肉》はリストの一番上にあったから、おそらくこれが確定枠だろう。
というわけで、残り四体……といきたいところだけど、タンコロリンはレアMobだ。これだけ狙うのは、実は効率的ではない。
「ここからは《シカク草》を探しつつ、見かけたらタンコロリンも倒していきましょう」
〈その方が効率的だな〉
〈また安直なお名前〉
〈わかりやすくていいね〉
もちろんタンコロリンも必要なんだけど、シカク草は必要量が多い。タンコロリンだけを狙って狩って、その後改めて足元を探すのは少々非効率だ。まずはシカク草を優先して探し、運良く近くにタンコロリンがいたら拾うほうが無駄がない。
もっとも、シカク草を探すといっても足元は草だらけだ。普通にやるなら、多少の手間がかかる。
だが、私には秘密兵器があった。
……そう、これまでセーフティの草を判別するくらいしか出番のなかった《薬草看破》である。
〈お、なんか切り替わった〉
〈これ薬草看破?〉
「はい。スキル効果をオンにして、背景の雑草と意味のあるアイテムをわかりやすくしています」
ここまでは少々影が薄かったが、《薬草看破》も《森林歩法》も《植物魔術》と同じ種族スキル。役に立つ場面なら取るだけでも役に立つし、その補正は通常スキルより明らかに大きい。
現に今の私の視界(と、配信画面)は、足元の草の中からアイテムだけを鮮明に表示させていた。もちろん目当て以外のアイテムもあるが、これなら格段にわかりやすい。
元々れっきとしたアイテムだから、よく見たら一目でわかるような特徴的な姿をしている。ただ、似た色で目移りしがちな背景を排除できるというだけであまりにも便利だった。
「シカク草は葉が大きな正方形をしているのが特徴でしたね。ええと……ありました。これです」
○シカク草
分類:素材
品質:F-
・四角い葉が目印の、一般的によく知られている薬草のひとつ。ポーションや聖水のほか、料理にも使われることがある。
〈うわぁ、こんなにやりやすいのか〉
〈今度からはエルフ連れてくよチクショウ!〉
〈ベータ組が絶望してる件〉
〈これはしゃーない〉
〈かわいそうに……〉
「ちなみに《薬草看破》は妖精も取得可らしいです。このクエスト、完全にこれ前提の要求値ですね」
少し範疇が大きいが、これも適材適所のひとつだろう。それぞれの特長を活かして活用し、力を合わせてクリアする。これもDCOのコンセプトである。
インベントリにはそこそこ空きがあるから、ついでに他の薬草も採取していこう。どうやら植物系全般にかかるようで、《採集》のスキルレベルが上がる上がる。
《薬草看破》もガンガン上がる。スキルは使える時に使って伸ばすものなのだ。
「あ」
〈行くな! 越えるな!〉
〈(木に)入ってしまったぁーっ!〉
〈草〉
〈これはひどい〉
《チャージストライク》で打ち返したタンコロリンが、打ち上げすぎて枝葉の中に突っ込んでしまった。嬉しくないホームランだ。
季節は春、激しく揺らされた木からは芋虫や新芽がボロボロ落ちてくる。非常に申し訳ない。
……それに続いて柿の死骸も落ちてきた。木登りせずに済んでよかった。
「ともかく、これで五体目。クエスト達成です」
〈やったー〉
〈なんとか間に合ったな〉
〈もう23時か〉
MMOでは現実と昼夜がずらされることもあるけど、今のところこの世界は現実と同じだ。夜も不自由しない程度に明るいから、気にすることはないけれど。
ただ、ここは《幻昼界》で、もうひとつの世界は《幻夜界》だ。昼夜を世界名に冠している上に、公式サイトに「昼(夜)が長い世界」と記述もあった。
今は幻夜界との繋がりが絶たれているからか均等だけど、おそらくはいずれ偏るのだろう。メタ的なことをいえば、今は慣らし期間ともいえる。データ取りもして調整しなければならないはずだ。
そんなわけでこの世界でも日が暮れて久しいが、リアルではもう夜半まで間もない。生活リズムを崩しすぎるつもりもなし、そろそろ帰らなければ。
「もう遅いですから、王都に戻って終わりましょうか。完遂報告は明日にしましょう」
久々のまったり回。シュアなバッティングが光るいぶし銀ルヴィア内野手、ホームランはむしろ打ち損じ。
次回は日曜日、ついに魔剣とご対面です。ようやくここまで来た……。
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