190.Behind the Scenes
※このページには《Dual Chronicle Online》の重大なネタバレを含みます!
〈 Dual Chronicle Online 公式 の配信が開始しました〉
「皆さんこんにちは。DCO公式ストリーマーのルヴィアです。……公式配信者なのに、公式チャンネルでこうして配信するのは初めてですね」
「自分のチャンネルがあるものね」
〈わこ〉
〈まってた〉
〈で、なんなん今回?〉
〈なんか面白そうな予感がするぞ〉
みんながユナを倒して後半の道中に差し掛かったあたりで、私は二日ぶりの配信を始めた。ただしいつもの自分のチャンネルではなく、公式チャンネルを借りての配信だ。
今回は特殊な立場だから、配信者個人の活動にはしない方がいいと判断してのことである。こういう非日常感、ちょっとワクワクするよね。
「配信タイトルに“Behind the Scenes”とある通り、今回は舞台裏、アナザーパートです。あくまで主人公はあちらですからね」
「本当は終わってから明かすような内容なのです。この枠はゲーム内からアクセスできないようにもなっているので、伝書鳩は全面禁止なのですよ」
〈おっけー!〉
〈なるほど〉
〈把握〉
〈高みの見物じゃい〉
ちなみになぜそんなものを配信として出すのかというと、「後から口頭で話すより、配信をしておいて見せた方が話が早いし面白いのでは?」という我らが首謀者様のありがたい提案があったからだ。
このひと、かなり発言も思考もメタい傾向にあった。立場的に仕方ないのかもしれないけど。
さて、まずは現状の整理からしていこう。
ここは《薄明と虹霓の地》の最深部。浄化石が鎮座している、2日前に私が消息を絶った場所だ。
ただしアズキちゃんが通った出口の祠は、昼王都ではなく精霊界に繋がっている。
「これは向こうでも推測されていましたが……ロレッタさんが言及した『ダンジョンの主』の力ですね」
《ダンジョンマスターシステム》というらしい。ダンジョンコアまたは唯装を手に入れたプレイヤーは、再解放後にそのダンジョンをテリトリーとしてある程度管理できる。
今回使ったのは、そのうち《エリア変更》と《魔物変更》、そして《出入口変更》だ。スタート地点を魔鉱山の奥から昼王都の祠に、ゴールの先を昼王都の祠から精霊界に変更して、大型攻略に見合うよう殺風景だったダンジョンを作り直した。
ちなみに今回はイベント用の先行実装で、プレイヤー向けの本実装は次のアップデートになるそうだ。システムベータテストも兼ねていたのかもしれない。
「次にこの場にいる面々ですが……見ての通りですね」
私とイシュカさんとソフィーヤちゃん、そして《原初精霊・エルヴィーラ》さん。以上だ。
他の精霊たちも手伝ってはくれたけど、戦うのは私たちプレイヤー精霊だけ。だから首謀者であるエルヴィーラさんが見届け役として残って、それ以外は精霊界に引っ込んでいる。
イシュカさんとソフィーヤちゃんは、ボスとなる私の取り巻き役。たぶん今回のイベントで一番楽しんでいるのはこの二人だろう。
「そして、そもそも何が起こっていたのかですが……まずはこちらをご覧ください」
〈お?〉
〈VTRあるのか〉
〈ほんとはっちゃけてるな九津堂〉
ひとつめの動画は、綾鳴さんとエルヴィーラさんの会話。この世界に関する密談だ。
『間違いないね。第一召喚の時期の影響で、双界の魔力的均衡が崩れてる。昼がかなり魔力不足になってるよ』
『やっぱり、そうか。なかなか魔力が戻らないとは思っていたけど』
『うん。ボクもなんとかしようとはしているんだけどね。結果はこのザマだよ』
『それで、私に話を?』
『これ以上、放置はできないからね。それならもう、任せちゃった方がいい』
『そういうことなら引き受けるけど、方法は選ばなくていいの?』
『構わないよ。一刻も早く、魔力バランスを戻してほしい』
「これが今回の発端です。私たちがこの世界に来た時に取った策の副作用が、まだ悪影響として世界に残っている」
「そうなんだ。あの時、転移門を閉じて一時的に双界を分断したまま大規模召喚を行ったせいで、昼界の魔力だけが大量に消費された」
「それに合わせて世界の有力者たちがこぞって夜界で戦っていたから、余計に夜界で魔力が発散されて溢れた、と」
〈はぇー〉
〈これ昨日出た動画のノイズなしバージョンか〉
〈そういう話だったんだ〉
〈ヤナガワやメイの言動ってそういう〉
転移門を封鎖している間は、昼界と夜界の間で普段は行われている魔力の行き来が止まってしまう。それこそが今回の原因だ。
来訪者召喚のような大規模儀式魔術は、術者だけでなく周囲の空間や世界の魔力を消費する。普段なら流れ込んで分散するこの世界の負担が、この時は夜界まで波及しなかった。この影響で、昼界だけが世界単位での魔力消費を行ったわけだ。
一方で、戦って倒すことで擬似的な浄化を行った場合、その汚染は魔力となってその場に放出される。他にも、個人が魔術やアーツを使ったりすると、変換しきれなかった余剰分の魔力がどうしても漏れてしまう。
これは世界の魔力が潤う理由の一つになっているんだけど、ちょうどその時期は双界の有力者がみんな夜界で防衛戦をしていた。来訪者が育つまで耐えるためのことだったんだけど、この時に夜界の魔力だけが潤ったことも一面として魔力の偏りにかかわってしまったらしい。
今は転移門が開かれているから、緩やかには戻りつつあるそうだけど……一度偏ってしまったものが戻るにはしばらく時間がかかるそうだ。
だけど、本来起こらないはずの魔力の偏りは、さまざまな害を引き起こす。この被害が深刻になりすぎる前に、手を打とうと考えたわけである。
「その解決を考えたエルヴィーラさんが出した答えが、今回のイベントです。つまり、『昼界で大量に魔力を使わせる』という解決法ですね」
「相応の戦力になって昼夜にほぼ均等になっている《来訪者》を集めて戦わせれば、その分だけ昼界へ放出される魔力が増える。これをやればやるほど世界魔力の均衡に近づく……って魂胆ね」
「ただもちろん、それだけではありません。より効果的に魔力を均すため、エルヴィーラさんは二つの仕込みを考えました」
〈二つ?〉
〈何と何なんだろう〉
「ひとつは私たち精霊……正確には精霊界ですね」
「そしてもうひとつは、夜界の住民だよ」
エルヴィーラさんは個人でも強大な力を持つけど、それだけでは今回のような大きな動きは難しい。協力者、というか味方となる勢力が必要だった。
そこで引き込んだのが、娘のような存在であるらしいマナ様率いる精霊界。まだ身動きが取れる精霊は多くないけど、そもそもが原初精霊であるエルヴィーラさんにとって最も取り込みやすいのはやはり精霊だ。
そしてその実行過程で、彼女は思いついた。
『というわけで、手伝って欲しいんだ』
『ルヴィアには内緒で?』
『ううん。あの子はラスボスだよ。君たちにはその側近を頼みたい』
『なるほどね。……断れるわけなくない?』
『断らせないようにやってるからね』
『仕方ないのです。わたしたちが生贄になるのが、きっと一番上手くいくのですし』
『そうね。今回は甘んじて操り人形になるわ』
『言い方、わざとらしくない? まあ、上手く踊って』
『踊らせるのは人形遣いの役目でしょ?』
『ふふ、そうかもね。……君も頼んだよ、───』
「どうせなら私たち、つまりプレイヤーの精霊も巻き込んでしまえと。これで実用に足る手下が一気に九人増えました」
「世界のための理由があって、面白そうで、あたしたちにしかできない。断る理由ないでしょ?」
〈そういうことだったのか〉
〈ノリノリすぎて運営も演出楽だったろうな〉
〈脅されてるのかとか勘繰ったのがアホらしくなってきたぜ〉
〈あれ、最後まだノイズが〉
これは私とアズキちゃんが精霊界を出た直後の会話だ。この時残った七人は精霊界の中でいくつかに分かれて準備を始めていたんだけど、その最中に三回ほど行われた密談のひとつである。
ここまでミスリードを誘う言葉選びになったのはこの二人だからこそだけど、他の五人もだいたい同じような流れでエルヴィーラさんに買収された。
そしてこの翌日、まずこっそり呼び戻されたユナがやはり取り込まれた。彼女は窓口役になるということで、すぐに外に戻ったけど。
で、終わり際。この映像には、巷で噂の仮面少女が映っている。最後のノイズはエルヴィーラさんが彼女の名を呼んだところだ。
これこそがもうひとつの仕込みだった。
「つまり、仮面少女の目的は、双界人の目を引いて注視されることでした。そして彼女が精霊と通じていると示唆すれば……」
「ちょうど今みたいな感じに、双界人も攻略に参加してくれるというわけなのです」
〈釣り餌だったってこと?〉
〈うわぁ〉
〈やることがえげつない〉
〈ちゃんと上手くいってるもんなぁ〉
仮面少女はわざと有力な双界人の目につくところに現れ、実害をほとんど出さないように気をつけて暴れては姿を眩ませていた。そんなことをしていたのは、まさに目だけを引いて特に夜界人を引き寄せるため。
本来なら夜界に魔力をこぼすはずの夜界人をこのダンジョンに入らせて戦わせれば、より効率的に魔力バランスを整えられる。現に今回の助っ人に来ている双界人は、ほとんどが夜界に住む存在だった。
さすがは外から幻双界を眺める人物というべきか、このあたりの仕込みは完璧だった。現在起こっていることは、ほぼ全てエルヴィーラさんの掌の上というわけだ。
そして、おおよその準備に目処が立ったら、大事にして人目を引くための一手を打った。
『……あの、エルヴィーラさん。今、何を』
『何って、配信を切ったんだよ。これから大事な話をしないといけないから』
『配信を、切る……って、そんなことまでできるんですか?』
『今回だけだよ。普段はできないから、安心して』
3つ目の動画。つまり、前回の私の配信が切れた直後の様子だ。
『つまりその話は、私を逃げ出せないように捕まえて、配信を切らないとできないような話ということですね』
『うん。何しろ、君にはダンジョンボスになってもらうからね』
『……え?』
『そうしなきゃいけない理由があるんだ。わかってほしい』
『そう、言われても。私は、世界に仇なすつもりは……』
「……はい。まあそういうことですね」
「ダンジョンボス、つまりここ《薄明と虹霓の地》の主。ここの要石だったアイリウスと同化した存在なら、それに相応しいよね」
〈はえー〉
〈そらそんな反応にもなるわ〉
〈いやでもそう言われていきなり世界に仇なすとか言えるお嬢も没入力高くない?〉
エルヴィーラさんの息がかかったマナ様に誘導されて、まんまと嵌められる形で捕まった私は、そのまま誘い込まれたダンジョンの主にさせられた。今や私と一心同体であるアイリウスの故郷なら、確かに私が関わるのが自然なのだけど。
とはいえいきなりダンジョンボスなどと言われて私も混乱していたから、すぐにわかりましたとは言えない。この時点ではエルヴィーラさんが何を企んでいるのかも知らなかったし。
即座に大仰な言い回しを使ったのは……あれだ。コメント欄が閉じたのになぜか消えていないカメラがムービーモードになっていたから。これは何かあるぞ、と思って、咄嗟に。
『────大丈夫よ、ルヴィア。一人じゃないから』
『! ……イシュカ、さん?』
『そうなのですよ。みんなでエルヴィーラ様の言う通りにすれば、全て上手くいくのです』
『ソフィーヤちゃんまで! どうしちゃったんですか、ふたりとも』
『どうって……あのお方に、力を与えていただいただけよ?』
『この力があれば、この世界を救えるのです』
「で、このあたりは二人の暴走ですね。もう完全に洗脳悪堕ちした元仲間のセリフです」
「いやだって、ほら。この経緯だもの。やるしかないじゃない?」
「嘘は言ってないのです」
「……まあ、私もこれからそういう役柄をやるんですけども」
現れるはずのない二人が突然目の前に出てきて、しかもあまりにも露骨な台詞回しでエルヴィーラさんの味方についたあたりで、私はなんとなく察した。これはたぶん茶番で、かつ連鎖堕ちする流れだ、と。
みんな、という単語も飛び出していたし、何よりこの日は私視点でも七人と連絡が取れなくなっていた。何かが起こっていることは、私はいち早く察していたのだ。
で、真実三割誇張七割くらいの会話にペースを乗せられて、
『なに、それ……二人とも、何か変ですよ』
『変? 洗脳でも疑ってるの? でも、あたしたちは自分の意思でここにいるのよ』
『ああ、アズキちゃん。もちろんあなたも一緒に来るのですよ』
『っ、アズキちゃん! 逃げて!!』
『は、はいっ!』
一緒にいたアズキちゃんを庇って逃がした。どうせ主目的は私だから、そういう動きをしておこう、というちょっとした機転だ。
……ただ、アズキちゃんは翌日には内通しているユナと行動を共にしている。ユナが本性を現した今、もはや彼女が何も知らないと思っている人はいないだろうけど。
『……あらら。逃げられちゃったのですね』
『いいよ。あの子は元々泳がせるつもりだったから。ルヴィアを捕まえられただけで十分だ』
『……私に、何をさせるつもりですか』
『そんなに身構える必要はないよ。すぐに楽になるから。……ね、───』
『…………もしかして、──?』
『うん。一緒に世界を正そう、─────』
〈ちぇ〉
〈ダメか〉
〈ノイズつけ忘れ期待してた〉
「さすがにないですよ。運営さん、五回は確認したそうですし」
最後のシーンは、こちらも仮面少女の登場。これに私は強く反応しているけど……まあ、これはまだノーコメントで。
だいたいこんなところだ。私たち来訪者の召喚に際して発生した魔力バランスの歪みを直すためにエルヴィーラさんが動いて、精霊プレイヤーと仮面少女を使ってこのダンジョンでの戦闘イベントを作り出した。私はその中に取り込まれて、これから大ボスとしてプレイヤーたちの前に出る……と。
「そしてもうひとつ。私たちがエルヴィーラさんの手に落ちていたマナ様に従った要因である、『浄化の汎用化』についてですが」
「この《浄化石》、一昨日にも見たよね。これに触れた来訪者は、《治癒術》の一環として浄化ができるようになる」
「……とのことなので、この《浄化石》の開放によって達成されることになりました」
だから、あとはこのまま無事にイベントが終わりさえすれば、三方良しとなる。
だからみんな、頑張って。今回の私はかなり強くされているけど、ちゃんと倒してね。
ネタバレ(本編)
嘘は言っていません。