189.一度はやってみたいムーブしかしない精霊たち
今回はミカン視点。
中ボス戦をそれぞれ終えたぼくたちは、景色が再び平原に切り替わったあたりで合流した。
中ボス戦ではそれぞれ印象的なイベントがあったようだ。
《明星》のところではメイさんの強すぎるゲージ攻撃を無効化する形でペトラさんがなぜか手助けをしてきたそうだし、《盃》のところでは長期戦でなぜか倒し切る前にヤナガワさんが「もう大丈夫そやね」と戦闘態勢を解いた。
《天球》に《エアリー》が合流して担当したところではタラムさんにフィアさんとセレニアさんが突っかかったのだが、それがどうにもぎこちなかったらしい。それはまるで、文化祭の演劇のようだったとか。
そしてぼくたち《プリズム》のところでは、精霊関係者二人が対称的な様子を見せた。アズキちゃんはいつもよりさらに猛然と戦っていたのに対して、ユナはそもそも戦いに参加しなかったのだ。
彼女はイベント参加プレイヤーではなく案内人だということなのだろうけれど、目の前で死に戻りが出ても錫杖を構えすらしなかった。明らかすぎるほど異常といっていいだろう。
倒された中ボスたち四人は、全員が戦闘への不参加を明言しながらついてきていた。このあたりも含めて挙動が不審なあたり、精霊プレイヤーたちも慣れない役に手探り状態なのだろう。
なんともいえない空気が漂っているものの、ほとんどのプレイヤーは嫌そうではない。この不穏な重い空気感は、どうにもRPGの中盤から終盤あたりを思い出すのだ。
しばらく最終目的地らしき場所、地平線の下にある太陽の方へまっすぐ歩いていると、いつの間にか先頭に躍り出ていたアズキちゃんがユナに問いかけた。
「…………このあたり、ですよね」
「うん。……構えて」
ここまで精霊たちのような異様な様子は見せていなかったアズキちゃんだけど、彼女も何か知っているのかもしれない。いかにも意味ありげな雰囲気の中でユナに問いかけ、首肯を返されると立ち止まって得物の《光扇・天岩戸》を構えた。
それにつられて、ほとんどのプレイヤーが立ち止まる。何事かと注目が集まったところで、ただ一人そのまま歩き続けていたユナが振り返った。
「ねえ、みんな。ほんの少しでも、こうは思いませんでした?」
……嫌な予感がした。それを肯定するかのように、辺りには重い空気が立ち込める。
ユナから、さっきのツバメさんと同じ気配がする。自分のものではない、あまりに強力な権能の気配だ。
「妙な動きをしている種族の、たった一人だけ外に残った人が、案内するなんて言って未知のダンジョンにみんなを連れてきて。───疑いませんでした?」
ああ、やっぱり。
想像していないわけがない。こんな状況をRPGのワンシーンのようだと楽しんでいたようなヘビーゲーマーたちが、こうまで怪しい要素を振り撒かれて気づかないわけがない。
誰も指摘しなかったのは、ただ無粋だと思ったから。わかった上で乗っかって、このシーンを見て体感することこそ意味があると思っただけだ。
……まあ、そんなことはユナ自身が一番よくわかっているだろうけど。だからこそ、彼女はとても楽しそうだ。
ユナのネームタグが、赤く染まった。
「私が、みんなを裏切っているんじゃないか、って」
そして、予定通りの緊急事態。
草原の四方八方から現れた魔物たちが、ぼくたちを包囲した。
……いやまあ、楽しかったよ。ゲーマー的に美味しい展開の連続を魅せられて、間違ったルートには乗っていないとわかった状態で仲間と戦うの。
でもさ、その上で言わせてほしい。
「ボスが! 回復を使うのは!! 反則でしょ!!!」
立て続けの死闘を経て、当初の半分ほどの人数になってしまったプレイヤーたちの真ん中で、ぼくは叫んだ。言わなければならない気がした。
ゲームのお約束としてゲリライベントを楽しんでいるプレイヤーから放たれたこの言葉には、さしものユナも眉を下げて、
「うん、ごめん。でも、私も中ボスだから……」
魔物が全滅した時点で戦意喪失判定によってネームタグが青に戻ったユナの言い分もわかる。ユナ自身が影を作る形にできなかったのも、基本的に支援に特化している彼女のステータスからすれば無理もない。
だけど、借り受けている権能を駆使したユナに継続回復を付与された魔物の軍団を殲滅するのは、本当に大変だった。
なにしろ、数が多いのだ。だからといって近くにいる敵だけを攻撃していたら、攻撃範囲から外れた魔物がどんどん回復していってしまう。
だから大技や遠距離攻撃は使いどころを見極めなければならなかった。パーティ単位の位置取りもこれまでになく重要だっただろう。
思えば、「超難度」と宣言したのはユナだった。この半ば別ゲーと化したボス戦を事前に知っていたなら、彼女があの言葉でこちらに覚悟させておいたのもむべなるかな。
「タワーディフェンスをしている気分でした」
「私の知ってるVRMMOはこんなに難しくないよぅ」
「……実を言うとね、これでも初期案からは弱体化させたほうなんだよ」
「ユナ、そういうのはアフタートークで」
とりあえず自然と暴露モードに入りかけたユナを引き戻しておく。もしかして精霊プレイヤーたち、ネームタグ表示が変わったら素に戻るように言われているの?
スズランちゃんがこぼした「タワーディフェンスのよう」という言葉には同意だ。これまでのDCOは行動の選択やクールタイムを気にする必要こそあったものの、マップ単位でみた全体の位置関係や時間経過まで常に計算に入れる必要はなかった。
だけど今回はそのあたりまで求められたから、それに対応できなかった四割近くのプレイヤーが脱落してしまった。……まだこれから大ボス戦を残しているのに。
「……というか、ユナとペトラさんのところを入れ替えたらダメだったの?」
「今回の話、翠華さまのゴーサインは間に合わなくて。ペトラさんはあの形での参加が限界だったんです」
さっきアフタートークでと言ったのに、ユナがまたすぐ話そうとしていた。まあ、話していいことなら聞いておくけど。
「というか、ペトラさんも私も《固有奥義》は回復系だから、入れ替わってもあんまり変わりませんよ?」
「……その《固有奥義》というのは?」
「なんらかの……私たちの場合は武器の能力で使える、その人専用の必殺技です。どれもクールタイムが極端に長い大技ばかりですよ」
ルヴィアの《トワイライト・ブラスター》とか、メイさんの《オーバーヒート・ゾーン》のようなもののことらしい。ユナもさっき《フラワリング・エンブレイス》という術で全体リジェネを見せていた。
そういう名前があることは初めて知ったけれど、そうと言われれば固有奥義に相当するものを持っているトッププレイヤーはちらほら存在している。どうやら全員が持っているらしい精霊ほどではないにせよ。
「厨二心をくすぐられますよね」
「それメイが言う?」
「ついさっき露骨なくらい厨二ムーブかましてたよね」
「いやー、楽しかったです」
だろうね。可能ならぼくもああいうことやりたい。
状況が錯綜してきた気がするから、一度整理しておこう。
事の発端は、3日前。《ウーディネ》の街で《呪化》という新たな脅威を目の当たりにしたルヴィアたち精霊組は、それを解決する……具体的には、精霊以外も浄化を使えるようになる方法を精霊王であるマナさんに尋ねた。
マナさんには心当たりがあったようで、その場にいた精霊にクエストを出して準備を進めさせた。……この場面がルヴィアの配信に映されたのを最後に、七人が失踪。
そしてこの直後、イシュカさんとソフィーヤちゃんは精霊界を訪れたエルヴィーラさんに引き込まれている。
翌日、ルヴィアとアズキちゃんはそのプロジェクトに必要な浄化石を取りに来るために《虹彩魔鉱山》へ。その奥から繋がっていた新たなダンジョン 《薄明と虹霓の地》に進入して、実際に浄化石を発見した。
……が、そこにいたエルヴィーラさんとの会話中に配信が切れた。咄嗟に逃げたアズキちゃんは脱出に成功したものの、ルヴィアはそのまま失踪。
そこからの経緯は不明だけど、なぜかその《薄明と虹霓の地》は昼王都内にある祠と繋がって、内装をがらりと変えた。そして行方不明にこそなっていなかったものの密かに内通していたユナの案内で、ぼくたちプレイヤーがこのダンジョンに来た。
しかしその中ではエルヴィーラさんから力を借りた精霊プレイヤーたちがボスとなって立ちはだかってきている。寝返ったユナも含めて八人中五人を撃破して、残るは三人だ。
実は、今回はぼくたちの目的がはっきりとはわかっていない。精霊たちに招待されて戦う、くらいしかイベント概要に書かれていないのだ。
流れからして奥にいるルヴィアを倒せばいいのはわかるんだけど、それにどういう意味があるのかもわからない。それが浄化手段とどう繋がるのかも。
それともうひとつ、仮面少女について。夜会に現れた仮面を着けた謎の少女がここにいるということで、彼女を探っていた双界人たちも一緒に戦っている。
こちらもまだよくわからない。仮面少女がルヴィアと一緒にいれば、こちらは話が早いんだけど……。
というわけで、少し聞いてみた。
「まだ詳しくは言えないんだけど」
「まあ、言えることだけでいいよ」
「うん。……精霊側は、このゲリライベントの報酬として一般の浄化手段を開放するつもりだよ」
……なるほど。とりあえず、それがわかればプレイヤーの目的にはなる。ただ促されるだけよりは、ぼくたちもやりやすくなった。
一方で、わからないことも増えた。精霊にとって、このイベントを開催することにどんなメリットがあるのかだ。
ただ、これは心配しなくていい。というのも、主催者はどうやらマナさんではない。エルヴィーラさんだ。彼女は双界を広く把握しているし、解放の管理のようなことまでしているから、利となる事柄は多い。
そしてエルヴィーラさんにとっての利は、基本的にプレイヤーの利と合致するはず。それなら、ここを気にする必要はあまりないはずだ。
「……じゃあ、仮面少女については?」
「それは、このまま進めば最後にはわかるはずだよ」
まあ、この返答は予想通りだ。然るべき場所で知るしかないだろう。
しかし、何事もなくとはいかなかった。
交替しながら道中の敵を蹴散らしつつ進み始めたあたりで、とある情報が入ってきたのだ。
「え、ルヴィアさんが公式チャンネルで配信を始めた!?」
……とのことだった。確認してみると、確かに枠がある。
タイトルは『Behind the Scenes』。舞台裏、だ。
「でも見れんぞ」
「えっと、『この配信はDCOゲーム内からは視聴できません』……?」
そういうこともできるらしい。開いてみても、「この配信はお使いの環境では視聴できません」と出るだけだ。
それで舞台裏となると……表舞台は、おそらくここ。ならば確かに、見ることはできなくて当然かもしれない。あちらで話されていることは、ぼくたちにとってはネタバレなのだろうし。
「そういうことなら、乗っておこうか。この件に関しての伝書鳩は原則禁止で」
そういうことになった。
つまりおそらく、ここからが真打なのだ。
シリアスの振りをしていますが、基本的にノリです。
次回、ルヴィア視点。




