19.VRMMOは情操教育にいいらしい
翌日、日曜の夕方から再開。
「さて、再開していきましょう」
〈今日は何するの?〉
〈昨日は王都で聖水を探してたんだっけ〉
〈まだ見つかってないし、今日も聖水探しか〉
昨日はあの後、聖水の手掛かりを念頭に置きながら王都を散策していた。大まかな王都の地形は把握できたけれど、探し物は見つかっていない。
わかったことを整理すると、こんなところか。
「聖水の入手方法は主に三つ。特別な湧き水を汲む、聖職者から貰う、自分で祝福する、です」
まあ、三つ目はない。転職するつもりはないし、作るにしてもレシピすらない。やり方がわからなければ、それは能力以前の問題だ。
また、ニムさんは「高位の聖水が必要」と言っていた。そこを鑑みるに、一つ目も難しいだろう。貴重な聖水が高品質で採れる場所があるなら、これだけ探して手掛かりすら見つからないということはないはずだ。
つまり、狙うは二つ目。神職のNPCを見つけて、聖水を作ってもらう。
「メタなことを言ってしまうと、この王都のどこかにその手掛かりはあると思うんです。仮にまだ手に入らないとしても、ひとまず諦めさせる情報くらいはあるはず」
〈確かに〉
〈ちょっと掲示板見てくる〉
「ただ、それがプレイヤーに出回っている可能性は低いでしょうね。今王都にいるプレイヤーは、高確率で私の動向を把握していそうですし」
〈あー〉
〈ならもう話が来てるか〉
昨日の《唯装》に関する情報は特に盛り上がっていたから、私が聖水を求めていることはおそらく周知の事実だ。少なくとも、もう王都にいる前線組にとっては。
それで情報が見当たらないということは、まだ誰も見つけていない可能性が高い。
「なので、まずは《組合》に行ってみましょう。昨日も覗きはしましたが、もう少し詳しく調べる価値はありそうです」
そんなこんなで《冒険者組合》。人の集まる場所だから、聞き込むにしてもここで間違いはない。
一つ知りたいことが固まっているから、まずは相談窓口へ。この世界にもあるんだね、サービスカウンター。
「すみません」
「はい。何かわからないことが?」
「この地方に大きな神社というと、夜草神社の他に何かありますか?」
「基準にもよりますが……夜草神社と並びうるものはありませんね。中小規模のものなら、地方にもいくつか」
「高位の聖水を作れるところだと、どうでしょうか」
「この地方では聖水は夜草神社に依存しておりまして……少し遠いのですが、東海地方にある《三又神社》くらいですね」
おっと、さっそく貴重な情報をゲット。高位の聖水は思いのほか貴重なものらしい。
夜草神社の関係者のほとんどは連絡途絶の状態。唯一接触ができる蓮華さんは汚染を受けているから、聖水を作れる可能性は低そうだ。だからそれ以外の神社を、と考えたのだけど、そう簡単にはいかなかった。
「では、その三又神社について教えてください」
「三又神社は、《東海里》の中央部に存在する神社です。規模自体は中程度ですが、主神である《火刈》様の力が非常に強く、その神格以上の発言権を持っています。なんでも、女王陛下の古い御友人だとか」
「なるほど。ありがとうございます」
「いえ、いつでもどうぞ」
とりあえず、主神の名前と立場はなんとなくわかった。この方面で詰めていくことにしよう。
ひとまず、できれば王家の周辺と接触したい。そちらから《三又神社》について探ることもできそうだ。
とはいえ、そう簡単に話ができるような立場の相手では……。
「あ、少し待ってください。フレンドメッセージが来ていました」
送信者はミカン。内容は……「イベントが発生したんだけど、王城前まで来れる?」
どうやら都合がよさそうだ。すぐにでも向かうとしよう。
背景変わって王城の少し手前。王都はあまりにも広いからか、ワープポイントが複数あるのだ。昨日のうちに散策しておいたのも、何割かはこのためだった。
組合はやや外縁部にある。王都自体が広すぎて、ここまで走ってきても少し時間がかかるのだ。
「あ、ルヴィア。こっち」
「はーい……って、いきなりですか」
ミカンは城門の真下にいた。おそらく偶然通りかかったところを呼び止められたのだろう、これからパーティを組むらしきプレイヤーたちもいた。
一方で彼女を留めていたのは、黒い猫耳がよく映えるチャイナ服の女の子……女王陛下だった。斜め後ろには従者さんも控えている。
「ご指名だよ」
「ムービーをやりたくないんじゃなくて?」
「否定はしないけど」
どうやら紗那様の方から私を指名なさったらしい。嘆かわしいことに前線プレイヤーの中では私の扱いが定着してきているようだけど、まさかNPCまで追随してしまうのか。
……と思ったものの、そうではなかった。
「お母さんに、あなたが来訪者の中枢だと聞きました」
「……そういうことに、なるかもしれませんね」
「特に皆さんに伝えたいことがある時は、ルヴィアさんに話せば正確に伝わると」
「ああ、なるほど。それは間違いありません」
誰かにクエストを与えればUIは全員が見られるはずだけど、配信を使って最大限正しく伝わるようにしたかったのかもしれない。情報伝達に余念がないのは、王政としても喜ばしい。
ただ、紗那様の顔色は優れなかった。
「夜草神社の巫女については、こちらで調査中です。ただ、それだけを気にしている場合ではなくなってきていまして……」
「何か、あったのですか?」
「実は、北方からの食糧路が絶たれてしまいました」
「……それは、どうすれば」
「こんなこともあろうかと、王都近辺に複数の非常食料庫を用意してあったんですけれど……その食料庫自体が汚染されているようで」
なるほど、話がわかってきた。それをなんとかしろということだろう。
「三箇所あるのですが、その全てが汚染された危険な場所、《ダンジョン》になっているようです。《来訪者》の皆さんには、これを浄化していただきたいんです。最奥部の《ダンジョンコア》を取り除けば、正常に戻るはずですから」
「承知しました。では、手分けして」
「ダンジョンは魔力が歪んで生じた空間、危険度はこれまでと段違いです。どうかお気をつけて」
〔〔グランドクエストが発生しました:船屋敷鼠掃除〕〕
〔〔グランドクエストが発生しました:田園街道の化生〕〕
〔〔グランドクエストが発生しました:酒蔵地下の不思議迷宮〕〕
カメラの色が戻ったので、今度はこちらから。
「ああ、少しよろしいでしょうか」
「はい、どうしたんですか?」
「実は、こういうものを手に入れまして」
まずは見せてみる。現地人である紗那様には触ることはできないと思うけど、見るだけなら大丈夫だろう。
「汚染された武器……ですか。《魔装》でしょうか」
「知己の精霊によると、魔術系の唯装だそうです」
「へえ、精霊さんが。ということは、祠の?」
「ええ」
「あなたが浄化してくださったんですね。とても助かります」
ストレージから出してみせた《呪われた魔剣》への反応はこんな感じ。《魔装》という言葉は初めて聞いたが、魔法武器のことだろう。
汚染は見て判別できるから、やはりそこまではすぐにわかるらしい。ニムさんがなぜ一目で唯装だとわかったのかはわからないけど。
「その精霊が言うに、これの浄化には高位の聖水が必要なのですが」
「聖水を供給する夜草神社の現状は、お話した通りです……」
「はい。それでギルドに相談したら、三又神社のことを聞いたんです」
「ああ、火刈さんの。確かにあそこなら、そのくらいの聖水は作れますね」
聞く限り大丈夫そうだとは思っていたが、やはり作れるらしい。そうとなれば、問題はここからだ。
「それ以上のことはわからなかったのですが……紗那様は火刈さんとお知り合いだとお聞きしました」
「はい! 小さい頃からよく遊んでもらっていました。お姉ちゃんみたいな存在です」
「では、その火刈さんの所在はご存知でしょうか?」
紗那様、少し考えて、
「火刈さんは、今は幻夜界で魔物を足止めしています。ですが、そのお弟子さんならこちらにいるはずですよ」
「本当ですか! その方は」
「《結乃》ちゃん、という子です。今は確か……」
狙い通り、重要な手掛かりが手に入った。お弟子さんでも聖水を作れるなら良し、そうでなくても面識を持っておけばいずれ役に立つはず。これはありがたい。
それにしても、情報の繋がり方は予想外だった。女王様に認知されるほどその弟子が凄いのか、女王様に弟子のことまで認知させるほど火刈という人が近しいのか……。
もっとも、このイベントと祠イベントを発生させたのが同一人物だったのは偶然だ。本当は他にもルートがあったのだろう。少し楽をしてしまったかもしれない。
紗那様は私のマップに直接マークを書き込む(一部の有力住民はこんなこともできるらしい)と、さらにその場で紙切れに何かを書き込み始めた。
そのまま渡されたものを見ると、どうやら簡易の紹介状だ。私のことは信用できる旨がサイン付きで記されていた。
「その剣なら、神社を解放するのにも役に立つはずです。結乃ちゃんにはこれを見せてください」
「ありがとうございます。ご期待に添えるよう、全力を尽くします」
「はい。期待しています!」
紗那様は従者を連れて城内へ帰っていったのだけど、城門が閉じる直前に「えへへ、良いことすると気分がいいね」と聞こえた。……かわいい。
とまれ、これはアレだ。本来なら信用してもらうまでに条件が必要な特殊NPCだ。その条件を、紗那様の一存でスキップできてしまえるようになったやつだ。
どうやら紗那様、私への好感度は想像以上に高いらしい。大丈夫だろうか、ちょろいとか言われたりしていないだろうか。
DCOではNPCの好感度が他タイトル以上に重要だとはわかっていたけれど、信用されているとこれほどの恩恵があるとは。リアリティを突き詰めるとこうなるのかもしれないが、そこまで作り込む開発班が素直に凄い。
もしかしたらこのシーンが出回って、プレイヤーがこぞってNPCの好感度上げに走るかもしれない。……まあ、それはいいことだろう。クエスト報酬にNPC好感度があるのは、それが苦手な人のためのものなのかもしれないし。
とにかく、VRMMOでは人のよさがアドバンテージになることが判明した。もしかしたら、私たちがやっているのは倫理ゲームだったのかもしれない。
そんなわけで、夕飯休憩を挟んでマークポイント前。
どうやら寺子屋だ。それもかなり大きい、横に運動場のような広場があるところ。
結乃さんは一時的にここに滞在しているらしい。先生の代理でもしているのだろうか。世界有数らしい術師の弟子なら、変な話ではない。
「ごめんください」
自分の所属していない学び舎ほど入りづらいところもないけど、入らなければ話が始まらない。
ちょうど休日らしく人気のない寺子屋の扉を叩く。いざ。
「はーい?」
しばらくして返ってきた声は、思いのほか幼いものだった。声だけ聞く分には、私と同年代くらいに思える。
果たして開かれた引き戸の向こうには、可愛らしい小柄な少女が首を傾げていた。
……ちょっと待って。
「急にすみません。結乃さんで間違いないでしょうか?」
「はい。私が結乃ですが……」
あの少女王が尻尾をぶんぶん振って慕うひとの弟子なのだからと、もっと妙齢のひとを想像していた。
だが目の前にいるのは、日本人形のように精緻で華奢な、大和撫子そのものたる濡れ羽色の長髪を流した、私と同じくらい小柄な人間らしき少女だった。
こんな虫も潰せなさそうな、教壇より花壇の方が似合いそうなひとが、臨時とはいえ寺子屋で教えている?
このゲーム、思っていた以上に外見からの推測は当てにならないのかもしれない。
ともかく、まずは話を通すとしよう。
名乗りながら差し出した女王直筆の斡旋状の効果は、覿面だった。
「来訪者のルヴィアといいます。紗那様から、聖水についての相談は結乃さんにと勧められまして」
「……話をお聞きしましょう。上がってください」
講堂の脇を抜けて奥の一間。卓袱台と緑茶を挟んで、向かい合う幼……少女が二人。なお、片方は私である。
ここまで到達するにあたって紗那様のご厚意で飛ばされたチャートはどのくらいあったのか、想像するだけで頭が上がらない。
一通りのことを話した私を前に、実物の剣を検分しながら結乃さんは呟いた。
「なるほど、大方わかりました。この剣の浄化でしたら、私の力量でも可能かと」
「本当ですか、では──」
「ですが、お引き受けするには条件があります」
ですよね。
最初からただでやって貰えるとは思っていない。大事なのはその条件だ。今の私に可能なことでなければ、早々の獲得は諦めることになる。
「条件はふたつです。まず一つ目として、聖水の祝福に必要な材料の調達をお願いできますか。
祝福そのものに時間はかかりませんが……今の私は臨時講師であり、いざという時に子供たちを守る身。材料を取りに行く時間は取れないんです」
「はい。必要なものさえお教えいただければ、こちらで」
これは当たり前の話だ。いくら女王様の後ろ盾があったところで、ただでさえ初対面の相手に図々しいお願いだ。材料調達くらいは当たり前のことである。
おそらく次が、技術料にあたる部分だろう。
「次に二つ目ですが──」
ちょっと小休止してクエスト進行。作中ではまる一日以上かかっています。
次回は金曜日、新Mobと戦闘回です。
気づいたら200ブックマーク、700ポイント到達しておりました。本当にありがとうございます。
このままじわじわ伸びるだけでも嬉しいですが、作者は欲張りなので強請ります。この下にいくつかあるボタン、どうか押していってくださいな。ブックマーク、更新通知、そして評価の星。たった3クリックで結構です。なにとぞ……なにとぞ……。




