181.スタート・オブ・カプリチオ
○水の精霊・ウンディーネ
属性:水
状態:呪化
探していたウンディーネはその場で見境なく水を生み出しては溢れさせていた。
状態欄にあった記述は「呪化」、初めて見るものだ。ポップアップしたヘルプを見るに、汚染を通り越して周りに汚染を振り撒く状態のことをいうようだ。
いや、それはいいとして。
「えっこれ戦闘になるの!?」
「ちいと不安な編成やね……」
「とりあえず私が前に出ます。援護を!」
このステータスが出たということは、敵としてターゲットされたということだ。一応出口が塞がっていたりはしないけど、まさかのイベント戦闘である。
精霊で固まってくるよう誘導するような流れから突発の強制戦闘はちょっと想定外だ。精霊はどうしても役割が固まりがちで、種族統一だとパーティバランスが取りづらいから。
辛うじて私が前衛をできるけど、そうでなければ全員後衛という異常事態。それを念頭に入れられた戦闘ということは、前衛なしでもなんとかなるような調整がされていると思いたいけど……。
物理攻撃だけならパリィで凌げるけど、相手はウンディーネだ。私は水を剣で弾けるような超人ではないから、回避も念頭に入れて飛行を用意しておく。
案の定、ウンディーネは水を使って攻撃してきた。最初は定番の水鉄砲だ。反応で避けながらすれ違って、試しに一太刀入れつつ離脱。
「手応えが鈍いですね。物理防御が硬いのかも」
「任せて、《ハイドロランス》」
「けっこう削れましたね。魔防低めかな……《トリプル・フォトンランス》!」
〈順応早くね?〉
〈やることの把握と実行が早いんだよな〉
〈もうちょっと迷わん?〉
〈混乱してないのおかしいって〉
〈*メイ:判断が早い!〉
どうやら魔術防御の低いステータスになっているようだ。本来これは魔術師なら高くなるはずなんだけど、そこは敵ゆえの特殊なステータスということだろう。
ということは、この戦闘は精霊にとって戦いやすいようになっている。プレイヤーたちに勝たせるタイプのイベントだ。となると……。
「……やっぱり。この水鉄砲、魔術攻撃扱いですね」
「それなら多少の被弾は無視できそうやね」
私たち精霊のような魔術型ステータスの場合、MPを伸ばすために自然とMNDのステータスが上がっていく。このMNDは魔術防御にも強めに適用されるから、さっき言ったように魔術師は魔術攻撃の被ダメージが少なくなる傾向にある。
もちろん精霊のステータス的にそもそものHPが紙同然だから、多少の抵抗力があったとしても気は抜けないんだけど。
だから、精霊にとって「魔術攻撃主体かつ魔術防御の低い敵」はカモといえるほど有利な相手となる。
現に今も、アンバランスなパーティにもかかわらずほとんど問題なく戦えていた。攻撃にも厄介なものは見当たらないし、五人の魔術火力による集中放火がかなり効いている。
「《三撃・電槍》」
「ゲージ全損なのです!」
「……なんか、特殊モーション?」
「もしかして、これ……全員、構えて!」
だから倒すこと自体は本当に簡単にできたんだけど、厄介なのはその後だった。
戦闘終了に油断しかけていた私たちを、ウンディーネの体から放たれた禍々しい波動が襲ったのだ。
虹剣の精霊・ルヴィア Lv.53
性別:女
種族:精霊
属性:幻
特殊:《魔力生命体》、《本質の精霊・虹魔剣アイリウス》、金属防具・アクセサリー装備不可、《虹の魔術》、《魔力覚》、《魔力飛行》
状態:汚染
〈え〉
〈まじで?〉
〈そんなことある?〉
「っ……!?」
何もかもが、初めての現象だった。
体が動かない。脳の指令の言うことを聞いてくれないし、そればかりか体が勝手に動こうとしている。
視界隅に表示されたステータスによれば、私自身の状態が「汚染」。浄化中にも発生したことのない状態だ。ベータの時の神霊戦ですらこうはならなかった。
……どうやら、敵として散々見てきた汚染状態に、自分自身がなっているらしい。そんなことも起こるのか。
「……なに、これ…………っ」
声もほとんど出ない。音にもなっているか怪しいような掠れ声だ。不快感や痛みはないけど、それはおそらくゲームとしてカットされているからだろう。
少しでも力を抜けば勝手に動かれてしまいそうだけど、自分自身が汚染されているのならやることはひとつだ。自分を対象に《浄化》を発動する。
かなり強力な汚染だったようで、浄化にも数十秒かかった。慣れている私でこうとなると、習得したばかりのヤナガワさんやソフィーヤさんはもっとかかるだろう。
これが《呪化》状態、ということなのだろう。汚染されているのみならず、自分が強力な汚染源にもなってしまう状態。なればこその呪化だ。
それが最後の吐き出しだったのか、その間に当のウンディーネは正気を取り戻したようだ。おろおろしながら様子をうかがっている。
「……大丈夫です。浄化がなんとか間に合いました」
「それはよかった、けど……えっと、あなたたちは、精霊?」
「ええ。世界を元に戻すために召喚された《来訪者》の精霊です。……ウンディーネさんですね?」
「うん。……そっか、わたし」
やはり汚染は一度染まってから戦闘で解放されると一気に抜けるのか、ウンディーネさんはもう何ともなさそうな様子だった。正気を取り戻したばかりだろうに、すぐに自分が汚染を与えてしまった私たちのことを気にかけている。
周囲の自己浄化を待ちつつウンディーネさんの状況把握を助けようとしていたところ、次いで浄化を終えたイシュカさんから鋭い声が飛んできた。
「ルヴィア、動けるなら外お願い! アズキが出ていったわ!」
「……! わかりました、ウンディーネさんのことはお願いします」
〈ほんとだアズキおらん〉
〈出てった?〉
〈あ、まだ精霊じゃないから……〉
イシュカさんの方は辛うじて浄化はできたものの、地面に着地したまま動けない様子だ。ウンディーネさんのことは任せられても、行動は難しいだろう。
教会から飛び出し、魔力を辿りながらアズキちゃんを追いかける。汚染状態の仕様が住民と同じなら、あまり時間がかかるとまずいことになりそうだ。
不慣れではあるだろうけど、ちょっと気にかける余裕がないからヤナガワさんとソフィーヤちゃんには自力でなんとかしてもらうことにして、私はアズキちゃんを捜索。まだ精霊ではない彼女には自分自身の浄化方法はないから、追いついて助けてやらないといけない。
〈どういう状態なの?〉
〈汚染って〉
〈プレイヤーも汚染されるもんなのか〉
「プレイヤーは汚染に強いとのことでしたが、どうやら絶対ではないようですね。外からどう見えたかはわかりませんが、ムービー状態のように体が勝手に動こうとしました」
あとでしっかり考えないといけないけど、おそらく条件は「呪化状態の敵の特殊な攻撃を受けること」。精霊にも効く状態異常で、勝手に体が動いて暴走してしまう。
しかし、さすがに厳しすぎる気はする。後出しでの対処は精霊にしかできないとなると、今のままでは対処が厳しい。滅多に出ないものになるのか、対抗策があるのか……。
幸い、アズキちゃんにはすぐに追いついた。無表情のまま近くを探索していたプレイヤーへ魔術を向けているアズキちゃんの前へ割り込む。……なんと敵扱いの赤いステータス表示だった。
アズキ Lv.52
属性:光
状態:汚染
「間に合った!」
「……!」
〈九津堂ついにやりやがった〉
〈は!?〉
〈出たお嬢の人外ムーブ〉
〈その体勢から弾くのおかしいだろ!!!〉
ギリギリのタイミングだったから真上から直接射線を塞ぎつつ、放たれた《シャインバレット》を地面に叩きつける。……反動でわずかにダメージ、どうやらイベント戦闘状態はまだ続いているようだ。
低空飛行で距離を詰めて、失礼を承知でアズキちゃんの体を捕まえる。同性フレンドへのセクシャルガードは切ってあったようだから、掌の中で抵抗してくるのを無視して《浄化》を発動。
「アズキちゃん、少しだけ頑張って!」
「…………っ」
やはり多少の抵抗はできるようだ。声をかけると少しだけ抵抗が弱くなった。その隙に携帯食料でSPを回復して、浄化にして一気に注ぎ込む。
……しばらくすると、なんとか汚染は解けてくれた。アズキちゃんから力が抜ける。
「……ありがとう、ございました」
「よく頑張りましたね、アズキちゃん」
自力での対処が可能だった私たちと違って、初めての現象に対抗手段を持たないまま振り回された彼女の苦労は相当なものだっただろう。あるいは恐怖すら覚えたかもしれない。
慰めるつもりで指先で頭を撫でてあげると、ふらふらと肩まで飛んできたかと思えば顔をうずめて擦り付けてきた。
「とりあえず、教会まで戻りましょうか」
「はい」
「……あの、今のは一体……?」
落ち着いたアズキちゃんを連れて戻ろうとしたところ、襲われそうになっていたプレイヤーから声をかけられた。
確かにいきなりプレイヤーが敵表示で襲ってきたら驚くだろう。情報の拡散にも繋がるし、せっかくだから説明がてら巻き込むことにした。
「歩きながら説明しますね。ついてきてください」
ひととおりのことを話しつつ教会へ。到着した頃にはなんとか全員の浄化が済み、疲れ果てている四人の精霊としょんぼりしたウンディーネさんがいる状態だった。
「……あ、ルヴィア。おかえりなさい」
「あなた、汚染されちゃった子だよね? ごめんね、わたしのせいで……」
「い、いえ、大丈夫ですから」
ウンディーネさんの表示も正常に戻っているから、ひとまず危険はないだろう。さっきまで溢れていた水も止まっている。
特に疲れている二人に喋らせるのは少し心苦しいけど、整理しなければ。
「アズキちゃん、さっきはどんな状態だったんですか?」
「えっと……あの黒い波動を受けたら急に体が動かなくなって、そのまま勝手に動き出したんです。ムービーの時みたいな強制移動かなと思ったらそのまま外へ出たから、妙だと思ったらステータスが敵表示になっていて……」
「ってことは、あれは精霊じゃないと……《浄化》持ちじゃないとそもそも抵抗すらできないってこと?」
「かもしれませんね。だとすると、かなり厄介ですが」
おおよそ私たちが受けたものと同じで、その後も予想通りだったけど……抵抗の余地すらなかったのは少し予想外。アズキちゃんも持っている浄化札での対抗もできないようだ。
巻き込まれたプレイヤーたちも絶句していた。プレイヤーの汚染なんて、まだ予想できなかったのだろう。汚染と浄化に比較的慣れている私たち精霊プレイヤーよりも、衝撃は大きいはずだ。
「ウンディーネさん。《呪化》という状態に心当たりは」
「……汚染がより進んでしまった状態のことだよ。力が強くなるだけじゃなくて、周りに汚染を振り撒くようになるの」
この場で聞かれたこと、そして私たちの様子を見て、ウンディーネさんは自分が呪化していたことを察したようだ。悲痛な表情からさらに眉を寄せながら答えてくれた。
その説明自体は予想通りだけど、だからこそショックは大きい。あらゆる敵が受けている汚染状態に上の段階があるというだけで、攻略に携わる全てのプレイヤーが頭を抱える理由になる。
「……っ」
「ウンディーネさん?」
「ごめん、立ちくらみ」
「一度、精霊界に戻ろか。あっちの方が魔力濃度も高うて良いやろし」
「そっちの人達、悪いけどこのことを他のプレイヤーにも伝えてくれないかしら?」
「わ、わかった。任せてくれ」
「ありがとうございます。ここのことはお願いします」
そこからの動きは早かった。素早く判断ができないと、このあたりではやっていけない。
力が尽きかけているウンディーネさんを精霊界へ連れ込むと同時に、一部始終を伝えたプレイヤーたちにこの場を任せておく。浄化はしたものの不安が残るから、アズキちゃんも一緒に精霊界だ。
ユナと私で肩を貸して運び込んだウンディーネさんを見て、待っていたマナ様は心配げな色を残しつつも安堵した。
自分の娘が、曲がりなりにも生還したのだ。喜びきれない様子ではあっても、胸を撫で下ろしたいのは本音だろう。
「ひとまず、ディはこっち。今は横になってゆっくり休んで」
「ありがとう、お母様……」
「こっちこそありがとう、無事に帰ってきてくれて」
彼女の子供であるという四人の精霊のうち、残り3人はまだ所在が不明だ。フィーレンの奥にいたという精霊はサラマンダーではなく、その眷属にあたる火床の精霊だった。
彼らと比べれば遠い関係にあたる私たちプレイヤー精霊やニムとリットくんには、マナ様はコミカルな態度を崩さない。セレスさんは主従のような態度を崩さないから、母らしいマナ様を見るのは初めてだった。
「みんなもありがとう、ディを助けてくれて」
「いえ、私たちにとっても家族のようなものですから。……ただ」
「ちょっと色々あったから、マナ様にもお話を聞いてみたいんです」
ひととおりのことをマナ様にも説明。すると途中で引っかかるところがあったのか、考え込むような仕草が見えた。
「それで、精霊以外の来訪者が呪化状態の方と鉢合わせた時のことが気にかかって」
「マナ様、浄化を持っていなくても汚染に抵抗する手段に心当たりはないかしら?」
マナ様は少し難しい顔をしたけど、すぐに視線を上げた。いつものような自信満々の表情ではないものの、手立てはあるようだ。
「《虹彩魔鉱山》の最奥の隠し部屋に、強い浄化の力を持った石があるわ」
「本当なのですか!」
「なら、それを使えば……」
「ただ、少し癖の強い代物でね。いろいろと準備や手順が必要なの」
そして、マナ様は強い瞳を私たちへ向けた。同時に、彼女の頭の上にクエスト発生を示す「!」マーク。
この時はただのクエストだと思っていた私たちだけど……後から思い返せばこの瞬間、DCOというゲームの特異性もこれでもかと示す強烈なゲリライベントが始まったのだった。
「他の子達はここに残って、いろいろ手伝って頂戴。……ルヴィア、アズキ。二人には、その石を取りに行って欲しいの」
「わかりました。任せてください」
ここからは投稿開始前からずっとプロットを用意していたパートです。これのために決まった初期設定とかちらほらある。