177.急にシリアスムービー挟むのやめてくれない?
なんやかんやあったものの、なんとかボスは倒すことができた。想定よりは少し時間がかかったけど、このくらいなら問題ない。
途中で本体に《トワイライト・ブラスター》を撃ち込んでやろうかと思ったけど、残念ながら本体は無敵だった。
「お、終わった……」
「緊張したぁ……」
「皆さん、お疲れ様でした。本当に助かりました」
「あの人たちピンピンしてない?」
「最上位勢体力おかしいだろ……」
〈死屍累々で草〉
〈改めて攻略組ヤバいんだなって〉
〈この難易度のボスに中堅勢ぶつけたらこうなるわ〉
戦場のところどころやボス部屋のすぐ外で疲労をあらわにしているのは、途中から参戦してくれた中堅勢の皆さんだ。いつもの高難度ボスの中では緩い方だったとはいえ、彼らに任せるには酷な相手だったからこうなるのも無理はない。……ごめんね、ほんと。
まあ、そんな有り様の後輩たちにいつまでも任せているような情けない最前線組ではない。しばらく外から様子を見ていた彼らは、目視でパターンを覚え直して戻ってきた。
基本的には立っているのが攻略勢、座り込んでいるのが中堅勢だった。こういうハードな戦いの体力には、どうしても慣れが肝要なのである。
「……その、本当にお手数をお掛けしました」
「いや、気にしなくていい。これは俺たちの使命だからな」
「いえ、そういうわけには。同胞たちも助けていただいたようですし……」
プレイヤーたちはもうしばらく休ませておけば問題なさそうだから、私もボス部屋の中央へ。ちょうどリョウガさんが正気に戻った諾さんと話しているところだ。
……しばらく微妙に影が薄かった天狗の皆さんがついてくる。
「ご無事なようでよかった。まだ汚染が残っているようでしたら、この場で浄化させてください」
「あら、あなたは……精霊様ですか。いえ、もうすっかり抜けましたよ」
「それなら重畳です」
「ところで……後ろにいるのは?」
だよね。どうしてもそっちに目が向くよね。しかもあまり目が笑っていない。
応答したのは妙羽さんだった。……おっと素敵な笑顔。
「無事なようじゃな、諾。助けに来てやったぞ」
「あら、壮健なようで安心です、妙羽さん。この城の様子を聞くに、あなたたちにできることは少なかったように思えますが?」
「何を言う。妾がおらねば、主らは救われておらぬぞ?」
〈お、なんか始まったぞ〉
〈仲悪いって話だったもんな〉
そうだね、まだ、ね。私たちにこの城の状況を教えて、ここを攻略するよう促してくれたのは妙羽さんだったから。この瞬間が大幅に早く訪れたことは違いない。
もっとも、解放済の街にダンジョン化した城があるのは不自然だ。促されなかったとしても、いずれは私たち自身で気づいて手をつけていたとは思うけど。
「私ですらこうなってしまうほどの汚染の前では、あなたがたも満足に動けなかったのでは?」
「役割というものがあったんじゃよ。妾が導を示しつつ術で助け、こ奴らが妾を守る」
「空間が歪むダンジョンの中で、案内も何もないでしょうに」
確かに役割分担はした。後衛火力としてそれなりに頼もしい存在ではあった。……ただ、それが妙羽さんでなければいけないものだったかというと微妙だ。
諾さんの言う通り、ダンジョン内では空間が歪む。平時と地形が変わるから、役に立つ道案内は特になかった。
「このダンジョンで肝要になったのは浄化でしょう? 活躍したのはあなたではなく、そちらの精霊様なのではないですか?」
「ぬ……確かにこやつの働きは大きかったが、こやつを連れてきたのは妾じゃ。妾が誘っておらねばこやつはここには……」
「…………」
首を横に振っておいた。私は元々、前線についていくよりは明らかに怪しい城を見てみたいと思っていたのだ。妙羽さんの言葉で下見が攻略に変わったのは確かだけど。
ねえ妙羽さん、そろそろやめておいた方が……。
「そもそも、なぜこんなところまで? 助言だけでも、一応の手助けにはなったでしょうに」
「っ……」
「もしや、目立つ成果を出して天狗族の再建を」
「黙れ」
「……」
「それ以上は言うてくれるな」
〈……ん?〉
〈今なんか〉
〈再建……?〉
案の定痛烈な反撃を……と思ったら、急に妙羽さんの様子が変わった。一瞬前まではあった最低限の余裕が消えて、ぞっとするような目で諾さんを睨みつけている。
彼女は今、天狗族の再建と言った。一度崩れていなければ、出てこない言葉だ。
「……行くぞ」
「「「「はっ」」」」
そしてそのまま、部下を連れて出ていってしまう。解放直後のダンジョンには敵が出ないから、護衛すら募らずに去ってしまった。
……途中で濡羽さんが立ち止まっている。物憂げにこちらへ振り返って、口を開いた。
「その、姉がごめんなさい。……余裕がないのです、ずっと」
「……わかっています。あの子に突っかかられるくらいは、私が引き受けますよ。でも、あのままではいずれ」
「はい。なんとか、しないと……」
濡羽さんまで不穏な言葉を残して、彼女は挨拶はして姉を追いかけた。
文車妖妃を助けて城を解放しただけのはずだった私たちは、結局この話にはついていけなかった。
「……話を戻しましょうか。よろしければ、来訪者の皆様に我々からお礼をしたいのですが」
他者をも憂うお姉さんの一面を見せた諾さんは、私たちに気を遣ってか露骨なくらいに声色を切り替えた。
もちろんそれに気づかない私たちではない。……本当はお礼なんて要らないと言いたいところだけど、この流れを途切れさせるのはまずい気がする。
何か……と考えて、思いついた。
「そうだ。でしたら、文車妖妃への進化の方法がわかるようでしたら、教えていただけませんか?」
「……そんなことでよろしいのですか?」
「ええ。私は残念ながら対象の外ですが、我々の中にはそれを望む者もいるはずですから」
〈おっかしこい〉
〈助かるよお嬢〉
〈それ気になってた〉
なんとかお礼として認識してもらえたようだ。後でお願いするだけで教えてくれることだったとしても、この場を乗り切れるなら充分である。
少し考えて、諾さんはこう教えてくれた。
「力を持つ書を常に携行しつつ、《繙読術》を伸ばしなさい。それで私たちに近づきうるはずです」
「《繙読術》ですか。……わかりました、仲間にも伝えておきましょう」
〈繙読術?〉
〈要は本を読む力ってことか〉
〈書物めっちゃ読めばいいのか?〉
〔〔条件が達成されたため、《繙読術》が解放されました〕〕
繙読とは、書物を読んで紐解くこと。特に難しい書や未翻訳の史書を読み解く時に使われがちな言葉だ。
これを伸ばすとなると、やはり図書館などで書物を読むのが正着手だと思うけど……実は今、図書館は閉まっている。紗那さんが鍵を持ったまま行方を眩ませてしまっているのだ。
となると、どうやら文車妖妃への進化は現状では厳しいか。仮に狙うのなら、しばらくは攻略状況を待つことになりそうだ。
ちなみに、元ネタでは女性しか存在しない妖怪だけど、男性でも問題なくなれるらしい。その場合は種族表記が「文車妖“鬼”」になるそうだ。
「それと、もうひとつの話……というか、ここに来た主目的なのですが」
「はい」
「ここにあるという《猫鎮めの神器》についてはご存知ありませんか?」
〈きた〉
〈どうなる?〉
この《猫鎮めの神器》は、幻昼界の攻略において街の解放に並んで重要になってくる要素だ。
これまでに判明しているのは三つ。《城宿》、《掲見》、そしてここ《水圀》で、いずれも城の中という話だった。
だが城宿のものは既に持ち出されていて、掲見は城に入ることすらできない。ここはどうだろうか?
「ああ、あれですね。しまっておいてくれと、火刈さんに言われていました」
「では」
「少々お待ちを。…………これですよ」
〈あった!〉
〈猫鎮めの神器はありまぁす!〉
〈弓だ〉
なんと無事だった。紛失されることもなく、城の中枢たるこの部屋の隠し倉庫にあったのだ。
そうして見せられたのは、どうやら弓のようだった。銘は……。
「《猫南瓜の妖弓》……ですか」
「ええ。……おそらく、この場で最も矢を射当てる弓手が使うと良いでしょう」
〈猫南瓜……?〉
〈なんか聞いたことある気がするな〉
〈なにそれ〉
〈かっけえって感じではないなぁ〉
猫南瓜というのは、確か各地に伝わる猫の怪異のことだ。
殺された猫を土に埋めてからしばらく経って、埋めた場所のあたりからカボチャが一つ採れる。不審に思って掘り返してみると、そのカボチャのツルは埋められた猫の頭から生えていた……というものである。
〈こわ〉
〈祟りじゃ……〉
〈夜にそういう話するなよ〉
「というわけですが、この場のトップ弓使いは……」
「デンガクもキョウカもいないな」
「……ジルじゃね?」
「俺か」
「自覚ないんかお前」
「ちょうどいいかもしれませんね」
〈きょとんとしてて草〉
〈アバターに似合う顔するじゃん〉
〈ジル唯装まだだったしな〉
ジルさんはトップクラスの弓使いの一人だ。見渡した限りではこの中では一番だろうし、腕に不足もないはず。
あとはこの他の唯装よりも重い代物を、ジルさんが受け取ってくれるかだけど。
「わかった。異論がないなら、俺が使おう」
「ええ。お願いします」
すんなりそういうことになった。私の運動会の時の切り抜きのひとつで活躍をしっかり収められていることもあって、どうやら彼の実力は周知されているのだ。
ちょうど機会に恵まれていなかったこともあってか、そのままジルさんの主武装ということになりそうだ。受け取ってすぐに装備を変更している。
「……毒の追加効果か」
「猫南瓜にはオチがありまして、危うく食べずに終わったそのカボチャには人が死ぬほどの毒があったそうです」
「…………また物騒な話だな」
〈こわ〉
〈ひぇ……〉
〈夜にそういう話するなよ!!〉
まあ、猫は七代祟るともいうし。この伝承にはいろいろパターンがあって、中には悪事を働いた猫を殺してもカボチャが生えたという話もあるから、因果応報の話とまとめられるかはちょっと怪しいけど。
ただ、ひとつ思うところがあるとするなら。
「……これ、元ネタ的には猫を倒す武器じゃなくないですかね」
「どちらかというと、猫の方が使う武器だな」
まあ、細かいことは気にしないでおこう。
ネタバレ:伏線回収はおっそろしく先なので天狗の件は一旦忘れて大丈夫です。
猫系の元ネタが足りるかどうかの戦いが始まる……。