176.手癖は熟練者ほど直らない
翌日。アメリアさんが思いのほかしっかり手伝ってくれたこともあり、昼のうちにリリアさんへのVRのレクチャーをした。明日から大学が始まるから、今日しかなかったのだ。
幸いにして夕方には「今夜ボス戦」の報も受けたから、私が別のことをしていても問題なかった。アメリアさん様々である。
そのアメリアさんはひとまずの浄化完了を確認して他の場所へ向かった。少々心配そうだったらしいけど、あとは任せてもらおう。
「散々関わったダンジョンですからね、私もボス戦に関わるつもりです」
「じゃあ今日は司令部パーティか」
「私がリーダーやる前提で喋らないでくださいアルさん」
そういうことを言っていたらなし崩し的に本当に私がやることになるんだよ。
言っていなくても結構な確率でそうなるけど。
「それじゃ、1.2のアプデで実装された近くのプレイヤーへのアンケート機能を使って……」
「ミカン、何して」
「ルヴィアを嵌める奸計」
「そういうこと対象に言っちゃダメでしょ」
〈うーん、これは狐!〉
〈アンケ出された時点で詰みでしょ〉
〈狐に化かされたな〉
〈ミカンちゃんナイス〉
〈*リョウガ:……すまん〉
一瞬で当確が出た。出口調査じゃないんだから。
ちなみにリョウガさんとケイさんはお互いに投票していた。私頼りをやめたところで、それじゃだめだと思うよ?
「まあ、やりますけど……」
「うむ、頼むぞ」
「妙羽さんもしかして未だに私としか話せないんですか?」
「な、なんのことじゃあ?」
〈白々しい〉
〈いたんだ〉
〈え、さっきまでおった?〉
〈じっと気配を消すとか俺らかよ〉
まあ、求められて断るつもりはない。引き受けてユニオンレイドを立てて、近くのプレイヤーを一括で勧誘しておく。
ちなみに、真っ先に寄ってきたのは妙羽さんだった。ついさっきまで隅っこで話しかけられないようにじっとしていた気がするんだけど、いろいろ大丈夫なのかなあ。
「濡羽さん、心中お察しします」
「ありがとうございます。……これでも同族に対してだけはいい族長なのですが」
濡羽さん、 本音が二文字ほど漏れていた。だめだよ、そこで「だけ」って言ったら。
参加人数的に、今回のレイドは三つになりそうだ。うち一つは私が持って、残り二つはケイさんとリョウガさん。ギルドマスター三人の精鋭体制である。
私のパーティは一昨日と同じくミカンとスズランちゃん、セージさんにアルさんとジルさん。妙羽さんと濡羽さんは再び部下を呼んで天狗六人のパーティで私のレイドに入ってきた。その他の面子はその場の即興での振り分けだ。
「先に改めて説明しておきますと、ここ《水圀城・文仙館》には五つある《猫鎮めの神器》のひとつが眠っています」
「今回の目的はダンジョン自体の解放と、その神器の回収だね」
「この《猫鎮めの神器》はメインストーリーにて重要な役割を持つ唯装ですね。レイエルさんが持っている《聖護壁アスクロニクム》と似た性質の存在です」
「つまり、誰かが手に入れてバージョンボス戦で使うことになると」
「はい。……これだけ精鋭が揃っていれば問題はないと思いますが、取り扱いには少し注意が必要になりそうです」
〈持った奴がそのまま数ヶ月後の重要人物になるってことか〉
〈確かにおいそれと持てんな……〉
〈あっさり受け取ったレイエルのメンタルヤバいな〉
ここでもし《猫鎮めの神器》を受け取った場合、そのプレイヤーは自動的に以降の攻略を昼界主体にすることになる。それどころか、最終局面ではほぼ確実にとんでもない目立ち方をすることになるのだ。軽い気持ちで貰ったら、後で困る可能性はある。
いちおう特例としてバージョン1の間に限って条件付きで譲渡が可能になっているそうだ。どうしても縛られてしまうというわけではないから、過剰に萎縮する必要まではない。誰も受け取ってくれない方が渡す側にとって良くないからね。
とはいえ、気軽に狙える代物ではないのは事実だ。クレハは既に《猫鎮めの神器》の中で唯一詳細がわかっている《猫刮村正》を狙って動き回っているようだけど……まあ、彼女のような吹っ切れたプレイヤーは稀なのだ。
サブ武器としてこのレベルの代物を狙うのもクレハくらいだ。
「ちなみに、ここで手に入るものの種類ってわかってるんですか?」
「いいえ、武器だということだけですね。だから難しいんですけど……」
「すまぬの。それなりに古い話じゃから、直接関わった者でないと覚えておらぬのじゃ」
ううん、厄介だ。ボス戦中でもいいから、誰か火刈さんのところまで行って聞いてきてくれないかな?
そんなこんなでボス戦です。
妖妃の頭・諾 Lv.58
属性:闇
状態:汚染
「なぎ? 珍しい字を書く名前だな」
「受諾のダクか」
「あ、あの字イザナギでも見たことあります」
「三文字の“伊弉諾”だね。……ルヴィア、何かわかる?」
何か元ネタがありそうなものが見えるたびに私に聞くんじゃありません。
……いやまあ、私が微妙な顔になっていたのは見えただろうから、今回は仕方ないかもしれないけど。
「清少納言、本名を『清原諾子』とする説があります」
「……うわあ」
「まーためんどくさそうなのが出てきたよ」
「絶対『香』みたいな名前の文車妖妃がどこかで出てきますねコレ」
スズランちゃんのこぼした感想で全会一致だった。
で、たぶんその香さん(仮)と一悶着ある。私たちは九津堂には詳しいんだ。
今回はV0の最後にあった《植物神の娘・梨華》戦と同じ分体撃破方式だった。
中央に怪物化した本体がいて、フィールド中にこれまでの文車妖妃と同じくらいの大きさと強さの分体が湧き続ける。
表面上はさほどおかしなシステムではないんだけど……思い出してみてほしい。私たちは本格的に攻略を始めてから二日間、文車妖妃と真正面から戦っていただろうか。
「ちゃんと攻撃しろやオラァン!!」
「すまん!!!」
「ああもう、感覚狂うなぁ!」
「無意識に浄化の隙作りしそうになる……!」
〈あ、そっか〉
〈倒さなきゃいけないのにモンボ投げちまった!〉
〈そういうケアレスミス攻略組でもやるんだな〉
〈慣れを逆手に取られておる〉
〈*運営:フハハハハ引っかかったな!〉
各地で好機を作ったアタッカーが虚空に場を譲る現象が発生している。傍から見ている分には面白い光景だ。
攻略勢も人間だし、必要以上の慣れが勝手に体を動かしてしまうことはある。普段ならそれでも大きなミスにはならないんだけど、今回は目的からして違うからどうしても隙になるのだ。
精力的に攻略をしていたプレイヤーほどその傾向が強いから、後から駆けつけたような後発組や比較的レベルの低いパーティの方が効率がいいという逆転現象が発生している。彼らが困惑しつつも手を止めていないのが救いだ。
「《フォトンランス》」
「ま、うちには関係ないんだけどな!」
「その隙を利用する側の精霊がいるからな」
「アルさん、ドヤってないでちゃんと癖を直す。ルヴィアの動きが歪んでるんだよ」
「スズランちゃんはもう修正しているんですよ」
〈アルお前……〉
〈セージも大概なこと言ってるぞ〉
〈お嬢に依存したアシスト役の末路〉
〈スズランちゃんは立ち直りが早くてえらい〉
一方、私たちはそれが致命傷になっていなかった。というのも、そうして作られた浄化のための空隙に、私が浄化ではなく魔術を撃ち込めば成立はするから。
……ただ、自覚はあった。ミカンの言う通りで、私の立ち回りがいつもと比べて非効率になっている。
普段の遊撃から少し後ろにズレていて、近接攻撃の届く範囲内に入れていないのだ。……私の物理攻撃に火力はないけど、魔術も近距離からの方が高威力だから問題になる。
それは本来司令塔をしているセージさんが指摘すべきだったんだけど、言ってくれなかったから後ろから見ていたミカンが口を挟んだ格好だ。せっかくここ数日頼りになると思ったのに……。
「あっ、HP黄色──」
「名誉、回復ッ!」
「うわ完璧な潰しだ」
「即挽回とは……うちのリーダーにも見習ってほしいところです」
〈おっ〉
〈セージうめえ〉
〈今の凄いな〉
〈なんでこれができるのにネタキャラ扱いなんだよ〉
と眉を潜めた瞬間、彼はあっさり雪辱してきた。ボス分体のゲージ攻撃として残り半分の時に発生する強攻撃を、出処を読み切って綺麗に潰したのだ。
そう簡単な技ではないものの、これができると戦闘がかなり楽になる。さすがはトップ級タンクと言うべき技量だった。
自身もいいフォローに入ったのに誰も見てくれなかったアルさん、同類を見つけたかと思ったら勘違いだった芸人ペア、またしても本人不在のうちに弄られたイルマさん。しかしこの世は無情である。
アルさんは泣いていいと思うし、イルマさんはテンプレとはいえ可哀想だと思う。……まあ、勝手に人の配信のコメント欄で体操座りしている約二名は置いといて。
しかし変な慣れというのは本当に恐ろしいもので、修正できないまま被害を受けるパーティがけっこう多かった。それはもう、戦場全体で影響が無視できなくなるほどに。
それだけではない。この《諾》というボス、かなりタチが悪かったのだ。
具体的には、私たちが戦い続けて慣れた文車妖妃たちの挙動を完全に逆手に取ってきた。見かけがそっくりで予備動作も連想を煽るのに、あぶり出して突いていた彼女たちの癖の半分ほどが真逆のものに変わっていたりとか。全て真逆ではないあたりもまた性格が悪い。
このダンジョンの制作、たぶん心理学者が関わっているんじゃないかな。九津堂は最近九鬼グループとの提携をさらに強めたから、そのくらいはありうるのだ。
「どうする、ルヴィア」
「そうですね……少し後続を募りましょうか」
「それがいいかな。幸いにして純粋な難易度自体は低めだし」
「ああ。慣れのせいでこれなら、いっそ浄化に参加していなかった後続の方がいいかもしれんな」
レイドリーダー同士の首脳会議でこんなことを言われるほどだったのだから、それはもう相当だった。結局私たちのパーティも、アルさんとセージさんは混乱したままで効率を上げられなかったし。スズランちゃんが見せた切り替えと適応力は最前線でも得難いほどのレアスキルなのだ。
……私? うん、実は私も。距離の詰め方に少しだけ齟齬が出てしまっていた。後でプラクティスだ。
結局本当に普段はボス戦には来ないような中堅勢を連れてきてしまって、しかもそれで状況が好転したからもう大変。大被害はないまま倒せたんだけど、大半の参加者に精神的なダメージが入ってしまった。
恐ろしきかな、清少納言。慣れは人の敵である。
清少納言に熱い風評被害。
というかルヴィア、なんで当たり前のように清少納言の本名なんて知っているんだ。




