174.そろそろVRレストランあたりからCMオファーが来る
翌22日。幻昼界はちょうど忙しいところだけど、私は「新時代! バーチャルアタック!」の収録があった。
午前中からスタジオ入りして打ち合わせとリハーサルを済ませ、昼から収録。中には一時間尺の収録に四時間以上かかるような番組もあるそうだけど、この番組は一時間尺に対して二時間もかからない。二週分の収録を一度にして、午後四時過ぎに無事収録が終わったところ。
「これから暇な人いたらサロンで話さない?」
「お、ホワエレ座談会だ」
「あ、私行きます!」
「私も空いてますよ」
「なら俺も行こうかな。若い子の話は聞いておかんと」
MCのホワイトエレファントの二人は、収録後に時間のある時はこうして共演者と雑談することが多いらしい。ホワエレ座談会、なんて呼ばれて定期化しているそうだ。
水波ちゃんとハルカさんは次の仕事に向かったけど、レギュラー陣からはジュニアアイドルの天香ちゃんと元プロ野球選手タレントの高橋さんが食いついた。そしてドラマの番宣に来ていた木崎さんと金坂くんも乗り気な様子だ。
せっかくだからと私もご一緒することにして、七人で連れ立って談話室へ。そのまましばらく雑談で交流を深めていたんだけど……。
「……失礼、電話……いえ、DCOのフレンドコールですね」
「いいよ、気にしないで」
「なんか面白そうな予感!」
「っし、今のうちにモニター起動しとくか」
「手伝います」
フレンドコールひとつでなぜか一同が沸いた。別になにか起こると確定したわけではないし、ギルドから確認が来るだけの可能性もあるんだけど。
ARグラスを着ける。差出人は……セレスさん?
「はい」
『あ、ルヴィアちゃん。今からこちらに来られないかしら?』
「ええと……」
なんとなく周囲を見回す。……いっそ嬉しそうな表情とゴーサインが全員から返ってきた。
「…大丈夫ですけど、何かありましたか」
『アメリア様から夜王都に帰ってくると先触れがあったのよ。でもイシュカは城の中だから』
「なるほど、わかりました。なるべく早く向かいますね」
『ええ、お願い。浄化関連で何かあるみたいだから』
というわけで、スクランブルです。
だってほら、木崎さんに至ってはやらせる気満々でVRマシンをセットアップしているし。それに、天香ちゃんのきらきらした目を裏切るわけには……。
「みなさんこんにちは、ルヴィアです。緊急配信なので予告がありませんでしたが、ご容赦を」
〈こんルヴィ!〉
〈緊急配信きた!!〉
〈通知見て飛んできた〉
〈収録って言ってなかったっけ〉
「収録が終わって休憩していたところで、実はまだ帰宅していません。なので一段落したら一度切って、夜に改めてやることになりますね。……それと」
『……お、繋がった』
『ルヴィアちゃん、聞こえるー?』
「……聞こえますけど、本当に繋いだままにするんですか?」
『ホワエレ座談会はまだ終わってないから』
〈!?〉
〈今の声もしかして木崎沙知か〉
〈ホワエレ!?〉
〈待って何が始まった???〉
アメリアさんの呼び出しだから何かあるだろうということで、緊急だけど配信はつけることに。それだけならよかったんだけど、なんと座談会の皆さんが私との通話を繋ぐと言い出した。
配信にも声が乗るんだけど、大丈夫とのことだ。大丈夫じゃないのは私の心労である。
「えー……と、今回はテレビ暁の談話室と通話が繋がったままお送りします。来月から私が出る二つの番組の共演ですね」
『ごめんねルヴィアちゃん、変なことさせちゃって』
『でもコメディアンとしてこんな面白そうな場面を逃すわけには!』
〈マジ?〉
〈そんなことあるんか〉
〈やっぱお嬢のチャンネルが一番おもろいわ〉
まあ、私からすればむしろありがたいくらいだ。これで話題になったりすれば、私どころかDCOの知名度まで繋がるかもしれない。
座談会の皆さんのファン層は私とあまり被っていないだろうから、新規開拓である。
「今回ですが、ついさっきセレスさんから『アメリアさんが帰ってくる』と連絡を受けました」
『セレスさんというのは?』
『ゲーム内のルヴィアさんと同じ種族のNPCですよ。アメリアさんの方は今のキーキャラです』
「よく知ってるね天香ちゃん」
〈天香ちゃんおる!?〉
〈えっ天香ちゃん共演するの〉
〈今の質問の声も聞いたことある〉
〈あっ元野球選手の〉
どうやら天香ちゃんは私の配信を知っているらしい。でないと綾鳴さんあたりならともかく、セレスさんのことを知っていたりしない。
次々に聞こえてくるタレントの声に色めき立つコメント欄はひとまずそっとしておいて、私は夜王都の空に飛び上がった。
「どうやらアメリアさんはかなり急いでいるそうなので、待ち合わせを簡略化します」
『うわ、飛んでる』
『やっぱ一度や二度じゃ慣れないな、人が飛んでるのは』
〈飛行に驚くの新鮮だな〉
〈金坂哲もいるのか〉
〈電脳神の番宣かな?〉
〈やだ、俺ら慣れすぎ……?〉
ここで取り出したるは、一週間ほど前に綾鳴さんからもらった《空筆》というアイテム。これで空にバツ印を描いて、隣に「R」。ルヴィアの頭文字だ。
突発配信の状況説明や番組の宣伝をしながら、バツ印の中央でしばらく待っていると、北方の空から影。……ただ、何か抱えているような?
「ルヴィアさん、お待たせしました!」
「いえ、お気になさらず……そちらは?」
「ある人物の用心棒をしている、ロレッタという吸血鬼です。……今日は彼女の介抱のために戻ってきたのです。汚染が進んでいて、わたくしだけではもたないので」
〈ロレッタ!?〉
〈ロレッタってあのロレッタ!?〉
〈うわマジだ見たことある!〉
〈ここで繋がるんか〉
抱えていたのは人……吸血鬼だった。ひどい汚染を受けたから抱えて戻ってきたようだ。
……と思ったら、知っている顔と名前だった。
ロレッタ・アーツフィールド。九津堂のアクションゲームである《ヴァンパイアハンターハンターズ》に登場する吸血鬼だ。主人公であるプリムとエヴァの手本にもなってくれる先輩キャラで、かっこいい見せ場も用意されている優遇気味のサブキャラクターである。
当然ながらDCOでも待ち望まれていた。存在自体は以前から確認されていたけど、登場は初めてのはずだ。
そんなロレッタさんはというと……ぎょっとしてしまうくらい、汚染が進行していた。この様子だと、もういつ暴れ出してもおかしくはない。
「とりあえず浄化しないと……」
「これほどの汚染となると、わたくし一人では魔力が足りません。おそらくルヴィアさんの行動力も足りないでしょう」
「交代しながらやるしかなさそうですね。先にやるので、まずは回復を」
〈エマージェンシー!〉
〈よかったな動ける精霊がいて〉
〈そのレベルなのにまだ暴走はしてないのか〉
戻ってくる途中にも浄化を続けていたのだろう、アメリアさんの魔力は空に近い。まずは回復に努めてもらうことにして、それまでは私が浄化を引き受ける。
……なんというか、手応えがかなり重い。アメリアさんや街の人の時とはわけが違う。
「……これが、強く汚染を受けた方ですか」
「ええ。情けないことですが、こうなったら治癒できるのは世界に数人いるかどうか」
「他にもいるんですか?」
「ええ。……彼ら自身が汚染されたり隔離されてしまって、大半が行方知れずですが」
〈うわぁ〉
〈なんかヒーラーが死に戻ったら終わるみたいな感じだな〉
〈うっ頭が……〉
〈*クリフト:耳が痛い〉
確かに治癒術師は仲間を治すことができる。だけどそれにステータスを割り振っている分どうしても打たれ弱いし、それでいて落とされたらパーティごと崩れかねない。
そのあたりはどうやらこの世界の人々も同じであるらしい。アメリアさんは……魔王族だといっていたから、それでも他の能力値も高いとかなのかな。
『……その、今何をしてるのか聞いてもいい?』
「ええ。この世界は生き物や土地を蝕む汚染が蔓延っていて、私たちの目的はそれから世界を解放することなんです」
『なるほど。それで』
「彼女、ロレッタさんはまさに今それに汚染されています。こうなったら怪物化したところを倒して無理やり汚染を祓うか、今のように特殊な術を使って浄化をするしかないんですよ」
事情がわかっていないリスナーがいた時のためか、自分たちがわからないだけか、あるいは切り抜きのことまで考えているのか、ホワイトエレファントの二人は今の行為について質問してきた。浄化中も喋る余裕くらいはあるから、場繋ぎも兼ねて説明しておく。
「ただ、この浄化は今のところ精霊という特殊な強化を経たプレイヤーにしかできません。今のところ、亜種含めて六人ですね」
『六人!?』
『そんなに少ないのか』
『十一個あるうち二つの種族を選んで、魔術寄りのステータスにして、しかも最上位レベルのプレイヤーが特殊なイベントをしなきゃいけない……んでしたっけ』
「天香ちゃん、よく知っていますね。だいたいその通りです。……遠からずあと四人ほど増える予定ですが、それでも少ないですね」
「あら、もうそんなに増えているの?」
「ええ。精霊増やしは急務ですから」
〈アメリア様的には多いのか〉
〈まあ他のエクストラは二人いるかどうかだし〉
〈非プレイヤー的には少ないけど〉
〈そのへん感覚の違いあるな〉
「……ちなみに、精霊による浄化はSP……満腹度ですね。行動力ともいいますが、これを大量に消費します。とてつもなく高カロリーと思っていただければ」
「ルヴィアさん、代わりますよ。それなりに回復しましたから」
「ありがとうございます」
〈高カロリーて〉
〈間違っちゃいない〉
〈魔力生命体にとって魔力消費はな〉
私とアメリアさんの浄化はそれぞれ少しずつ性質が違うけど、どちらも魔力を大量に消費することは同じだ。しかしアメリアさんが消費するのはMPで、私が消費するのはSPである。
これは私たち精霊の体が全て魔力でできているから。精霊は魔術などに使う魔力と生存に使う魔力を分けて扱うそうで、浄化は後者にあたるらしい。
前者はポーションで、後者は食物を消化することで得られる。不思議なもので、これらの変換は随意にはできないのだとか。
だいたいそんな話を、《翡翠堂》で買ってからずっとインベントリに保管してあったわらび餅を食べながらしておく。浄化時の常として、満腹中枢の感覚はオフだ。
「……お客様の中に料理人はいらっしゃいますか? 手持ちの食料がだいぶ足りないので、来れる方いたら是非」
「はいよ」
「コシネさん? なんでここに」
「アメリアさん、って聞いた時点でこうなるんじゃないかと思ってね。ちょうどログイン直後で露店を出す前だったんだ」
〈手を挙げようとしたらもういたんだが〉
〈お嬢配信、常連の隙がなさすぎて出たくても出れん〉
〈エルジュちゃんの邪魔できなくて名乗り出すらできない針子だっているんですよ!〉
そう言われても。私は別に止める気はない。まあ、いたらエルジュちゃんを優先するけど。
さっそく既製品を手渡してくれたから食リポタイム。
「スープパスタとはまた凝ったものを……」
「スタックシステムの都合で小麦粉は嵩張るんだけど、麺にすると保管しやすくなるんだよ」
「へえ……あ、このトマトいいの使ってますね。さすがヴァナヘイム」
『……え?』
『なんかジャンル変わりましたか今』
〈お嬢のグルメ定期だ〉
〈お嬢の配信を見るもの飯テロ耐性を持て〉
〈必要があって食べてるから文句言えないしな〉
〈でもその食リポいる?〉
いるよ。少なくとも無言で食べているよりは、食リポのひとつやふたつしておいた方がエンターテインメント的にいい。それに値する味もしているし。
まして今回は料理人が目の前にいるのだ。感想くらい言うべきだろう。
「前から思ってたけど、やっぱ食べ方綺麗だよね」
「まあ、それなりにいい育ちをしてきた自覚はあります」
「ルヴィアでそれなりならいい育ちなんて存在しなさそうだね」
『あの九鬼だもんなあ』
『俺はシオンさんと共演したことありますけど、彼女も所作完璧でしたよ』
「やっぱりお嬢様か……ねえルヴィア、ノリで来たけどこんな気軽に芸能人と話していいのかな私」
「ノリで来たならノリで喋ってください。黙られても困りますし」
〈草〉
〈まあせやな〉
〈お嬢ノリには厳しいよな〉
いや別に、ただ料理を届けに来てくれたなら無理に話せとは言わないけど。ノリって自分から言ったからにはノリで切り抜けてほしい。
現にコシネさんもそれはわかっていて、お墨付きが欲しかっただけなのだろう。普通に喋り始めた。そのあたりの胆力は……私や他の人たちの配信にそれなりの頻度で映れば勝手につくのかもしれない。
「知り合いの錬金術師からポーションも貰ってきたので、アメリア様も必要だったら言ってください」
「ええ、助かります。元々遠からず帰ってくる予定でしたから、もうポーションの予備も少なくて」
ご馳走様でした。
アメリアさんのMPも切れかけだし、私のSPは回復した。ここからはまた私の出番だ。
ルヴィアが思っているより世間のVRやDCOへの関心は高い。
この後全国各地であらゆるスープパスタが売り切れます。




