18.開発「ここのテストプレイが一番大変だった」
「さて、一人になったわけですが」
〈濃いレイドパートだったな〉
〈画面が静かだ〉
まあ、ついに到達した王都だ。それぞれ気になるところもあるだろうし、《転移》を解放した後はすぐに解散となった。
レイドボス突破の情報はもう出回っているだろうから、《四方浜》にいる後続もすぐに来る。紗那さんから続報が来るであろう明日までには、そこそこの数が王都にいるはずだ。
で、私はどこへ向かうかというと。
「これが終わったら観光もしたいところですが、あまりにも広いので難しいかもしれませんね」
〈そうこう喋っている間に、やって来ました精霊の祠〉
〈ほとんど神社じゃん〉
〈その図体で祠は無理でしょ〉
「はい、もう小さな神社くらいありますねコレ」
《精霊の祠・天竜》。浄化を頼まれたのがここなんだけど、かなり大きい。王都そのものに引っ張られて色々なものが大きくなっているのかもしれないけど。
ただ、祠の周囲は黒いモヤのようなものが漂っていた。一応は活気を見せる王都の中では異質な、どことなく禍々しい雰囲気だ。
ともかく、物は試し。境内へ入ってみる……と、何やらざわついた。後方が。
「君、危ないぞ!」
「ああ、汚染のことなら大丈──」
瞬間、どこからともなく飛来する黒い剣。
◆◇◆◇◆
さて、一度整理してみよう。
「飛んできましたね、剣が」
〈飛んできたな、剣が〉
〈びっくりした〉
〈なんだったんだあれ〉
「正直なところ、あの剣が何なのかはわかりません。そんなフラグに覚えはありませんし、脈絡もなかったですから」
私が祠の敷地内に足を踏み入れると、横合いから急に剣が飛んできたのだ。原因は一切不明、おそらく精霊側も感知していない。
しかも飛び方が妙だった。誰かが投げただけでは、斜め上に加速しながら飛んだりしないだろう。これも汚染の仕業なのだろうか。
「しかもあれ、西洋剣だったんですよね。ここ、《幻昼界》のはずなんですけど……」
〈そういえばそうだ〉
〈プレイヤーが持ってるから慣れてたけど、ただ落ちてるなら不自然だな〉
こんなところに両刃の片手直剣があるのは、おそらく何か事情があるのだと思う。この場ではわかりそうにないけれど。
ともかく、今はこれを突破する道筋を見つけなければ。
と、固まっていた住民さんがようやく声をかけてきた。
「お、おい、大丈夫なのかい」
「ああ、はい。大丈夫です」
「もしかしてあんた、来訪者?」
「ええ。私たちは街中では傷を受けないようになっているんです」
たぶん、綾鳴様の加護とか、そんな感じだろう。セーフティの概念は住民にはわからないだろうから、そのあたりが介入していそうだ。
ただ、それにしては少し妙だ。私が今立っているのは、祠の敷地の手前。意味のないはずの攻撃を受けて、入口まで戻されている。
「ここは汚染まみれだし、入ろうとしたら攻撃が飛んでくるから誰も近づこうとしないんだ」
「なるほど……被害は」
「最初に入った奴の運が良くてね、そいつが派手に転んで軽い怪我をしたくらいさ」
それ以来、誰もここに近づいていないと。
それはなおさら、早く浄化しなければ。今はまだ祠周辺にしか汚染が見えないけれど、もしかしたらいずれ溢れ出すかもしれない。
「ただ、ちょっと変だな」
「あら、今の現象に何か?」
「ああ。実は、その時に飛んできたのは矢だったんだ。狩人だったんだが、自分より良い矢が飛んできたって悔しがってたのを覚えてるよ」
剣ではなかったと。つまりこの祠、複数の武器に守られている?
そこの疑問点は後で試してみよう。
「しかしまあ、なんでこんなところに」
「実は、精霊さんからここの浄化を頼まれているんです」
「精霊様に? そりゃまた、凄いもんだ」
どうやら住民からみた精霊は、様付けで拝まれるような存在らしい。魔術が使えるのは精霊のおかげらしいから、そうなるのも頷ける。
そんな精霊が宿る祠が、この有様。住民からしても不安だろう。
「難しいとは思うが、どうか頼むよ」
「ええ。やってみます」
○精霊の祠を浄化せよ・王都
区分:ダイレクトクエスト
種別:イベント
・幻昼界の王都にある、汚染された祠を浄化しよう。王都の祠が復活すれば精霊が干渉しやすくなり、攻略の助けにもなるはずだ。
ただし、祠は汚染された武器に守られている。うまく攻撃をかわしながら、祠に浄化札を貼りつけよう
報酬:経験値(中)、精霊好感度(大)
というわけで、攻略開始。
左手にお札を持って、右手には剣を抜いて握る。幸いにも失敗しても戻されるだけだから、トライ&エラー方式でいってみよう。
「っと、これ、避けてたら進めないかもっ」
〈嫌らしい動きするなこいつ〉
〈なんだこれ〉
〈AIつっよ〉
二回目。素直に来た剣を避けていると行く手を遮られ、いつの間にか真正面に回られて詰み。
収穫はというと、剣は毎回スタート地点の真横あたりに戻ることがわかったくらいだった。
「この剣の何が厄介かって、本当に剣を握っていたらできない軌道で動くんですよ。普通に避けたらジリ貧です」
〈うわぁ〉
〈慣れてるほどキツいやつだ〉
〈レイド参加プレイヤー限定クエストは伊達じゃないか〉
三回目。別々のアプローチで挑んでの連続失敗に、まともな回避だけで乗り切ることはできないと判断。握っているだけで使っていなかった剣を使うことを決意。
ただ、これを避けていたことにはちゃんとした理由があった。
「あっ」
〈うっわ〉
〈やべーわこれ〉
「……うん、そんな気はしたんですよ」
四回目。案の定の挙動で失敗。やはりパリィはほぼ使い物にならない。
何しろ、相手は剣だ。剣士ではない。身を守る動きは全く必要ないから、誘い出した悪手が逆に致命傷になる。
しかも適当に弾いたところで、その場で回転して受け流してしまうのだ。片手剣そのものの重量なんてたかが知れている。
剣の重心、いわゆる“芯”を正確に捉えれば、弾くことはできるだろう。とはいえ、さすがに難易度が高すぎる。走りながらとなればなおさらだ。
それと、私の行く手を阻むのは何度やっても剣だった。住民が言ったような矢も、槍も斧も魔法も飛んでこない。
考えるには材料が足りないようだから、今は放っておくしかないけれど。
「……ん?」
〈なんか変な動きしたぞ今〉
〈止まったな〉
七回目。パリィは最小限にして速攻に走っていたところ、たまたま当たった剣が珍しい挙動をした。
「ちょっと再現してみますね」
〈そうそれ〉
〈また止まった〉
〈なんで簡単に再現できるんだよ〉
〈一発で完コピできるのなんなん〉
「なるほど、なんとなくわかりました」
八回目、その原因が判明。一旦入口へ戻って、認識を固めにかかる。
普通に弾き返そうとすれば、受け流されて追撃がくる。こちらが受け流そうとしたら、途中で急停止して跳ね返ってくる。鍔迫り合いに持ち込もうとしたら、横にズレて斬りかかってくる。
「なら、パリィしなければいいんですよ」
〈???〉
〈どういうこと?〉
「力を利用されるなら、力を入れなければいいということです。実はあの剣、力押しはできないようですから」
あの剣、実は全く力が入っていないのだ。これまでの挙動を思えば当然だけど。だから、力を入れなくても受け止められる。
思えばあの剣、私の体に当たりはしても斬った様子は一度もなかった。セーフティの仕様によって結果が変わらないから、私が「斬られていた」と勘違いしていただけだ。
「たぶん、次で決められると思います」
「よし、行きましょうか」
〈ファイトー!〉
〈ファイナルターン成功なるか〉
〈これでできたらかっけえ〉
AGIにものを言わせて、全力でスタートダッシュ。追いついてくる前にできるだけ距離を稼ぐ。
剣が近づいてきたらその場で回転。振り下ろされる形で迫る剣に右手の剣を合わせて、止める。
〈おおっ〉
〈できた〉
〈さっきのだ〉
〈ほんと狙ってやるの上手いな〉
すると、そこで一瞬止まる。そして私は、剣の柄を凝視。接触点を軸に剣が回り始めた瞬間、そっとこちらの剣を引いてやる……と。
〈!?〉
〈お?〉
〈どうしたんだ?〉
〈なんだ今の〉
「よし」
私の剣を踏み台にしようとしていた剣が支えを失って、空中でぐらついた。──目論見通りだ。
その間に私は剣を引き戻して、もう一度境内へ全力で走る。追いかけて突きを放ってくる剣を横に回避して、追撃が来る前に祠へ到達。そのまま札を貼り付けた。
「せー、のっ!」
〈おおおおお〉
〈いったあああ〉
〈クリア!!〉
〈マジかよwwwww〉
〈ほんとこの怪物〉
〈主人公ムーブしすぎでは?〉
祠に纏わりついていた汚染が晴れていく。こちらへ刃を向けていた剣も止まって、祠の扉が開いた。
そこから溢れた光の粒が集まって、人型に。ひとつ瞬きする間に、それはニムさんを形作った。祠の目の前に、光を散らしながらぷかぷかと漂っている。
「王都の祠、浄化してくれたんだ。ありがとう、ルヴィア」
「頼まれたことですから。そうでなくても、放っておいたら危険だったかもしれませんし」
「これで王都は大丈夫。ここさえまともなら、転移門が解放されたらちゃんと使えるよ」
どうやらこのクエスト、クリアしていないと《幻夜界》への転移門が使えなかったらしい。誰かがクリアすると踏んだのだろうか、その割には難易度が高かったけど。
いや、AGI極振りの兎獣人や妖精とかならもう少し楽にできたのかもしれない。このゲーム、極限まで特化するとかなりのものになるらしいから。
……おや、止まっていた剣が動き出した。
どこからともなく鞘が現れて、ひとりでに収まる。そのまま柄がこちらを向くと……私へ差し出された?
おそるおそる握ってみると、いきなり浮遊が切れて重量が戻った。そのまま力を失ったようで、動く気配はどうやらない。
「へえ、凄い。それ、《唯装》だよね?」
「《唯装》、ですか?」
「一種類につき世界にひとつしかない、特別な力を持っている装備のことだよ。装備に認められないと持てないけど、持ち主に合わせて強くなるの」
なんだか、いかにもといった感じの特別な武器だ。専用のユニークウェポンという響きは、いつだってMMOプレイヤーを魅了する。
そんな剣が、私に持たせるような挙動をした。ということは……。
「ルヴィア、凄いね。それを持つ《来訪者》は多くなるとは思ってたけど、もう《唯装》に選ばれたんだ」
「この剣、私に……?」
「どう見てもそうでしょ。ほら、見てあげなよ」
○呪われた魔剣
分類:武器
スキル:《片手剣》
属性:不明
品質:不明
性質:不明
所持者:ルヴィア
状態:汚染
備考:抜刀不可、譲渡・破棄不可
・魔力が汚染されてしまい、本来の姿と名を失った魔剣。本来は魔力との親和性が非常に高い魔法武器だったようだ。柄頭には宝石を嵌めるような穴がある。
今は汚染の暴走を抑えるため、剣自身が鞘に閉じこもっている。武器として扱うには、剣を蝕む汚染を浄化するしかないだろう。
「……今度はこれを浄化ですか」
「なるほどねー。魔法武器だもんね、汚染もされちゃうか」
魔力と相性がいいからこそ、汚染に蝕まれてしまったということか。
「武器の浄化はちょっと勝手が違ってねー、高位の聖水が必要なの」
「聖水……今の王都にあるでしょうか」
「もしあるなら神社だけど、たぶんないと思う。総本山があの有様だもの」
確かにそうだ。良質な聖水を作るのも、本来は《夜草神社》の役目だろう。その神社が汚染されているのだから、そちらの望みは薄い。
「うーん。水の精霊に聞ければわかるだろうけど、あの子も汚染にやられちゃってるからなぁ……」
「地道に探すしかなさそうですね」
まあ、これだけのレアアイテムだ。そのくらいの労力は苦でもない。王都は広いし、どこかで手掛かりが見つかるかもしれないし。
それにしても、水の精霊ときた。しかも汚染されているらしい。ニムさんとリットさんだけだとは思っていなかったけど、やっぱり他にも多くいそうだ。
そうなると、二人は何の精霊なのかも気になるけど……まあ、いずれわかるだろう。
「それじゃ、私は戻るね。王都に手が出せるようになったし、お仕事しなくちゃ」
「はい。私はこの剣の浄化方法を探ってみます」
「ああ、そういえば」
そこで言葉を切ると、ニムさんは懐から紙束を取り出した。……今回使ったお札の束だ。
「よかったら、また祠があったら同じように浄化してくれないかな?」
「もちろんです。見つけたらやっておきますね」
「ありがとっ。じゃ、またねー」
ニムさんの体が光に戻って、祠の中へ帰っていった。王都前のところでもそうだったけど、浄化されて開いた扉は閉じないらしい。柔らかな光が垣間見えて、どこか幻想的だ。
「ああ……祠が! 皆、祠が元に戻ったよ!」
「それは本当か!?」
「なんてこった、本当に元通りだ!」
それに入れ替わるように、ずっと入口から見守っていた住民さんが声を張り上げた。それに反応して集まってくる住民たち。扉の開いた祠の前で、所狭しとひしめいて拝んでいる。
押し流されそうになって退散した私に、人々を呼んだ住民さんが話しかけてきた。
「まさか本当に浄化してくれるとは……ありがとう、これでまた魔術を使えるよ」
「私はやることをやっただけですから。でも、何かお役に立てたなら嬉しいです」
「ああ、これで家事や仕事も楽になる。祠があんなだったから、ずっと控えてたんだ」
なるほど、この世界では普段から生活に魔術を使っているようだ。だが、魔力を供給する精霊界を繋ぐ祠が汚染されていたから、使える魔力が少なくなっていた。そのせいで生活魔術は削っていたらしい。
それが元に戻ったのなら、確かに嬉しいだろう。私はクエストをこなしただけだが、それだけの役に立てたと思うと余計に嬉しい。
〔〔王都の祠が浄化されたことで、住民が魔力を生活に使えるようになりました。来訪者に対する住民好感度が上昇します〕〕
〔〔王都の魔力節約が解除されたことにより、一部の施設が利用可能になりました〕〕
さらに全体アナウンス。思っていた以上に大事だったらしい。見ていた住民さんがそれを先に言わなかったのは、私を必要以上に気負わせないためだろうか。
公式からのヒントから察するに、もしかするとDCOはこのようなバタフライエフェクトが多いのかもしれない。一つのことが予想外のところに繋がりうる、ある意味でゲームらしくない展開だ。
だけど、なんだかワクワクする。だってこれ、まるで本当に異世界に来たみたいだったから。
精霊に続きタイトルの「魔剣」の部分を回収。相棒との出会いは死にゲーでした。
次回は水曜日。聖水探して右往左往。
ちなみに今回で10万文字を超えました。まだまだ当分更新は止まらないのでご安心ください。
前々回とその前の後書きで皆さんのフィードバックに感激していましたが、気づいたらさらに伸びてました。190ブックマーク、600ポイント、何度も言いますが私が一番驚いています。現金なものですが、モチベーションとしてはとても大きいもので。本当にありがとうございます!