171.ルヴィア、キレた!!
そんな一幕はあったけど、何はともあれ今日のメインコンテンツ。ボス戦の時間だ。
侵入したボス戦エリア、砂利の敷き詰められたフィールドに巨人。
大太郎法師 Lv.55
属性:氷
状態:汚染
基本的には雲入道と似通っているものの、雲の性質はなかった。だいだらぼっちは雲ではないから、これは当然の話だ。
だいだらぼっちはDCOでは珍しい巨大な人型ボスだ。その性質上……というか物理的に、大抵の攻撃は足にしか当たらない。
似たような形だった夜草神社の《策謀・吹野》は転ばせる必要があったように、この手のボスには何かしらのギミックが用意されている。まずはそれを探さなければならない。
「《バーニングアロー》……うーん、効いた様子はないですねえ」
「バフが鍵ってわけでもなさそうにゃ」
「通常攻撃は通らないと。……それなら、ここも試してみようか!」
「あ、通った!」
「ではこちらも……せいっ!」
「泣き所もダメージ部位。巨人といえど人ということかな」
〈鮮やかだなあいつら〉
〈さすが常設最強パーティ〉
〈打ち合わせもしてないのに〉
まずはブランさんのパーティが前に出てボスの仕様確認。適当に叩いて攻撃が通らないことを確認してから、弱点部位を探していく。
ものの数十秒でいろいろわかった。
主な攻撃手段は踏み付けと岩落とし、そして踏み付けの余波で飛んでくる石。踏み付けと岩落としはどちらもかなり怖いが避けやすいから、最大の脅威はフィールドの影響でかなり数が多い石だ。足が中心の全方位攻撃だから、タンクは後衛を守って前衛は各自対処となる。
ダメージが通る部位は、どうやら小指とアキレス腱だけ。中でもアキレス腱は斬撃系、小指は打撃系がより有効らしい。
「第四パーティまで参加で、各パーティ一箇所ずつ叩こう!」
「妙羽さんたちも援護を!」
弱点は両足に二箇所ずつ。さすがに一箇所に2パーティは狭いから、それぞれ1パーティずつが担当する判断だ。1レイドは8パーティだから、私たちを含む残り半分はひとまず待機。
そこに六人いた天狗のうち三人が加わって、最も優位に進められているブランさんたち以外の三組を援護。そのまましばらく攻撃を続けていると、ボスに動きがあった。
「うおお!?」
「膝が落ちてくるぅ!?」
「ダウン!」
「俺たちも入るぞ!!」
「地響きに気をつけろー!」
〈割とあっさりダウンしたな〉
〈ゲージ全然削れてないが〉
〈何人か足取られてるが〉
〈飛行ずりぃわやっぱ〉
ボスが耐えきれず崩れ落ちたから、全員で駆け寄って総攻撃。あまりの巨体のせいでけっこうな地響きがしたけど、ダウン時間が長いおかげで足を取られたプレイヤーも参加できた。
しばらくすると岩を拾いながら起き上がって反撃してくる。そうなればまた弱点を狙って、ダウンさせて総攻撃。
どうやらこれがパターンのようだ。そこまで確認して、二周ごとに交代する形が固まった。
私たちはブランさんたちのいた左足のアキレス腱に入れ替わり。後半の四組では最も戦力が整っている判定のようで、天狗の援護はない。
「あのパーティ火力えげつないな……」
「下手すりゃうち超えてるにゃ」
「物理型魔法剣士、《居合術》使い、弱点突いてる《雷魔術》のトップ、それにルヴィアさん。……DPSヤバいですね」
「しかもサポートも司令塔と緋袴狐です。殺意がカンストしてますよ」
〈言われてんぞ〉
〈お嬢だけルヴィアさんとしか言われてないが〉
〈名前呼びがヤバさを表してる〉
〈言ってるの同族だけどな!〉
……まあ、そう扱われるだけのことをしてきた自覚はある。ブランさんのパーティ全員と、ついでにこのパーティ全員も同レベルだけど。
というか、ミカンもなんか二つ名みたいな呼び方さてれない?
お互い様な話への反論は飲み込むとして、ちょっとHPの減りが鈍い。どうやら攻撃が緩めな分、とんでもないHP量になっているようだ。
私はこのあたりで少し動こうか。少し離れて飛び上がった。
「すこし離れます。頼めますか」
「お、なんかするのー?」
「任せてください! いくらでも!」
〈ほらなんかやりだす〉
〈そういうことするから代名詞にされるんだぞ〉
〈何する気だ?〉
〈*サープリ切り抜き班:待機〉
これはもう口が酸っぱくなるくらい繰り返していることなんだけど、空を自由に飛び回る近接職プレイヤーは本当に稀有な存在だ。
イースさんという後続が現れて、今後翼人が増えれば希少性が落ちていくようにはなったけど、それでもまだ特筆していい領域にある。
だから、私は巨人の上半身近くまで飛び上がった。
「そこ、いただき」
「───ッ!」
「……なんてね。《トリプル・マグネブレス》!」
〈うわ〉
〈ダイレクトアタック!〉
〈こりゃひでえ〉
〈でもまあやるわな〉
突然のことに反応しきれないボスの胸元へ、剣の突き……と見せかけて《雷魔術》。突き刺さって咄嗟には逃げられなくなったところを捕まえようとしていただいだらぼっちはこれをまともに喰らった。
投げつけられた岩を避けながら、今度は目を狙って《エレクトロランス》。これもまともに入って、なかなかのダメージが加算される。
「妖精の皆さん、回避に自信があればこちらへ!」
「ええな。僕も手伝うわ」
「援護するのです!」
足元で弱点狙いを続けているのは、地上からでは上半身の急所に攻撃が届かないから。これだけ飛んでしまえば、立った状態でもしっかり攻撃が通る。
もっとも、特筆するほど高い倍率がかかるわけではない。少しの差ではあるんだけど、塵も積もれば山となるのだ。
そして。
「ダウン!!!」
何度目……何十度目かもしれない。数えるのもやめたほどの回数の、ボスのダウン状態。もうそろそろ終わりが見えてきたところだ。
本当に、本当に長かった。いつものボスが紙耐久に思えてくるほど、今回はとにかくHPが多かった。
「おらっ! おらっ!!」
「いい加減倒れやがれ!」
「しねー! しねーっ!」
「《三撃・電槍》」
「…………っ」
〈阿鼻叫喚で草〉
〈しねしね光線飛んでて草だ〉
〈交代で休憩しててこれなんだよな〉
あまりの長期戦にみんなのテンションもおかしくなっていて、半分はほとんど無言。もう半分は語彙力が著しく落ちて小学生のようになっていた。
何に駆られているのか一人ずつ順番に面白いことになるから、泥沼具合の割にはリスナーは減っていない。明日にはおびただしい量の切り抜きが出回りそうだ。
そんな中で、倒れたボスを全員で袋叩き。ほとんどの人の目が据わっている。平常心のままなのは配信者くらいのものだ。
……が、無情にもだいだらぼっちは起き上がる。また耐えてしまったようだ。
「あっ待てこの野郎!」
「このデカブツまだ動くのにゃ!?」
「もうやだー!」
これにはさすがの私も溜息をついてしまった。普段のボス戦と比べれば攻撃の危険度はかなり低いんだけど、あまりの長さに飽きてきていたのだ。
私たちは飛べるおかげで他のプレイヤーよりは自由なことができていたとはいえ、さすがにそろそろうんざりである。
「いい加減、無理やり終わらせましょうか」
「お、アレ使うの?」
「バッファー、なるべくルヴィアさんに!」
「……《トリプル・マジックブースト》」
「あは、あはは。ぼくもそろそろ疲れたから、お願いねルヴィア」
〈おん?〉
〈もしかしてアレか〉
〈急に面白そうな流れが来た!〉
〈バッファー組までおかしくなっとる〉
〈ベルベットが語尾忘れてる〉
〈ミカンたそ壊れかけてない?〉
〈やっちまえお嬢!〉
ちなみに、私はかなりましな方だ。正気を保っているのは鋼メンタルのブランさんほか数人だけで、カナタさんやヤナガワさんのように無言化している人はかなり多い。
チカさんやフィートちゃんは幼児退行しているし、ロウちゃんとスズランちゃんはロボットのようになっているし、ベルベットさんは語尾を忘れているし、ミカンはもうハイライトが消えかけている。
旧来のMMORPGでは割とありうる範囲内の戦闘時間ではあるけど、それをVRでやるとこうなる。みんなの心をおかしくした落とし前、つけてもらうよ。
私はチョーカーに手を添えて魔力を巡らせ、だいだらぼっちの正面に移動した。地上から飛んでくる《治癒術》の《マナシフト》でMPを回復させ、《陽術》で魔攻を可能な限り上昇させる。
そのまま魔術を詠唱して……。
全力で、叩き込んだ。
「《トワイライト・ブラスター》──ッ!!!」
お疲れ様でした。
「ひええ……」
「なにいまのぉ」
「これが最終兵器か……」
「ええもの見れたわ、ほんま」
「……なんかぼく、危うくダメな方に転ぶところだった気がする」
〈う…………っわ〉
〈これ人間業なのか……〉
〈なんか静かだな〉
〈絶句してコメント激減するほどの衝撃〉
《トワイライト・ブラスター》。習得からしばらく使っていなかった最終兵器だけど、初使用は痺れを切らしてのものになってしまった。
効果をおさらいしておくと、現在MPの99%を消費して消費分に応じた魔術攻撃を放つというもの。今回は察したヒーラーがMPを回復してくれたから、現状での最大火力だ。
その威力は、立っていただいだらぼっちを仰向けに倒してしまうほど。……結果的にこれがラストアタックになったけど、特殊ダウンが発生するならもう少し早く撃っておけばよかったかもしれない。
「と、ともかく、これで解放は完了じゃな」
「ああ。俺たちの勝ちだ」
真っ先に軌道修正したのはなぜか妙羽さんだったけど、ブランさんは即座に反応。こういう時は誰かが言うことがお決まりの勝利宣言に合わせて、リザルトの表示が出現した。
……ねえ、なんで私のところにダンジョンコアのドロップ確認が出ているの?
「そりゃまあ、《トワイライト・ブラスター》代でしょ」
「スカッとしたから」
「にっくき巨人の息の根止めてくれたから」
「まあ貰っとけ」
「……ダンジョン解放でまたこれやるの嫌なんですけど!」
〈草〉
〈いやまあ気持ちはわかるが〉
〈ダンジョンコアの押し付け合いとか〉
〈誰も欲しがらない〉
〈MVP推薦機能が悪用されてら〉
ああ、押し切られてしまった。なるべく多くの人にコアが行き渡るように、もう持っているプレイヤーは控えるという約束だったのに。
このコアも他同様に素材として使えるようになる代物のはずなんだけど、あまりに人気がなかった。まあ、この地獄をもう一回味わいたくはないよね。わかる。だから私に押しつけないで。
「運営さん、再解放時にはボス戦の仕様は変えてください……」
〈お嬢がいつになくしおしおだ〉
〈珍しいな〉
〈そんなになるほどか〉
〈ある意味過去最難関かもしれんな〉
〈長いだけのステージが嫌がられるのはジャンル問わない〉
〈*運営:…………考えておきます〉
さて。なんやかんやあってダンジョン解放はできたわけだけど。
「これからどうするのかな」
「どうって?」
うん、ブランさんは察している。それ以外の面々は……反応を見るに、半々くらいかな。
「妙羽さん、この街にはまだ何かあるのでは?」
「うむ。確かに次の街への道は開かれておるし、そちらもおろそかにはできぬが……同等に重要な事柄がひとつある」
〈え?〉
〈そんなんあるのか〉
〈街の解放が最優先事項じゃないの?〉
いや、厳密には少し違うんだよね。街の解放は確かに大事だけど、それだけを進めていたら最後に困ってしまう。各地を浄化して解放するだけでは、この地方そのものを脅かす大きな汚染怪異はどうにもならないのだ。
その汚染怪異……今回の場合は、火刈さんの妹である《神宮寺雫》を倒すため、やらなければならないことがある。
「この関東に眠る五つの《猫鎮めの神器》。そのうち一つが、水圀城の奥にある。──お主らには、それの奪還も頼みたいのじゃ」
痺れを切らして超破壊魔術をぶっ放す系女子大生配信者。