169.実は初登場は48話でした
9月20日、金曜日。この日の昼間はドラマの撮影だった。配信は夜からだ。
少しだけスケジュールの話をしよう。
今の私が出ているテレビ番組は、バラエティ『新時代! バーチャルアタック!』と、ドラマ『電脳仕掛けの全能神 ~デウス・エクス・ブレイン~』のふたつ。そしておそらく、配信を主体にしながら今の私が活動できるのはこのくらいが限界だと思う。
バラエティ番組は二週間に一度、二回分をまとめて収録するパターンが大半だ。『バーチャルアタック!』もこのパターンに漏れず、収録スケジュールは隔週日曜日になっている。先週は夜だったけど、次回からは昼の撮影になるらしい。
一方でドラマはこのような定まったペースは存在せず、日程はもちろん撮影順も不規則。その時ごとの役者の都合を合わせて上手く撮っていくのだ。
期間でいうと、だいたい初回の一ヶ月ほど前から最終回の直前まで。三ヶ月分のドラマを四ヶ月で撮るという、なかなかハードな日程だ。私はVRによる遠隔参加になっているから、他の皆さんとは比べるのも失礼なくらい楽だけど。
まして電脳妖精という役柄の都合上、基本的には現場のシーンでしか出番がない。だから私が呼ばれる撮影はそのシーンの日だけになっていて、頻度は週に一度といったところ。結果的には、気を遣ってもらっている気がしなくもない。
これまでも撮影に呼ばれていて、実は今日撮ったのは第三話の分だった。私は初めてだからよくわからないけど、撮影は順調なのだそうだ。
ちなみに打ち合わせの日に出会った新城リリアちゃんはというと、無事にVR女優として役を獲得していた。終始VR技術を中心に展開されるのは『電脳仕掛け』だけだけど、今年の秋ドラマは軽くながらVR要素に触れる作品が複数あるらしい。
その役は物語の後半からだから、今は空き時間を見つけて裏で私と練習しているところ。割とあっさり動けるようになっているから、そろそろ基礎的なことは教え終わりそうだ。
それぞれの負担は自覚できるほど疲れるものではないのだけど、そもそもの時間の都合というものはどうしても存在する。来週から大学も始まることを考えると、今後は週に一度ほどのペースで配信を休むことになりそうだ。
「……あれ、これまでと大して変わらない?」
〈変わらんな〉
〈むしろそんな配信できるんか〉
〈倒れるなよ……〉
それは大丈夫だ。私にとってこれは趣味の遊びも兼ねているし、配信をしてもしなくても負担は変わらないから。
なにはともあれ。
「《バージョン1.1》までは、思えば攻略への参加が少なかったですからね。今日も最前線、《水圀》からお送りします」
といっても、実のところ何もないのに来たわけではない。
「今日はこっちがボス戦だからね」
「ミカン、まだ呼んでないよ」
「ぼくは特別でしょ?」
〈草〉
〈草〉
〈せやな(適当)〉
〈否定はできんのよ〉
〈自分の使い方をよくわかってらっしゃる〉
あー、うん。まあそういうことでいいや。
実際、私の方からも困ったら呼ぶことが少なくないし。配信登場プレイヤーの中でも準レギュラーと呼べる立場であることには違いない。
「一昨日は気ままにソロで動いていましたが、今日はボス戦を見越してパーティを組んでおいた方がいいことは間違いありませんし」
「だよね!」
「ですです」
「……その雑な乗っかり方、とても他のチャンネルの準レギュラーとは思えませんね」
〈なんか出てきた〉
〈火曜にも見たなこの二人〉
〈まーたチャンネル主おらんが〉
〈そこそこバランスいいのがまた草なんよ〉
完全に待ち構えていた様子で、出遅れないようにと適当な相槌を打ちながら擦り寄ってくる女子二名。チカさんとスズランちゃんだった。
今日もイルマさんは一緒ではないけど、一昨々日と違って二人は配信を回していない。イルマさんは別の準レギュラーとパーティを組んでいて、今はもうダンジョンの中だ。
当人たちのかねてからの希望やお互いの利益があってのことではあるけど、この二人はすっかり二股をかける状態になっている。
「ですが、二人はなぜここに?」
「ミカンちゃんから聞いたの。もうすぐルヴィアちゃんが来るって」
「勝手に話進めちゃっててごめんね、ルヴィア。どうせパーティいるだろうと思って」
「いや、いいよ。実際助かるし」
「それと、スズランちゃんが可愛すぎて、さしものぼくも母性を抑えきれなかったんだ」
「……私はその発言を受け入れられるけど、そのアバターその口調でその発言は傍からはネタにしか見えないと思うよ」
「やっぱり?」
〈母性……?〉
〈母性を受ける側では〉
〈ロリ狐巫女を選んで初日に幼馴染へ媚びた女が何か言ってる〉
〈リアルは大人っぽいから……〉
ミカンは一度だけ現実側で顔出ししたことがあるけど、あの時は時間も遅くてリスナーもあまり多くなかった。覚えている人もちらほらいるようだけど、橙乃のすがたを知らない大多数にとっては疑問符がつく発言だったようだ。
「スズランちゃんはパーティを組むのは初めてですね」
「はいっ。連携読みが得意な刀使いです」
「今日おもに組むのはチカさんですから、さほど戸惑うこともないでしょう」
〈顔面偏差値が高すぎる〉
〈スズランちゃん刀エルフなのか〉
〈お嬢からの呼び方変わってない?〉
〈仲良くなれてよかったねスズランちゃん〉
あ、気付かれた。いや、隠すつもりもないんだけど。
今週はギルドハウスの存在もあって、裏で話す相手はギルドメンバーがほとんどになっている。その中でも特に距離を詰めてきてくれているのがこの二人だったのだ。
チカさんは私のひとつ上、スズランちゃんは私のふたつ下だった。年下とわかって、なおかつ仲良くもなったから呼び方は変えておいたのだ。
……ただちゃん付けしただけなのに、スズランちゃんはたいそう喜んでいた。
かなり押しかけ気味だったとはいえ、さすがミカンはよくわかっているというべきか、欲しかった今日のパーティメンバーは即座に4枠まで埋まった。
前衛アタッカー二人、ヒーラー一人、遊撃一人の構成だ。となると、欲しいのは後衛火力とタンクだけど……。
「おや。奇遇ですね、ヤナガワさん」
「ほんまにな。……やけど、この中に一人で飛び込むような火遊びの趣味はあらへんわ。かんにん」
「でしょうね。さすがに」
「やけどだけに……痛い痛いスズランちゃんほっぺもげる!」
「どこぞのコメディアンじゃないんですから、余計な水差さないでください」
〈チカってもしかしてイース路線目指してる?〉
〈ちょっと上手かったの腹立つ〉
〈よく気付いたな〉
〈ロングオレンジとは格が違うわ〉
〈*シルバ:え?〉
〈そもそも言ったのヤナガワなんだが〉
普通に京言葉で話しただけなのに、洒落を言ったことにされてしまった。ごめんねヤナガワさん、後で保護者に言っておくから。
ともかく、ちょうど一人でふらりと現れたヤナガワさんは後衛火力としては全体でもトップクラスだ。これを逃すというのは、お互いにとって非効率。
ならばどうすればいいか。
もう一人男性プレイヤーを連れてくればいいのだ。
「というわけでそこの方、お一人ならいかがです……泣いてる!?」
「い、いやあ、はは。ついに呼んでもらえたのが嬉しくてね、目元から汗が。ははは」
「……いやその、ごめんなさい、セージさん。悪気はなかったんですよ」
〈よかったなセージ〉
〈これでお嬢の配信呼ばれたいの会卒業だな〉
〈次の会長誰だろう〉
〈昨日レイエルにまで先越されてさすがにかわいそうだった〉
彼はセージさん。私やミカンと同じベータ十二唯装の所持者で、その括りの中では唯一私のチャンネルにゲスト出演したことがなかった人物だ。
《ホワイトアウトメイル》という純白の鎧を着込んだタンクで、傭兵スタイルを経て我らが《サークルプリズム》に所属している。私としても配信における彼の扱いには少々難儀していたところだから、ここで拾えてよかった。
タンクとしては応用力のフリュー、防御力のレイエルさん、位置取りのゲンゴロウさんに対して、セージさんの長所は指揮力。特に部隊指揮は実戦経験でもあるのかと疑われるほど的確らしい。
…………うーん待って。危うくスルーしそうになったけど、「お嬢の配信呼ばれたいの会」って何?
「それで、パーティについてですが」
「まあ、俺も一人だけ入る蛮勇はないからな……」
「セージはんがいるんなら、僕も入った方がよさそやね」
「では、今日はこの六人でやっていきましょうか」
ここ《陰陽園》は三層目の奥にボス部屋を置いた四層構造になっているけど、全員が第三層の入口にある転移ポータルを解放してあったから、今日はそこから。
私は一昨日はここまで来たところで切り上げたから、第三層は初見だ。ミカンとヤナガワさんはこの先も行ったことがあるとのことだし、二人の経験には頼らせてもらおう。
「……10メートルほど先。梅木霊2、逆柱葉2です」
「うわあいつの間にか魔力覚で距離までわかるようになってる」
「つくづく便利ですねそれ」
「シーフみたいに位置関係やレベルまでわかったりはしませんけどね」
確かに本当に便利な能力だけど、斥候職の持つ《探索》スキルとはかなり勝手が違う。
魔力覚はスキルレベルが存在しないからプレイヤーレベルや慣れに合わせて強化される上に、視線が通らなくても察知できる。生物でさえあれば、光学迷彩や擬態でも看破が可能だ。
しかし《探索》の方が探知範囲が広いし、敵同士の細かな位置関係やMobのレベルも簡単に把握できる。魔力を持たないものや魔力隠蔽が上手くとも関係ないし、魔力の濃いエリアでも誤認しない。
今のところどちらでもあまり困らないことが多いけど、そもそも魔力覚は探索に向かない魔術師型ビルドでないと取得できない。そこまで含めれば、総合的にはしっかり《探索》に軍配が上がるだろう。
「この場では困っておらへんし、どっちでもかまへんけどね」
「ああ。……梅を俺が一体、チカとスズランで一体止める。ヤナガワとルヴィアはその間に葉を潰してくれ」
〈妥当〉
〈うーん妥当〉
〈普通だなこいつ〉
〈セージは普通に有能だぞ〉
〈ちょっと残念なだけで芸人ではないんだよなあ〉
うちのリスナーは弄っていいとなった時は割と容赦ない。どうやらセージさんは彼らのお眼鏡に適ったようだ。
実際のところ、彼はたまにやらかすだけで普通のゲーマーだ。自分たちからこぞって笑わせにくる芸人たちとは違う。以前から配信には出たがっていたセージさんだけど、配信につきもののリスナーたちを相手にどう振る舞っていくのかは気になるところである。
「《マジックブースト+》」
「《三撃・爆凍》」
「《トリプル・フレアプロード》」
「うわ」
「最近の魔術師は火力イカレてんな」
〈意味わからん削れ方してるが〉
〈引くなスズランちゃん〉
〈ヤナガワお前それホントにサブウェポンか?〉
〈弱点とはいえ不一致でこれかよ〉
ミカンがスキルレベル90で強化された術でバフをかけて、私とヤナガワさんが攻撃。逆柱葉は風属性だけど、特殊仕様で氷属性も弱点扱いだ。
ヤナガワさんの《氷魔術》は属性不一致のはずだけど、そうとは思えない火力だ。《虹魔術》の仕様上どうしても理論火力が上がり切らない私と比べると歴然である。
「《キャストブースト》」
「《二撃・爆凍》」
「《トリプル・フレアプロード》」
「えっもう終わったんですか?」
「私たちの出る幕なくなる!」
「各個撃破するぞ。俺はまだもつから、二人とも距離取ったままチカの方を頼む!」
〈セージ普通にカッコよくない?〉
〈きっちりイケメンムーブしてるんだけど〉
〈*イシュカ:いつものセージさんよ〉
〈*イース:彼は芸人じゃないですからね〉
〈*リュカ:え?〉
〈弄りがいがありそうだったのに……〉
〈イースはツッコミ待ちか?〉
さすがはトップタンク。機動力型でないとなかなか相手をしにくいはずの梅木霊を普通に受け止めて引きつけている。
ここまで来ているタンクが判断を見誤ることは基本的にない。中でもセージさんはこの手の判断に長けている人だ。私とヤナガワさんは即座にチカさんとスズランちゃんの方へ向いて、総攻撃で一気に倒した。
後は袋叩き。ほとんどダメージを受けていないセージさんに感心しつつ、四人がかりで吹き飛ばすだけだ。
新しいプレイヤーと組むたびに言っている気はするけれど……この人たち、やっぱり強い。
芸人と見せかけて普通の人。不憫系ですが誰も慰めてはくれません、なぜなら大の男がかわいそうな様子になってときめく人が周りにいないから。
頑張れセージ、負けるなセージ。強く生きるんだぞ。
今回で2021年の投稿は最後となります。来年も予定通り投稿していくつもりですので、ぜひお楽しみに。
それでは、よいお年を!
…………お年玉くれてもいいのよ?
ルヴィア「みっともないですよ」