168.イケメンしかいない
「──《百華千変》、起動」
砲撃竜・暮奈 Lv.??
属性:光
状態:汚染
《百華千変》。翠華さんから与えられた《百華神の耳飾り》に付与されている固有能力だ。
効果は乱雑にいうと、三分間の攻撃力50%アップ。24時間という強烈なクールタイムと引き換えに、悪ふざけとしか思えないような性能を誇る。
……が、上がるのはあくまで火力だ。今回のような時間稼ぎには、一見するとあまり役に立たないように思える。
が、そういうわけではない。
「《トリプル・ポップフルーツ》!」
「グギャッ」
さっきと全く同じ攻撃力だけど、HPゲージは目に見えて多く削れた。……そして、さっきよりも明らかに長い時間、痛みに堪えるような様子で動きが止まる。
DCOでは大半の攻撃にノックバック効果が付随しているのだけど、これの効果はダメージ量に依存する。つまり深く考えずとも、より強い攻撃を当てればその分時間を稼げるのだ。
「《トリプル・シードプロード》」
「…………ッ!!」
「……さすがにこれじゃダメか」
しかし、どうやら極大バフ込みでもノックバック戦法はギリギリのようだ。現時点で最高火力である《ポップフルーツ》なら辛うじて拘束時間が足りるものの、クールタイムが間に合わない。それ以外の魔術では威力的にノックバックの時間が足りなかった。
「それなら、《サップアンバー》」
「ッウ……グルルル」
「《フラワーストーム》!」
「グォォォッ!!」
「っ……多少の命中低下にしかならないか」
可能な限り時間を使うため、特殊効果の多い《植物魔術》を立て続けに試してみる。
……あまりうまくいかなかった。《百華千変》の効果は《与ダメージ上昇》だから、そもそもダメージを与えない《サップアンバー》はいつもと変わらない。《フラワーストーム》はダメージの追加効果扱いなのか妨害効果も増えていたけど、元が微妙なこともあってこのレベルの敵にはあまり役に立たなかった。
結論を言うと、《ポップフルーツ》しか当てにならなかった。それだけでも大きく役に立つ以上、《百華千変》を使ったのは間違いではなかったけど。
いいかげん慣れてきたようで、ドラゴンの方も花びらや樹液程度は意にも介さなくなってきた。もう小細工は通じない。
「ギャウッ!」
「……っ!?」
「───!」
「く、ッ……重い」
ちょっと格好つけて発動した固有能力だったけど、正直なところ「ないよりマシ」程度の貢献度しか得られなかった。……いや、そもそも使いどころが間違っているんだけど。
だから結局、私はいつも通り《パリィ》で守り続けることになっていたんだけど……まあとにかく、爪の攻撃が重い。うまく受け流してダメージこそ消しているものの、腕が痺れそうだ。
衝撃波じみたブレスはむしろ避けやすいから僥倖、尻尾薙ぎもブレスほどではないにせよマシ。通常攻撃が一番強いという、ちょっと無慈悲なまでの脳筋っぷりである。
「ギャオオオッ!」
「だめ。もう少し大人しくしていて」
そろそろ一分半になるだろうか。後方にはまだ小さなプレイヤーたちの姿が現れた。合流まではあと一分もかからないだろう。
だが、まだ気を抜いてはいけない。私が倒されるかターゲットを外されたら、後から接敵しても足止めできるかはわからないのだ。
結局私も有効打といえるほどのダメージは与えられていないから、離れすぎたらヘイトが足りなくなってあっさり戦闘状態を解除されてしまう。当然死んでもダメだから、本当にギリギリである。
だけど。……いや、だからこそ、というべきか。
「あっ」
気を抜いたわけではない。動作をファンブルしたわけでもない。
単純に、限界を迎えたのだ。
多くのRPGにはレベルという概念がある。その存在がどれだけの経験を積み重ねて、どれだけの強さを有しているかを残酷なほど平坦に示すゲームシステムだ。
どれだけリアルさを突き詰めたVRMMORPGでも、レベル制を採用している以上はこの絶対的な基準からは逃れられない。だって、レベルとはすなわち強さなのだから。
「フシャアアア!!」
このゲームではあまりに格上すぎる相手は調べてもレベルが表示されない。相手のレベルがわからないほど絶対的な実力差は、1対1では結局のところどれだけプレイヤースキルがあってもまず太刀打ちできない。……耐えることすらできない。
しばらく足止めされて焦れたのだろう、ステータスの暴力で無理やり《パリィ》の剣を弾かれた。どれだけ上手く受け流そうとしても、最善手を取ろうが関係ない。
これは童話ではないのだから、勇敢なウサギもオオカミには勝てない。それだけのことだ。
理性のない竜が、本気で排除を意図した。たったそれだけの理由で私は力尽くで転がされて、迫る竜爪を避けられずに──
「───届け」
「え」
私の耳に、聞き慣れた声が届いた。
「とど、けえええええええ!!」
──私の目の前に、見覚えのある召喚陣が現れた。
「《サモン・プロテクタァァァァ》ッ!!!」
…………私へ向けて振り下ろされた爪は、召喚陣から現れた騎士の大盾に受け止められた。
私はそれを認識した瞬間、転がるように立ち上がって飛びながら魔力噴射。一瞬の遅延を果たして消滅する騎士を横目に、戦闘態勢を取り直した。
「ルヴィア!」
「ありがとう、フリュー。助かったよ」
「ルヴィアを守るのが私の役目だもん、当たり前だよ」
追撃を試みる竜の猛攻を凌いでさらに数秒、増援が到着した。真っ先に駆け寄ってきたフリューのほかには回避盾や回避型のプレイヤーが大半で、ほかは援護射撃役の魔術師とヒーラー。
《水圀》や各地から緊急事態として駆けつけてくれた、暮奈を止めるための精鋭たちだ。さっそく駆け寄って認識させ、向けられた攻撃を凌ぎ始めている。
フリューの唯装である《明鏡の白祭服》の固有能力、《守護者の長い手》。MPを追加で使うことで、召喚陣をより遠くへ展開できるというものだ。
フリューはこれを最大限まで使って、私を致命の攻撃から守ってくれたのだ。固有能力を含めても射程はぎりぎりだったようで、半ば賭けでもあったみたいだけど。
「ルヴィア。悪いけど、援護射撃手伝ってもらえるかしらあ?」
「OK。ここで持たせるよ」
〈かっけえ……〉
〈フリューの本気ヤバすぎ〉
〈女だけどフリューさんに惚れた〉
〈物語の勇者じゃんこんなん……〉
〈お嬢もさすがの生存力〉
〈このレベルの敵相手にソロで二分耐えたのか……〉
私も含めて二十人ほどの陣容で、なんとか拮抗状態になった。まだ後方から応援は来るらしいから、ここからは適宜入れ替わりで休息を挟みながら連携して竜を足止めし続ける。
私は本職の回避盾がいるなら任せるべきと判断されたのと、後は任せて死ににくい位置にいてくれと背中で語られたことで魔術師班に編入。竜の意識の空隙を突いて咎めることで、攻撃の手を少しずつ緩めて回避を楽にする役回りだ。
さっきまで自分で相対していたこともあって、隙を見つけることは簡単だった。最終的には私と同時に全員が詠唱を始め、みんなで同時に意識の切れ目を狙い撃ちしていた。……なんともいえないものはあるけど、そんなことができるのがトッププレイヤーたる所以である。
それを皮切りに戦況は安定して、交替メンバーも到着したことで継戦能力も確保。それから私たちの本気でひたすら竜を翻弄することしばらく。
「うおおおおおおお!?」
「あ、あれはなんだ!」
「鳥か?」
「飛行機か?」
「やってる場合かァ!」
〈いや、プレイヤーだーっ!〉
〈なにあれ〉
〈担がれてる?〉
〈めっちゃキャリーじゃん〉
〈あれレイエル?〉
〈キャラどうしたよ最硬タンク〉
〈*セージ:え?〉
〈強く生きろセージ〉
……何がどう間違ったのか、快適とは程遠い空の旅が発生していた。
鎧下姿の男性プレイヤーが飛行プレイヤーに吊り下げられて運ばれている。確かにこの方が普通に走るよりは速いけど……。
運んでいるのはイースさんと数名の妖精、運ばれているのは……レイエルさんだ。《盃同盟》所属のタンクのプレイヤーで、防御力はDCO最硬と名高い。
高所恐怖症だったのか、あんな運ばれ方をしたら誰だって怖いだけか……たぶん誰でも怖いねアレ。イースさんに両脇を抱えられて、腰や脚を妖精プレイヤーに支えられたまま水平姿勢だ。
「こんばんはー、フェザーフェアリー急便でーす」
「し、死ぬかと思った……」
「……お疲れ様です」
〈二秒で考えたみたいな名前やめろ〉
〈そらあの速度で空中キャリーは腰抜けるて〉
〈かわいそう〉
〈一向に芸人扱いされないからって露骨な〉
そんな奇矯な集団は私たちのすぐ後方で着陸した。牽制にはやや余裕があるから、私が離脱して応対。
主犯は……見ればわかる。至極楽しそうな様子でかかないはずの汗を拭っているどこぞの翼人だ。ちょっとコンプラ的にアレだけど、気持ちだけならレイエルさんは一発殴っていいと思う。
「それで、レイエルさん」
「ああ。受け取ってきた」
「では、お願いできますか」
彼がどうしてここに来たのかは、楽な位置に移ってからの戦闘中にユナから聞いている。ロミジュリRTAの報酬は盾の唯装だったから、クエスト参加していた中にいたトップタンクに持たせて送ると。
その盾というのが、あの竜を退かせる唯一の手段。それはとうにわかっているようで、レイエルさんは鎧と盾を装備しながら竜のもとへ向かった。それを見た回避盾たちも場所を譲って離れる。
「勝負だ、暮奈」
「……グルルァァァ!!!」
〈!?〉
〈迫力やべえ〉
〈うお〉
〈タンクっていつもこんなの相手にしてるのか〉
〈胆力ないと盾持てないってマジなんだな〉
掲げたのは、精緻な竜鱗の模様が描かれた重厚な大盾。竜カテゴリに対する特防効果を持つ唯装、《聖護壁アスクロニクム》というらしい。
挑発を受けて思い切り振りかぶられ、叩きつけられた竜爪を、レイエルさんはその盾で真正面から受け止めた。
「お前の攻撃は、もう通用しない」
〈かっけえ〉
〈アニメのワンシーンかな?〉
〈めちゃくちゃ頼りになる仲間の初登場シーンじゃん〉
〈知ってたかレイエル、厨二病って実力が伴うとかっこいいだけだぞ〉
果たして竜の爪は、見事その盾に受け止められた。
同時に私たちは、絶対的な守りは背後にいると恐ろしいほどかっこよく見えることを学ぶこととなった。
「……グルァ」
そしてそれを見た《咆撃竜・暮奈》は──今日のところは、踵を返した。
「…………やった」
「なんとか、なりましたね……」
薄氷を渡り切った私たちは噴出した疲労で次々に地面へ座り込み、これまでで一二を争う激戦に放心してしまった。
無理もないだろう。誰かがほんの少しミスするだけで、全員が死んで防衛戦ごと二度目の失敗を迎える可能性すらあったのだ。
「勝ったわけではありませんが……私たち全員での、勝利です」
〈うおおおおおお〉
〈マジで守り抜きやがった!〉
〈やっぱやべえよトップ層〉
〈現実感ないんだけど〉
〈いいもん見れたわ……〉
しばらく動きたくないほどの疲労感だけど、もうすぐ防衛戦成功によるマップの通常化が発生する。それまで居座っていると、普通に現れた魔物の攻撃を受けたりしかねないから、まずは街まで撤退しなければ。
「ヘイお兄さん。もっかい乗ってく?」
「死んでも御免だ」
「ありゃ、残念」
〈当たり前なんだよなあ〉
〈乗るってか吊られる〉
〈なんか手挙げてる奴いるが〉
〈あれノノちゃんじゃね?〉
〈*トール:嘘だろノノ……〉
〈イース女史、芸人じゃなくて飛行ジャンキーになってない?〉
その後は特に何事もなく、街を挙げての感謝に料理でも報酬でもなく真っ先にベンチを要求したり、勝手に防衛戦開始のキーを踏んでしまったプレイヤーから謝罪と感謝を受け取ったり。
でも感謝はともかく、謝罪は私にするものじゃないと思うよ。
……この時のフリューとレイエルさんを映した切り抜きが非常によく伸びて、それに合わせてタンク志望のプレイヤーが急激に増えたりもしたんだけど、それはまた別の話。
こいつらに現代日本人の中身がいるの何かの冗談だろ。