166.どっちかというと戦闘ってより駆除
〈お嬢アレ見た?〉
〈めっちゃかっこよかったぞ〉
〈意外とお嬢の出番少なかったけど〉
「長いもの以外は見ましたよ。ただ、私はあれでも多いくらいだと思っています」
今日の昼間、先週末にあった運動会イベントの公式クリップ集が公式チャンネルにて公開された。一日の激闘が一時間にまとめられて、全会場のものがひとつずつ。ホームビデオのようなもので、普通の競技風景から休憩時間の様子までのんびりとした様子なものだ。とことん運動会らしい様子だった。
ただし、A会場だけはそれだけでは済まなかった。見せ物としても高いクオリティのシーンが多かったのは確かだけど、何を思ったのか十二時間という超長尺のバージョンが公開されたのだ。
それだけではない。新規参入を狙った広告なのか、厳選された名シーンをまとめた三分間の手軽なMVも同時公開。さらには15秒と30秒のTVCMまで制作していた。
このCMは映っているプレイヤーのほとんどがゲーム内では有名な人たちだから、当然映像もハイレベルでダイナミックなものに仕上がっている。私を含めた出演者には個別にCM使用許可を取って、来週あたりから放映していくのだとか。
「私たち出演者はもう見せてもらっていますが、さすがの映像クオリティでした。ぜひ楽しみにしていてください」
〈CMマジか〉
〈めっちゃ楽しみ〉
〈九津堂はわかってるよなほんと〉
私の出番は、15秒版ではスズランさんとのチェインシュートを撃つ瞬間。30秒版ではそれに加えてゾーン(仮)に入って魔術を撃っている様子だった。いい具合にかっこよく映っていたから、私としても嬉しいところだ。
……それにしても、まだあれから四日しか経っていない。前から思っていたけど、ちょっと仕事が早すぎる気がする。精神と時の部屋でも常備しているのだろうか?
そんなこんなで、《バージョン1.2》三日目となる9月18日。
「まずは現在の攻略状況を確認しておきましょうか」
まず幻夜界。《ヴォログ》から北西の《シュピーグ》へ進んだ後、現在の最前線は東へ切り返した《モンテッチ》という街である。
ここは一週間前から攻略が続けられているんだけど……ちょっとわけがあって時間がかかっている。明日か明後日あたりに動きがありそうだから、その時に触れることになるかな。
次に幻昼界。こちらはそれなりに順調だ。《塩桜》を突破した攻略組たちは《葱江》と同じく解放イベントが発生しなかった《新當》を通過し、《内海》という街をスピード突破している。
「《新當》は鹿嶋市、《内海》はかすみがうら市にあたります。由来は……塚原卜伝と、霞ヶ浦でしょうね」
〈ほうほう〉
〈由来もっと詳しく〉
〈あー鹿島新當流か〉
鹿島生まれの塚原卜伝という剣豪が作り上げた剣術流派が鹿島新當流というのと、霞ヶ浦の古い呼び名のひとつに内の海というものがあるのだ。この二つは知ってさえいればわかるたぐいの地名だった。
ただし、この二箇所はもう攻略されている。面白そうなサイドクエストはいくつかあるようだけど、今日の目的地はそちらではない。
「というわけで、今日の目的地はあそこ。《水圀》ですね」
最前線、《水圀》。ここは日本地図でいくと水戸市にあたる。……ここばかりは元ネタは説明不要だろう、黄門様の本名である徳川光圀だ。
ここは《万葉》の農業や《如良》の細工のような、明確な代名詞がある街ではない。だが、これから解放を進めていくことになる北関東、そしていずれは行くことになるであろう東北地方への玄関口ともいえる要衝だ。
「そしてもうひとつ。この街、城があります」
〈城?〉
〈へえ〉
〈この世界城少ないよな〉
〈なんか意味あるのか?〉
交通の要であるという点とは、たぶん関係ないのだろう。向かう道すがらである今も、行き先には城がそびえ立っていた。
この幻昼界は基本的に平和だからなのか、少なくとも関東はちょっと妙なくらい城が少ない。女王である紗那さんの住処も兼ねている王城を除くと、今のところ確認されている城は三つ目である。
ちなみに、残り二箇所うち片方はいつぞやに見た《掲見》。もう片方は《城宿》という小田原モチーフの街だ。この三つの街には、何かフラグが仕込まれていたりするのかもしれない。
今日は水圀の解放攻略に参加するわけだけど、攻略勢がここに辿り着いたのは運動会翌日のことだ。つまり今日で四日目となる。
あくまで今のところではあるけど、DCOは街が多いからなのか攻略速度がかなり速い。ひとつの街の攻略に一週間もかからないくらいだ。
少々速すぎるきらいもあるから、そのうち低速化するか、街の解放以外の攻略要素が派生するかのどちらかだとは思うんだけど……。
「つまりこの街も攻略は折り返しています。お使いクエストラッシュを経て昨日のうちにダンジョンが発見され、既にとり掛かられているところですね」
〈もうダンジョンか〉
〈お嬢はここ初めて来たのにな〉
〈攻略が速すぎてちょっと後方に行ったらすぐ置いてかれる〉
〈お嬢はいろんなとこでいろんなことしてるし……〉
私は以前からそうで、トップ勢と呼ばれる割には前線の攻略にあまり噛んでいない。これはもちろん色々な要素に触れる配信者としての案内役の影響なんだけど、現状では前線にはたまに顔を出す程度だ。
……まあ、裏でのレベリングで近くまでは頻繁に来ているんだけど、毎日攻略に精を出すというわけには今のところいっていない。
「もう少し最前線での戦闘を増やしたいところですね。各方面の事情と要相談です」
今回はまだボス戦が見えていないこともあり、特にパーティを集めたりもしていなかったからソロでの行動となる。
ソロ戦闘はけっこう久々だね。最近は何もしていなくても向こうからゲストが寄ってくるような状況だったし、私自身あまり一人で動こうとしていないから。
「最初のエンカウントは……見た事のある子ですね」
逆柱葉 Lv.45
属性:風
状態:汚染
「《トリプル・フレアプロード》」
〈あっ〉
〈いとも容易く行われるえげつない行為〉
〈まだ威嚇エフェクトすら終わってなかったのに……〉
〈てかお嬢詠唱してた?〉
こちらを認識した《逆柱葉》が威嚇するように全身の葉を震わせている間に、ピンポイントの弱点魔術を放ってドカン。……不意打ち判定も入ったのか、即死だった。
この手の威嚇エフェクトは、今のところ全ての敵が行ってきている。本来は探索状態のパーティに戦闘態勢を取らせるためのものだ。
ただ私の場合、魔力覚のおかげで他のプレイヤーよりも遠い位置から敵の存在を把握できる。その時点で魔術の詠唱を始めておくと、なんと発動が威嚇エフェクト終了までに間に合うのだ。
「そういうわけなので、単独の逆柱葉はただの餌ですね。これだけだとつまらないので、適当につまみながら第二層へ向かいます」
〈こいつ……〉
〈相性よすぎて笑えてくる〉
〈こいつトップ勢でもそこそこ苦労するんだぞ……〉
以前からそうなんだけど、魔術型魔法剣士はこのゲームの開発において基本的に想定外の存在となっている。難しいつもりで作ったものが、私にとっては簡単だったなんて経験は一度や二度ではないのだ。
運営さんもそれはわかっているはずだけど……どうにも最近、わざとやっているような気がしてきた。魔法剣士がちょっとしたバランスブレイカーであることを承知の上で、一部の場面では私に無双プレイをさせようとしているような。
……このあたりも、私がなんとなくソロプレイを避けている要因の一つだったりする。
するんだけど、それに一定の需要があることは私も承知なのだ。
「《トリプル・フレアプロード》」
〈爽快だな〉
〈見てる分には面白い〉
〈もう少しこの層のお掃除しててもいいのよ〉
ほら、もうリスナーたちの楽しみ方が変わってきている。戯れにいつぞやの魔女箒を取り出してみたら、これでもかと盛り上がっているし。
でもさすがに、いつまでもこうしているわけにもいかない。経験値効率は美味しいんだけどね。
「次の層に行きましょう。いいかげん絵面が配信的に限界です」
少し紹介が遅れたけど、このダンジョンの名は《陰陽園》という。街の中に存在する、庭園型のダンジョンだ。
由来はおそらく日本三名園のひとつ、偕楽園だろう。地理的にも噛み合うし、偕楽園は全体が陰陽の世界を表しているともいわれている。
……ただ、そうだとすれば少し気になるのが、偕楽園は弘道館という施設とペアで扱われることが多いこと。そして、弘道館は水戸城内にあったことだ。
「なので、このダンジョンとあの《水圀城》が密接に繋がっている可能性があります。気にかけておいた方がいいかもしれません」
〈はえー〉
〈お嬢の解説はためになるなあ〉
〈トークのために予習してきてくれてるの助かる〉
〈上手く作られてるもんだな〉
まあ、このあたりは今から深堀りしても仕方ない。今は攻略を進めるのが先決だ。
「それに、今週からは謎解き班の陣容が厚くなっています。街中でのフラグ集めやお使いから解明を行うグループが、転移門改修によって増強されたんですよ」
〈あー、そっか〉
〈その辺なら手を出せるのか〉
〈俺も行ってみようかな〉
〈けっこう楽しそう〉
というわけで、現在のアクティブプレイヤーは主に三つに分けられる。既存の攻略勢をはじめとした戦闘職、兵站という最重要事項のひとつを担う生産職、そしてこの手のクエストや謎解きを中心に活動する交流職だ。
私が思うに、この第三のジョブが現れるところまで今回のアップデートによる想定の通りだったんだと思う。こうして市民クエストをクリアしていれば、経験値も新たなクエストも得られるし。
さて。そんな陰陽園だけど、ここは階層ワープ式のダンジョンだ。
この世界では、ひとくちにダンジョンといってもいくつかパターンがある。
上下に積み重なった階層が直接繋がっている階段式。一般にダンジョンといって想像されがちなのはこれだろう。《酒蔵地下の不思議迷宮》や《赤粘土の洞穴》なんかがこの形式だ。
一方で階層そのものが存在せず、ダンジョン全体が一枚のマップで示されるのが平面式。《落花繽紛桜怪道》や《荒れ果てた神宮》あたりがこれ。
そしてもうひとつ。この二種類を折衷したような、独立した複数の平面マップをワープポイントで繋いだ形のダンジョンが、最近になって現れはじめた。この明らかに物理法則を蹴っ飛ばしたような開き直った構成のダンジョンのことは、暫定的に階層ワープ式と呼ばれている。
「これがそのワープポイントですね。ここを潜ると第二層か入口のどちらかに飛ぶことができます」
〈ファンタジーじゃん〉
〈ワープポイントってのがワクワクする〉
〈転移門とはまた違う良さがあるな〉
〈やってみてー……〉
実際に試してみよう。魔法陣らしきものが円柱状に放っている光の中へ入って、頭の中で第二層へと念じる。この使い方自体は街の転移門と同じだ。
すると一瞬で視界が切り替わるから、魔法陣から出る。これだけで第二層に到着だ。
「といっても、光景はほとんど変わらないので……ちょっと敵を見に行きましょう。こっちですね」
〈綺麗〉
〈一層よりちょっと幽玄?〉
〈まああんまり変わらんか〉
〈やっぱ魔力覚ひでえや〉
感覚で捉えた魔力の方へ飛んでいくと、ほどなくエンカウントがあった。さすがに最前線ダンジョン、私でも1対1だ。
梅木霊 Lv.50
属性:火
状態:汚染
「桜木霊の近似種でしょうか。……梅ですねアレ」
〈梅だ〉
〈梅だな〉
〈風流じゃん〉
〈魔物でさえなければな!〉
〈そっか偕楽園〉
偕楽園は梅の名所として有名だ。梅モチーフの敵が現れるのは至極自然な話である。火属性である理由は、もしかして色だろうか?
たとえば《ドレインフラワー》のような草本系と違って、同じ植物でも果樹がモチーフである木霊は動きは鈍重だ。代わりに体力が高く、遠距離攻撃にも長けた耐久型になっている。
「《ハイドロランス》……うん、やっぱり遠距離戦の方がよさそう」
〈ランスつえーな〉
〈お嬢のビルドならそら遠距離よ〉
〈ソロだとお嬢レベルでも時間かかるか〉
いつものことだけど、私は戦闘スタイルが独特だから敵ごとの与し方も自分で考えなければならない。近づいた方がいいか、離れた方がいいかは種類によって違うのだ。
同じ木霊系でも《桜木霊》はゼロ距離が死角になっていたんだけど、この《梅木霊》はそうはいかなかった。近づくと上から梅の実が落ちてくるのだ。
「新モーション……っ!?」
〈はっや〉
〈初見殺しじゃん〉
〈いや弾速おかしい〉
〈こんなん避けられるか!〉
〈でもお嬢手には当ててるぞ〉
HPが半分を切ってから新たなモーションが見えたのだけど、次の瞬間にはかなりのスピードで梅の実が飛んできていた。さすがに反応しきれず、咄嗟に差し出した手の甲で受け流す。
ダメージは果実落としより上で、いつまで経っても紙耐久である私にはちょっと無視しがたい量だった。
後で知ったことだけど、この攻撃には本来毒がついてくるようだ。精霊は肉体的な状態異常を受けないから、気づきもしないうちに無効化していたらしい。
まあ、別段痛手というわけではない。
「《フォトシンセサイズ》」
〈光合成だ〉
〈けっこう回復量あるよな〉
〈やっぱ植物魔術便利だ。ツルがムズすぎるけど〉
《植物魔術》によるHP回復。これだけであっさり元通りだ。一回分のMPこそ割いたけど、勉強料だろう。
「もう一回、《ハイドロランス》」
〈やった!〉
〈さすが〉
〈上手いなあ〉
〈こういう雑魚戦ひとつ取っても上手いのなんなん〉
モーションを見た時点から動いておけば、梅の実飛ばしも避けられる。多少気をつけながらではあったけど、再び魔術戦を再演してあっさり倒すことができた。
「それでは、しばらくここで戦闘していきましょう」
汎用性の塊が雑魚戦やったらこうなる。