165.三人でも姦しいのに八人集まったら
《サークルプリズム》の女子8人、いざいざギルドハウス候補の物色へ。
「ひとつ前提として、ギルドハウスは首都クラスの大都市にしか構えることができません」
「といっても、今のところ首都は両王都しかないのです」
「なので、ギルドハウスを構えるなら王都ですね」
〈なるほど〉
〈だから王都なのか〉
〈夜の方にするん?〉
この首都クラスというのは、各地方ごとで中枢となる都市のことをいう。どうやらバージョンごとに別の地方が主な舞台となるようだ。
王都は昼と夜で二つあるから、まずは二択。なんだけど、これについてはもう絞ってあった。
「私たちは夜王都に構えるつもりです」
「四大ギルド唯一のカタカナだから?」
「今日のミカン、身も蓋もないこと言うね」
「発言も幼くなってる? なってない?」
「う、うるさいやい」
そういうところだと思うよ。
じゃなくて。
「あながち間違ってもいないんですよね」
「……あ、そっか。他の三組が」
「そう。うちが夜界に構えると、ちょうど二つずつになるんですよ」
真っ先にギルドハウスを拵えたのは《明星の騎士団》だった。あそこは人数が少なめだからこういう動きが迅速なんだよね。
ギルドマスターとサブマスターが元々他のタイトルでギルドを組んでいた(ようやく元のメンバーも揃ったらしい)こともあって、ギルドにかかわる動きはあそこが一番だ。
夜界を選んだ理由は、「騎士団だから」。ブランさんは大真面目だった。
続いて《盃同盟》。奇しくも設立順と同じになっている。
あそこは人数が多いからこそ、面倒見のよさもあってギルドハウスを求めた口だった。同じように実用性を得る前からギルドハウスを持っている2ギルドだけど、事情は真逆で結果が同じなのは面白い。
こちらは名前からも想像しやすいように、迷わず昼界を選択していた。リョウガさんも同じ表情だったから、彼もブランさんと同類である。
「そして《天球の光》ですが、昨日昼王都にギルドハウスを持ったことをわざわざ報告してくれました」
「完全にぼくたちも手を出すのを見越してたよね」
「昼界を選んだのは、『サークルプリズムが夜っぽいから』だそうです」
〈草〉
〈選択権なくなってて草〉
〈選ぶ余地なかったじゃん〉
〈それでいいのか〉
あそこも私たちと同じく、昨日のアップデートでギルドハウスが実用性を持ってから動いたほうだった。
《天球》は打って変わってビジネスライクなきらいがあって、あまりギルドとして動くことが多くない。だからこそただの集会所としてのギルドハウスには興味を示さなかったのだろう。
《サークルプリズム》も《天球》ほどではないにせよ緩いほうで、何より私は三人と違ってギルドマスターとして引っ張っていくつもりがあまりない。だって、祭り上げられただけだもの。
「ちなみに私は、元々少ない方を選ぶつもりでした。結果的にはケイさんが《プリズム》の所在を選んだ形になりましたね」
御時世もあってのことなのか、今の幻双界には空き物件が非常に多い。それらは大きく分けると二種類のサイズがあって、片方はプレイヤーショップ用の通常サイズ。
一方ギルドハウスの対象となるのはより大きな建物だ。その中にもある程度のサイズの差はあるけど……うちは大手の一角でメンバーも多い。特に広い物件をいくつか見繕ってあった。
「雰囲気はいいね」
「中も広いし、悪くなさそうですね」
「ただ……ちょっと立地が微妙?」
一軒目。広さも間取りも申し分ないし、外観もなかなか。……ただ、ちょっと立地がよろしくない。スズランさんは微妙と言ったけど、いっそ悪すぎると言ってもいいくらいだ。
夜王都は南が主に初心者向け、北が主要街道方面となっていて店や施設が多い。加えて転移門は中央だから、中央に近いほど好立地だ。しかしここは西の外れ。海はよく見えるけど、それだけだ。
「間取りはよし、と」
「立地もさっきよりはよさそう? いいかも?」
「……でもさ。この外観は……なくない?」
「わかる」
二軒目。中だけを見れば悪くないし、北寄り中腹あたりだから立地も一軒目よりはいい。……が、ちょっとばかり外観がひどい。一体どこの色物建築家が建てたのか、とんでもなく悪目立ちする。
全会一致で否決。評価は一軒目より悪かった。
「へえ、いいじゃん」
「うん、少なくともさっきのより全然」
「ちなみにここ、本日の最安値となります」
「えっ」
「実は、両隣が酒場なのですよ」
「…………」
三軒目。王都の中心にほど近く、かなりいい物件。条件の割に安い。……安すぎる。
理由はソフィーヤちゃんが示した通りで、正面通りがどうなるかはお察しのこと。おまけに少々うるさいらしい。男所帯なら歓迎かもしれないけど……ここに集った残り六人の女たちの反応は、表情の通りだった。そうでなくともサークルプリズムは女子比率がやや高いのだ。
「ねえルヴィア。もしかしてぼくたち、色物ばっかり見せられてる?」
「ごめん。一軒だけ私とソフィーヤちゃんから見て完璧なところがあって、素直にやったら撮れ高が」
「いえ、よかったです」
「配信者が三組集まって一軒目即決は、もう放送事故だからね……」
というわけで、そろそろ本命に行こうか。
「ここですね。転移門から徒歩三分です」
「敷地も広い」
「間取りもいいですね」
「外観、よし!」
「近隣も特に問題ないわねえ」
「「「ここにしましょう!」」」
「……なのですよね」
〈即決よ〉
〈まあそらそうだ〉
〈さっきまでが茶番すぎた〉
言うまでもないことなんだけど、夜王都でのギルドハウスの購入はうちで二番目だ。つまり、まだこの都市のギルドハウスは二番目に……それどころか《明星》は広さをあまり求めなかったから、広い中では一番いい物件が残っている。
下準備をしていた私とソフィーヤちゃんは、ここが最良だとわかっていたのだ。むしろネタになる色物物件を探す方が苦ろ……げふんげふん。
「というわけなので、ここの購入手続きをお願いできますか」
「おや。お気付きでしたか」
「「「!?」」」
「これでも精霊です。魔力はわかっていますよ」
……さっきから、内見なのに不動産屋がいないと思わなかっただろうか。
実はいたのだ。昨日のうちにアポを取っておいたのだけど、その時に「好きに見て回って、決まったらお声掛けください」と言われていた。
なぜそんな形式が通用するのか。
「び、びっくりした……」
「不動産屋さん、吸血鬼だったんですね」
「この世界では、内見のときの不動産屋は空気になることが最良とされますので」
「そっか、霧になれるから」
「ヴァンパイアは不動産屋向きの種族なんですよ」
〈そ、そうなのか〉
〈知らんかった〉
〈なんかファンタジー感消し飛んだな〉
この吸血鬼、実はずっと私たちと一緒にいた。一軒目のところで待っていて、霧化能力で姿を消したまま同行してくれていたのである。
文字通り空気と同化して、何も知らない少女たちの背後で……いや、こう言うと犯罪臭がしてくるからやめよう。プレイヤーとしては15歳からだけど、DCOは見るだけなら全年齢向けだ。
「今日はイシュカさんもユナもいませんでしたから、気づけるゲストはいなかったんですよね」
「やっぱり魔力覚便利すぎない?」
「便利ですよ。魔力飛行と合わせて、未来永劫にわたって相棒以外の金属装備を使えなくなるデメリットに見合うくらいには」
「……妥当なスペックに思えてきた」
まあそれはいいとして。
「これまで触れていませんでしたが、ギルドには共用基金というものがあります」
「ギルドメンバーがギルドに納める、会費みたいなものだね。現状では唯一のギルド加入におけるデメリットだよ」
「とはいえ、大した額ではないのです。割合制なので、初心者も安心なのですよ」
〈まああるよな〉
〈そういやそうか〉
〈消費税な〉
〈プレイヤーに消費税呼ばわりされてるの草なんだよ〉
配信で触れたことこそなかったけど、そりゃあるよね、としか言いようがない。そのくらい影が薄いのだ。
ギルドメンバーは収入の一定割合をギルドへ納めることになっている。この倍率はギルドマスターが任意で設定できるけど、後から変更する時はメンバーの過半数の賛成が必要となる仕様だ。
基本的にはギルドの規模が大きくなるほど基金は安くなる傾向にある。千人単位の大所帯である《サークルプリズム》では、設定時の推奨値だった5%に設定してある。
……そう、かなり安い。これが消費税呼ばわりされる所以である。ちなみに令和の時代にこの倍率を消費税と呼ぶネタは、できれば消費税もこのくらい安かったらなあ、という夢想からくるものらしい。
なお、設立当初より人数がかなり増えているせいで基金は増え気味だ。私はそろそろ減税のギルド民投票を企画しようかと考えている。
「そんな基金は、元々こういう時に使うためのものでした。なのでここは遠慮なく使っていきましょう」
「はい、まいど。大切に使ってやってくださいな。ではワタクシはこれで」
「ひゃっほう、私たちのギルドハウスだ!」
「ブランさんとこの見てて、実はちょっと羨ましかったんだよねー」
「ついにゲーム内で安息の地が……」
〈たのしそう〉
〈*アズキ:(. .`)〉
〈アズキちゃんはダンジョン頑張れ〉
〈*ユナ:クリアしたら一緒にあそこ行こうね〉
女子八人、ギルドハウスのロビーに大興奮。
まあ、無理もない。DCOでは宿屋を取る必要があまりないから、雰囲気重視のプレイヤー以外はこの世界でリラックスできる空間がなかったのだ。
ギルドハウスもたくさんの人が出入りするから羽目を外せるわけではないけど、「自分たちのテリトリー」という安心感はどうにもほっとするものである。
「というわけで、ちょっとギルドハウス内を紹介していきましょう」
〈よしきた〉
〈いつも助かる〉
〈お嬢は俺らの欲しいものがよくわかってる〉
〈気になるものがいくつか映ってるんだ〉
とはいえ、ギルドハウスはただの集会所ではない。昨日のアップデートでたくさんの便利機能が実装されているのだ。
まずはひとつめ、ロビーの壁際にあるチェスト。これがさっき紹介したギルド共有ストレージだ。
「ここに入れたものは、所有者が変わらないままギルドメンバーなら取り出せるようになります。……はい、これがトレードレートの設定画面ですね」
「なるほど、ここに数字を入れると……」
「アイテムを個人ボックスに入れた時に、取り出した人の所持金から数字分だけ引かれます。その分は自動で元の持ち主に振り込まれますよ」
要は無人販売所のようなものだ。もちろん消耗品だけでなく素材アイテムなんかも置いておけるから、上手く使ってほしいところである。
ちなみに幹部として指定されたプレイヤーのみ、ギルド基金で購入したものを入れることもできる。これを取り出した場合、振り込み先はギルド基金だ。
私はギルド基金を使ってポーション類と食べ物を買ってきていたから、見本も兼ねて入れておいた。きっと誰かが使うだろう。
「これがクエストボード?」
「そうだね。ここに触れてウインドウ操作をすると……こんな感じでクエストを貼り出せるの」
「わあ、紙になった。そのまま読めるね」
「なんかいいわねえ? ファンタジーっぽい、っていうかー?」
同じ部屋の反対側の壁にあるコルクボードが、ギルド単位のクエストボード。これはまあ、見ての通りだ。使い方は見ればわかるだろう。
見本として貼ったクエストは手軽なものだから、たぶん誰かが適当にこなすだろう。受領する時は貼られた紙を剥がせばいい。
この二つは先に説明してあったけど、もちろん他にも機能はある。
「この階段は?」
「二階は個室になってるみたい。インスタンスマップの部屋が使えるから、メンバーなら使って休めるの」
「へえ……ぼくちょっと見てくるね。チカさんも来ます?」
「いくぅ!」
〈あんたはチカだろ〉
〈知ってないと伝わらないネタをするな〉
〈へえ、個室まであるのか〉
〈もしかして宿屋要らず?〉
奥の階段を上がると、左右に部屋の扉がいくつか。そこから利用者数の分だけ複製される個室マップに入ることができる。事実上の宿屋だ。
ロビーは共有空間だけど、ここでならよりゆっくりできる。ちなみにメンバーなら無料。……インスタンスだから混雑時は入った扉と出た扉が違うこともあるけど、それはご愛嬌だ。
あと、今はまだ利用していないんだけど、ギルドハウスを管理してくれる住民NPCを雇うこともできる。雑用やメンバーとの会話だけでなく、頼めばギルド基金を使ってストレージの消耗品補充なんかもしてくれるのだとか。
この機能も便利だけど、住民を巻き込むことになる。とりあえず少し様子を見て、ギルドハウスがいつも賑わっているようなら試してみるつもりだ。
「あ、この曲」
「『Gemini』だ」
「曲を流せるんですか」
「なんでも流せるわけではありませんけどね」
「どんなラインナップがあるんだろ、ちょっと気になる……」
「メンバーなら誰でも流せますから、喧嘩や取り合いはしないこと。ギルマスとの約束です」
〈はい、ギルマス!〉
〈わかった!〉
〈*シルバ:イエス、マスター!〉
〈うわ当たり前のように湧いた〉
台に置かれた蓄音機はミュージック機能だ。登録されている音楽から好きなものを流すことができる。
著作権上の問題なのか、現実世界の音楽を好きに選べたりはしない。登録されているのは水波ちゃんをはじめとして、九津堂に許可を出しているアーティストだけだ。
「あ、これ《アルターブルー》の」
「『ディアボルス・アルス』ですね」
「メンバー全員プレイヤーだし、許可を出してて当然か」
「…………ん、これって」
「……え、この声もしかして紗那ちゃん?」
「キャラソンもあるのですか!?」
〈えっマジ?〉
〈普通に歌ってるのなんなん〉
〈紗那ちゃん様の歌……いい……〉
メインテーマとしてタイアップしている水波ちゃんや、プレイヤーとして参加している天津火カイさんら《アルターブルー》なんかは、動画サイトに投稿している曲すべてが収録されている。他にも興味なのか先見の明なのか、数曲に許可を出しているアーティストが何組か。……うちの母もいた。
あとは、なぜか一部双界人のキャラクターソングも入っていた。どうやらこの機能限定のようだから、ギルドハウス購入特典のようなものだろうか。これは一度ひととおり聞いてみなければ。
あとは……。
「誰か、ハヤテちゃんを押さえておいてください」
「らじゃー」
「えっ、何を……ぁ、その曲はだめええええ!!」
〈おっ〉
〈ハヤテちゃんのオリジナル曲じゃん〉
〈これ名曲〉
〈ハヤテちゃんかわいそうに〉
〈お嬢がハヤ虐まで覚えてしまった〉
……昨今のVtuberには、オリジナル曲を出しているひとも少なくない。この場に居合わせているハヤテちゃんもその一人だ。
まあ、それもそうだよね。本人がプレイヤーとして参加しているんだから、事務所が許可を出さないわけがなかった。
二人がかりで押さえつけられて暴れながらじゃれているハヤテちゃんには悪いけど、これも撮れ高だ。ちょっとくらいの恥はかき捨てだよね?
「……あ。朱音とのデュエット版の『白夜』もある」
「えっなんで……ちょっとミカン?」
「みなのもの、今度はルヴィアを捕らえよー!」
……前言撤回。ごめんね、ハヤテちゃん。
綾鳴「あ、いたいた。ルヴィアさん」
ルヴィア「はい……なんですかその見覚えのない魔道具」
綾鳴「ちょっとこれに向かって歌ってほしいんだ」
ルヴィア「ギルドハウスだ……」
綾鳴「歌詞と楽譜は用意してあるよ。エルヴィーラが作ってくれたんだ」
ルヴィア「《精霊の唄》だ……」
わちゃわちゃする女子たち。
お待たせしました、次回から戦闘回がしばらく続きます。備えてのブックマークは左下にて。