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Dual Chronicle Online 〜魔剣精霊のアーカイブ〜  作者: 杜若スイセン
Ver.0-1 戦いの始まり、《天竜城の御触書》
17/473

17.かわいいは国を治める

 現世よ、私は帰ってきた。


 私ひとりとはいえ、無理に精霊界へ引き留めるには限界だったらしい。クエストの発生とほとんど同時に戻されてしまった。私たちにとって貴重な情報だったとはいえ、長話をさせて本当に申し訳ない。

 復帰位置は祠の前だったんだけど、皆はその場で待っていてくれた。私が一人にならないようにというよりは、そのまま私の配信を見ていたからだけど。


「なんか、一気に展開が広がったね」


 大画面表示になっていた配信を閉じながら、ミカンがしみじみと。

 私もそう思う、これまではかなり大味な事情しか明かされていなかったから。世界背景というか、ストーリーが急にはっきりと見えたような感じだ。


「いよいよ王都に着くし、ここからはどんどん広がっていくだろうね。制作陣の名前からして、ストーリーは相当練りこんであるはずだし」

「九津堂近辺のめぼしいストーリーテラー全部乗せ、みたいな面子だったものね」

「それが楽しみなんですけどね」

「ああ、全くだ」


 おや、いつの間にやら攻略メンバーが予想以上に親交を深めている。いずれはそうなってほしいとは思っていたけれど、思っていたよりずっと早かった。

 ボス戦の立ち回りを見るにそれが原因で鈍るような柔な判断力はしていないだろうし、仲がいいのはいいことだ。


「なんというか、いい雰囲気だね」

「でしょ? 全員に共通の話題があるから、けっこう話しやすいの」

「共通の話題?」

「ルヴィアのことよ? よね?」

「あー……そういうことか、なるほど」


 確かに、視聴率は特に高いだろう。何しろ実利に直結する。近くを走っているのだから。

 これからルート分岐が起こっても、他の前線に何があるかの把握には意味がある。様々な観点から、私の周囲の話題が一致しているらしい。


 いや、私の話はいいんだ。


「さて、全員揃ったところで、そろそろ先に進もうか。いよいよ王都のお出迎えだ」








 というわけで、やってきました王都《天竜》。なぜ王都だけ明らかに現実をもじった名前ではないのかは知らない。

 中心に大きな和城が聳え立つあたりは、いかにも城下町と言った感じだ。情勢のためなのかはわからないが、街の外周は水堀で囲われている。

 何より、大きい。ものすごく大きい。現実の二十三区のほぼ全域を占めていることはマップで分かっていたけれど、実際に見ると想像よりさらに大きかった。

 VRは現実の模倣とよくいわれるけれど、その迫力は時に現実を大きく凌駕するのだと実感した。現実には作りえないものでも、このようにVRなら作れてしまうのだ。


〈……ん?〉

〈ルヴィアちゃん、門のあたり〉

〈《鷹目》使って〉


「え? はい、わかりました」

「どうしたの、ルヴィア?」

「ええっと……あ、誰かが待ってますね」

「やっぱり《鷹目》便利だよなあ」


 私の顔ばかり映しても仕方ないから、普段は私の後方にカメラがある。端に正面視点のワイプをつけたりつけなかったりと模索中だけど、今のところはFPSのような画面になっているはずだ。

 コメントにつられて《鷹目》を起動すると、視線を向けた部分に視界がズームして解像度が上がる。同時に配信画面も同じものになるから、気づいたのは私とコメントがほぼ同時だった。


〈馬車かアレ〉

〈やたら上等な衣装だな〉

〈あのおにゃのこ、微妙に既視感が……〉


「……ああ、もしかして」


 上等な馬車が門の前に停められて、その前に立った猫獣人の女の子がこちらを向いている。可愛らしくも豪奢な和服はやんごとなき身分を思わせるもので、顔立ちにはどこか見覚えがある。

 ……あ、目が合った。長い黒髪を波打たせ、こちらへ大きく手を振り始める。


〈見えてるのか〉

〈まあ獣人だし、視力系スキルあってもおかしくないから〉


「……急かされてますね。少し急ぎましょう」

「あ、待たれてるんだ」

「まあずっと歩いてるのもだし、走っても疲れないものねえ?」


 というわけで皆でダッシュ。AGIの低いプレイヤーが置いていかれそうになると、誰からともなく最後尾にペースを合わせた。怖いくらいに息が合っていて、なんだか楽しい。

 VR空間内での呼吸の処理はタイトルや設定によるけど、DCOでは基本的には呼吸は不要だ。無意識にしてしまうこともあるし、現実の体が酸素を欲しがれば息が荒くもなるけど、無意識に呼吸はしていない。だから余程のことがない限り、この世界では息切れ的な疲労はない。






 王都南門の前に到達すると、待っていた猫少女が口を開いた。ややオーバーアクション気味で、すこぶる嬉しそうだ。


「来訪者さんですね、お母さん……《綾鳴》様から聞いています」

「はい。遅くなりました」

「私は《紗那》、この国の女王をやっています」


 紗那さんが名乗ると同時に、その頭上へネームタグがポップアップ。友好NPCを示す青色だ。

 見た目は年端もいかない少女だけど、この手のファンタジーにおいて外見と実年齢はしばしば一致しない。事実、彼女に緊張しているような様子などはなかった。

 ……狐である綾鳴さんの娘さんなのに猫なのは、突っ込まないでおこう。お父さんが猫獣人なのかもしれないし。


「わざわざお出迎え、ありがとうございます」

「ううん、気にしないでください。私が待ちきれなかっただけですから」

「というと……何か急ぐお話が?」

「……えへへ、話が早いですね」


 照れ笑いする紗那さん。……可愛いなこの子。いや、女王様に失礼なんだけど。

 彼女に見えないからって臆面もなく可愛いと言えるコメント欄が素直に羨ましいけど、私はイベントムービーを演じ切らなければ。


「お話は、大きく二つです」

「お聞きしましょう」


 自然と整列するレイド。そういう役回りだから別にいいけど、自分が矢面に立たなくていいと安心しきっているのはなんとなく腹立たしい。今度巻き込んでやろうかあんたら。


「まず一つ目は、《転移門》について」

「《転移門》……」

「はい。実は今、転移門は封鎖されています」


 なお、この場合の《転移門》とは、ここ《幻昼界》ともうひとつの世界である《幻夜界》を繋ぐ門のことだ。

 元々バージョン0では幻夜界に行くことができないと発表されている。だからこの情報は私たちにとっては既に知っていることなのだけれど、そんな野暮を言う人はいなかった。


「ただ、こちらで用意した魔法によって、来訪者の皆さんの転移は可能にしています。転移門に触れれば解放されるはずです」

「ありがとうございます、とても助かります」

「いいんですよ、せっかく来ていただいてるんですから」


 この女王様、お礼を言われると猫の長い尻尾が嬉しそうに揺れる。おかげでさっきから、コメント欄が『ルヴィアもっと褒めろ』で埋まっている。勘弁してほしい。

 それはいいとして、いわゆる転移システムが実装されるのはとてもありがたい。王都に到着した以上、これから私たちは様々な場所へ向かうことになるだろうから。


「転移門の近くに担当者がいるので、転移については詳しくはそちらで聞いてください」

「わかりました。……では、もうひとつのお話とは?」

「もうひとつは、《夜草神社》の現状についてです」


 紗那さんはそう零しながら西を仰いだ。その視線の先には、かなりの距離がありながら強烈な存在感を示す世界樹。

 彼女の頭上に、クエスト発生を示すエクスクラメーションマークが現れた。








「夜草神社は今、汚染に覆われています」

「……汚染」

「詳しくは転移門を見てもらえるとわかるのですが、夜草神社は真っ先に復旧しなければいけない場所なんです。

 だけど今のあそこは汚染に侵食されてしまって、連絡すら取れない状況です。乗っ取られた時になんとか逃れた巫女もいたみたいなんですけど……行方がわからなくて」


 思っていた以上にひどい状況のようだ。四方浜では夜草神社に向かえとしか言われなかったけど、この話が本当ならバージョン0の最終目的地はここだろう。

 丁寧な調子を保っていた紗那さんの口調が、少しずつ崩れてきた。本来は平和な世で和気藹々と国を治めるのが似合う女王様なのだろう。頼りなくも見えてしまうが、少し気の毒だ。


「夜草神社は王都の西、ちょうどあの《世界樹》の麓にあるのですが、そこを浄化するには巫女の力は絶対に必要なんです。まずはそれをできる行方不明の巫女がいないと……」

「……そういえば、四方浜で蓮華さんという方に会いましたが……」

「あのひとは、実は身動きが取れないんです。別の経路から強い汚染を受けてしまっていて、歩くことすらできない状態で。今の王都では、浄化は難しいでしょう」


 なんと。そうは見えなかったが、隠していたのだろうか。

 そういえば彼女、私たちが部屋に入ってから立ち去るまで一度も立たなかった気がする。もしかしたら、座椅子も楽にするための補助具だったのかもしれない。


「では、私たちはその行方不明の巫女さんを」

「はい、探してくださいますか。彼女がいそうな場所をこちらで絞り込むので、少し時間がかかりますけれど」

「もちろんです。やらせてください」

「ありがとうございますっ。では、少々お待ちください」


〔〔クロニクルミッションが発生しました:夜草神社を解放せよ〕〕





○夜草神社を解放せよ

区分:クロニクルミッション

種別:メイン

・世界の鍵を握っている夜草神社が汚染されてしまった。プレイヤーの総力を挙げて解放し、幻双界を救う反撃の狼煙を上げよう





○クロニクルミッションについて

・プレイヤーにとって最大の目標となる、全プレイヤー参加型メインストーリーイベントです。その範囲は非常に広く、実際にボスと戦うボスバトルから役に立つアイテムを入手する探索、他の関連クエストを解放するクエストなど様々な内容が含まれています。後方プレイヤーや初心者も積極的に参加して、プレイヤーの総力でクリアを目指しましょう。





 紗那さんは馬車に乗って城へと帰っていった。これから情報の統括や絞り込みなどを進めてくれるのだろう。

 乗り込んだ直後に「緊張したー……」と紗那さんが呟いたのを、最前列の私は確かに聞き取った。

 かわいい。






  ◆◇◆◇◆






「さて、そのまま転移門までやってきたわけですが……」

「……なにこれ」


 南門からそのまま入った先、城門前の広場にそれはあった。5メートルほどだろうか、石でできた大きな扉だ。今は固く閉じて、その上からお札が貼ってある。

 ……ただ、それだけではなかった。


「植物……ツル?」

「いかにもって感じね? じゃない?」

「アルラウネ、でしょうか」


「うむ。そのツルは、夜草神社のアルラウネが出したものじゃ」


 どこかから声がした。……あ、真上か。よく見ると扉の上に誰かが座っている。

 ふわり、と降りてきたのは、白い亜人の少女だった。一対の角、鱗に覆われた尻尾──中華風の龍人(ドラゴニュート)

 ただ、顔立ちには見覚えがあった。女王様、紗那さんに酷似しているのだ。


「主らが来訪者じゃろう?」

「ええ。あなたが転移門の」

「余は《サク》、見ての通りの龍じゃ。今は転移門の封鎖と監視をしておる」


 どうやら中身を飲んでいたらしい瓢箪の水筒を腰に提げ直して、チャイナ服の龍少女は私と赤いカメラアイコンを見据えた。

 転移門の封鎖、か。


「先に頼まれ事を済ませようかの。そこの、この扉に触れてみよ」

「わかりました」


 当たり前のように私へ指名が来た。言われた通り、転移門へ手を触れさせる。

 ……ウィンドウがポップアップ。


〔《転移(テレポート)》が解放されました〕


「それで使えるようになったはずじゃ」


 どうやら魔術扱いではないようで、スキルではなくシステムの方に連結したらしい。紗那さんも来訪者だけに特別と言っていたし、扱いが特殊なのだろう。


「使い方は魔術と同じじゃ。行きたい場所を念じて唱えれば、そこまで一瞬で転移できる。幻夜界に行くには、基本的にはこの転移門を経由しなければならぬがな」


〈便利だなあ〉

〈マップめちゃくちゃ広そうだし、流石に転移くらいはないとやってられないだろうな〉


「ただし、いくつか注意事項がある」

「注意事項、ですか?」

「うむ。まず、《転移》では安全地帯にしか行けぬ。それも、自分で行ったことがある場所だけじゃ。その地に縁を刻めぬからな」


 ゲームとしては当然の制限だ。行ったこともない場所に転移でぽんぽん行けてしまうと、自分の足で冒険する意義が失われてしまう。ゲーム的にもVR的にも、それは好ましくないだろう。

 同様に、到達経験があるからといって好きな場所へ飛べてしまったら攻略に大きな影響が出る。セーフティ制限も必要な処置に違いない。


「さらに、魔物に狙われている間は使えぬ。どうやら汚染に術式へ介入され、阻害されてしまうようなのじゃ」

「わかりました。覚えておきましょう」

「そんなところじゃな。便利な魔法には違いあるまい、上手く使うと良いぞ」


 イベントムービーモードが一旦途切れたので、その場で一同が《転移》を解放。全員が門に触れて少し離れたところで、カメラアイコンがまた赤色に変わった。

 サクさんもそれに合わせて再び口を開く。






「主らにはもうひとつ、しておかねばならぬ話がある。この転移門の封鎖のことじゃ」

「幻夜界との通行は、転移門でしかできないんですよね。どうして封鎖しているのですか?」

「簡単じゃよ。幻夜界の方が、汚染が強いからじゃ」


 汚染が強い。敵のレベルが高い、ということだろうか。


「汚染は両方の世界に現れたのじゃが、幻夜界のほうが強かった。そこで余らは、できる限りの戦力を向こうに注ぎ込むことにしたのじゃ」

「ふたつの世界の実力者の大半が、封鎖された幻夜界で戦っている……ということですか?」

「うむ。主らを幻昼界へ召喚して、奴らとの戦いに慣れて貰うためにな」


 今の私たちは、比較的弱い敵のいる方に投入されていたらしい。理由は……試しているのか、育てているのかのどちらかだろう。

 精霊たちの話が本当なら、私たちプレイヤーは汚染へのキラーカードだ。だからこそ慎重に事を運ぶ必要があったのかもしれない。


「仮に幻夜界の守りが破られても、転移門から魔物と汚染が溢れ出すことのないように、余は一時的に転移門を塞いだのじゃ。

 それ自体はよかったのじゃが……」

「そこから先が、この植物のことなんですね」


 なんとなく、話が見えてきた。紗那さんが夜草神社を重要視しているのは、この植物が物理的に転移門を塞いでいるからか。

 果たしてその予想は正しかったらしい。


「本当はこちらで戦いに慣れてもらってから、すぐにでもあちらへ戦力を送り出す予定だったのじゃ。汚染されて暴走したアルラウネによって、こうして転移門が塞がれてしまうまではの」

「だけど、こうなってしまったからには、先に夜草神社を解放しなければならなくなった」

「その通りじゃ」


 夜草神社を解放して巫女に植物を退けてもらわなければ、封鎖を解いても転移門が開くことはない。かといって、汚染の効かない来訪者がいないままの幻夜界が、いつまでも保つ保証はない。

 だから早々に夜草神社を汚染から救って、幻夜界への転移門を開かなければならない、というわけだ。


「紗那から話は聞いておると思うが、詳しくはそういうことなのじゃ。

 余らには出来ぬことじゃ、どうかよろしく頼む」

「もちろんです。ご期待に応えられるよう、尽力します」


 このベータテストは当初からバージョン0と公称されていた。いよいよその意図が見えてきて、本来の在り方が見えてきたように思える。

 まずは夜草神社を救って、転移門を開く。そのための戦いは、もう目の前に迫っていた。

このあたりのNPCはまた後々出てきます。

次回は月曜日、ソロ行動でとある個別イベントが起こります。


投稿開始から3週間、いよいよ500ポイントに到達。ここのところ日間ランキングでそこそこの位置にいるおかげか、新しく来てくれる読者さんが多くて嬉しい限りです。

そしてついに月間ランキングに載りました。まだまだ上るばかりなので、応援よろしくお願いいたします!

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『Dual Chronicle Online Another Side 〜異世界剣客の物語帳〜』

身内による本作サイドストーリーです。よろしければご一緒に。

『【切り抜き】10分でわかる月雪フロル【電脳ファンタジア】』

こちら作者による別作となっております。合わせてお読みいただけると嬉しいです。


小説家になろう 勝手にランキング

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