162.三銃士とか四天王とか七本槍とかのノリ
「次の話をしましょっか」
「「ぴっ」」
〈圧がヤバい〉
〈こわ〉
〈そんな顔できるのか……〉
〈でも二人が悪いよな〉
前回のあらすじ。
一緒にサプライズをしたトップ妖精たちを連れて精霊界に帰ってきた私たち。メイさんの進化を待つかたわら、精霊への進化を決めた三人の妖精たちと自己紹介をしていた。
三人とフレンド登録を交わしていると、進化を終えたメイさんがマナ様を連れて戻ってきた……のだが、ひとつめのタスクを終えたマナ様は異様な空気を身にまとっていた……!
「あ、なになにー」
「なんか面白そうな雰囲気」
「おっと、これ以上近づいたら巻き込まれるかも」
〈草〉
〈おいトップ妖精ども〉
〈完全にエンタメ扱いで草〉
〈この野次馬根性よ〉
ひととおりの精霊界見学を終えたのか、十人もわらわらと寄ってきた。もしも精霊を目指すのなら、彼らにとっても他人事ではないと思うんだけど……。
ただ、ニムが止めていない。あの子がいいと言うなら、まあいいのかな。
「イシュカ、ユナ。どうしてここのところ精霊界に来てくれなかったの? 寂しかったのよ?」
「は、はぃ……」
「ご、ごめんなさい……」
〈うわあ〉
〈ユナはともかくあのイシュカがしゅんとしとる〉
〈レアだぞこれ〉
〈珍しいもん見れた〉
〈やっぱ精霊はマナ様に勝てんのな〉
まず大前提として、マナ様はとても寂しがり屋である。それこそまだ私とイシュカさんだけだった頃、寂しいからという理由で精霊補完計画を始めてペトラさんとメイさんを巻き込んだくらいには。
精霊関連プレイヤーでは古参であるユナもそれはよく知っているから、一言の反論も許されていなかった。その耳で寂しい発言を聞いていたイシュカさんは言わずもがなだ。
だから意図はどうあれ、精霊界を一週間も空けたことには元々罪悪感を覚えていた。そこを最初に突かれれば、この通りである。
……ただし、もちろんこの場の主題はそれではない。
「まあ、それはいいとして」
「えっ」
〈草〉
〈いや「えっ」じゃないが〉
〈落ち度を許されたのにこれだよ〉
うん、わからなくはないんだけどね。この後起こることの気まずさからすれば、いっそ叱られた方が気が楽、という。
でもまあ、諦めてもらおう。現にほら、私やソフィーヤさん、アズキさんが解放してもその場から動かない。
それどころか、二人して自然と正座している。ちなみに空中正座はさすがに場に相応しくないと思ったのか、イシュカさんは私の肩の上だ。……前からだけど、私は某まっさらな町のトレーナーじゃないんだけどなあ。
「二人とも、翠華に《想装》をもらったでしょう? 私からもあげておかなきゃ、と思ってね」
「…………えと、それは、その」
「ルヴィアのと同じ……」
「ええ。このチョーカー、お揃いの方がいいと思うのよ」
「「ぁっ……」」
〈かわいそうに(笑)〉
〈かわいそうなのに逃げたから因果応報に思える〉
〈自首してれば配信外で済んだだろうにな〉
息ぴったりである。にっこにこで手渡されるチョーカー、断れないよね。わかるよ。だから諦めよう。
数十秒ほどかかったけど、二人とも観念してチョーカーを装備。マナ様はそれはそれは喜んだ。
……そして、
「そうそう、メイ。あなたの分もあるわよ」
「…………わあ、アリガトウゴザイマス」
即座に、しかも逃走不可の場面で巻き込まれたメイさんが、いつも無謀なくらいノリのいい彼女とは思えないような棒読みを絞り出すことに。……でも、これは予想できたね。猶予期間あったし。
もちろん、それだけでは済まない。
「それと、他の子達も。無事に進化できたら、同じものを作ってあげるわよ」
「ほんとなのですか!?」
もはやこれ一つで精霊の増加率が多少抑えられそうな全方位爆弾がぶち込まれた。これにはアズキさんですら表情が引きつっている。
……そしてただ一人嬉しそうなソフィーヤさん。確かにデザインは可愛らしいんだけどね。可愛いならそれ以外のことは一切気にしない、キャラがわかりやすい娘だった。
「その……マナはん、それ、僕やタラムはんには似合わへん思うんやけど……」
「……それもそうね。何か似たもので、男の子に似合うものも考えておきましょうか」
「できれば和風……昼界風やと嬉しいわ」
〈なるほど、これが正解か〉
〈ちゃんと要望すれば聞いてくれるわけだ〉
〈ヤナガワ強いなー〉
〈着けること自体は諦めてるけど〉
確かにそうだ。マナ様は好意でやってくれているのだから、要望すれば応えてくれる。それに気づいたようで、アズキさんの表情が一気に明るくなった。
一方でもう渡されてしまったユナが絶望しているけど……うん、仕方ない。だって逃げたんだもの。
でもね、マナ様。そういうことなら、私にはまず相談してほしかったかな。私だけ回避できるタイミングなかったよね?
さて、同じチョーカーが四人になったところで。
「待たせてごめんなさいね、アズキ」
「いえ、お気になさらず。待ち時間も有意義でしたから」
「それならいいのだけど」
〈イベント多いな精霊界〉
〈各段階でマナ様が絡むから渋滞しとる〉
〈本日三つ目のメインイベント〉
精霊界に入った時点で、今日この場で起こるであろうイベントは四つあった。これはその三つ目だ。
「アズキ、あなたの半身となりうる存在が見つかりました。《如良》から少し北、《閉じた岩戸の社》にあるわ」
「ありがとうございます、行ってみます」
マップに書き加えられたマーカーを見せてもらって照合するに、袖ヶ浦市のあたりかな。
閉じた岩戸、と聞くとどうしても天岩戸を思い出すけど、何か伝承があったっけ。……コメント欄、その叡智をここに!
〈袖ヶ浦には天岩戸の欠片があるらしい〉
〈地元民だけど眉唾の石碑があるよ〉
〈あんまり信じられてないけどな!〉
「とのことです」
「さすがは数万人の人海戦術……」
「リスナーペディア便利だなー。私も配信やるか?」
一応私もそれなりに知識量がある方だと自負しているし、目的地がはっきりしている時は配信前に予習することもある。だけどあくまで素人だから抜けもあるし、今回のように予習範囲外で来ることもある。
そういう時はコメント欄に頼ることになるんだけど……日にもよるけど万単位となるリスナーの力は大きい。博識なリスナーもいれば、この手のご当地ネタは人海戦術でうまくいったりもするのだ。
「ちなみにこの幻双界は、我々の世界によく似た世界が崩壊した時に生存者が作って移住した世界なのですが」
「そういえばそうだって話よね。調べてたのはクレハだったかしら」
「これは幻双界に前世界の神話伝承が残っている、ということなのでしょうか」
〈そうなのか〉
〈クレハ情報面白いから攻略wiki読もうな〉
〈あー〉
〈この世界の神様って綾鳴さんとかだもんな〉
〈天岩戸があるのは確かに変か〉
まだ事細かにわかっているわけではないんだけど、この世界の成り立ちは一部のプレイヤーが大まかに紐解いている。神話や伝説などがひととおり表沙汰になった地球のような世界が神同士の殺し合いに巻き込まれて壊れ、終末戦争の生存者を連れて創造移住したところだ、と。
この世界の地形やら文化やらにやたらと地球のような要素があるのはこのあたりに理由があるらしい。……ただ、伝承はともかく神話のたぐいは世界移動の段階でリセットされていそうなものだけど……。
まあ、この話はいいか。考えてもわからないし、知っているかもしれないマナ様はにこにこと見守るばかりで教えてくれそうもない。
「天岩戸というと、属性は土か光?」
「光です。サブで土も取っているので、ぴったりかも」
〈うわ良いじゃん〉
〈完璧っぽいな〉
〈恵まれてんなー〉
〈そもそも唯装にハズレがないのに、精霊系は全部ピッタリだもんな〉
光属性に土併用のアズキさんに、光と土どちらも似合いそうな題材のダンジョン。唯装用のダンジョンはダンジョンの性質と唯装の性質が似通うことが多いから、この時点でアズキさんにとっては最高の強化が予想される。
主に後ろの妖精たちから羨望が向けられていたんだけど……ここではたと気がついた人がいた。ユナだ。
「…………あ」
「どうかした?」
「ねえ……ルヴィアの属性は幻ってことになってるよね」
「そうだけど……」
元は風だったけど、精霊になってからの私の属性は幻だ。正確には、私が《虹魔剣アイリウス》を手に精霊を志した時点でそう定まっていた。
それを確認すると、ユナは得心顔で指を折り始めた。
「メイさんが火、イシュカさんが水、私が風」
「……え、もしかして」
「私が氷でヤナガワさんが雷、ツバメさんは確か土だったのです!」
「タラムはんは闇、アズキはんは光やてなると……」
「精霊、最初の九人で全属性が被らずに揃ったのね」
〈マ?〉
〈うわほんとだ!〉
〈え、偶然?〉
〈こんなことあるんか〉
〈示し合わせずにこうなる確率いくつよ〉
……ちなみに、偶然ではないと思う。
というのも、精霊になる予定を翻した人物がいるのだ。
この場にいないツバメさんがマナ様から誘いを受けたのは、ペトラさんがドリアードへの進化を選択した後だった。
ペトラさんが進化したのが9月4日、ツバメさんが初めて精霊界に訪れたのは9月6日。偶然と言い切るには、近い。
「…………マナ様」
「ふふふ、よく気づいたわね。その通り、これは意図的なものよ」
「うわぁ……」
「精霊への進化は新たな試みだったから、まずは全ての属性でバランスを取る予定だったのよ。それで安定してから、もっと自由に同族を集めるつもりでね」
〈へー〉
〈ほー〉
〈みんなジト目で草〉
〈いやまあ、それはあるんだろうけどさ〉
うん、信憑性はある。精霊や魔力と属性というのは、そのあたりに気を払ってもおかしくないデリケートな要素には違いない。
ただ、マナ様は既にいくつかやらかした実績がある。とてもとても、それだけとは思えないのだ。
「……他には?」
「そういう一揃いのオリジナル9ってロマンじゃない?」
言うと思った。絶対言うと思った。
マナ様はそういう、形から入るタイプだから。せっかく揃えたのだから九人ひとまとめ、と言い出すことは目に見えていた。
これには全員でジト目……かと思いきや、一人だけ真顔だった。
「わかります」
「アズキさん?」
「あなたが最後の一枠よ。あなたの進化で完成するの」
「望外の役回りです」
「アズキさーん……?」
〈食いついてるんだが〉
〈でもわかるぞ〉
〈わかるけど自分が組み込まれたいかというと……〉
〈アズキも濃いじゃねーか!〉
アズキさん、まさかの大興奮。それはそれは嬉しそうな様子で、マナ様と二人意気投合している。
精霊候補の中では努力が凄いだけで、キャラの薄い方だなとは思っていたんだけどな。さっきチョーカーに嬉しそうだったソフィーヤさんにすごい視線を向けていたけど、同類だと思うよあなたも。
しかもこれ、ただ気づいただけでは済まなかった。
「……あの、マナ様」
「どうしたの、ユナ」
「どうしたの、じゃないですよね。……私の二つ名、変わったんですけど」
〈え〉
〈なんて?〉
〈ほんとだ〉
〈マジで変わってるwwww〉
〈おい精霊王表情隠せ〉
二つ名というのは、精霊の場合は司るものの名だ。私でいうと《虹剣の精霊》といった調子になる。
ユナはさっきまで《花錫の精霊》だったんだけど、今見ると《風錫の精霊》になっている。……犯人はもはや言うまでもない。
なお、イシュカさんとメイさんは元々《水環の精霊》と《火掌の精霊》だったから変わっていない。ユナの分だけ、今の会話に合わせてすり替えられていた。
別に実害があるわけではないし、ユナも困惑しただけで怒ってはいなかったけど……いよいよやりたい放題だ。
もし次にエルヴィーラさんに会うことがあったら、ちょっとお小言でも言ってもらえるようお願いしてみようか。
その後、四つめのイベントとして、一部始終を野次馬感覚で見物し続けていた妖精たちが次々とマナ様と面識を持ったり。
今日このままダンジョンへ向かうというアズキさんのパーティメンバー募集を手伝ったりしていたんだけど。
ひと段落ついて、いよいよ解散となる運びだったところで、私は呼び止められた。
「そういえば、ルヴィア」
「……はい?」
「あなた、自分の“色”はどうするの?」
〈?〉
〈どういうことだ〉
〈はい?〉
〈色って〉
……どういうことだろうか。
言わんとすることは、全くわからないわけではない。“最初の九人”の残り八人の場合は、擬似的に属性ごと背負うことになるのだから、その属性の色がそのまま自分の色となる……ということだろう。
そもそも「色」という概念がいまいちよくわからないけど……その場合、私は虹色ということになるのでは?
と思ったのが顔に出ていたのだろう。マナ様はさらに付け加えた。
「虹色はひとつの色ではないわよ。あれは色の集合体でしかない」
「……」
「今は深く意味がわからなくてもいいわ。けれど、可能なら自分の色を定めておきなさい」
「自分の色、ですか」
「もちろん、名前がそうだから、なんて簡単には済ませずにね。……きっとその色が、今後のあなたの行く先に大きくかかわるでしょうから」
この日はそれだけ言われて解散となった。けど、私のもとにはひとつ大きな疑問符が残されていた。
……私の、色?
シルバ「九精霊」
リュカ「十二神器、四大ギルド、九精霊。お嬢コンプじゃん草」
透明なルヴィアに色をつけるなら?
未だかつてここまで露骨な伏線があっただろうか。もう伏せられていません。同じ章のうちに回収する予定だからまあ……。
ちなみに予告しておくと、たぶん今章はかなり長いです。見せ場いっぱい作るのでついてきてください。