161.かわいいは作れるのです!
「ではメイを進化させてきますから、そこの裏切り者二人を逃がさないように」
「いぇす、まむ」
「「ラジャー!」」
〈草〉
〈かわいそうに〉
〈まあ逃げたしな〉
〈逃走犯なら仕方ない〉
インザ精霊界。
何はともあれ、今日の主題。メイさんの進化だ。マナ様は心底嬉しそうな様子で、メイさんを連れて奥へ引っ込んでいった。
……ほんの少し表情が怖かったような気がするかもしれないけど、気のせいだ。
一方で二名の容疑者はなおも捕獲状態だった。ユナは私が、イシュカさんはソフィーヤさんとアズキさんが拘束している。
……私としては気持ちはわからなくもないんだけど、受け取ってしまった以上は私はマナ様の側だ。ミイラ取りがミイラになった? なんのことやら。
「さてと。そっちの皆は、ここは初めてだよね」
「そのはずやで。マナ様にお目通りが済んどるの、僕とソフィーヤはんとアズキはんだけやさかい」
「そう固くなることはないのですよ。ちょーっと目に悪いかもですけど、すぐ慣れるのです」
〈キャラ濃いなこっち側〉
〈口調が濃いトップ妖精コンビ二人して経験者か〉
〈アズキちゃん頑張れ〉
この場の内訳はというと……精霊が私とニム、捕まっているユナとイシュカさんで四人。初来訪の精霊界に不安そうだったり、興味津々だったりと十色の反応を見せている十人。そして精霊界が初めてではない三人だ。
どうせ進化したら妹側に割り込む末っ子気質なのに、ニムはお姉さん気取りでいろいろと教えている。内容は私のほうではもう紹介済のことがほとんどだから、あっちはしばらく放っておいていいかな。
「というわけで、御三方。よければ自己紹介をどうぞ」
「いいんですか?」
「この配信での自己紹介がどれだけ高尚なものとして扱われているのかは知りませんけど、とりあえず三人には早いうちに常連化してもらわないと」
「配信主の同族が少なすぎるの、慢性的な問題だったものね」
「というかルヴィアの場合、それがパーティ組む時の制限になってる節すらあるし」
これでも精霊はエクストラの中では飛び抜けて多いんだけどね。量産体制に入っているのはここだけだ。
とはいえ、現時点で三人、あと数分で四人目。亜種がもう一人いるけど、それでも五人だ。それぞれ数千人、多いところでは五桁に突入しているメイン種族とはわけが違う。
そんな精霊だけど、現時点で明確に今後の進化を表明している確定候補はさらに五人いる。うち一人はタラムさんで、エルフはもう一人いるけど今日は欠席。そして残る三人が、この場に揃っている妖精トップ陣の一角だ。
「では私から。ソフィーヤといいます。今はこの《クリスタリウムの書》と一緒に精霊を目指しているところなのです」
「ちなみに彼女、《サークルプリズム》所属です。他の悪ノリ軍団とは違って、精霊最優先のために来たそうで」
「元々ちっこくて可愛いのが好きで……精霊の話を聞いた時、これしかない、って思ったのです」
〈悪ノリ軍団て〉
〈おう〉
〈ちっこくて可愛いを自称したか今〉
〈もしかしてこの子濃い?〉
〈*スズラン:たまに組むけど、濃いよ〉
ソフィーヤさん。属性は氷だね。最近特に伸びている一人で、現時点での《氷魔術》最高レベルはおそらく彼女。
自称する通り、「ちっこくて可愛い」を全力で表現するような容姿で、フェミニンをかなぐり捨てた童顔つるぺたでマスコット的な可愛らしさを演出している。
髪色が属性に直結しがちな妖精の例に漏れない水色のショートヘア。体格は妖精の中でも特に小さく、イシュカさんよりもさらにひと回り半ほど小柄だ。
「ちなみに、その口調は」
「軽めのRPなのです」
「とまあ、だいたいどんな方向性を目指しているのかはわかりやすい子ですね」
「……ちっこいのが好きなのはわかったけど、自分でやるんだ」
「自分の理想を他人が偶然射止めてくれるなんて甘えなのです。せっかくのVRMMOなのですから、『好きはなる』に限るのですよ」
〈お、おう〉
〈凄いバイタリティだ〉
〈言いたいことはわかるんだけどね?〉
〈濃いなあ〉
……うん。見習いたい、その姿勢。
確かに自分の細かな好みに偶然出会える可能性は低いし、自分でできるのなら作ってしまうのが手っ取り早いのは確かだ。それに、VRMMO“RPG”なのだから、望むものを演じるのは言葉通りの楽しみ方である。
……それにしても、『好きはなる』。至言である。
続いて、この場の六人の中で唯一誰とも触れ合って(ただし、スキンシップではなく捕獲である)いない黒一点。
「ヤナガワいいます。お察しの通り京男で、喋り方も普段からそのままやけど、かんにん」
「どこぞの配信者と違って、これでもかと雅ですね」
「誰かさんに風評被害が……」
〈実在するんだなこんなの〉
〈ドラマみたいな京男子だあ〉
〈漫画でしか見たことないぞこの口調〉
〈またしても何も知らないイルマ〉
ソフィーヤさんと違ってこちらは髪色が属性に合わない黒だけど、そんなことはどうでもいい。京言葉である。イメージそのままの優男系京男である。
実は私、ほんの少しだけテンションが上がっている。何しろ周りは標準語しか飛び交っていないし、たまにお世話になる幼馴染の実家でもさほど方言は聞かない。私にとって方言とは、英語やドイツ語よりもよっぽど非日常的な代物なのだ。
……自分で言っておいてなんだけど、イルマさんにとってはとんだ風評被害だ。そもそも彼、別に京都人でもなんでもない。
ただ主装備が和服で、しかもそれが似合う出で立ちというだけなのだ。あまりにも似合う割に口調だけは軽めの標準語だから、エセ京男弄りはもはや向こうの配信で常態化しているけど。
「僕の相棒は《鳴神の大幣》やね。よう『似合うとる』言われるわ」
「事実やたらと似合ってるのよね。マナ様のセンスは本物だわ」
「ま、これでも《雷魔術》は一級品やと思うとるから、必要な時は呼んでな」
「ええ。今後は関わることも増えると思いますし、その時はぜひ」
〈これまで出てこなかったのが謎の面子なんだよ〉
〈お嬢の配信は自分から売り込まないと呼ばれないみたいなとこあるよな〉
〈マナ様は見つけるセンスはあるのに作るセンスは……〉
いや本当に、これでもかとよく似合う。彼は最近密かに囁かれている「唯装、誰用か定めて作られている説」に現実味を帯びさせている。
ちなみに私はそういうゲーム攻略に直接関係ないことは運営さんとの雑談でたまに聞かされているんだけど……その説の真偽についてはノーコメントで。
ヤナガワさんはソフィーヤさんとは真逆で、完全に性能で妖精を選択したプレイヤーだ。とにかく攻撃魔術を強く使いたかったそうで、その意図の通り雷属性によって全体トップクラスの魔術火力を誇る。
どちらのスタイルが正しいだとか、そんな野暮なことはない。本人が正解だったと思っているのだから、どちらも正しいのだ。
「最後はわたしですね」
「はい、どうぞ」
「アズキです。一昨々日にニムちゃんに連れ込まれて、マナ様に唯装を探してもらっていました」
〈正統派の子だ〉
〈はい清涼剤〉
〈普通の喋り方でよかった……〉
〈珍しい口調はもうお腹いっぱいよ〉
十人目の精霊ということになるのかな。ソフィーヤさんはうちのギルドメンバーとして、ヤナガワさんは《天球の光》の主力として以前から面識があったんだけど、アズキさんは今日が初対面だ。
名前通りの色合いをした、隣の氷精と同じくらいのサイズの女の子。こちらは天然の小動物系で、いわゆる「守ってあげたさ」に満ちている。
……お察しかもしれないけど、さっきからソフィーヤさんの目が爛々としている。
「確かアズキさんは一陣でしたね」
「はいっ。先輩たちに追いつきたくて、ちょっとだけ頑張って……なんとかここまで」
「ちょっとだけ……?」
〈ちょっととは〉
〈周りとレベル同じなんだけど……〉
〈ちょっとで追いつける場所じゃなくない?〉
〈ちゃんとやべーやつじゃねーか!?〉
〈ハヤテレベルってことね〉
そろそろ最前線で目立っている一陣も多くなってきた頃合だけど、その中でもトップ層に位置するプレイヤーたちにレベルで追いついている人はそうはいない。ロウちゃんやフィートちゃんでもまだ2~3ほどの差があるし、トールくんたちのように私たちとは5レベルくらい離れているのが当たり前だ。
私たちのようなベータ出身の最上位層と同じレベル、という領域まで来ているのは……私の知り合いだと、ハヤテちゃんやイチョウさんくらいかな。あのあたりの傑物と同等といえば、アズキさんの凄さが伝わるだろうか。
「ね、ね、アズキちゃん。ギルドはもう入ってるのですか?」
「えっと、まだですけど……」
「じゃあうちに入るのです! いいのですよね、ギルマス!」
「来るもの拒まず去るもの追わずでやっていますけど……あまり怖がらせないようにしてくださいね」
〈ソフィーヤの目がガチなんだが〉
〈もしかしてユナの同類か?〉
〈*ツバメ:こんなんばっかだね精霊候補〉
〈あんたが言うなよ〉
そしていよいよ堪えきれなくなったのか、ソフィーヤさんはアズキさんを真正面から勧誘し始めた。もううっきうきである。
なお、私の腕の中の精霊も頷いていた。ユナ、やっぱりあなた……。
精霊とその候補の所属は、意外なことに一応行き渡っている。メイさんが《明星の騎士団》、ヤナガワさんが《天球の光》、ペトラさんとコメント欄に現れたツバメさんが《盃同盟》、タラムさんがクレハのところといった具合だ。
残る私とイシュカさん、ユナにソフィーヤさんが《サークルプリズム》なんだけど、唯一の無所属だったアズキさんはこの通り。乗り気そうな様子だから、このまま入ってきそうだ。
「ソフィーヤ、『好きはなる』んじゃなかったの?」
「それはそれとして、近くに“好き”がいたら嬉しいのですよ」
「わかる」
「ユナ、そろそろ認定するよ?」
〈何をですかね……〉
〈他意はないはずなのにちょっと怖い〉
〈ソフィーヤの姿勢、見習いたい〉
〈普通に真逆スタンスの奴とアイコンタクトしてるけどな〉
『好きはなる』とは対極のような存在もここぞとばかりに同意したけど、ソフィーヤさんは同意さえしてくれれば味方でいいらしい。この二人、出会わせてはいけなかったのかもしれない。
「なんか面白そうなことになってるじゃないですかー」
「あ、メイさん。無事に済みましたか」
「はい。いやー、ここまでくっきりするんですねぇ」
「四人とも同じことを言ったわね」
〈メイがぴかぴかしておられる〉
〈*カナタのサブ:これで遠距離が穴じゃなくなりますね〉
〈マナ様も元気になったよなあ〉
〈精霊みんな第一声が同じ〉
それは仕方ないと思う。それまで光の散乱にしか見えなかった光景が、いきなり淡い光に包まれた郷に変貌するのだから。たぶん今後こちら側へ来る5人も同じ反応をするだろう。
カナタさんがちらっとこぼしているけど、そう。実はブランさんの《明星》ファーストチーム、どちらかといえば遠距離が穴だった。ブランさんとカナタさんが揃っているのだから仕方ないとはいえ、進化前でも五指に入る攻撃魔術師だったメイさんで穴とは凄い話である。
メイさんの属性は火、纏う魔力は赤系統だ。分身となった《イグニッショングローブ》を着けた手元は特に色濃い。
それに気を取られていると、それまで穏やかな笑みを絶やさなかったマナ様の雰囲気が切り替わった。
「さて。次の話をしましょっか?」
「「ぴっ」」
濃いめ三人前でーす。……え? 一人そんなに濃くないだろって? まあ次回をお楽しみに。
この三人は今後けっこうな頻度で登場する予定です。主人公の同族なので。