158.少女はようやくレゾンデートルを得た
『……いけない、見とれてた』
『なんだ今のカッコイイの!』
『えっと、ルヴィアさん。今なにしたの?』
一瞬だけ沈黙ができて不安になったけど、どうやら掴みは上手くいったようだ。ひな壇がざわついている。
「《植物魔術》といいます。どうやらここでは《幻双界》……DCOの舞台と同じ力が使えるようなので、登場演出でちょっと遊んでみました」
『ほぉー……僕らにはまだ想像もできませんが、慣れの問題なのかな。こういう『VRならではの操作』というのも、今後教えてもらっていこうと思います』
『というわけで、今回からVR講師としてルヴィアちゃんにもいろいろ教えてもらいます!』
そうだよね。実際にやってみて、できたら成功体験として実感がわくけど、触れてすらいない状態だと簡単な魔術でも現実味はないはずだ。
先日のゴトーさんやいつぞやのハヤテちゃんみたいにプラクティスの経験もないから、そのあたりの驚きはなおさらだろう。まして画面越しではなく目の前で見たハルカさんに至っては、ものすごく目を輝かせていた。
『それではさっそく参りましょう。『教えて! バーチャル先生』~!』
オープニングトークが終わると、コーナーコールからすぐにVTR。
このコーナーはまだVRのことをよく知らない視聴者の方から送られてくる、VRに関する質問に私とハルカさんが答えるコーナーだ。
といっても、2010年代ごろから隆盛し始めた『バーチャル文化』と、最近になってようやく出来上がった『VR技術』ではだいぶ畑が違う。この番組では両方を取り上げるけど、講師側は役割分担を行っていくことになっていた。
つまり、初回である前回は私がいないから『VR技術』に関する話はできなかった。ハルカさんとスタッフさんが『バーチャル文化』とその歴史を面白おかしく紹介して、それだけで尺をもたせるばかりか見応えのある番組に昇華させたのだ。
ただ、感心している場合ではない。それはつまり、第二回となる今回は基本的に私の分野で番組を進めていくということになるのだ。
『……そこでルヴィアさんに質問です。運動センスがなかったら、VRゲームは難しいのでしょうか?』
『というわけで、そのへんどうなのルヴィアちゃん』
この質問ももちろん、VRアクションにはあまり明るくないハルカさんには答えられないものだ。……といっても、私にとっても断言できる内容ではないんだけど……。
「そうですね……正直なところ、なんともいえません」
『なんともいえない?』
「はい。まだ研究中なんですよ」
『ちょっと意外です。てっきりルヴィアさんなら『できる』と答えるかと思っていました』
そう言葉を挟んできたのは、最近話題の中学生アイドル女優である天香ちゃん。天真爛漫な姿と礼儀正しい一面のギャップで売り出している有望株らしい。
「よく勘違いされるんですけど、私はちょっと例外なんですよ。私の場合、現実での運動神経は“わからない”んです」
『わからない、ですか?』
「やったことがない、ともいえますね。そもそも体を鍛えること自体ができなくて、運動神経がいいのか悪いのか全くわからないんですよ」
なるほど、と納得した様子の天香ちゃん。他にも何人かが似たような顔をしていた。……スタッフさん、ここはその『へえ~』のSEはいらないと思うよ。
「私は反射神経や情報処理力なんかはあるとアクションには心強いと思っていますけど……これもはっきりとはわかりません。脳科学者さんの研究結果待ちですね」
『お姉ちゃん、その二つは昔からものすごく得意だものね』
そう。私はこの二つにはかなり自信がある。VRゲームで得られる情報量はかなり多いから、それを処理または反応する力はあると役に立つ……かもしれない。あくまで私の感覚だけど。
「そもそも、向き不向きはゲームジャンルやタイトル、プレイスタイルでも変わりますからね。たとえばDCOの場合、魔術師ならいわゆる運動センスがなくても大丈夫です」
『へえ、魔術は運動できなくても使えるんだ……』
「そっちにも別の形で、向き不向きはありますけどね。……遊び方によっては体を動かすセンスがないとちょっと難しい場面もあるかもしれませんが、VRゲームそのものを楽しめないということはないはずですよ。迷うようなら体験版や練習ソフトで試してみて、自分に合うものを探してみましょう」
しばらく質問返答が続いて、その次は私の実演の時間だった。……いつもゲーム内でやっているのと似たようなことだったから、割愛。
その間の皆さんの反応の一部を抜粋しておくと、
『え?』
『いやいやいや』
『はや……』
『なんですか今の』
『剣ってそんなに上手く振れるもんなの?』
『いやいや、いくらVRやからって人が自由に空を飛ぶなんてそんなことできるわけ……できとる』
「え、どうなってるのそれ」
『その羽を動かしてるの!?』
『ごめん、原理を聞いてもよくわかんない』
『……ええっと、つまり本来ない部位をあるような感覚で動かそうとしたら動くってこと?』
『お姉ちゃんがいつの間にか人外になってた……』
『若者の人間離れがまた進んだんやな』
こんな感じだった。さすがに大袈裟な気はするけど……言われてみれば、確かに現実の人間にはできない動きではあるのだ。私たちプレイヤーの感覚の方が狂っているだけかもしれない。
ただ、慣れて練習すれば普通の人にもある程度はできることのはずだ。今はまだインパクトばかりが強いけど。
その勢いのまま、AR技術との融合領域の紹介。ダイブ者が現実世界に仮想の体で降り立って、現実側の人からもARグラスを介せば見えるようになるものだ。
これにはVR経験のある出演者たちも大きく沸いた。私にとっては先月のCM撮影で体験済のことだけど、実はこれは一般未発売の最新鋭技術だったりする。
あまり驚いていなかった水波ちゃんに注目が向いて、そのCMの再告知が行われる一幕もあった。
それ以外だと、過去の別番組の企画で使われたアスレチックコースをVR空間に読み込んで挑戦してみたり。……DCOのステータスが高いせいであっさりクリアしてしまった。
十年以上前から人気のVR音楽ゲームの最新版を実演してみたり。……私は反射神経には自信があった。
言い訳をさせてもらうなら、たぶんDCOのトッププレイヤーたちはみんなこのくらいはできると思う。VRという可能性が広い世界を日常的に体験している慣れは、そのくらい大きいのだ。
だから、けっして私だけがこうというわけではない。ないのだ。……だからひな壇の方々、私を令和初頭の伝説的棋士や二刀流メジャーリーガーと同列に扱うのはやめてください。
『……さて皆さん。確かにルヴィアちゃんのパフォーマンスは凄いですが、そろそろ見ているだけというのにも飽きてきたんじゃ……ない……でしょうか!』
『いえ、別に』
『まだまだ見てられますよ?』
『なんなら今日いっぱいこんな感じでいい』
『…………ならこのままいこか』
「いやそこは頑張ってくださいよ木下さん」
予定通りのセリフなんだろうけど、たぶん本人も無理があると思ったのだろう。かなり露骨に言い淀んでいた。
当たり前のように特等席の観客を続けようとする皆さんに折れるMC。しかし反応したのは私だけだった。もう少し番組構成のことを……ちょっとスタッフさん、残念そうな顔しない。カメラで引っこ抜きますよ。
あとハルカさん、あなたにだけは助け舟を出してほしかった。一人で他の出演者全員を相手する大変さは先週これでもかと味わっただろうに。どうしてそんな無邪気な顔で傍観していられるんだあなたは……。
◆◇◆◇◆
「楽しかった?」
「え、顔に出てた?」
「珍しくね。普段の朱音はあんまり顔に出ないけど」
レギュラーのバラエティ番組は一度に2週分の収録が行われることが多いそうだ。今回も例に漏れず合わせて3時間ほどの収録後、玲さんにそんなことを聞かれた。
そう見えたのなら、たぶん私は笑顔だったのだろう。玲さんの言う通り、珍しいくらいに。
私は、素の状態だと感情が薄い。顔に出ないどころではなく、そもそも心が動きづらいのだ。意識していないと何となくぼうっとしてしまうし、気を張っていると今度は人形のようになりがちだ。
正確な原因はわからないけど、たぶん死の恐怖に耐えられなかった小さい頃の私の自己防衛だと思う。
私は元々、生まれた時から「成人を生きて迎えることは難しいだろう」と言われてきた。いつ死ぬかわからない闘病生活の中で「怖い」が蓄積しすぎて、無意識のうちに感情そのものにロックがかかってしまったのだろう。
主治医さんも「奇跡だ」と評した快癒を経て、日常生活を送れるようになった私はようやく自分の異常に気づいた。……その解決に闘病生活の慰めに習っていた“演技”を使うことにしたのが、今から五年前のことだった。
以降、私は身内以外の人とかかわる時はずっと演技を続けている。学校でも、VR世界でも、カメラの前でも。「感情豊かな九鬼朱音」という、もう一人の自分とすらいえる仮面を、一から作り上げている。
でも、それは私の素顔ではない。
「お姉ちゃん、最近楽しそうだよ。家でもよく笑うようになってきたし」
「確かに。もしかしたら朱音も、だんだん変わってきたのかも」
「そう? それなら、いいのかもしれないけど……」
行きは別々だったけど、帰りの車は紫音と一緒だ。隣にいた妹はどこか嬉しそうに会話に加わってきた。
確かに最近、無感情だったはずの素の私も、ふと笑ったりすることが増えてきた気はする。普段から仮面をつけている時間の方が長いくらいだから、実感はあまり色濃くはないけど。
「いいことだよ。もう二度と、お姉ちゃんが心を閉ざさなきゃいけないことなんて起こらないんだから」
「……そうかもね。ありがと、紫音」
もう一人の自分を作って演じているとはいっても、別人格になっているわけではない。そのままではあまりに非人間的な私の性質を、演技の応用で補完して“普通のフリ”をしているだけだ。
だから、もしも私が普通になれたなら……最近一気に増えた『みんな』と一緒に笑える日が来たのなら、私はその仮面とひとつになれるんじゃないかとも、思うのだ。
「でも紫音、その言い方じゃまるで死亡フラグみたいだよ」
「あ、やば。言い直そっかな」
「いいよ。気持ちは伝わったから」
「そう? ……えへへ、よかった。それなら、死亡フラグは私がぶっ飛ばしておくから安心して」
……もしかしたらつい最近まで私は、まだ去ったはずの病魔に怯えていたのかもしれない。
でも今なら、そんなことよりも今はただ求められるあの場所にいたいと思える。以前は希薄さが否めなかった感情や欲を強く感じて、ときに突き動かされることに安心するのだ。
だから今夜もまた、少しでもいいから幻双界に行こう。ひとつでも多くをみんなと一緒に楽しみたいから。
私はこうして生きていく。死神になんて、もう会ってやらない。
重めの要素は過去のものにした上で添えるだけ。これそういう方向性の小説じゃないですからね。
基本はゲームの本分を果たしていればそれでいいのです。
来週からは《バージョン1.2編》へ。プレイヤーは激増し、ゲームストーリーも展開を速めていくことになります。
何はともあれ次回は掲示板。また長いので心してお待ちください。掲示板ももっと頻繁にやって一回を短くすべきかなぁ……。




