157.新時代! バーチャルアタック!
熱戦の運動会から一夜明けて、今日は9月15日の日曜日。
未だ興奮冷めやらぬ私たちだけど、いよいよ月祝である明日はDCO第三陣の投入。今日からついに始まった無制限販売でソフトを手に入れた、無数のプレイヤーたちが参戦してくるのだ。
運動会の報酬交換に、第三陣へのレクチャーや知人友人を迎える準備に、あるいはこれまで通りのプレイや攻略に。
いろいろと忙しい《バージョン1.1》最終日のプレイヤーたちだけど、私は昼間に少し顔を出したきりだった。今日は配信もしないし、そもそも遊ぶ時間がない。
幸いにして、運動会の報酬は来週の金曜まで迷う猶予がある。焦る必要はないのだ。
少し残念なことがあるとすれば、現在の夜界最前線である《モンテッチ》で今日行われるらしい防衛戦に参加できないことかな。
では、なぜ私は今日ほとんどプレイできなかったのか。
撮影だ。私、ついにテレビ番組の収録に呼ばれたのである。
『新時代! バーチャルアタック!』。この秋から始まる総合バラエティだ。有名お笑い芸人をMCに据え、レギュラータレントも精鋭揃い。ゲストには様々な芸能人を招いて、視聴者と一緒にVR技術やそれに関連するものごとについて様々なアプローチで迫るというコンセプトである。
その講師役となるのが、普段からVRにかかわっているスペシャルパーソナリティ。今後増える可能性はあるとしつつ、初期メンバーは二人だ。私はこの片割れということになっていた。
ちなみに、今日は10月初週に放映される第二回の収録である。
……仕方ないんだ。特番扱いだからなのか初回だけ8月末の撮影になっていて、その時の私はまだ青森にいたんだから。それを見越して第一回は私抜きでできるように組んでいたようだし、気にする必要はないだろう。
「おはようございます。前回はいきなりお休みしてしまってごめんなさい」
「ああ、朱音ちゃん。おはよう」
「気にしなくていいよ。事情を知ってて初回特番の収録までしちゃったのはスタッフさんだから」
控え室に荷物を置いて一度スタジオに顔を出すと、スタッフさんたちと一緒に迎えてくれた人がいた。
お笑いコンビ『ホワイトエレファント』の木下さんと大野さんだ。ここ五年で急速に伸びてきた若手で、今回がゴールデンタイムのバラエティ初司会とのこと。
ちなみに私のことを朱音と呼んでいるのは、以前から紫音と共演経験があるから。先日のドラマのミーティングルームでもそうだったけど、どっちも九鬼だからファーストネームの方が都合がいいのだ。
「ある程度は俺達がカバーするから、楽にやって」
「ありがとうございます。でも、やるからにはしっかりやりますので」
「おお、頼もしいや」
このお二人については所長さんからも「屈指のいい人たちだから心配しなくていい」と言われていたけど、評判通りだった。これから一緒に番組をやっていくにあたって、頼れる人がいることはすごく心強い。
次にもう来ているひな壇の方々に挨拶。有名俳優、元プロスポーツ選手、人気歌手、コメンテーター……知っている人しかいない。
そのまま流れで一人ずつ挨拶していたんだけど……いるね、端っこの方に。
「平然といるよね、紫音も水波ちゃんも」
「私も一応DCO関係者なので、呼ばれることは多くなりそうなんです」
「お姉ちゃんの初舞台だし、頑張ってスケジュール空けて枠取った!」
紫音、本音しか漏れてないよ。
まあ、別にいいのだ。気持ちはわかるから。
ひととおり挨拶が終わったら、スタジオを辞して裏の専用ルームに入る。さすがは《テレビ暁》というべきか、高性能機器を設置したダイブ部屋が用意されているのだ。
数はないけど、今のところは問題ない。今回の収録でも二機しか使わないし、通信強度と性能さえ足りていれば他の場所からでも一応繋げることはできる。
一体型のリクライニングチェアに腰掛けて、少し背もたれを倒してからヘッドギアを起動。いざ、VR空間へ。
……なぜかDCOもインストールされていたけど、気にしない。
「……あ、こんにちは。ルヴィアさんだよね」
「はい。はじめまして、ハルカさん」
「うん。今日からよろしくね」
専用のVR空間は、すっきりした場所だった。前方には起動すればスタジオが見えるであろう大きなディスプレイ、後方は青に0と1の数字が流れる一昔前の電脳チックな背景。一昔前といっても、今なお仮想空間として認識しやすい記号であることは間違いない。
そんな中に、私の他にいるのは一人だけ。焦げ茶色のロングヘア、正統派美少女そのものの顔立ちの人間の少女。彼女こそは日本一のVtuber、明日ハルカさんだ。
誰でも一度は見たことがあるビジュアル、最近はテレビから聞くことも珍しくない声。現在におけるVtuberの象徴といってもいい存在だ。いずれご一緒することはあるかもと思っていたけど、ついに出会ってしまった。
「ハヤテちゃんから聞いてるよ、英雄だって」
「……何言ってるのハヤテちゃん」
「私もそのうち見に行きたいなぁ……」
「お待ちしていますよ。……それに、ほんの一部ではありますけど、ここでお見せします。たぶんそういうこともするでしょうし」
そのうちというのは、第三陣としてということだろう。彼女は多忙だから、あまり多くの時間を割くことはできない。ハヤテちゃんは元々忙しかったところを同期や後輩たちに割り振ってDCOに注力しているけど、あれはなかなか例外的なのだ。
だからDCOの購入に血眼になる理由もないし、来るとしてもほぼ観光枠だろう。DCOでは明日のアップデートで、観光目的のプレイヤーも受け入れるシステムを予告しているから。
一部の要素を見せるというのは、VRアクションの部分のこと。事前に番組の内容は聞いているから、その手のことをするとはわかっている。
……あ、ハルカさんの眼差しが期待の色に変わった。気になるらしい。
「ルヴィアさんはここ、初めてだよね。この空間の仕様を教えるから、本番までにざっくり覚えて」
「さすがに仕掛けはあるんですね。ありがとうございます」
ハルカさんがこう切り出してくれたから、システムのお勉強の時間ということになった。ここはいつも使っているVRシステムとは違うから、操作性は覚えておかないと。
「まず、メニューを呼び出すにはこう」
「昔のアニメで見たやつだ……」
ハルカさんが左手の親指と人差し指を揃えて、縦に一振り。私も真似してみると、メニューバーと基本画面が現れる。
DCOでは思考操作が主流だから、このあたりは慣れないと手間取ってしまいそうだ。むしろこちらの方が分かりやすいかもしれないけど。
たとえば『ステータス』。ゲームではないから、詳しく設定されているわけではない。基本モードでの動作性は現実とほぼ同じだ。ハルカさんの場合はそれだけのようだけど……。
「わっ。これ、羽?」
「なるほど。これ、DCOのステータスですね」
「へー……ってことは、飛べるんだ」
「飛べそうですけど……反応は取っておきましょうか」
「おっけ。楽しみにしとこう」
私の画面にはもうひとつモードがあったから切り替えてみる。……感覚から察するに、DCOのアバターと同一のステータスだった。腰にアイリウスも現れたし、ほかの武装も出ている。
翅も出たあたり飛べるのだろうけど、いったん止めて元に戻す。……ホーネッツさんが作ってくれたいつもの服一式とプリマヴェーラブーツだけになった。どうやら基本形はこれのようだ。
当たり前のように出てきたけど、驚きはなかった。なにしろ九津堂はこの番組のスポンサーだ。
他に気になったのは『オブジェクト』あたりか。番組で使えそうな小道具がインベントリ形式で入っていた。自分で取り出して使えるのはありがたいかもね。
大道具がないのは、そちらはスタッフさんが出すからだろう。下手な出し方をしても邪魔だし。
他にも機能はいくつかあった。必要だと思ったら上手く使ってくれ、ということらしい。
……目の前の大型仮想ディスプレイが点いて、スタジオの様子が映る。
私とハルカさんはそれに合わせて『演出』タブから透明化を選択した。事故を防ぐためか、私たちだけにはお互いの姿がうっすら見えるようになっている。
「ハルカさん、ルヴィアさん。本番入りまーす」
「はーい。それじゃルヴィアさん、頑張ろうね」
「はい。ひよっ子ですが、よろしくお願いします」
合図と同時に、MCのお二人がセット外から歩いてくる。この間にオープニングとしてタイトルロゴと音楽が流れる演出になるそうだ。
ほんの少しだけ時間を合わせるような素振りがあったけど、たぶんあれはカメラからはわからないだろう。『ホワイトエレファント』はこの番組が初MCだと聞いているけど、そうとは思えないこなれた様子だった。
『はい、皆さんこんばんは。『新時代! バーチャルアタック!』、いよいよ正式スタートとなる第二回でございます』
『毎週やっていける喜びを噛み締めつつ、本日も生徒の皆さんをご紹介しましょう。この方々です!』
大野さんの掛け声を皮切りに、まずカメラがひな壇を流し見。それから別のカメラがレギュラー陣をそれぞれアップで映して、合わせて次が誰の番かをカンペで指示した。映された人たちはそれぞれ指示されたカメラへ手を振る。
そこで一旦切られて、注目がMCを映したメインカメラに戻る。また少しだけ喋ってから、ゲストを一人ずつ手短に紹介。水波ちゃんはシングル、紫音は以前撮っていた映画の告知ということで来ているようだ。ちゃんとした出演理由があってお姉ちゃん安心したよ。
『そして! 今回もレギュラー講師をVtuberグループ 《電脳ファンタジア》の明日ハルカちゃんにお願いしています!』
『はーい。今日も明日もぐっもーにん、明日ハルカだよー!』
呼ばれたハルカさんが透明化を解除。……なるほど、これが解ける時にはちょっとお洒落なエフェクトが出るようだ。しかもよく見ると、このエフェクトはいくつかから選べる様子。
私の出番の前に少しだけ会話が挟まれるらしい。今のうちにメニューを弄って、ちょっとだけ小細工をしておく。いきなりアドリブだ。
『……はい。というわけで、今回もハルカちゃんにVRのいろいろを教えてもらいましょう』
『っとと。ちょーっと待ってください』
『どしたの、ハルカちゃん。まだ何かある?』
『そうなんです……というか、忘れないでくださいよ。元々この番組には、講師がもう一人いるんですから』
『そうですよ、木下さん。このまま本編に入るなら私帰りますよ?』
『シオンちゃんシオンちゃん、気持ちはわかるけど告知まだしてないからね?』
慌てて紫音を止める一幕。私は透明化解除の準備を済ませておく。
『それはそうだけど……告知的には、むしろ帰らなきゃいけないのは水波の方だよね』
『いや、帰らないからね』
『おや、水波ちゃんの告知はもう一人の講師と関係があるんだ』
『はい。18日……明明後日に、私、天音水波のニューシングル《Gemini》が発売されます。ぜひお聴きください!』
一同、拍手。
『で、』
『シオンは落ち着いてね。話くらい自分で進められるから。……それで、この表題曲《Gemini》なんですが、九津堂さんより発売中のゲーム、VRMMORPGである《デュアル・クロニクル・オンライン》のバージョン1のテーマソングなんです』
『なるほど、それでってわけね。というわけで二人目の講師は、そんな《デュアル・クロニクル・オンライン》のこの人です。どうぞ!』
お呼びのようだ。それじゃあ、やりますか。
「……《フラワーストーム》」
『おお!?』
透明化を解除する直前に、挨拶替わりの《植物魔術》。これはゲーム内では少し使いにくい魔術だけど、演出にはとてもいい。
エフェクトがひときわ濃くなったタイミングで透明化を解除。選択してあった『強く光を放つエフェクト』が舞い散る花びらを微かに貫通した。
それが吹き散ると、そこには私がいるという寸法である。しかも魔術を使ったこともあって、DCOの完全武装モード。
じゅうぶんインパクトは残せただろう。武装を解除してデフォルトモードに戻りながら、改めて自己紹介。
「はじめまして。《デュアル・クロニクル・オンライン》の公式配信プレイヤー、ルヴィアといいます。ここでは二人目の講師役を務めさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします」
ハヤテ「ハルカ姉はいま日本で一番登録者数の多いVtuberで、一時期苦しくなった業界全体を救った立役者なの。《電脳ファンタジア》はハルカ姉の呼びかけで集まったグループで、私たち初期メンバーを一期生と呼ぶんだけど、ハルカ姉は創設者ということで0期生として区別されることが多いかな。メンバーみんなハルカ姉のことが大好きで……あ、でも愛なら私負けないよ! 誰よりもハルカ姉のことが好きなのは私だって、それだけは絶対に譲れないの。……ああ、ハルカ姉とルヴィアさんが一緒に番組をやるなんて! ちゃんと配信とついったで見るように喚起して、でも私は一緒にやりたいなんて勘違いされて邪魔することにならないように、ファン筆頭として適切な態度でリアルタイム視聴を……」