155.お嬢のバラエティ慣れがとどまるところを知らない
少し時は進んで、借り物競走第一試合は終盤戦。
「次は……“一ヶ月以上にわたって使い続けている非唯装・想装武器”? いよいよ無理言いますね」
〈一ヶ月は更新するやろ……〉
〈条件どんどん狭くなる〉
〈きっつ〉
〈抜け道封じられてるの草〉
〈そもそもおるんかこれ〉
まだ正式サービス開始から一ヶ月半のタイトルで、この条件指定はかなり厳しい。唯装のような《プレイヤーレベル連動》持ちの武器でもない限り、今はまだ平均二週間くらいで武装更新するのが主流なのだ。
まあ、あくまで主流なだけで更新を後回しにしているプレイヤーもいるとはいえ……お題として出る以上は会場にあるんだけど、探し当てるのはかなり難しいのは間違いない。
「狙い目はタンクですね。盾や防具の更新を優先しがちですから、純タンクなら有り得ます」
〈それしかないか〉
〈むしろ攻撃役が一ヶ月変えてなかったら怠慢レベル〉
〈タンクでもきついぞ〉
近くにいる赤組のタンクをしらみ潰しに探しつつ、私を訪ねてくるプレイヤーたちにも一応聞いていく。
「ルヴィアさん! “想装”ってお題が出ちゃって……」
「ギリギリありますよ。《神石・極光》です」
「ありがとうございます!」
「ルヴィアさん、魔防補正+25以上のアクセサリってありますか?」
「あー、首飾りはちょうど今出払って……たった今戻ってきましたね。どうぞ」
「よかった……ありがとうございます、こんなのそうそうなくて……」
阿鼻叫喚である。数をこなすほどお題は難しくなるようで、“攻撃、防御、速度の全てに補正があるアクセサリー”とか、“魔攻補正が+7ぴったりの装備品”とかを要求されて右往左往しているプレイヤーもいる。
私もさっき“翡翠堂のわらび餅”をピンポイントで要求されたプレイヤーに貸したし、私でも持っていないものを問われて首を振ったのも一度や二度ではない。中には“精霊の持ち物”というあまりにもあんまりな要求をされて、私から何の変哲もないポーションを借りていった子すらいた。
「すみません。そちらの槍、いつから使っていますか?」
「先月の二十五日……えっ何かまずかった!?」
「お題が“一ヶ月以上使われている武器”で……」
「あ、それなら知ってる。白の鎧に赤バンダナのセージって奴が満たしてたはずだ」
「えっセージさん……? ありがとうございます、探してみます」
〈よりにもよってセージなのかよ〉
〈まあタンクだけども……〉
〈どうなんよそれは〉
セージさんは以前コメント欄にも現れていたけど、ベータ時点で唯装の鎧を手に入れているプレイヤーだ。確かにタンクなんだけど、彼は少なくとも鎧の強化にはコストがかかっていないはず。それなのに武器をずっと変えていないって、それはどうなんだろう……。
何はともあれ、セージさんを空から探して突進。
「見つけた、セージさん」
「うお、ルヴィアさん」
「その“一ヶ月以上使い続けている武器”をくださいな」
「……いくらなんでも配信初出演のきっかけが不名誉すぎるだろ、俺」
「時間的にそろそろラストなんですけど、お題は……」
「ルヴィアちゃあん、最上級の魔導書貸してくれなぁい?」
「ありません。結局私が持っているお題を引けなかったのは同情しますが、イルマさんあたりをあたってください」
「じゃあパリィ慣れした剣」
「じゃあって何ですかじゃあって。ものすごく嫌そうな光り方したアイリウスが怒ってひとりでに細切れにする前に帰ってください」
〈そうだぞ〉
〈諦めろリュカ〉
〈阪急電車ではよ帰れ〉
〈誰も呼んでないぞ〉
すごすごと帰っていくリュカさん。ごめんねイルマさん、押し付けちゃって。これもチカさんとスズランさんのご機嫌取りだから。
しかし、結局アイリウスは一度たりともまともに要求されなかった。普段からのメンヘ……べったりムーブが知れ渡っているせいで、たぶん皆が遠慮したのだろう。
そのうちイシュカさんの指輪やユナの錫杖もこんな感じになるのだろうか。……巻き添え的な意味で、いっそそうなってみてほしいかもしれない。
「気を取り直して、お題は“青銅の店売り武器”ですね。……Aグルでこの要求はキツくないですか?」
店売りの青銅武器となると、ベータ勢なら王都に、V1勢は《世束》に着いたあたりで乗り換えて不要になるものだ。誰でも持っている共通品な上に使い道がないから、ほとんどのプレイヤーは質に入れてしまう。
素直にいくなら、探すべきは思い出を大事にしそうなプレイヤー。それかまだギリギリ処分していないA会場レベル下限ギリギリのプレイヤーだろう。
どちらも難易度はべらぼうに高い、というか、後者に至ってはそもそもいない可能性すらある。
「ルヴィアさん、ダンジョンコアを持ってたら欲しいにゃ」
「……では、猫語で『Gemini』のサビをどうぞ」
「…………ポイントのためにゃ」
〈お嬢GJ〉
〈上手いぞベルにゃん〉
〈この曲好きだよねお嬢〉
〈水波ちゃんがお嬢イメージって言ってたもんな〉
しばらく探して空振り続ける間に、白組のベルベットさんが寄ってきたから歌わせてみた。これは水波ちゃんによる《DCO・バージョン1》のオープニングテーマで、アップテンポなロックにBメロとした物悲しげなバラードの旋律を挟んだ名曲だ。
ベルベットさんの顔は真っ赤だけど、私は知っていた。これが明星チャンネル名物の「ベル虐」である。
「ルヴィアー、《ドレインペタル》貸して」
「いいよ。はい」
「おい」
〈草〉
〈草〉
〈ひっでえwww〉
〈ベルベットさん猫語剥がれてますよ〉
〈お嬢こういうの上手くなったな〉
〈おいベルベット笑うなって〉
そしてベストタイミングで割り込んできた白組のフリューのおかげで綺麗にオチがついた。もちろんベルベットさんにも渡しておく。
……そしてこの一幕とは全く関係なく、私は閃いた。
「ガインさん、引き取って加工していない青銅武器ってあります?」
「おう、あるぞ」
「ありがとうございます」
〈なるほど鍛冶屋〉
〈それは頭いいわ〉
〈このくらい普通って顔してるけど俺らは褒めるぞ〉
〈さす嬢〉
いらなくなった武器は鍛冶屋に送られて、鋳溶かして新しい武器に鍛え直される。つまり、下取りで引き取ってまだ加工していない武器が鍛冶屋にならあるのでは、ということだ。
コメント欄の頭の悪いノリはともかく、これでなんとか滑り込み。かなりの高得点で乗り切ることができた。
なお、結果はほぼイーブンだった。やっぱりそう簡単には差がつかないか。
『さあ、次はいよいよ最終種目だ!』
その後も不正だらけの大玉転がしや、あの手この手で全プレイヤーに貢献の方法を与えようとしたアルティメット綱引きなどが続いて、どれも互角に近い結果に終わった。
いくつか露骨に運動会らしい種目が続いたが、運動会と言われて想像するようなものはひととおり終わっている。最終種目はいったい何をするのだろうか。
『最後は《アーツボール》、この世界オリジナルの球技だ。力を合わせて勝利を目指せ!』
「オリジナルの球技……?」
「またとんでもないもの持ってきましたね」
「大トリってこた、相当自信あるんだろうね」
〈絶対面白いやつじゃん〉
〈ここまでの種目全部ちゃんと面白かったんだよな〉
〈九津堂、球技まで作れるのか〉
謎の持ち回りで私の近くにいたジュンくんやケイさんも愕然、私も同様だった。そんな大掛かりなものが来るのは、ちょっと予想していなかった。
ルール作成の大変さがどの程度だったかはわからないけど、そもそもよく作ろうと思ったね。
ルールを軽く整理すると、だいたいこんな感じ。
ちょうどサッカーと同じようなコートで行う、ゴール型の球技だ。ボールの大きさはドッジボールよりほんの少し大きいくらいで、これを相手が守るゴールに入れれば1点となる。
1チームは12人。これは2パーティ分の人数というだけだろう。チームを変えて何度もやるためか、試合時間は短めの10分ハーフ。合わせて20分とアディショナルタイムだ。
ボールの扱いはというと、驚くほど緩かった。蹴ってもいいし持ってもいい。持ち続けることに対するペナルティすらない。制限らしきものはせいぜい「ボールを持ったまま平面距離で10メートル以上動くと反則」くらいだ。
10歩ではなくメートルなのは、妖精あたりへの配慮だろうか。要は持ったまま飛んでもいいわけだ。
なお、ボールを地面につければ移動制限はリセットとなる。
現実でこんなルールのスポーツがあったら守備側がボールを奪えないんだけど、ここは異世界。なんと武器の所持使用や魔術の使用が可能で、むしろボール奪取の方法として想定されているらしい。一定ダメージを与えるとその相手を10秒間行動不能にできて、その間にボールを奪うことができるようになる。
なお、ボールを持っているか、自分と戦闘しているプレイヤー以外に攻撃を行うと反則。一方でボール所持者が相手なら、背後から攻撃しても問題ない。
そして、シュートには攻撃による威力や速度を込めることができる。一方でゴールセーブにもスキルやアーツを使えて、ぶつかった場合は威力勝負になる。シュートが勝ったら守りを貫通してゴールだ。
ただ、ゴールキーパーは定められていない。プレイヤーなら誰でもセービングが可能だ。
その他の細かいルールはオリジナル要素も少なくないが、ややサッカーの影響が大きかった。ルールを知っている人がより多そうだからかな?
これは何試合か続けてから、みんな慣れて上手くなってきた頃に行われた試合のひとつである。
「今回は……味方にミカンと巴ちゃんとスズランさん、敵にルプストとハヤテちゃんとメイさんとアルさんですか。またレベルが高い上にフレンドだらけな……」
「Vtuberが3人か……運やべーな」
「Vtuberじゃありませんが」
「HAHAHAご冗談を」
「そちらこそご冗談を?」
〈やっぱ近いレベルになりやすいマッチングになってるだろ〉
〈さっきから配信で見た顔が絶対いるしな〉
〈別試合だと中堅勢がエース張るシーンとかある〉
〈あいつ絶対リスナーだろ〉
うん、明らかにレベル帯ごとに近いプレイヤーが集まるようなマッチングになっている。この試合に集まった24人は全員が最前線で見掛ける顔だし、さっきから異様なほどフレンドとの遭遇率が高い。
もっとも、こういうチームスポーツならそれが正解だろう。わざわざ完全無作為にマッチングさせて、サーバー内で下の方のプレイヤーに“体育の授業で体育会系について行けずに隅っこでじっとしているインドア派”の気分を味わわせる理由は運営にもないから。
その点こういう全員化け物みたいなチーム編成になれば、当然全員が活躍しやすいし楽しい。何よりダイナミックになるから、配信的にも映えて美味しいのである。
試合へ。
今回は開始直後から赤組が一気に攻め込んで、人数を使いながら白組ディフェンスを追い込んでいる。
当然白組も黙っているわけではなく、パスコースを塞ぎながら二人同時攻撃でボールを奪おうとした……が。
「悪いな。パスコースは、上だ!」
「では、頂きます。《トリプル・ソーラーロア》!」
「やっべ、止めるぞ!」
「いやこれ無理だろ!?」
「お嬢の、火力っ、ヤバすぎ……ぐぁっ!?」
〈完璧じゃん〉
〈やっぱ飛行ズルいわ〉
〈大抵のスポーツは人が飛べない前提でできてる〉
〈決まったァ!!〉
攻撃が届く直前、彼はボールを真上へ。後方から文字通り飛び出していた私が受け取って、そのまま投げシュート態勢に。
ボールの扱いが自由だから当然シュートにも投げと蹴りの二種類がある。繰り出しやすさなら投げ、威力なら蹴りなんだけど、飛行による高さの差をうまく使えば投げでも威力を確保できる。やはり時代は空だ。
攻撃中で武器は収めているから、ボールは右手で持っている。左手でアイリウスを触りながら詠唱していた魔術を発動し、右手から繰り出しながら投げると……魔術をまとったシュートが飛んでいくのだ。
某超次元フットボールを彷彿とさせるエフェクトをまとって、守備が掲げた盾を押し切りゴール。先制点は欲しかったからMPを惜しまなかったけど、なんとか決まってくれてよかった。
が、相手もトップ勢12人。開始早々に失点して黙っている人たちではない。
「ハヤテちゃん速すぎない!?」
「あの子そろそろAGIはトップクラスだから……」
「でもこっちにはお嬢がいる!」
「行かせませんよ」
〈AGIを誤魔化す飛行のパワーよ〉
〈やっぱ飛行ズルいわ〉
〈飛べば速い〉
〈難しければ何してもいいと思ってるのか!〉
いや、飛行は本当に難しいから、使えるならこのくらいの恩恵は妥当だと思うけど……。
私の習得速度? む、向いていただけだから。
私が飛んでようやく追いついたものの、ハヤテちゃんは余裕を崩さなかった。
「それ、待ってたよ!」
「ッ、キーパーひだ──」
「お返しです、《バーニングアロー》!」
「えっちょ」
〈はっや〉
〈連携完璧で草〉
〈人外だらけだ〉
〈メイとかいう二番手扱いで過小評価されてる化け物〉
私を引き付けたハヤテさんは即座に右へパス。飛び込んできていたメイさんに渡ると、ボールはそのままダイレクトで火の矢となってゴールへ飛び込んだ。
やられた。思えばハヤテちゃんは攻撃に単発威力がないから、シュートを狙う可能性が低い。飛行の速度と魔術の威力を両立させてくるメイさんの方が、ことゴール前では厄介だ。最初から囮だったのだろう。
この競技は試合時間が短いから、初見殺しの威力が高い。相手の知らない引き出しを使い合って、より多く決めた方の勝ちなのだ。
開始から3分、早くも1対1となった。今回もハードな試合になりそうだ。
サッカーの日とされることもある11月11日にこの話が重なったのは偶然です。
30分かけてルールを考えた最終種目。ワンチャンこれ題材でスポーツもの一作いけるのでは?
次回、運動会決着。ブックマーク評価感想をしてお待ちください!