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Dual Chronicle Online 〜魔剣精霊のアーカイブ〜  作者: 杜若スイセン
Ver.0-1 戦いの始まり、《天竜城の御触書》
16/473

16.「え? ここのボスは猪じゃないの?」

急な変更にしてしまいましたが、今回から12時更新にします。ペースはこれまで通りの隔日となる予定です。

まだ始まったばかりの本作ですが、今後ともよろしくお願いします。

 いざ進軍。さらばセーフティ。


 セーフティエリアの表現はタイトルによって異なるけれど、DCOでは地形で示されるらしい。私たちが集まった場所では足元の芝の色が違っていた。

 Mobが嫌う種類の植物で、狙われている時に入ると露骨に嫌そうな仕草で退散する……と、ついに出番を迎えた《薬草看破》が言っていた。

 もっともそれを知ったところで今は意味はないし、あの暴走イノシシがそんな挙動をするところはあまり想像がつかない。


「まあ、誰かがやってくれるでしょう」


〈おっと丸投げ〉

〈自分の影響力を理解し始めた女〉

〈まあ後続いっぱいいるもんな〉


 まあ、私が見てみたいだけだから。ゲームならではの「なぜそうなる」は、きっとVRMMOでは面白映像になってくれるだろうという期待があるよね。

 攻略者的には、ひとまずセーフティがその役目を果たしてくれればそれでいい。これが無効化してしまったら、ボス戦中に背後から無関係の敵が攻めてきかねないし。






 しばらく歩いていくと、何やら白い丘が見えてくる。

 ……《鷹目》からの《索敵》。


「あれ、ボスですね」

「やっぱり? 便利だなぁ、そのコンボ」


 《索敵》スキルによって、まだアクティブ化していないボスウサギ──《ジャイアントラビット》のカーソルが赤く染まる。

 ところがこのスキルには弱点があって、鮮明に視認できる範囲にしか適用されない。そこで有効視界を広げる《鷹目》の出番というわけだった。


「先に行かせてもらうよ」

「ええ。Bチーム、私が止まったら待機してください」


 ブランさん率いるAチームは前中衛3パーティ、サポートを中心とした後衛1パーティからなるハーフレイドだ。パーティごとに固まり、カナタさんを先頭とする布陣を崩さず慎重に進む。

 不意に、白い丘が起き上がった。その瞬間、カナタさんが握っていた物を真下に落として、前の3パーティが展開。三方向から囲う形で位置につくと、すぐに攻撃態勢に入った。


 白くもふもふした小山が持ち上がり、細い顔に長い耳が立つ。つぶらな瞳は真っ赤に染まり、丸い手から鋭い爪を立てた。甲高い叫びを上げながら前足を振り上げ、真正面のプレイヤーへ向けて振り下ろす。


「では、しばらく待機です」


 私はというと、足元に注意を向けて足を止めた。目の前にあるのは銅の剣、おそらくカナタさんが使っていたもの。

 それを持ち上げて、少し手前に突き刺した。ここがあのウサギの索敵の限界、つまりボスバトルエリアの境界だ。


〈始まった!〉

〈頭に武器届かないだろあれ〉

〈スイッチ条件は?〉


「スイッチはゲージが半分削れた時か、待機側のリーダー判断でピンチになった時ですね」


 なので、順調にいけば各ゲージの前半をAチーム、後半をBチームが担当することになる。もちろんイレギュラーも想定しているから、臨機応変な対応が肝要にはなってくるけれど。


〈ラストアタックとか大丈夫なの?〉


「基本報酬は山分け、ラストアタック含めレアアイテムが落ちたらダイスロールになります」


 今回はVRMMORPGというゲームジャンルそのもので初めての多人数バトル。そのあたりで揉める可能性はもちろん想定して、連携維持のためにもラストアタックそのものの恩恵を減らしていた。

 多少経験値は上乗せされるかもしれないが、そのためだけに顰蹙を買うような真似をする可能性は低いだろう。最前線に居続ける限り、大半の前線プレイヤーとは付き合いが長くなるだろうから。






 多少の不安はあったが、幸いなことに初動は順調だった。じきに最初の半分が削れる。


「Bチーム、戦闘用意。合図出します」


 少し気を休めていたBチームの面々が、次々に目をぎらつかせる。頼もしいことだ。

 私も前を向いて、ウサギの脇腹のあたりで剣を振りかぶるブランさんを眺めた。その大剣による一振りが、ボスのHPゲージを数ドット削る。途端、黄色に染まるゲージ。


「───今ッ!」


 叫んだ私に仲間達が並走する。私の声を聞いたAチームの前衛たちも、ヘイトが剥がれきらないよう注意しつつ後退を始めた。

 隊列が崩れなかったから、最初に到達したのは私だった。盾役につつかれそっぽを向く巨大ウサギの首筋に、勢いを乗せた斬撃を叩きつける。クリティカル。

 よく見ると見覚えのないモーションをしていたウサギの攻撃が中止され、こちらを向いたところをタンク(壁役)が《威嚇》スキルでターゲット横取り。後は二つの固まりに別れて布陣。──スイッチ成功だ。それもどうやら、望外の大成功。


交代(スイッチ)完了、このまま攻めます!」


 とはいえ、近くにいるからといって考えなしに攻撃するわけではない。せっかく二方向から攻撃しているのだから、時折タイミングを完全に合わせて撹乱を狙う。

 3パーティによるAチームの攻撃は一つずつが休みながら三種類の挟撃を狙っていたけど、私たちBチームはひとかたまりごとの戦力が厚い。作るパターンはそれぞれの単独攻撃と挟み撃ちの三種類になる。


「リーダー、来るぞ!」

「これは私が受けます」


 ボスウサギが小さく前脚を引いたのを見て、アタッカーのシルバさんと位置を入れ替える。小さい予備動作で放たれた蹴りつけを、《パリィ》で横へ叩き落とした。

 芝へ叩きつけられたその手の甲へ斬りつけながら、味方の攻撃が本体へ飛ぶのを見守る。


 実は私、今回のボス戦ではサブタンクを多めにやることになっている。思いのほかバランスがよかったとはいえ、それでもレイド自体にタンクがやや少ないから。

 敵が弱いというか、避けやすいくせに火力だけはそこそこ高いから、ここまでのフィールドはタンクビルドのプレイヤーと相性が悪かったのだ。おかげでなかなかレベルが上がり切らず、中には回避盾しかいないパーティすら出てくるほど不足していた。今回のレイドで最低限いたことは奇跡だと思う。


 ただ、攻撃が粗く避けやすいという性質はこのボスにも共通していた。私は隙を大きくできるから《パリィ》で叩き落としているけれど、盾持ちの本職ですら上手く受け流している。

 守りに不自由がないから攻撃役も集中できるし、ヒーラーは暇だからとさらにバフをかけてくる始末。そのおかげでさらに火力ペースも上がる。






 なんというか……弱いね、この子。







  ◆◇◆◇◆






 結局、ボス戦は危なげなく終わった。最終ゲージに入ってようやくタンクが必要な攻撃を見せてきたけれど、HPを温存してきた盾たちが完全封殺。ここまで何もできないボスというのも哀愁を感じるものだ。人数差はあるけど、まだ狂化イノシシの方が大変だった。


 ただ、これは仕方ない面もあった。そもそもベータテストだし、初めてのVRMMORPGということでバランス調整も兼ねている。平均プレイヤースキルもわからない状態なのだから、攻撃を避けやすく作るのは間違っていないのだ。

 それなら少人数で挑めばちょうど良かったのでは、と言われるかもしれない。ただ、奴は図体が大きくHPがやたら多かった。そこを考えれば、レイド規模で挑んだこと自体は間違いではなかったと思う。






「何はともあれ、もうすぐ王都……うん?」

「どうしたの、ルヴィア」

「なんだろう、あの祠」


 巨大ウサギを倒した後のフィールド。もはやそこにボスがいたとすらわからない草原の中に、なぜか一つだけ小さな祠が建っていた。たった今まで気がつかなかったのは、王都側のやや離れた位置にあったからか。

 何か意味があるものなのだろうか。私の声に気づいた何人かが近づいて、その祠を調べてみた。


「……特に何もなさそうだな」

「何も起こりませんね。イベント用っぽいのに」


 シルバさんとミカンが呟く。何かしら条件を満たしていないのか、本当に何も起こらないのか。さすがに前者だと思うけど、確かに少し気になる。

 場所を譲ってもらって、私も覗いてみる。……すると。


「開いた……?」

「ルヴィアは条件を満たしているってこと?」

「おい、なんだこれ」


 祠の小さな扉が開いた。……が。

 その向こうに見えたのは、歪んだように光が散乱する空間だった。

 そして。


「うわっ目がっ」

「……あれ、ルヴィア?」


 極光が辺り一面を塗りつぶす。それが晴れた時、そこに私の姿はなかった。

 どうやら私には、まだイベントが残っているらしい。












「──、────」

「……っ、」

「やった、成功だよ《リット》!」


 嬉しそうな女の子の声で、潰れた視界が戻ってくる。

 ゆっくりと目を開いて──すぐに、言葉を失った。


「見ればわかるよ」

「んふふ、言ったじゃない。エルフの《来訪者》さんなら呼び込めるって」

「その自信はどこから来ていたのやら……」


 そこには何でもありそうで、何もなかった。

 柔らかな彩色で形作られた空間は、実は光しか存在しない。淡く発行する床や壁、光源がないのに明るい空間。見たこともないのに嫌な感じはしない、部屋の中のはずなのにどこか幻想的な光景だ。

 視界に入る私の体だけがいやに現実的で、どこか浮いたような印象を覚える。


「とにかく、今はこの子だね。いろいろ説明とかしないと」

「うん。僕は《ニム》がいつまでその子を放置するか、気が気じゃなかったよ」

「し、失礼な! 呼んだの私なんだからね!?」


 少女と少年の話が私のことになって、私も声のする方に目を向けた。

 中学生くらいの耳の尖った女の子と、イシュカさん(妖精)と同じくらいの大きさをした男の子だった。この空間のものと同じように、淡く発光して光の粒を散らしている。

 女の子がニム、男の子がリット。どちらも友好NPCの表示で、名前以外のステータスは不明だった。


「ねえ。あなた、《来訪者》で合ってるよね? 名前は?」

「は、はい。ルヴィアといいます。ここは……?」

「いきなりごめんね、こっちにもちょっとのっぴきならない事情があるの」


 コメント欄が高速で流れているが、今は目を向ける余裕がない。カメラのマークが赤くなって、視点は私の横。私とNPC二人を左右に映す位置に移動していた。

 つまりこれ、特殊イベントだ。確認したところ、こうなると後に公式サイトへ録画されたショートムービーが掲載されるらしい。


「わたしはニム、こっちのちっこいのはリット。ようこそ、《精霊界》へ」

「《精霊界》……ということは、あなたたちは」

「うん、僕達は《精霊》って呼ばれてる。今回は頼みたいことがあって、君をこっちに連れてきたんだ」


 キーワード取得だ。《精霊》、そして《精霊界》。いかにもというか、それっぽい演出だ。この光の散る感じとか、特に。


「なぜ、私だったんですか? 祠の前には、私以外にも《来訪者》はいましたけれど……」

「それを説明するには、まず僕達のことについて話さなきゃいけないんだけど……少し長くなるけど、大丈夫?」

「時間は大丈夫です。ご心配なく」

「わかった。それじゃあ、最初から話そうか」








「精霊という種族は、《現世(うつしよ)》……この世界が作られた時に生まれたんだ。他の種族が《魔術》を使うために使う、《魔力》という力が集まってね」

「魔力は魔術や《魔法》を使うために作り出されたんだけど、それが現世に溢れたら色々なことが起こって大変なことになっちゃうの。だから現世を作った神様は、魔力を別の場所に置いたんだ。いつでも引っ張り出して、好きな時に魔術を使えるように」

「それがここ、《精霊界》の始まりなんだ」


 ニムさんとリットさんが交互に語って、立て続けにキーワードを取得。

 《現世》というのは、《幻双界(このせかい)》を精霊界から見た呼び方。《魔法》は魔術の上位種で、使える者の少ない奇跡の技らしい。どこかで聞いた事のあるような設定だけど、気にしないでおこう。


 《魔術》と《魔力》は基礎用語にあったけれど、どうやら記述が追加されたようだ。このゲームはメニューから用語集を開けるんだけど、これはプレイヤー全体が基準になっている。誰かが手に入れた情報は、全員が閲覧できるようになっているのだ。

 ただし今のところ、このようなキーワード取得はほとんどがイベント発生中だ。


「そうして魔力が使われ始めてから、さまざまな理由で魔力が特に濃い場所や物が生まれたんだ。強くなりすぎた魔力が集まって生まれたのが、わたしたち精霊ってわけ」

「だから、精霊はそれぞれの本質を持っている。時計の精霊、湖の精霊、みたいにね」


 つまり、精霊は魔力によってできた存在。集まった魔力を材料に、何かしらの性質を持って具現化したものということか。

 場所なども対象になるとはいえ、付喪神あたりが近いのかもしれない。


「そうして現れた精霊は居場所として《精霊界》を与えられて、代わりに神様から精霊界の管理を頼まれた」

「それ以来、わたしたち精霊はここで魔力を管理して、たまに現世にちょっとだけイタズラする生活を続けてきたの。……《魔力汚染》が起こるまではね」

「《魔力汚染》、ですか」


 《魔力汚染》。おそらくは私たちがこの世界に呼ばれた原因のことだろう。

 汚染された魔力が一部の人物や土地を汚染して、魔物や異空間を作り出した、という現象だ。


「《魔力汚染》の原因は、わたしたちにもわからない。気づいたら現世で起こっていて、それはすぐに《精霊界》にも流れ込んできた」

「情けないことにほとんど対策ができなくて、《精霊界》の機能は半壊。管理できなくなった魔力が暴走して、各地に現れた魔物は止められなくなった。

 強すぎる魔物はほとんどの地域で止められず、最低限の生活圏を守るのに精一杯、って有様だよ」

「しかもその汚染、魔力を介して伝染するみたいなの。現世の人たちは下手に手を出せなくて、手詰まりになっちゃった」

「だから私たちが呼ばれたんですね」


 魔物からドロップする魔化石は、その汚染が凝縮したものなのだろう。この世界の人が触れてしまえば、汚染に体を侵されてしまう。手を出せなくて当然だ。

 だが、私たち来訪者にはそれが効かない。理由やきっかけはわからないが、それに気づいた綾鳴さんが異世界から冒険者を召喚することにした、という流れだ。






「ともかく、精霊界は魔力に満ちた場所で、現世に魔力を供給する役割を担っている。ここまではいいよね」

「はい」

「だけど、しばらくすると、魔力を使う以外の形で精霊界と接触する種族が出てきた。それが、エルフと妖精族だったの」


 そういえば、祠の近くにいたプレイヤーに他のエルフや妖精はいなかった。少なくとも唯一の妖精であるイシュカさんは遠くにいたし、エルフの中では私が一番近かったね。


「そんなこともあって、エルフや妖精族は、他の種族より少しだけ精霊界と近しい存在なんだ。少なくとも今は、僕達はエルフと妖精にしか接触できない」

「だから私だったんですね」

「そういうこと」


 なるほど、それなら人間(シルバさん)狐獣人(ミカン)には反応しなかったのも納得だ。






 疑問も解決してもらったところで、そろそろ本題に入ろう。


「では、私に頼みたいこと、というのは?」

「ここのような連絡地点……祠は、現世の各地にあるの。だけど、今はどれも汚染されていて、こちらから干渉することができない」

「僕達は今、ここに押し込められているようなものなんだ。だから君達には、その祠を浄化してほしい」

「浄化……ですか」

「うん」


 ニムさんが言葉を切って、どこからともなくお札のようなものを取り出した。

 差し出されたそれを受け取ると、何やら見たこともない模様が描かれている。これが汚染を浄化するものなのだろうか。


「この祠は小さくて、君一人を連れてくるのが限界だった。だけど、王都にある祠を浄化すれば、僕達はもっと現世に干渉できる」

「だから、その札で浄化してほしいの。祠のどこかに貼れば、それで機能するはずだから」

「なるほど……わかりました。任せてください」

「ありがとう。助かるよ」






〔ダイレクトクエストが発生しました:精霊の祠を浄化せよ・王都〕


○精霊の祠を浄化せよ・王都

区分:ダイレクトクエスト

種別:イベント

・幻昼界の王都にある、汚染された祠を浄化しよう。王都の祠が復活すれば精霊が干渉しやすくなり、攻略の助けにもなるはずだ

報酬:経験値(中)、精霊好感度(大)

あっさり終わってしまった初ボス、そして世界の深奥にちょっとだけ触れる精霊のお話でした。やっとタイトル要素が見えましたね。ここまで9万文字、長かった。でも本作のタイトル回収はここからが長いんです。

次回は土曜日、いよいよ王都へ入ります。


なにやら本作、前回更新前後から急激にフィードバックが増えておりまして、私自身が一番驚いています。なんなら未だに混乱してます。

140ブックマーク、440ポイント、15000PV、日間ジャンル別最高30位(※全て予約投稿時点)。どれも本当にありがとうございます! 強いモチベーションになっております……!

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『Dual Chronicle Online Another Side 〜異世界剣客の物語帳〜』

身内による本作サイドストーリーです。よろしければご一緒に。

『【切り抜き】10分でわかる月雪フロル【電脳ファンタジア】』

こちら作者による別作となっております。合わせてお読みいただけると嬉しいです。


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