154.今後のお付き合いも考えさせていただきますね
「申し訳ありませんでした」
〈ええよ〉
〈面白かったしな〉
〈このゲーム多少配信者に放置されても普通に面白いんよ〉
〈これからも遠慮なく配信よりゲーム優先してくれ〉
〈むしろこれまで二ヶ月粗相がなかった方が凄い〉
なんてあったかい世界だろう。
数分かかってようやく我に返った私は、まず思いっきり放置した配信に謝罪した。モデレーター権限を付与している周りがカバーしてくれたけど、今回ばかりはもはや放送事故みたいなものだった。
〈それより、今のはなんだったん?〉
〈むしろこういうの面白いしネタにしてくれ〉
〈もっと俺らを無視して本気出してもええんやで〉
「確証はないのですが……『ゾーン』というものかもしれません」
とはいえ、いつまでもくよくよしているのも配信的によろしくない。コメント欄にも責める声はなかったから、質問に合わせて普段の調子に戻した。
ゾーンというのは、スポーツなどで発生することがある現象だ。集中力が極限まで高まった結果、意識の全てを競技だけに没頭させてパフォーマンスを劇的に向上させる特殊な意識状態である。
実際、競技最終盤の私は一切の思考を覚えていなかった。自分の魔術と動く的、それに妨害を試みる相手の動作だけが意識を埋め尽くす感覚の残り香が今もある。いつもの戦闘よりも単純な競技ということもあって、集中がより絞られたことで余計に研ぎ澄まされた可能性がある。
もっとも、私はゾーンの感覚を知らない。自分が感じたものがそれだという確信はないし、集中力が高まるならいっそどちらでも構わない。
「ただ、もしかすると今後、また同じような状態になるかもしれませんが……」
〈気にするな〉
〈俺らはゲームを見に来てるんだ〉
〈配信気にするよりスーパープレー見せてほしい〉
それでも配信者的には少し迷うところだったんだけど、コメントでは推奨の意見しか見えなかった。そのままの勢いでSNSのアンケート機能も使ってみたところ……。
「『ゲームプレイ優先』が99%……」
「うわ、片方0%じゃない。0.5%切ってるってことよね」
「この比率のアンケート初めて見たかも」
〈もっかいゾーン見せて〉
〈カメラ見て喋ってくれるのも嬉しいけど、ゾーンの方が見たいぞ〉
〈お嬢はVtuberじゃなくてゲームプレイヤーだもんな!〉
それを言われると弱い。いや、このノリならどうせVtuberも同じことになった時は「ゾーン見せろ」って言われるんだろうけど。
ともかく、私はゲームプレイへの集中を配信のために加減したりはしないことになった。……ただ、別に意識的にゾーン(仮)に入れるわけではないから、また見せろと言われても困ってしまうのだけど。
その後、第四種目もつつがなく終了。騎馬戦だった。
「やー、普通の騎馬戦だったね」
「武器が使える以外に何の真新しさもなかったですねー」
「いかにも運動会らしい種目なのに、大トリにならなかったのも納得だな」
「面白かったんですけどね。面白かったんですけど……」
ミリアちゃんたちが明らかなカメラ意識でこう感想する通り、あまりにも普通の騎馬戦だったから撮れ高はいまいちだった。騎馬戦自体がこういう戦闘を模倣したものだから、武器が使えるならちょっと回帰するだけなのは考えてみれば当然である。
というか、私たちのような普段からレイドやユニオンの指揮をしているプレイヤーは、ついぞ騎馬になることも乗ることもなかった。いつものように本陣で指揮をするのが一番強かったから。そういう意味でも見どころがなかったから、もしハイライトを作るなら涙の全カットである。
その一方でもし競技になかったらそれはそれで疑問の声が出ていただろうから、これは一度は必要な流れだったと言うべきだろう。
「気を取り直していきましょう。第五種目、《情けは人の為ならず》です」
「有り体にいえば借り物競走ですね」
〈なるほど〉
〈でも普通じゃないんでしょう?〉
〈なんか微妙に的を射てるような微妙なような競技名〉
すっと割り込んできたイースさん(彼女も赤組である)の言う通り、これは借り物競走がベースだ。ただしもちろんお題はVRMMOやファンタジーならではの物になるし、持ってきたものの品質や難易度次第で得点が変動するなどの特別ルールがある。
中でも最大の違いは「借りた物の持ち主にも得点の50%分の点が入る」ことだろう。まさしく情けは人の為ならず、極端なほど協力推奨のDCOらしいルールだといえるだろう。
……敵チームとの貸し借りは、単に協力と呼んでいいのかは正直疑問符がつくところだけど。
「つまり、敵チームから借りても得点できます。貸した側も貸すだけで得ができるルールなので、可能とはいえ戦闘が起こる可能性は低めでしょうね」
当然ながら自チームから借りた方がチーム単位の得点効率はいい。仮に同じ得点のものを借りた場合、自チームからであれば敵チームから借りた時の3倍の得点差となる。
逆に、敵チームから貸してほしいと言われた場合は、基本的には応じた時点で利敵行為となる。そう考えると、結局同じチームからばかり借りることになりそうにも思えるだろう。
が、ことはそう単純ではない。最初に説明された通り、この運動会には個人点というものがあるのだ。個人点が高ければ、終了時にそれに応じた報酬が得られる。
しかも、この競技にはデスペナルティが存在する。ほんの三分間行動不能になるだけだが、一秒を争う競技中と考えると充分に重い。
ここでもう一度振り返ってみよう。味方チームから借りた場合50点となるお題で、敵から借りれば100点を狙える場合はどうする?
……味方から借りればチーム単位で25点の得をするけど、敵から借りれば代わりに50点分の個人点を得られるのだ。
貸す側ならもっと単純だ。貸さないなら0点、貸すなら50点。しかも断った場合、おそらく戦闘となって負けた時のリスクが発生するおまけ付きだ。
たかがチーム全体の25点のために、そんな美味しい得点を逃すだろうか?
「という、高度な倫理ゲームが発生します」
「協力させたいのか疑心暗鬼にさせたいのか、どっちなんでしょうね」
〈草〉
〈囚人のジレンマ思い出した〉
〈運営こういうことする〉
〈性格わr〉
〈*運営:^^〉
〈……いい性格してるよなぁ〉
しかも、この競技は競技中にチーム全体の得点が公表されない。1セットが終わってようやく、どれだけチームを大事にできたかがわかるのだ。
しかし仮に負けたとしても、チームメイトを責められるのは一度たりとも利敵行為を行わなかったプレイヤーだけ。……このルールにおいて、それは不可能も同然である。
こうして本質が見えると、《情けは人の為ならず》というタイトルはひどい皮肉にしか見えなくなってくる。
これなら素直に奪い合いの戦闘をさせてくれた方が楽ですらあるかもしれない。本当に、いい性格をしているものだ。
「ただ、私は仮にも発言力や知名度のある赤組の支柱なわけで……無条件に利敵行為をするというのも考えものなんですよ」
「じゃあ、どうするんですか?」
「私は可能な限り敵チームに借りには行かず、味方に見当たらない時だけ敵チームに向かいます。そして借りに来た敵チームのプレイヤーには、その場で独自のお題を出そうと思います。それをクリアしたら貸しましょう」
〈撮れ高作りだ〉
〈露骨な撮れ高作りだ〉
〈ええやん面白そう〉
〈お、一発芸大会でもやるのか?〉
〈勝手に見せ場増やしてる〉
だって、借り物競走は自分や周りの動き次第でいくらでも面白くなる。ならばエンターテインメント力を上げようとするのは自然だろう。
ちなみに、貸したものはゴールして認定されるか、5分が経過すると自動で返ってくる仕様だ。そこは心配いらない。
実際の試合を見ていこう。
試合開始と同時、全員のインベントリにひとつめのメモが届いた。このメモと対象の品を揃えて届けると得点となる。
メモの内容は……。
「“両手槍”ですね。最初はこんなものでしょう」
〈なるほど〉
〈それなりに所持者おるわな〉
ちなみに公平を期すため、試合中はチャットや掲示板書き込みは禁止だ。直接接触しろということだろう。
ただ、今回は運がよかった。
「イースさん、槍をお借りできますか」
「どうぞ」
〈草〉
〈一歩も動いとらんやんけ〉
〈所要時間5秒〉
〈すぐそこにいたな槍使い〉
ずっと隣にいたイースさんが都合よく長槍を使うひとだったから、ノータイムで借用。最初のうちはこんなこともあるわけだ。
……そして、この近くで運がよかったのは私だけではなかった。
「ルヴィアさん、耳飾りを借りられますか?」
「いいですよ、ノノちゃん」
〈幸運持ち他にもいたわ〉
〈初手耳飾りは引き悪いだろうに〉
〈いきなり想装〉
やはり開始時から五歩程度の距離にいたノノちゃんに《百華神の耳飾り》を貸し出し。最初に持っていくものではない気がするけど、耳飾りカテゴリの装備品はまだそんなに多くない。なりふりを構う必要はないだろう。
さすがに最初は比較的簡単だったようで、高校生パーティの残り3人は自分たちで解決したようだ。イースさんのお題も問題なく見つかって、流れで最初は一緒にゴールへ向かう。
ゴールは思いのほか渋滞していなかった。というのも、どうやら得点が認められるとランダム転移が行われるらしい。さすがにパーティで固まりっぱなしというわけにはいかないか。
「さて、二回目……“大剣”ですか」
〈大剣?〉
〈ブランのみたいなやつか〉
〈いなくない?〉
二度目のオーダーは“大剣”、両手剣カテゴリの一種だ。ブランさんの《聖剣フレイソル》は両手剣だから、あれとも違う。……もっとも、仮に合致してもブランさんは白組だけど。
大剣を主武装にしている人は配信登場者の中にはいないけど……ひとり当てがある。探しに行こうか。
「ジュリア、大剣はある?」
「あら、ルヴィア姉様。ありますわよ、どうぞ」
〈ジュリア?〉
〈なんであるんだよ〉
〈龍姉妹は武器のデパートだぞ〉
〈そういやサブで使ってたな……〉
《魔力覚》と飛行で楽をしつつジュリアのもとへ。彼女は赤組だから、私が借りることに問題はない。
クレハとジュリアはベータ終盤の頃からサブウェポンを複数育てていて、そのうちジュリアは大剣を使っている。誰かに先取りされていなければ、今もインベントリには入っているだろうと思ったのだ。
無事に目論見は当たったから、これを持って二度目のゴールへ……と思ったところで、目の前に見知った顔が現れた。
「ヘイ嬢ちゃん。ちょっとばかしC級回復ポーションを貸しちゃくれないかい?」
「さては映るためだけに来ましたね?」
シルバさんだ。彼は相方ともども白組だから、私から借りるにはお題をクリアする必要がある。
C級ポーションというのは、現在前線で主流のポーションだ。回復用のものならオレンジジュース味である。
ここがA会場であることを考えると、戦闘職プレイヤーのほとんどが持っているだろう。それをわざわざ私に借りに来るのは、もはやそういうことである。
……競技中は配信視聴もできないのに、どうやって私を見つけたんだろうか。
「では、お題ですが」
「おっと」
「それでモノボケをどうぞ」
〈!?〉
〈ちょっとお嬢?〉
〈ルヴィアさん???〉
〈芸人にネタの機会をみすみす与えるとか〉
私はC級回復ポーションをシルバさんに投げ渡して、一発ネタを命じた。
確かに彼らのことはいつも通り適当に扱ってもいいけど、やっぱりボケさせた方が面白いのだ。彼らは雑に扱われるのがいつものことにはなっているけど、別にギャグセンスがないわけではないから。
ポーションを手にしたシルバさんは少し考えて、オレンジジュースを持った腕をいっぱいに伸ばした。
「ロングオレンジ」
次に胸元から10cmくらいのところまで近づけて、
「ショートオレンジ」
そしてドヤ顔。
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
〈は?〉
「ではどうぞ、持っていってください」
「えっちょっと」
「私はモノボケをしろと言っただけで、笑わせろとまでは言ってませんからね」
「表情変えずにそう言われるの辛すぎるんだが!!」
前言撤回、やっぱり彼らのことは雑に扱うのが一番だ。
だって彼、今のはわざと滑ったのだ。私にだって冷たい目をする権利くらいあるというものだろう。
「せめて“おはなし”を……」
「手遅れですよ?」
リスナーは基本的にお嬢の味方……というか、今回に関しては面白いものを失ってまでどーでもいい自重をさせたくないだけです。
そしてお嬢は面白くない粗相はしません。