153.これが超次元e-sportだ!
「昼休憩終わり、再開しますよー」
〈わーい〉
〈とんでもねえ、待ってたんだ〉
〈お嬢がいなくて寂しかったんだぞ〉
いつもの戯言は置いておくとして、午後最初の競技はというと。
「まずは的当て、正式名称 《与一見本市》からですね。これは後衛限定の競技になります」
ちょうどさっきの障害物競走と対になる位置づけであるこの的当ては、これまでの種目と比べるとよりわかりやすい競技だといえるかもしれない。
要は遠距離攻撃を的に当てて倒せば得点で、その点数を競うものだ。いろいろルールはあるけど、基本は的を撃ち抜くこと。
実際にやってみた方がわかりやすいだろう。
「あ、ルヴィアさん!」
「クリフトくん。知り合いと同チームは運がいいですね」
「ルヴィアさんが来たとかもう勝ちだろ」
「あんたみたいなのが気を抜かなければ、ね」
完全な個人戦だった障害物競走と違い、こちらはチーム戦だ。ランダムマッチング形式で6対6のチームを作り、同じ標的に向かってスコアバトルを行う。ただし同時エントリーが2人まで可能で、その場合は確定で同じチームになる。
それなりに母数があるから、一人でエントリーすれば知り合いのいないチームになるのが普通なんだけど……野良で知り合いと当たるのは運がいい。
「ミリアちゃんと一緒ではないんですね」
「ミリア先輩は……その、トール先輩を……屋台に連行してます」
「デートだ」
「デートじゃん」
「デートですね」
〈デートしてる〉
〈デートじゃねえか〉
〈*ミリア:クリフトくん! 言わなきゃバレないのに!〉
あら、匂わせがお上手なことで。
実際、競技に出ずっぱりでないといけない理由なんてない。お祭りのようなものなのだから、せっかく会場に集まっている屋台を巡るのも楽しみのうちである。
そうこうしているうちに、相手も決まったようで競技場へ。
的が並ぶ台を挟むようにして向かい合う形だ。ただしお互いの攻撃は台の向こう側の境目で止まるようになっているから、例によって直接攻撃はできない。
ただ……。
「ジルさんがいるじゃないですか……」
「ほう……お互い、一筋縄ではいかないようだな」
「あーあ、あんたがフラグ立てるから」
「お前も乗ってただろ!」
〈さすがAグルって感じのマッチングだな〉
〈ジルよりこっちの二人の方が気になるんだが〉
〈賑やかだなあ〉
〈あまりにも配信向き〉
さすがにそう上手くはいかないようで、向こうにもトップクラスの弓使いがいた。最近は配信ではご無沙汰だけど、彼の技術はなかなか侮れない。
それなりに母数があるから、知り合いのいないチームになるのが普通なんだけど……野良で知り合いと当たるとは運が悪い。
さっそく試合開始。台は上から見ると横長の穴だらけになっていて、そこから的が生えてくる。この的を攻撃して、相手側へ倒すと得点となるわけだ。
「《サンダーアロー》」
「《アイシクルアロー》!」
「もらった!」
「うわ……そっかそうなるのか」
「手前側も油断しないで!」
〈これわかりやすくていいな〉
〈観戦向きの競技だな。速さを除けば〉
〈何が起こってるのかわからん……〉
〈これだからトップ勢は〉
もちろん特別ルールはある。
たとえば弓矢をはじめとして、飛び道具を複数個同時に撃ったり投げたりすることはできない。これ自体は高等技術だから仮に使えてもそうお目にかかれないけど。
それの原因と思われるのが、《連唱》の禁止。さっきも言った通り、攻撃速度だけを考えるなら《アロー》系魔術を連唱するのが圧倒的だ。これを止めて、物理系の複数発射も巻き添えとなったのだろう。
また、的は当てにくいものほど高得点になる。だから遠くの的を狙うと点を稼ぎやすいんだけど、それは相手も同じこと。
そして、台の向こうにいる相手チームにとっての奥の的とは、こちらから見て手前のものとなる。つまり、遠くを狙えば高得点を取れるが、近くを放置すると相手に高得点を奪われるのだ。
……また戦略的な駆け引きが生まれている。運営はこういうのが得意なのかもしれない。
「ルヴィアさんだけ強化した方がよさそうじゃない?」
「ですね、切り替えます」
「「「OK」」」
「あ、はい」
「《トリプル・キャストブースト》!」
ちなみにクリフトさんのような《巫術師》はというと、味方の強化で効率を上げるとして参加することになっている。チームに0~2人の割合で編成されて、サポートを担当して勝ちに貢献する。
パッと見地味に見えるが、重要な役回りだ。その必要性は上位プレイヤーほど強く認識している。
……ちなみに、《陰陽術》は試合への貢献度が高いプレイヤーに絞って行ったほうがいい。どうしても倍率での干渉になるから、元の値が大きい方が変化幅は大きいのだ。
だからバフデバフが私に集中することになるのはわかっていた。現にバフが増えただけでなく、私の視界にはデバフアイコンも瞬いている。向こうの巫術師はデバッファーのようだ。
「小さいの来た!」
「ルヴィアさん、ペース上げて大丈夫です!」
「わかりました! 《トリプル・サンダーアロー》!」
そして試合開始からしばらく経つと、台上にはそれまでより小さな的が現れ始める。これらは大きい的より当てにくく得点の高い美味しい的だ。
ただし、当てられるのなら、という注釈はつく。エイムが苦手なプレイヤーが無理に狙ったり、遠くの小さな的を見て欲をかいたりすれば、当然ながら外してロスになりやすい。そうなるくらいなら、確実に当てられる的でコツコツ稼ぐ方がいい。
だから、こういう的は基本的にはエース御用達となる。……が。
「貰った」
「残念、《グリッターアロー》!」
「くっ……やむなし」
「《ライトニング──》」
「《灰矢》」
「それなら……《──アロー》!」
〈うっま〉
〈全員上手いんだが〉
〈ここでエースの個人戦にならないのがAグルの凄いところ〉
〈判断が速い!〉
お互いに奥の小さい的を狙うと、それを読んでいた他のプレイヤーが先回り。さすがにここは上位プレイヤーが集まる場所、私もジルさんも彼らとの距離差を覆すほどの実力差は持っていない。狙いを横取りされて、仕方なく隣の通常サイズを撃ち抜く。
中には文字数が少ないことで宣言が短く済む和風スキンに切り替える人もいた。さっきまでは多数派である洋スキンを使っていたから、速度勝負であるこの競技で咄嗟に選択したのだろう。
そういうことなら、いただき。
「《灰──》」
「《鳴矢》!」
「《──矢》、やられた!」
〈やり返した!〉
〈さす嬢〉
〈これぞお嬢よ〉
〈相手もしれっとギリ照準変更してるのおかしくない?〉
この和スキンへの切り替えは、詠唱中に邪魔にならない動作でできる。難しいのはこの競技中は正しい魔術名を宣言しないと不発になるところ。前もって覚えていないと、いきなりスキンを変えても扱えないのだ。
だけど、私は公式プレイヤーである。普段使わないスキンだからといって、名前くらい覚えていないわけがないのだ。
「お、有利か?」
「集中──」
「《クイックシュート》」
「うわアーツ使ってきた!」
これによって劣勢になる兆候を感じたのだろうか、ジルさんはここにきてアーツを解禁してきた。《クイックシュート》、通常より速く撃ちつつ、アーツのリキャストも短縮するこの競技向きの技だ。
これまで使ってこなかった理由はもちろん、MPの消費が激しくなるから。しかしついに使ってきたわけで、ここからはMPを惜しげなく切ってきそうだ。やはり油断ならない。
いよいよ拮抗したまま終盤戦に入ったわけだけど、この競技にはもう一つだけ変化が残っていた。
「動くぞ!」
「予定通りお願いします!」
「OK、《浪矢》!」
〈え?〉
〈マジこれ?〉
〈Dグルだけどこんなの知らんぞ〉
〈えっぐ〉
そう、この競技は最終的に一部の的が動くようになる。高練度プレイヤーばかりが集うB会場以上限定の仕様だ。
当然ながら動く的は得点が高い。通常サイズでも動かない小型的より高得点なのに、中には動く小型的まで存在する。これらをどれだけ倒せるかが終盤の鍵となる。
「《鳴矢》」
「マジかよ……」
「っし、《アイシクルアロー》!」
「ボーッとするな、手を動かせ!」
〈お嬢定期〉
〈当たり前のように当てるじゃんな〉
〈Aグルこわ〉
〈*ミリア:やっぱり凄い……〉
こうなることはわかっていたから、事前に動きは決めてあった。すなわち、『私が動く的を倒して、動かない小型的は周りに引き継ぐ』である。
難易度が高いということは、自分が当てることさえできれば妨害されにくいということだ。安定を取る手段もあるにはあるけど、この競技では高難度へのチャレンジ精神が勝負を左右する。
「この、《ヒート──》」
「《颯矢》」
「《──ホーミング》、くそっ!」
〈だよなそれが普通だよな〉
〈今ちょっと安心した〉
〈お嬢の常識離れは加速したんだが〉
〈追尾なしでアレ当てるのやっぱズルじゃん〉
いくらA会場といっても、さすがに小さい的が動くとなると難しくなってくる。安定をとるなら追尾性能があって確実に当たる《ホーミング》系統になるけど、これは《アロー》系より弾速が遅い。
なんとか《アロー》を当ててさえしまえば、これまでより妨害される確率はぐっと落ちる。ならば私は狙うべきだろう。
〈確かにそうなんだけど……〉
〈前提条件がおかしいんだよ!!!!〉
〈その「なんとか」が無理なんだが??〉
〈なんで当たるんだ〉
〈でも向こうにも当てとるのおるぞ〉
〈やっぱ最前線バケモンだ〉
「しゃーねえ、普通に攻めるぞ!」
「わかった!」
「こちらも、ジルさんの妨害は厳しいですね」
「ここからは攻めよう!」
結果、こういう展開になる。妨害がついてこなくなってフリーの私とジルさんが高得点を刈り取って、それ以外を総力戦で奪い合う形だ。先ほどまで観戦していた様子を見ても、お互いにエースがいる試合はここまでがテンプレといっていい。
そして、そうなればいよいよ個性が溢れ始める。
「へへ、《コールドプロード》!」
「なッ、」
「《爆蒸》」
「《フラッシュプロード》!」
「《燃矢》」
「やりやがった!」
〈範囲攻撃wwwww〉
〈うわぁ……〉
〈いとも容易く行われるえげつない行為〉
これも事前に相談済の作戦だ。的の総数も増える最終盤になったら、一人のプレイヤーが範囲攻撃の《プロード》系を撃つ。これで複数の的が一気に倒れるから、射程が被らないように追撃。
どの辺りを範囲攻撃で拾うかは、背中に隠した左手で示す。クリフトくんは範囲攻撃に《マジックブースト》を乗せて、他の三人は他の場所へ、左から決めた通りの順番で範囲攻撃を叩き込んだ。
一方の私は、それに巻き込まれない高得点の的を判断して狙撃。その方が得点が高いから。
……しかし、この作戦は思っていたより効いたようだ。畳み掛けるならここだろう。
ここで、一気に決める。
「的が少ない!」
「やられたな……」
「でも甘──」
「《三撃・泥矢》」
「…………!」
〈は?〉
〈いや待ってお嬢〉
〈マジ?〉
〈今何が起こった……?〉
〈合成映像だろ。現実なわけないだろこんなん〉
この競技で制限されているのは、矢や飛び道具の同時撃ちと、《連唱》である。
つまり、《並行詠唱》は使えるのだ。
場に残っていた、大小の動く的を三つ狙って、それぞれを《並行詠唱》で撃つ。どうしてもMP消費の大きい技だから迂闊には使えなかったけど、ここは絶好機だった。
一つでも当てづらい動く的を三つ同時に照準するのは、当然ながらかなりの難易度になる。……だが、極限まで集中すれば、私にはできる。
そして、最速でもう一回。
「嘘だろ……」
「《マナシフト》」
「《三撃・雹矢》」
「やっべ、これ以上はマズいぞ!」
「《クイックシュート》……!」
「《灰矢》!」
〈あれ何? 神か何か?〉
〈完全に人間やめてるだろ〉
〈マルチタスクってレベルじゃないのよ〉
〈にんげんってすげー〉
〈超人すぎない?〉
〈やっぱお嬢はメジャーリーガーとかプロ棋士とかと同類なんだなって〉
もう一度同じことをする間に、視界の端でコメント欄が高速で流れ始めたけど……さすがに見る余裕はない。ここまでやると私でもギリギリなのだ。
というか、もはや表層思考で意識していない。計算などを飛ばして『だいたいここに撃てば当たるはず』で撃っている。
私自身、この時点で意識が異常な状態になっていた。「だからどうやっているの?」と聞かれても、私にもわからない領域だった。
そのまま私は、全身から湧いてくる言い難い全能感のままに撃ち続けた。MPのことも、 配信のことすら意識から外れていた。
どうやら試合には大差で勝ったようだけど、後から思えばそれすら上の空。競技場から出てベンチで落ち着いてなお、私の意識はそれに囚われたままだった。
「あー……ボーッとしてるねなんか」
「ルヴィアがこうなるの、私も見たことないんだけど……」
「リスナーの皆、もうちょっとだけ待ってあげて頂戴。この子、何かに覚醒してるっぽいから」
ちなみにこの日こういう覚醒みたいな現象が起こっているの、ルヴィアだけではなかったりします。
次回、ルヴィアの初手謝罪。それと借り物競争。