148.愛し子と書いて苦労人と読む
9月12日、運動会を2日後に控えた木曜日の夜。
「朱音。今日は配信するのか?」
「……うん。そろそろ始めるつもりだけど、なんで?」
「お父さん、最近いつもこれで配信を見てるのよ」
「いや言うなよ美音」
「…………うん、ありがと」
ちょっと不意打ちすぎる視聴宣言に、私は危うく頭を抱えそうになった。
けっこうな大画面のディスプレイでの配信視聴を暴露して、おそらく自分も一緒になって見ているのが我が母こと九鬼美音(芸名の久遠は実際の旧姓である)。いつもより少し長くリビングにいたからかついに直接聞いてきたのは、我が父である九鬼楓悟だ。
そして向こうで忍び笑いを隠せた気になっているのが、おそらく堂々と同じ部屋で配信モデレーターをしているマネージャーの浅倉玲である。あとでほっぺたつねる。
父は実業家……というか、大きなグループ会社のCEOをしている。明治時代に商家として財を成した九鬼家の当主であり、恐らく聞いたことのない日本人はいないであろう九鬼グループのトップ。偉い人だ。
ちなみに我が父はいわゆるハーフでもある。その母、つまり私にとっての祖母はドイツの名家出身で、父や私、もちろん紫音にもその血が流れている。父には「Hugo Feegart」というドイツ語名もあったり。
「いや、見てもらえるのは嬉しいけど。さすがにそれを面と向かって言われるのはまだ……って紫音、それいつからつけてたの」
「今日は配信するのか、のあたりから」
「最初からだ……」
そして平気な顔でキャスを始めていたのが家庭事情暴露ガールこと九鬼紫音である。私がひとまずの進路を固めたせいなのか、今月に入った前後からやたらとテンションが高い。
「どうも、朱音紫音パパです」
「初登場……といっても、どこかで顔を見たことがあるかも?」
「お父さん、順応速いって」
娘の配信を楽しみに見ていることを恥ずかしいことだと定義していないのか、毎日の楽しみをバラされておきながら父はノリノリだった。いやまあ、ちょっと探せば写真くらいいくらでも出回っている立場だけど、ちょっとは躊躇していいんじゃないかな。
とまあ、大したことはないにせよ普段より少しだけカロリーの高い団欒からそろそろ抜けようかとしていたところで……端末に着信があった。
発信者の名前を見て…………ひとまず、音声通話のみで応答。
「……はい」
『ルヴィアちゃん、今日これから精霊界に来られない?』
「ちょうど向かうところでしたけど……何かあったんですか?」
あの、周囲で四人同時に面白そうな顔をするのやめてくれないかな。気が散るんだ。
『ルヴィアちゃんにプレゼントがあるの。もう来るなら待ってるわ』
「ああ……わかりました。すぐ行きますね、マナ様」
通話を切ると同時、四人は沸いた。たぶんキャスのコメント欄も。
「……こんばんは、ルヴィアです。紫音のキャスを見ていた方は事情をご存知ですね」
〈こんー〉
〈まってた〉
〈二窓勢〉
〈何かあったん?〉
〈*九鬼シオン:いぇい〉
〈シオンちゃんよう見とる〉
「まずひとつ、本配信は私の家族が総出で見ています。それどころか父は毎日見ていることが発覚しました」
〈草〉
〈親バレ!?〉
〈知られてはいたし親バレではないだろ〉
〈見られてたのかよ〉
あの場では平常を装ったけど、実はそこそこ衝撃だった。
私、配信中ではそれなりに親に見られたくはない有様を見せているんだ。それを全部欠かさず見られていたと聞かされて、ショックがないわけがない。
とはいえ、これはひとまず置いておくとして。
「そして本題、マナ様にお呼ばれしました。というわけで今日は精霊界ですね」
配信は《明暮の狭間》で始めたから、扉を潜って精霊界へ。
そこから少しだけ飛ぶと、マナ様の居所。予告通り待っていてくれた。
「来ましたね、ルヴィア」
「……なんですか、その自信満々すぎる顔は。ポンコツキャラがよく見せる感じの表情になってますけど大丈夫ですか?」
〈今日のお嬢なんか辛辣じゃない?〉
〈配信前にいろいろあって動揺が残ってると見た〉
〈マナ様も本望だろ〉
〈前からお嬢にもっと砕けてほしいって言ってたもんな〉
〈前回駄々っ子ムーブしすぎただけでは〉
いや、うん。今日の用事の半分はなんとなくわかってるんだよね。前回あんな感じだったし、ニムは面白がって焚き付けていたし。
それからのこの表情だと、私とて多少は冷たくもなろうというものでしてね?
「自信ならあるわよ。翠華にも負けない最高のプレゼントを用意したんだもの」
「……ニムー?」
「なあに」
「どうしてこうなるまで放っておいたの?」
「面白そうだったから」
〈草〉
この精霊王にしてこの精霊である。
「えー、おわかりでしょうか皆さん。私、もう詰んでます」
〈だろうね〉
〈*イシュカ:強く生きて〉
〈*ユナ:私しばらく精霊界行かない〉
カリスマブレイクが発生して若干のぽんこつ属性が見え隠れし始めたとはいえ、仮にも先代であるエルヴィーラさんが認めた精霊界の主だ。あの《百華神の耳飾り》に勝るとも劣らない代物を作ると息巻いて、常識的な性能で完成するわけがない。
でも、いくらオーバースペックでも「来訪者間のバランスとかを考えて装備しないでおきます」とか言えない。そんなことを言い出したらこの精霊王は確実に泣く。泣いて私が折れるまで拗ね続ける。
だからこの場合の精神衛生上の正解は「そもそもマナ様と会わずに受け取らないこと」なんだけど、私は向こうから呼ばれてしまったからノーチャンスだったというわけだ。
コメント欄の同族は後日連行するから震えて待ちなさい。
「……ルヴィア姉、なんで微妙そうな顔なの?」
〈それ〉
〈そもそも貰いたがらない理由なんなん〉
〈純粋に強化なんじゃないの?〉
「確かに、貰えること自体は喜ばしいんだけどね。……こういうのはね、悪目立ちっていうの」
この手の固有装備はDCOではばら撒く方針になっている。これはせっかくのVRゲームなのだから色とりどりの方がいいとか、運営も推している配信コンテンツ的においしいとか、開発班に趣味レベルで固有グラフィックを大量生産しているデザイナーがいるとか、いろいろ要因はあるそうだ。
ただ、それでもこのゲームはまだ始まったばかり。ユニーク装備の所持者はトッププレイヤー内でもまだ少数派だ。
そんな中で、私は既に宝玉を含めなくても三つ持っている。マナ様の想装で早くも四つめだ。さすがに突っ走りすぎというものである。
「つまり、一つきりの装備がもっと出回ればいいのね。ニム」
「……マナ様?」
「はい! 各地の有力者に『もっと軽率に想装を渡していい』と通達しておきますね!」
「ニムさん?」
〈!?!?!!?〉
〈*シルバ:キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!〉
〈FEVER!!!〉
〈*スズラン:マナ様愛してる!!!!〉
〈*アルフレッド:やっぱ精霊王様なんだよなあ!!〉
〈トッププレイヤー組ウッキウキのワラワラで草〉
……どうしよう。マナ様が私たちに自分の装備を使わせたいがあまりに大変なことになった。
なんなの? なんでこのひと軽率に世界に変革を与えるの?
「……運営さん、これ大丈夫なんですか色々」
〈*運営:想定内のイベントです。住民にはもっとはっちゃけて欲しかったところですから、むしろマナ様GJ〉
〈*フィート:よっ運営太っ腹!!〉
〈*ミカン:一生ついていきます!〉
〈こいつらみんな運動会で掌返しそう〉
運営のノリがプレイヤーと近いコンテンツは長続きするよね……ってそうじゃなくて。確かに喜ばしいことではあるけど、運営さんまで踊り出したらとりあえず場を収めなきゃいけない私の負担が増えるのよ。
あとミカン、あなたの立場でその発言はけっこう重いからやめて。この調子なら事実になるだろうけども。
「それで、マナ様。件の品というのは?」
コメント欄のプレイヤーもリスナーも、運営もマナ様も踊り出したせいで収拾がつかなくなって、結局軌道修正にはあまり気が進まなかったセリフを使わされた。
もし皆でこうなるよう結託して誘導したなら素直に賞賛するよ。
よほど見せたかったのか、マナ様は即座にウキウキで振り返った。
「そう、そうなの。喜んでもらえるように、いろいろ考えて作ったのよ」
「ニム」
「ちゃんと無理しすぎないように休ませはしたから大丈夫」
「よろしい」
〈ほんわかする〉
〈マナちゃん素直でかわいいね〉
〈主従組み変わってない?〉
〈ニムちゃんお嬢の部下みたいになってるが〉
いや、本当に。この様子だとろくに休まずに作ったんじゃないかと心配だったんだ。いくら精霊は人間のような休息は要らないといっても、まだ病み上がりのマナ様は無理しない方がいい。
まあ、当人はそんな心配どこにもなさそうな無邪気な様子なんだけど。
「はい、これよ!」
「ありがとうございます……うん?」
〈首輪?〉
〈チョーカーだろ〉
〈耳は埋まってるけど、アクセの中から首チョイスするのか〉
〈デザインセンスはいいな〉
〈精霊プレイヤー特有の雰囲気によく似合いそう〉
「ちなみにそれ、イシュカ姉とユナ姉の分も見た目はお揃いだよ」
「…………首輪ですか?」
〈うぉい!?〉
〈お嬢だけは言うなよそれを〉
〈思ったけど。ちょっと重いけど〉
〈おい否定しろ精霊王〉
柔らかめでガーリィな雰囲気に合う可愛いチョーカーではあるんだけど……3人に同じものをとなると、一気に首輪というか所有印じみてこない? いや、精霊が精霊王のもとにつく存在なのは事実なんだけども。
何より、マナ様が首を横に振ってくれない。にっこり微笑んだまま表情が固定されている。たぶんこれ、本人も所有欲あるんじゃないの?
この配信、よりにもよって私の家族が見てるんだよ?
「ねえニム。マナ様が石化したんだけど」
「…………諦めて」
「はい」
着けます。このままだと「着けてあげましょうか」とか言い出しそうで怖いから、もうさっさも自分で装備してしまおう。
幸い、余計なことさえ考えなければデザインもよく超高性能なアクセサリーだ。何も心配は要らないはずだから、着けてから性能を見てみる。
○精霊王の首飾り
分類:アクセサリー(首)
スキル:《虹魔術》
属性:虹
品質:Epic
性質:《想装》、《不壊》、キャラクター好感度連動(対象:《精霊王・マナ》)、《精霊》専用
所持者:虹剣の精霊・ルヴィア
状態:正常
SPD+17、MDEF+17、MPリジェネ+20
・《精霊王・マナ》が自らの庇護種族に手を出された結果、親友に対抗して自重を捨てたまま作った品のひとつ。精霊王ならではの理解があってか、精霊という種族への親和性が高い仕上がりになっている。身に着けているだけで精霊への強い癒しの効果を発揮する。
○固有能力:《トワイライト・ブラスター》
「あの、マナ様。ひょっとしてこれ、常にマナ様の魔力が送られていたりとか」
「もちろん、するわよ」
「……ルヴィア姉、もしかして魔力回復効果ついてた?」
「うん」
《百華神の耳飾り》に対抗したような、やたら酷似したテキストになっている。……わかる。
MP最大値ブーストの次は、当然ながらMP自然回復が来る。……わかる。というか、これだけならアイリウスにも似た効果がある。
回復上昇分の魔力はマナ様から与えられる。……わからない。
「マナ様にとって、私たちって雛鳥か何かなんですか?」
「守ってあげたい可愛い子供たちですもの」
「あっだめだこのひと疑問符に応じる気がない」
〈あー草〉
〈当事者になったら笑えんよなこれ〉
〈俺らは他人事だから笑うぞ〉
〈二人目のママ……?〉
〈マナ様も最初は儚げな美女だったのに〉
しかもほら、ステータスブーストも極端に防御寄りなの。完全に「私が守ってあげる」って書いてある。私もイシュカさんもMDEFは高いけどDEFは低いから、物理攻撃は絶対に避けるところまでしっかり把握した上でのこれだ。
こんな露骨な代物を手渡してあの一遍の曇りもない満足気な表情ができるの、ある種の才能だと思う。
「……そして、固有能力が……」
《トワイライト・ブラスター》
世界の魔力そのものを司る精霊王が、庇護対象である精霊へ分け与える権能の一端。マナの強烈な魔術の一部を借り受け、世界の敵へ叩き込む。
現在MPの99%を使用して発動。消費MPに応じた威力を持つ超強力な攻撃魔術を、任意の属性かつ任意の形式で発動する。(CT24時間)
「…………脳筋だ」
「脳筋だねぇ」
「ぎりぎりまで追い詰められた時は、やっぱり最大の障害を倒してしまうのが一番いいでしょう?」
〈マダ○テじゃん〉
〈完全にアレ〉
〈イシュカのも同じだったられんけい技できる?〉
今日のマナ様のテンションや庇護欲、首飾りの他の効果からは想像もつかないものだったけど……しかしいざ見てみれば、これはこれで噛み合っている。
これでMPを消費しても、首飾りの効果で回復するからリカバリーしやすい。
何より、MPそのものを増やす《百華神の耳飾り》とかなり相性がいい。対抗していても親友だということだろう。
ほっこり……している場合ではないんだよね。これはすなわち、プレイヤー全体の最後の切り札そのものだ。
私ルヴィア。これから総司令官と最終兵器を兼ねることになったの。
精霊界のポン、ついに本領発揮。
綾鳴「あれ大丈夫なの?」
エルヴィーラ「……正直私も心配ではあるけど、周りが優秀だし危険にはならない立場だから。あと責任ある立場になって自立してくれないかなって」
綾鳴「…………できてる?」
エルヴィーラ「まだ微妙かな……」




