146.認めぬは本人ばかりなり
そのまましばらくは順調にいったんだけど、当然そのまま終わるなんてことはなかった。
『こちらI班! 前衛を無視した遠距離攻撃で後衛が半壊!!』
「『こちら本部、了解』。……海イベA鯖のアレだ」
「まずいですね……『司令部より全体へ連絡。後衛を狙った遠距離攻撃に可能な限り注意してください!』」
『『『了解!』』』
遠距離攻撃が前衛の持つヘイトを無視して後衛へ向けられるのは、初めてのことではない。A鯖限定ではあったけど、先月半ばの海イベントでボスの水葵さんが見せていた。
ただ、知っていることと対処できるかどうかは別だ。実際に受けたことがあればまた話が違ったかもしれないけど……生憎、I班はB鯖やC鯖だったプレイヤーを中心に構成されている。その場に咄嗟の判断ができるプレイヤーがいなくても不思議ではない。
なるべく同じ領域で戦っていたプレイヤーが周りに多い方がやりやすいだろうと思って固め気味にしたんだけど、兆候から推測されていた想定より敵が強い。
もちろん平均レベルが低い分人数は厚めに取ったんだけど……こういうトリッキーな行動をしてくる敵が相手だと、数が多いだけでは対処が難しくなるものだ。これは私たち司令部の反省点だろう。
「『救援隊へ連絡。後衛重視で1レイド、I班にお願いします』」
『こちら救援隊、了解! アルファ隊、出るぞ!』
何にせよ、ここは出し惜しみをする場面ではない。一気に1レイド分の救援隊を送り込んで、なるべく早く立て直してもらうことにした。
……幸い、すぐに落ち着いたようだ。万葉のときの受け売りだけど、救援隊にトッププレイヤーを固めておいたのはやっぱり正解だったかな。
しかし、まだ中盤戦ともいえる段階で後衛ターゲットをしてくるとは。ここから先、何をしてくるかわからない。
私の仕事が増えるのなら、なるべくタイムロス少なく判断がしたい。集中力が必要で疲れるんだけど……奥の手を使おうか。
「……え。ルヴィアさん、それ何?」
「前線に用意した各地のカメラの映像を並べたんですよ。この方が確認が早いので」
「完全に絵面がSFにゃ……」
「それ誰でも思いつくけど目が追いつかないからやらないやつですよ」
〈情報処理力までバケモンなのかよ〉
〈むしろ得意分野では〉
〈これベータの時に見たやつだ!〉
〈オペレーションルームじゃん〉
私はユニオンメニューから共有映像を開いて、ざっと10個ほど目の前に並べた。これを見ていれば戦況はバッチリというわけだ。
普段の数倍の情報量が一気に入ってくるから、くまなく確認し続けるのはかなり体力を使う。だけどそれに見合ったメリットがあるから、短時間ならありだろう。
ちなみにこれと似た絵面は、ベータのクロニクルクエストで見せたことがある。あのときはただの遊びだったけどね。
……そしてしばらくして、さっそく役に立った。
『うぉわっ!?』
『飛んできたァ!?』
『待て待て待て聞いてないそれは聞いてない!』
〈!?!?〉
〈なんじゃありゃ〉
〈画が面白すぎんか?〉
遠距離攻撃を耐えられてしばらく経ったからなのか、今度は後衛目掛けて魚が飛んできた。
トビウオならベータの時にもいたけど、あれとは飛距離が雲泥の差だ。まるで大砲で撃ち出されたような勢いで宙を舞って、正確に後衛陣地に着弾している。
絵面的には面白いけど、放置してはいられない現象だ。私は全軍へ緊急指示を出した。
「『司令部より全軍後衛へ緊急連絡! 魚は《ガード》系で受けてください!』」
『り、了解! 高レベ、前に出て!』
〈かしこい〉
〈ガード使うのかしこいぞ〉
「コメント欄、最近何やっても褒めてきますよね」
まあ外からあれこれ言われるよりはいいんだけど、ちょっと甘いというか、こういうコメント欄の流れはVtuberの配信で見るやつというか……。
スキルレベル80での習得だからまだ使い手が少ないけど、扱えるトッププレイヤーはちゃんと散りばめてある。性質上一人でカバーできる範囲も広いし、おそらく問題はないはずだ。
《ガード》系は攻防一体型の魔術だ。自分の目の前または指定した位置に属性魔力障壁を展開して、そこに突っ込んでくる敵や攻撃を防ぐ。
物理判定に加えて攻撃判定もあるから、魔物が直接突っ込んできた時はダメージも与えることができる。使いどころや相手は選ぶものの、刺さる場面ではとことん役に立つカウンタースペルなのだ。
「イノシシやこの魚のように、軌道が予測しやすい敵が相手の時はかなり役に立ちます。一方で、小回りが利く敵にはほとんど当たらないんですよね」
「一度には一枚しか展開できないからにゃ」
「一度展開したら動かせないしぃ?」
ほとんどの敵は魔術を避けようとするから、動かない魔術は割とあっさり避けられる。攻撃に使うにはひと工夫必要なのが現実だ。
《トラップ》系も同じ設置系の魔術だけど、あちらは防御力がない代わりに小さいから気付かれにくい。お互いに差別化は可能……なんだけど、結局どちらも場面を選ぶのが残念なところだ。
私のような特殊なスタイルならともかく、大抵の後衛攻撃魔術師にとっては長らく主力が《ロア》と《プロード》と《アロー》で変わっていない。次あたりでそろそろテコ入れが来るだろうか。
「ちなみにルヴィアさん、魔法剣士的に《ガード》の防御力は?」
「防御力だけなら申し分ありませんけど……」
「やっぱり取り回しが苦しいですか」
「詠唱は短い方ですけど、それでもラグがありますからね。咄嗟に出せるパリィとは比べるべくもありません」
「ルヴィア、大半のプレイヤーにとってはパリィも咄嗟の反応で出るものじゃないよ?」
〈よく言ってくれたフリュー〉
〈その通りだぞ〉
〈お嬢がおかしいんだ……俺が下手なわけじゃないんだ……〉
あと、どうしても詠唱に意識を割かれる。スキルレベルの問題も鑑みると、魔法剣士の敷居を下げる存在にはならないだろう。
私は近接戦闘しながらの詠唱には慣れているけど、それでもあくまでレパートリーの一つ止まりになりそうだ。使っている間は他の攻撃魔術を出せないから、どうしてもDPSが落ちるんだよね。
……と、そうこうしているうちに司令部にまで魚が飛んできた。もちろん想定内だったから、私は合わせて詠唱。
「そもそもどんな魔術なのかといいますと……《ジュピターガード》!」
「……は?」
「こんな感じの魔術ですね」
「違う違う違う」
「私の知ってる《ガード》じゃない……」
〈?????〉
〈めり込んでない?〉
〈ガードってか切断なんだが〉
〈どうやったんだ……〉
いつだかに言ったことがあったと思うんだけど、魔術の発動には意識、選択、詠唱、照準の四工程が必要だ。詠唱と照準は順不同で、最後の工程を処理した瞬間に魔術は発動する。……つまり、前の三工程は処理と魔術発動にラグがある。
だから、先に照準を済ませてからタイミングを合わせて詠唱を完了すると、ちょうど敵の体内を貫通する形で魔術が発動するのだ。そして《ガード》系には物理判定があるから、それに押し出される形で敵は切断されるというわけ。
ね、簡単でしょう?
「何言ってるのこの子」
「言われてみれば確かに……」
「…………《サターンガード》! あ、できた? できちゃった?」
「ちなみに現状魅せプです」
「だろうね!?」
〈草〉
〈草も生えねえ……〉
〈*検証班:追って検証します〉
〈理論はわかった。できるかボケ〉
〈ジャストガード必須……ってコト!?〉
〈いや一発でできてるルプストに誰か突っ込めよ〉
DCOの魔術は工程単位である程度融通が利くから、詠唱の工程だけを残して待ち構えてからタイミングを合わせれば案外できる。見た目ほどの高等技術ではないと思うよ。
ただ、現状必須技術ではない。この手の防御に構わず突進してくる強い敵がほぼいないからね。うまくいけばかなりの大ダメージ判定が入るから、突進系の硬い敵が現れれば実用性がありそうなんだけど……。
戦線を注視しながらも防衛戦中盤はこういった話をするくらいの余裕があったんだけど……。
「ヴォログの防衛戦は途中からひどいことになったし、ここもそろそろ怖いんだよね……」
「《シグレ》の件ねえ。確かに、アレを見るにそろそろ運営も本気になってきたみたいだけどぉ……」
このブランさんとルプストの掛け合いは、結果的にフラグとなってしまった。防衛線にはもっと前から兆候があっただろうから、実際はタイミングが合ってしまっただけなんだけど。
戦況を俯瞰的に見ていた私は、掛かってきたフレンド通話に気づいた。……イシュカさんからだ。
「『はい』」
『あたしのはまだ不完全だけど、魔力覚が海中に何か捉えたわ! ルヴィアの精度で確認お願い!』
「『海中…………』」
〈なんだ?〉
〈ブランがフラグ立てたか?〉
〈イシュカも魔力覚が育ってきたのか〉
〈プラクティス実装されても結局ようわからん魔力覚さん!?〉
どうやらイシュカさんは個人的に警戒していたようで、育ちかけの魔力覚で探っていたらしい。そうしたら、何か妙な反応を捉えた……と。
魔力覚はマスターしてさえしまえば、距離はあまり関係ない。数ヶ月のアドバンテージがある私で確認すると…………。
「『司令部から全軍へ! 火属性を可能な限り中央に集めてください! ……そしてE班、衝撃に備えて!!』」
突然の指示に驚いた様子だったものの、さすがは最前線。各隊の行動は早かった。元々水属性の敵が多いせいで出番が少なかった火属性プレイヤーを、防衛線が破綻しないように単体で送り出す。
……が、それよりも敵の方が早かった。辛うじて陣形を組み直したE班の目の前に……特大の、クジラ。
『ボスだ!』
『か、風!? 水は下がれ!!』
『火属性、前に……うわあああっ!?』
そのクジラは勢いのままに突っ込んできて、圧倒的な質量にものを言わせてE班のタンクを押し潰した。
ぎりぎりで不意討ちを免れた分、被害は最小限で済んだようだけど……それでも被害はちょっと無視できない。
○アルジーホエール Lv.53
属性:風
状態:汚染
「『火属性が集まるまで耐えてください!』」
『よし、やるぞ者共ォ!!』
E班のリーダーは張り切ってくれているけど……クジラの二撃目もあまり防げていない。あまりにも大きすぎて、防御手段が軒並み機能していないのだ。
盾で受け切れる質量ではないし、パリィなどもってのほか。回避もステップ程度ではどうにもならない。……このままだと、もたない。
これをなんとかするには……使いたくない奥の手だけど、仕方ないか。
「『《ガード》系が使える魔術師も集まって! ごめんなさい、トビウオは《ガード》なしで耐えてください!!』」
『『『了解!』』』
『迅速な対応助かる!』
「『少し危険ですが、防衛線を下げましょう! トビウオも物理職で防ぎます!』」
〈修羅場だ……〉
〈大胆な一手〉
〈すぐその決断ができるのいいな〉
〈やっぱり天性の指導者だよ〉
先にも述べた通り、《ガード》系には物理防御力がある。術者と離れた場所で攻撃を防ぐ数少ない手段だ。近づいただけで押し潰されるクジラを押し止めるには、これしかない。
トビウオ対策からあまり動かしたくはなかったけど、仕方ない。放っておいて被害が大きくなるのは間違いなくクジラの方なのだから、迷っている時間の分だけ損だ。
その代わり、トビウオは前衛を下げて対応する。前衛と後衛の距離を空けていたのは流れ弾や余波への対策だったけど、天秤にかければ最も被害が小さいのはそれだ。ならば切るしかないわけで。
『てめえら! 集まるまで無理やりにでももたせるぞ!』
『お嬢の英断を無駄にするな!!』
『俺が島津豊久だァ!!!』
……結局、クジラ討伐と防衛戦は最小限の被害で成功した。
MPを削りながらクジラを押しとどめ続けた魔術師たちも、その隙にひたすらクジラのHPを刈り取った火属性中心のプレイヤーたちも、その間の各方面を押さえ続けた他の班や予備隊も、ほんとうによく頑張ってくれたんだけど……やっぱり、MVPを決めるのなら、態勢が整うまで持ちこたえてくれたE班のプレイヤーたちだろう。
だからね、皆。胴上げするなら私じゃないよね? リスポーンして戻ってきたあっちの人達だよね?
そして接待BBQへ……。




