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Dual Chronicle Online 〜魔剣精霊のアーカイブ〜  作者: 杜若スイセン
Ver.1.1 たのしかった、運動会!
149/473

144.空を自由に飛びたかった

「イースといいます」


 9月9日、月曜日。いつも通り配信を始めようとしたんだけど、本日のゲストが思いっきり先走ってのけた。

 今日は新ゲスト回だ。相手の方から打診があって、私が受けた形。もちろん初対面の相手からのそんな話を受けるということは、ひとつ特別な要素がある。


「みなさんこんにちは、DCO公式ストリーマーのルヴィアです。今日も配信をしていこうと思います」

「イースといい」

「今日は新たなゲストを迎えて、あるイベントを攻略していこうと思います」

「イースと」

「開幕からメインゲストとして初めての方がいるということは、それ自体に意味があるということですね」

「イー」

「というわけで今回のゲストです。自己紹介をお願いします」

「イースといいます。よろしくお願いします」


〈あの、何?〉

〈待ってどういうこと〉

〈俺ら今何を見せられてんの?〉

〈壊れたbotか?〉

〈前線にはまだこんなやべーやつが隠れてたのか……〉


 はい、茶番終わりね。






「まあ、ここまで持ち込み台本でしたということで」

「ありがとうございました。配信の開幕からボケ倒すの、ちょっとした夢だったんです」


 配信前からちょっと話している私は、そろそろ理解していた。この子はどうやら、シルバさんやリュカさんと本質的に同類だと。

 だってもう、このボケと呼んでいいのかもわからないやり取りを数万人の前に曝して嬉しそうなんだもの。おそらく「自分のことは雑に扱っていい」という宣言も兼ねていたんだろうけど、もう本質的にコメディアンである。


 でも、こういう立場の子は初めてだね。普通に扱っても雑に扱ってもいい子はこれまでいなかった。配信の幅が広がりそうだ。




「改めて、人族の槍使いのイースです。実は今日、うまくいけばエクストラ進化が控えていまして、せっかくだからとルヴィアさんをお呼びさせていただきました」

「うーん、普通に喋っていれば普通の子なんですよね……じゃなくて、というわけで今回は進化イベントとなります」


〈本音漏れとる漏れとる〉

〈進化マジか〉

〈今エクストラってことはとんでもない実力者じゃん〉


 今のところエクストラ進化を果たしているのは、精霊の私とイシュカさんとユナ、龍人のクレハ、竜人のジュリア、ドリアードのペトラさん。そしてアルラウネとトレントという植物系エクストラ二種が一人ずつ、こちらは私と面識のない人たちだ。

 それ以外にも、エクストラ進化に向けて行程を進めているプレイヤーは何人かいるんだよね。その中でもイースさんはかなり早かった方だ。


「で、その進化先というのが」

「《翼人(フェザーフォルク)》です。翼を生やして飛べるようになった人間ですね」


 この《翼人》、本当につい最近いきなり進化方法が判明した種族だったりする。少なくとも先月末時点では検証班すら把握していなかった。

 ただ、翼人はエクストラの中では条件がかなり緩い。AGIの高い人間の上位プレイヤーならその時点で候補には入るくらい。

 ただ、真っ先に進化に取り組んだイースさんによると「エクストラにしては性能は控えめ」とのこと。これまでに発覚している高難度の希少種と違って、ただ初期種族の正当進化に列せられないだけと思われる。


「ただ、これから独自進化のルートに入っていくと思われます。近接飛行戦闘(ドッグファイト)がしたい方にはオススメですよ」

「飛行そのものの難易度は」

「…………頑張ります」


 現実を垣間見たところで、アポイントメント済の進化現場に向かおうか。








 そして。


「無事に進化できたようじゃな」

「はい。ありがとうございました」

「良い良い、妾も久方振りに仲間が増えて嬉しいのじゃ」


 無事に背中から鳥のような翼が生えたイースさんは、翼人ルートのキーパーソンである《妙羽》さんと話していた。この妙羽さんはこの世界にもいるらしい《天狗》の長で、天狗の進化元となる種族も気にかけているそうだ。

 ちょっと妙羽さんが喋ってくれた以外に撮れ高がなかったから切り抜きになったりはしそうにないけど、天狗についてはちょっとだけ判明していた。


 天狗は主に《烏天狗》と《木葉天狗》の二種類で構成されていて、それぞれの進化元は翼人と《狼獣人》であるらしい。やや精霊に近い形だ。

 そしてこれによって、二段階エクストラ進化が正式に判明した。烏天狗になるにはエクストラ進化が二回必要となる。翼人の進化難易度が低いからこその早い判明ではあるだろうけど、システム的にありうることがわかったのが大きい。


「つまり、精霊や仙人、竜人もさらに進化先がある可能性が高くなりました。通常種族も、正当進化が複数回ありそうですね」


〈おお!〉

〈面白くなってきたじゃん〉

〈これぞMMOよ〉

〈RPGっぽい感じだ〉


 一気に可能性が広がったのだ。みんなのテンションも上がろうというものである。もちろん、私も含めて。




「して、イース。そちらの精霊殿も」

「はい?」

「早速で悪いんじゃが……他に翼人、というか天狗への進化を求める者はいるのじゃろうか」


〈お?〉

〈なんかマナ様みたいなこと言い出したな〉

〈エクストラどこもそんなんなのか〉


 ……どこかで聞いたセリフが聞こえてきた。この後の流れ、なんとなくわかるような……。


「ええ、いますけど……」

「急ぐものがあるのですか?」

「そういうわけでもないんじゃが……ずるいじゃろう、人間なぞは数千とおるのに」

「……嫉妬?」


〈ヤキモチじゃん〉

〈かわいい〉

〈かわいいなこのロリB(BAN)〉

〈EX進化キーキャラ、寂しがりがち〉


 やっぱり。これ、精霊の時も見たね。

 単に寂しがるマナ様と、ただの人間にやきもちを焼いて間接的にアピールする妙羽さん。両者の性格が出ている気がする。


「ともかく。進化を望む者はまずは妾の所まで来いと、来訪者に伝えてはくれぬか」


 しおらしくお願いしてくる妙羽さんだけど……たぶん彼女、わかってないよね。

 ちょっとリアクションを楽し……ちゃんと伝えておこう。


「大丈夫ですよ。もう伝わっています」

「……え?」

「これ、私たちの世界に映像を送る特殊な術でして、さっきから視聴者……しめて2万人が見ています」

「そういえば妙羽さん、ルヴィアさんに目もくれず説明する間もないまま私を進化させていましたね」


 ……あ、妙羽さんが打ちのめされた。その場にしゃがみ込んで指先で地面にのの字を書いている。


「妾はいつもそうじゃ……配信とやらがあるとは綾鳴様に聞いておったのに、舞い上がったまま注意力を欠いて醜態を晒すのじゃ……」

「だからそれも見られているんですって」

「あっ…………も、もうおしまいじゃあー!」


 頭を抱えてしまった。……別に教えるタイミングがあったのに黙っていたわけでもないんだけど、なぜか罪悪感があるね。


「しかもこれ、『あなたが飛び回っているせいで翼人になりたい人もなれないでいるんです』とか言い出せない雰囲気ですよね」

「はい。……これが“本物”ですか」

「聞こえておるぞお主ら!!」


 実は翼人、進化条件となる試練は「関東各地を飛び回っている妙羽さんを探し出して話しかける」である。イースさんは昨日のうちにこれを満たした上で、明日進化したいと伝えて連絡先を交換していたそうだ。

 いろいろと都合や用事があるとはいえ、自分から飛び回っている割にはこの寂しがりよう。失礼とは思いつつも、天然と呼んでしまいたくなってくる。


 ……とまあ、あまりにも可哀想な有様なわけだけど、たぶん彼女はだからといってどこかに常駐したりはしないだろう。というか、たぶんできない。

 いくら同族が欲しくても、試練とされているものを拒めば怖い人が出てきそうだ。たとえば運営さんとか、綾鳴さんとか。


 ごめん、イースさん。あなたのコメディキャラ、薄れちゃった。






 気を取り直して。


「んー……っ!」

「やはり、すぐには難しいかの」


 大きな翼を手に入れて、イースさんは飛行訓練に入った。

 といっても、精霊と違って翼人の飛行は勢いが必要になる。助走をしながら、踏み切って風に乗るイメージだ。


「難しいですね、これ……」

「本来ない器官ですからね。まずは動かし方に慣れないと」


〈なんか含蓄あること言ってますけど〉

〈即日マスターしたお嬢が言っても説得力ないんだよな〉

〈お嬢とイシュカだけは言うなよそれを〉

〈*メイ:私もユナちゃんも3日はかかったのに……〉

〈3日も大概なんだよ!!!〉


 イースさんはうまく勢いをつけて踏み切りはしたんだけど、そこから風に乗れずに煽られてしまっていた。

 妖精や精霊はどちらかといえばヘリコプターに近いけど、どうやら翼人の飛行は飛行機に近い操作感であるらしい。小回りでは劣るけど、おそらくトップスピードは精霊にも勝る。


「ルヴィアさん、何かアドバイスとかありません?」

「アドバイス……と言われましても……」


 本当に、システムからして違うからね。私には翼人の飛行はわからない。羽ばたく動作は特にそうだ。


「たぶんジュリアの方が感覚は近いと思いますが……翼の認識の仕方くらいなら助言できるかも」

「はい。それが一番わからないので……」

「確かに、翼に力が入っていない様子でしたね」


〈わかるんか〉

〈それはわかった〉

〈*イシュカ:力の入れ方を覚えないと浮くことすらできないのは妖精も同じよ〉


 翼は体の特定の部位から繋がっているから、その仮想の繋がりをまずは認識しなければならない。そこで体が終わっていると思っているうちは、羽ばかり動かそうとしても伝わらないのだ。

 そういう時には他者が翼の付け根になぞってやるといいというのが、妖精プレイヤーたちが見つけ出した結論だった。私もそれを試して、イースさんの背中に触れてみる。


「少しくすぐったいかも」

「ひゃ……え、ここってこんなに敏感でしたっけ」

「ここは背中じゃなくて関節ですからね。腋の下や膝の裏と同じです」

「ああ、なるほど……確かに」


 今のところDCOの飛行種族の翼は肩甲骨の内側から腱で繋がっている。だからまずは大菱形筋(私も検索して名前を知った。どこのことかは調べてほしい)あたりを意識すると分かりやすい気がする。ちなみに「僧帽筋どうなってるんだろう」は禁句だ。


「……あれ。これ、筋肉? こんなところにあったっけ……」


 ……少し触ってわかったんだけど、どうやら翼人は背中あたりの筋肉のつき方が人間と違うらしい。翼を自在に動かすための筋肉がいくつかついている。


「これが左右、これが上下ですかね。わかりますか?」

「あ、ほんとだ。なんか筋肉ある……」

「ほう、わかるか」

「なんで黙っていたんですか妙羽さんは」


〈草〉

〈妙羽さんまだ拗ねてる〉

〈筋肉のつき方までデザインされてるのか……〉

〈DCOスタッフ解剖学者までおるの?〉

〈*検証班:面白そうなネタ!!!!〉


 知っていただろうになぜか何も言わなかった妙羽さん、だんだん威厳すら感じなくなってきたのは気のせいだろうか。

 しかし、筋肉の組成が微妙に種族ごとに違うところまでデザインしてあるとは。九津堂は本当に底が知れない。もしかしなくても、調べてみたら獣人の耳のような器官には人間と違う筋肉があるかも。


「だから、ここからこう筋肉がついていて……」

「……あ、これか。んー……」

「動きましたね。あとは感覚を伸ばしていきましょうか」


〈※練習開始10分です〉

〈なんで???〉

〈俺たちの一週間……〉

〈これもしかして大発見?〉


 やはりイースさんもトッププレイヤー。一度掴んでしまえば速いもので、ほとんど間を置かずに翼の筋肉を掌握してのけた。

 なにしろ架空の筋肉が妥当なつき方をしているから、連鎖的に感覚がわかってくる様子。本当に、九津堂は細かいところまでしっかりしている。


「……よっ、と!」

「おお、飛べましたね!」

「……やるではないか」

「妙羽さん、そろそろ意地を張るのやめましょう?」


〈草ァ〉

〈妙羽さん子供か?〉

〈これが長の天狗大丈夫か?〉

〈長ってかマスコット〉

〈かわいい〉


 結局、イースさんは一時間とかからずに飛び回れるようになった。今日中には厳しいかとも思っていたから、私からしても予想以上だ。


 ちなみに似たようなことを意識してみたところ、私も飛行精度が少し上がった。精霊の翅は魔力製だから筋肉はついていないけど、背中の動かし方は応用できたのだ。

 思わぬ拾い物というか、情けは人の為ならずとはよく言ったものだね。

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『Dual Chronicle Online Another Side 〜異世界剣客の物語帳〜』

身内による本作サイドストーリーです。よろしければご一緒に。

『【切り抜き】10分でわかる月雪フロル【電脳ファンタジア】』

こちら作者による別作となっております。合わせてお読みいただけると嬉しいです。


小説家になろう 勝手にランキング

― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です! またこれは濃い人が…w イースさんという名前の方でしたか、槍使いで…あの芸人コンビの同類さんでしたか…納得です。 新しい進化の先は翼人!飛べる種族系に派生が数多くありそう…
[一言] 1週間を10分で越えられたニキ強く生きて:5000
[良い点] そのうち「この配信者とゲストは特別な訓練を受けています」とか言われるようになりそうw (なお現実はほぼぶっつけ本番な模様)
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