143.最強おじいちゃんのターン!!!
明くる9月8日、日曜日。
「今日は《万葉》へやってきました」
〈お?〉
〈ということは〉
〈よっしゃ待ってた〉
こらこら、私が何か言う前に察してレスポンスするんじゃありません。
「もう皆さんお察しのようなので、前振りは短めで」
「ほう、それが配信か」
「ええ。……こちら、今回のゲストことシリュウさんです」
〈まってた!〉
〈やっと見れる〉
〈ハイパーおじいちゃん参戦!〉
今回のゲスト、シリュウさん。凄まじい対人戦の技量で鳴らし、各方面から噂ばかりが流れてくる好々爺だ。
彼は普段はここ《万葉》で農業をしているから、今日は私がここまで足を運んだ。何しろこの人は、単体で撮れ高として充分すぎるものがある。
「知らない方向けにご紹介しますと、クレハとジュリアのお祖父さんであり師匠です」
〈!?〉
〈は〉
〈これだけでわかるヤバさ〉
〈とんでもないおじいちゃんだ……〉
ついでに言うと、私にとっても見稽古の師匠にあたる。もしかしたら太刀筋なんかも多少は似ているかもしれない。……シリュウさんは剣だけでなく、槍も弓も薙刀も一流の器用なひとだけど。
なんでも、辺境の開拓にあたって野生の獣と渡り合っていた時期の技が伝わっているらしい。もう現代にはその技も不要かと思われたところでのVRMMOだったとか。
彼はV1グランドオープンと同時に参入していて、しばらくは現実とVRの感覚の違いに混乱していたんだけど……なんと自力で順応。歳を感じさせない驚くべき適応力を見せて、ついには全盛期に近い技術をVRで再現するに至っている。
「本当ならもう一人、お祖母様もいるのですが……」
「カタクラは生憎と留守でな。現実の方で用事がある」
「とのことなので、今日はシリュウさんと二人です」
ちなみにそのカタクラさんもなかなかのもので、先読みが上手く魔術師としてかなりの能力があるらしい。現実では家事はもちろん、華道や茶道などをひととおり極めたこちらもすごい人だ。
なおこの二人は万葉を拠点にしているところからわかる通り、本来はセカンドライフとして《農業》をしている。片手間というか、レベル上げなどのために副次的にやっている戦闘面が目立つけど、これでも本業は農家である。
さっそく始めていこうとは思うんだけど……。
「本来なら巷で噂の指導を受けるところなんですけどね。私の場合、それが実質できません」
「もう身につけておるからの」
「はい。なにせ現実のほうでずっと見稽古をしていましたから、要点はだいたい押さえてしまっているんですよ」
〈へー〉
〈そういや言ってたなそんな感じのこと〉
〈*リュカ:あの指導が最初からわかってるとかそりゃPSお化けになるって……〉
〈芸人がボケない……だと!?〉
シリュウさんはたまに弟子入り志願のプレイヤーを受け入れていて、既に何人ものプレイヤーが受けて貴重な経験と語っている。
ただシリュウさんの指導は、基礎の構えや体の使い方なんかの武術要素が主だ。実際このゲームのプレイヤーはそのあたりが我流の初心者がほとんどだから、武術家に基盤を仕込まれたら劇的によくなるんだけど……私の場合それは最初から身についていた。
孫娘たちが受けた指導やそれを身につけた姉妹の立ち合いをずっと見てきたから、そういう基礎技術は頭に入っている。それを自分でできるようにする練習もベータ開幕前にしてあって、それこそスタート時点からある程度できていたのだ。
シリュウさんの指導は要するに、クレハやジュリアまでとは言わずとも私と同じスタートラインに立つためのもの。それを私が受けても、たぶん何も面白くならない。
「というわけで、基礎練は飛ばして……さっそくですが、手合わせしてみましょうか」
「おお、やるか。ルヴィアちゃんがどれだけのもんか、ずっと気になっておったんじゃよ」
〈お!?〉
〈いきなりか〉
〈お嬢もっと決闘やっていいのよ〉
シリュウさんは主に《農業》のようなセカンドライフに興味を持って始めたクチだけど、ここまでレベルを上げてプレイヤースキルを振るっているように戦闘面も相当なものだ。先日なんて、多少のレベル不足はものともせず前線近くまで足を運んだとか。
それだけやり込んでいる理由として、孫娘たちや私との手合わせをしたかったというものがあったそうなのだ。特に私の場合、現実では無理だからね。
「ただ、さすがにそのままやるとレベル差で面白くないので……今回はこれ、《レベルフラットモード》を使います」
《レベルフラットモード》はデュエルモードのオプションのひとつで、レベルの低い方に一時的に合わせる設定である。
今回はシリュウさんに合わせて、私のレベルが《決闘》中だけ40まで下がる。スキルレベルもレベル減少率に合わせて下がるから、開始前にステータスは見ておかないといけない。例えば今回の場合、覚えたばかりの《ガード》系魔術(大イモリが使っていたやつだ)は使えない。
……うん。シリュウさん、もうレベル40あるんだね。このゲームのレベルは最前線の一回り下まではかなり上がりやすいとはいえ、さすがに凄まじいスピードだ。この人、V1第一陣の農家なのに。
「他の設定はいつも通りで……では、始めましょう」
「うむ、細かい御託は要らんじゃろ。ゆくぞ!」
いざ、デュエル!
シリュウさんとの手合わせは、静かな立ち上がりになった。どちらもすぐには動かず、睨み合う格好だ。
私はいつも通りの魔術型魔法剣士スタイル。シリュウさんは無手格闘できた。一見すると舐めているように見えなくもないが、これも立派なプレイスタイルだ。
彼は基本的に何でもできる。圧倒的なリアルスキルである程度スキルレベルを踏み倒して、剣も槍も弓も自由自在だ。
中でもDCOの中で得意としているのが、この《拳闘術》。ただ、同じスキルを使うソラちゃんとは全く違う。
「……っ!」
「来るか。よし!」
間合いを微調整して、私の方から動く。ここのところ重点的に練習している、半飛行状態による高速走法だ。
体重を半分ほど浮かせながら《魔力飛行》で推進力を増し、普通に走るよりもかなり速く地上を移動する技術なんだけど……シリュウさんは当たり前のように反応してきた。
一応これ、現実の人間には有り得ない速度なんだけど……あれかな、獣相手にも慣れているから問題ないのかな。
「ここっ!」
「ほう。なかなかやるのう!」
とはいえ、一の太刀を見切られるのは予測通りだ。軌道を少し変えながら力を抜き、構えられた拳の少し手前を通過させる。
すぐさま切り返して、小さく鋭い二の太刀。しかしこの自己流燕返しも、的確な拳に横から撃ち落とされた。
もちろん想定していたから、私は逆らわずに切っ先を下げながら斜めに駆け抜けを図る。
「逃がさんぞ」
「……見えてますとも」
「ふむ、面白い」
追撃に手刀が来たから、これを今度は私が振り返りながら撃ち落とす。グローブに包まれていない手首を狙ったが……ぎりぎりで察知したシリュウさんは腕を引いて手の甲で受け流した。
そのまま互いに何度か攻撃を試みるも、有効打はなかった。私のパリィもシリュウさんの読みも堅いから、防御に意識の一部を割いたままでは貫通できないのだ。
その最中……ごく至近距離で、一瞬の静止。お互い一秒とかからずに攻撃を入れられる距離だけど、カウンターの用意もあるから迂闊な隙は見せられない。
……まるで命のやり取りでもするような、ひりついた空気感。やはりシリュウさん、私たちのようなゲームプレイヤーとは経験してきたものが違う。
そして、今度は向こうから動いてきた。私がどう攻撃を入れても避けられる体勢を瞬時に見つけ出し、カウンターを困難にしながらの右拳が飛んでくる。
傍から見ればただの鋭いパンチなんだけど、どちらに避けても避け切れない絶妙な攻撃だ。私の紙耐久もあって、かすり傷では済まないだろう。……普通ならば。
私は、右足をそっと浮かせた。
「ふっ、!」
「な──!?」
この瞬間を待っていたのだ。攻撃時にも守りの意識を残しているシリュウさんに有効打を入れるには、こちらが守りを一度捨てるしかない。
私は《魔力飛行》で体を思い切り時計回りに回転させて、左足を軸に体をずらしながら剣を打ち込んだ。魔術を使う余裕はなかったし、急所を狙うこともできなかったけど、回避も防御もできない腕の外側には斬撃のダメージがもろに入る。
この動きはDCOならではのものだ。生身の人間にはない翅の動力を使っているから、現実でこんなことはできない。足で無理やり回ろうとして、がら空きの脇腹を取られるのがオチだろう。
「……なるほどのう。ここは現実世界ではない、使えるものは全て使うべきじゃな」
「ただの初見殺しです。もう使えませんよ」
「そうじゃな。これでワシは翅の使い方を理解した」
ほんの少し動かしてみせただけでこう言ってのけるシリュウさんはおかしいけど、そうでなくとも今の展開はもう使えない。読まれて手痛い反撃を喰らうだろう。
となれば、私は至近距離では勝てない。相手が気を取り直すまでの一瞬で距離を取っていなければ、確実に負けていただろう。
とんでもない綱渡りだ。また間合いの取り合いをしていると、気付けばこの時点で残り時間は4分。随分長く睨み合っているらしい。
「じゃが、まだ奥の手を隠しておるのじゃろう?」
「ええ。勝たせていただきますよ」
「見せてもらうぞい」
正直、このままではこちらの精神が4分もつか怪しい。勝ちに行くなら、一気に攻めた方がよさそうだ。
もう一度、私から動く。ただし、切り込む途中で飛び上がった。《魔力飛行》による空中戦だ。
「そこは的じゃぞ」
彼は獣のみならず鳥も相手としていたそうだ。突っ込んできた野鳥を倒した経験でもあるのか、無手のまま拳を上に向けてくる。
だが、私は鳥ではない。敢えて重量の加速を使わず、少しずれた位置目掛けて降りながら進路を変えて斬りかかる。
……が。
「甘い!」
「えっ、」
初めて見るであろう動きさえ、シリュウさんは読み切ってみせた。加速と減速を最大限に使った私の攻撃を綺麗に避けつつ、回避不能のカウンター。
みぞおちに入った拳に、肺の空気が抜けるような錯覚。そもそも呼吸を必要としないVR空間でも、衝撃を受けた時の感覚は変わらないらしい。
よほど上手くクリティカルが入ったのか、シリュウさんの攻撃力と私の低耐久が噛み合ったのか、私の体力はそれだけで大きく削れた。バランスを致命的に崩した私は隙だらけ、対してシリュウさんはそれを見越して連撃態勢。一発で形勢逆転、そのまま決着まで見える。
…………だけどシリュウさん、忘れてない?
私は、精霊だよ。
「《トリプル・シードプロード》ッ!!」
「ぬおっ!?」
一刹那だけ存在した、零距離での特大の隙。私はそこに切り札を使った。
ずっと温存していた魔術が最大限の効果を発揮して、ゲージを赤く染めながらノックバック。即座に追撃を押し通して、2分を残して決着がついた。
「ううむ、やはりまだ厳しいのう!」
「初見殺しはともかく、魔術がなければ勝てませんでしたよ。私もいつまで優位を取っていられるか……」
〈GG〉
〈gg〉
〈映画か何か???〉
〈GG!!〉
〈ここ人間いないんですけど〉
最後にほんの少しだけ油断を見せたことからもわかるようち、シリュウさんはまだ魔術というものに慣れていない。なまじ生来の感覚でVRの物理戦闘をマスターしてしまっているから、そこに魔術の感覚が入り込んでいないのだ。
もしも彼が、魔術への対処に適応してしまったら。その時はもう、私やクレハ、ジュリアでも対抗できるかわからない。対人戦最強にまで一気に躍り出る可能性すらある。
「いやはや、想像以上じゃったよ。これほどまでの素養が眠っておったとはのう。……しかも、努力も噛み合っておる」
「ありがとうございます。私もずっと見ていたひととやっと手合わせできて、いかに物凄いものだったのかを再確認したところですよ」
〈お嬢が近接で圧倒されるの初めて見た〉
〈クレハや神霊ですら互角はあったのにな〉
〈でも近接でもシリュウと渡り合う魔術師が一番おかしいのよ〉
〈どっちもヤバすぎて笑う〉
〈*明星の騎士団:ちょっと話を聞きに行ってみようかな……〉
ブランさんが目をつけている。彼にシリュウさんの指導は、もしかしたら合うかもね。とんでもない怪物が誕生するかもしれない。
ともあれ、けっこういいものを見せられたんじゃないかな。見世物としてもいい勝負になったし、最上位勢にとっては対人戦の参考資料にもなるだろう。かくいう私も満足だ。
〈*明星の騎士団:ところでルヴィアさん、最初から魔術を使わなかったのはわざと?〉
「さすがに鋭いですね、ブランさん。はい、わざとです」
確かに、私には開始直後から距離をとったまま飛び回りながら魔術を撃ち続けるという選択肢もあった。というか、そうしていれば確実に勝てただろう。
〈じゃあなんでそうしなかったん?〉
〈お嬢魔術師だろ〉
「考えてもみてくださいよ。それ、面白いですか?」
「それに、ワシが前々から手合わせしたいと言っておったからのう。合わせてくれたんじゃよ」
せっかくシリュウさんと決闘をするのに、一方的に魔術を撃つだけではあまりにもつまらない。私は真正面からぶつかりたかった。
あくまで手合わせ、勝ち負けは全てではないのだ。
負けても何も失わないのなら、楽しんだ者勝ち。なにしろこれ、ゲームだからね。
シリュウ「若い頃は現実でも似たような動きをしておったぞ」←おかしい
ルヴィア「現実では全力疾走すらできなくて見稽古だけだったけどVRならできます」←おかしい