142.まったりした釣りなんてここにはないよ
9月7日、土曜日。
「皆さん、例の件はもうご存知でしょうか」
〈体験イベのやつ?〉
〈楽しそうだよなアレ〉
〈完全に宿命になってて笑った〉
〈お嬢吸い寄せられてたな〉
〈*フリューリンク:今回は周りが知らせずにおいたのにね……〉
「……はい。私は昨日、体験イベントのテストプレイをしていました。遊びに行ったはずなんですけどね……」
今日の朝から始まったVRダイブ体験イベントは、早くも大好評となっているそうだ。昨日成り行きで観客席に招き入れた野次馬たちはもちろんのこと、取材に来ていたテレビ暁がそのままニュースで流したのが大きかっただろうか。
そこに配信を休んだはずの私の姿があったことで、私はいよいよVRを休めない人という扱いをされるようになってきている。実際、間違ってはいない。
しかもあの後ほかのジャンルのテストプレイもすることになって、そちらも撮れ高でいっぱいだった。イシュカさんはハンドルを握ると人が変わったし、ユナはテニスが上手かった。
追って九津堂の公式にちゃんとした動画が上がるそうだ。……私としては、できれば公開しないでほしい。
今日はまた人類圏内に戻って、とある新要素の紹介をすることにしていた。
「というわけで、やってきました《四方浜》」
「いぇーい!」
今日の舞台は《四方浜》、まだ始めたばかりの第二陣が多くいる後方の街だ。私たちはその中でも海沿いの、先月には海イベントがあったエリアのほど近くに来ている。
…………うん。わかってはいたけど、テレビ番組のロケみたいになってるね。微妙に遠巻きにして人垣ができている。レベル表示からみるに、大半が第二陣だ。
今日はコラボの予定だった。私の隣に立っている緑髪のエルフの女の子が、今回予定していたコラボ相手である。
「とりあえず、挨拶をどうぞ」
「みなさん、コンロンカー! 《電脳ファンタジア》所属、都会っ子アルラウネVtuberの《月雪フロル》です!」
「はい。というわけで、今回はフロルちゃんと一緒にやっていきます」
〈コンロンカー〉
〈コンロンカー!!〉
〈フロルちゃん回待ってた〉
《月雪フロル》。本人も言った通り《電脳ファンタジア》所属のVtuberで、本来は森から出てきたアルラウネの魔物娘である。私からすれば、ちょっと並々ならぬ思い入れのある子なんだけど……それは今回は割愛。
主な特徴として語られるのはよっつだ。魔物娘にしてはあまりにも人間くさい言動と、同僚へ向ける底なしの愛と悪戯、歌やダンスを含めて全般的にやたらと高いスペック、それから《電ファン》内ではハヤテちゃんすら凌いでトップに立つほどのゲームの腕前。
特にゲームのほうは、種族も相まって『ツルでも操作するとかズルくね?』と言われたりするほど。……私の感覚だとツルの操作はものすごく難しいんだけど、もちろんそうではない。
「DCOの中でもアルラウネの体を取り戻すのが目標なんだっけ」
「はい。強くなって《夜草神社》に行けばいいんですよね」
「うん。他にも条件や試練はあるみたいだけど、レベル40になってあの神社に行けば進化できるはずだよ。翠華さんも増やしたいって言ってたから、歓迎されるはず」
彼女の本来の種族であるところのアルラウネは、解禁済ではあるもののエクストラ種族だ。そこで彼女はまずエルフとして始めて、《植物魔術》による補助を絡めた物理型魔法剣士としてアルラウネ進化を目指すことにしたらしい。
ゲームスキルはやはり間違いないようで、早くも上がっている切り抜きでは槍をうまく使いながら《クリーパーヴァイン》をやすやすと使いこなしていた。不思議だよね、従来のゲームの腕がVRゲームでもしっかり通用するの。
では、そんなフロルちゃんと一緒に何をするのかというと。
「アルラウネとのコラボでやるものじゃない気はしますけど、今回は釣りをやっていきます」
「大丈夫ですよ。わたし、都会かぶれなので」
〈釣り?〉
〈海釣りか〉
〈そういう場があるんだっけ〉
〈植物を海に連れてく鬼畜の所業〉
〈自分で言うなフロルちゃん〉
デビュー当初のキャラを忘れてしまうVtuberはどうしても多い中で、彼女はしっかりキャラを保っている。……というか、ほぼありのままに振る舞っても問題ないキャラで最初からきている。
「獲物不足で街に降りたはいいが、都会暮らしが楽しすぎて居着いた挙句そこらの人間よりも俗な言動をするようになった」だなんて、あまりにも。
まあ、別にアルラウネだからといって植物の特徴を何もかも持っているわけではないし、そもそも今のフロルちゃんはまだエルフだ。海の塩は大抵の植物にとってはよくない、なんて気にする必要はない。
もちろん、自称する都会かぶれという要素も一切関係がない。
さっそくすぐ近くの港へ移動。……この遠巻きについてくるギャラリー、昨日現実でも見たんだけど……。
「ごめんください。先ほどお話させていただいたルヴィアです」
「おう、精霊の嬢ちゃん。船はもう準備できてるぜ。……で、それか」
「はい。この世界での漁の様子を、これであちらにも伝えようかと」
〈根回ししてある〉
〈お嬢いよいよこういうの慣れてきたな〉
〈アポ取りえらい〉
配信開始前に漁師さんにアポを取ってあったから、話もスムーズだ。やはり市井ではまだ物珍しいのか、配信カメラには反応されたけど。
「釣り船……詳しくは海に出てから説明しますが、これには難易度選択が存在します」
〈ほう〉
〈しっかりしてるな〉
〈おまけコンテンツじゃないのか〉
レベル差があっても一緒に遊べるようにか、難易度は二重選択だ。そのうちひとつが、乗る船の種類。
ちょっと海に出るくらいの沿岸、湾の中である程度岸から離れる湾内、そして四方浜湾の外へ出る外海の3種類がある。ただ、まだ関東地域の安全が確保されていないため外海は未開放。
だから現状は初心者用の沿岸、中堅上位から前線組向けの湾内のふたつだ。このうち今回は沿岸用の船に乗る。
「で、これが釣竿だ。精霊の嬢ちゃんは上級、エルフの嬢ちゃんは初級でいいんだよな?」
「はい。ありがとうございます」
そしてもうひとつがこれ、釣竿。どうやら釣竿の質でも釣れる魚は大きく違うようで、今のところ三段階の釣竿が選択できる。
フロルちゃんはボロいつりざお(念のため注釈しておくと、ちょっとした比喩だ。初心者用の扱いやすいもので、ボロくはない)、私のはすごいつりざお。もちろん比喩だけど、なんとなくプロ仕様だ。
私のレベルだと本来なら湾内の上級が適正なんだけど、今回はお試しということもあってフロルちゃんに合わせている。
「っし、それじゃ出るぞ。酔わないように気をつけろよ」
参加料を払って難易度選択が確定したら、漁師さんが船を出してくれる。もちろん彼らも漁はしているんだけど、外海に出られない分暇だからと体験型アトラクションを用意してくれているのだ。
こうは言ってくれたけど、プレイヤーは酔いにくい仕様になっている。フロルちゃんが多少酔いやすくても問題はないだろう。
数十分後。
「あ、また釣れた」
「……もうツッコみませんよ」
〈草〉
〈釣りすぎだろ〉
〈入れ食いで草〉
この釣りはミニゲームのような位置づけになっている。
魚影が水面に見えるから、上手い具合に誘導するように魔力を込めたルアー付きの釣り針を入れる。うまくいけば食いつくからそれを引き上げて、水上まで出したら攻撃で仕留めるのだ。
魚影の真正面に釣り糸を垂らしても逃げられるし、ただ待っているだけだとあまりヒット率は高くない。しかも釣ってから倒さないといけないから、釣りのまったりしたイメージとは裏腹の楽しくも忙しいゲーム……の、はずだった。
…………私の場合、そんな鉄則は通用しなかった。
真正面に針を投げ入れても食いつくし、適当なところに垂らしても寄ってくる。魚影が多いところに投げ込んだら最後、餌をもらった鯉のごとく釣り針の奪い合いが始まった。
考えられる可能性としては……。
「私が精霊だから、なんですかね」
「わからんが……そうとしか思えんな。俺も長いこと漁師をやってるが、こんなことは初めてだ。精霊様が釣りに来るのもな」
釣り上げた魚に空中で魔術を当てながら仮説を立ててみたら、漁師さんも肯定的な傍証を話してくれた。……まあ、この世界において精霊というのはあまり人の日常に関与したりしないからね。ニムやセレスさんがひょっこりやってきて釣竿を握るなんて、ちょっと想像つかないし。
だとしたら一応納得がいく。魚がルアーの魔力に反応して食いついているのだとしたら、その魔力が特殊かつ濃密である精霊がやればこうなるのも無理はない。
「ちょっとこれはイシュカさんかユナにも試してもらってみないとわかりませんね」
なんにせよ、私はちょっと釣りすぎた。釣竿を引き上げて一休みしつつ、フロルちゃんの方を覗いてみよう。
「あ、きました。……せぇいっ!」
「エルフの嬢ちゃんも筋がいいな。初めてにしちゃ随分上手い」
「ありがとうございます。こういうの、得意なんです」
こういうの、というか、フロルちゃんが得意なのはゲーム全般だ。その中に釣り要素が含まれるゲームも入っているのかもしれない。
彼女のような子にとって、VRMMOは天国だろう。何しろ中では何をしてもゲームなのだから、現実以上にポテンシャルを発揮しやすい。
もっとも、当のフロルちゃんは元々いろいろと器用で、かなりできることが多い。特に目に見えて凄いのがゲームだった、というタイプだ。
「……コツですか? 狙いの魚のナナメ後ろに、少し離して入れて……変に揺らさずに近づけて……はいっ!」
ちなみに彼女、けっこうな理論派でもある。自分がするだけでなく、人にやり方を教えるのも上手い。
同じ事務所でも、純然たる感覚派の天才でコーチングは苦手なハヤテちゃんとは真逆だ。フロルちゃんはついていけるから、当人たちの相性はいいけど。
〈あのくらいの位置なら気づかれないのか〉
〈勉強になるな〉
〈ゲーム扱いするとなんでも上手いもんなフロル〉
〈今まで揺らしてたけど、ルアー揺らさない方がいいの?〉
「私に聞かないでください。見てたでしょ、揺らす前に食いつかれるの」
質問はフロルちゃんの枠でしてほしい。私はもはやただ釣竿を上下させていただけだから。
隣にきた私が釣竿を持っていないのを確認すると、フロルちゃんは雑談相手として私を認識した。
「今のコメントにあったんだけど、ルアーは揺らさなくていいんだ」
「はい。私も試したんですけど、どうも波が勝手に揺らしてくれるみたいで。下手に動かすと不自然になるみたいです」
「ああ、そういえばそうだね。波は生きた魚と同条件だし、本物はそこからわざと揺れたりしないんだ」
〈確かに〉
〈考えてみればそうだ〉
〈*デンガク:でもそこまで考えてなかったね〉
〈それに気づくくらいしっかり観察してやってるってことだよな〉
さすがは理論派。やり方のみならずその理由まで探り当てて、しっかり攻略法を編み出していた。
やろうと思えばできないことではないんだけど、それを実際にやるのはひと握り。そういう細かいところを徹底して、本人が装っているよりずっと賢くゲームをしている。これこそが月雪フロルというVtuberだ。
そして、こういうところは本人が積極的に見せてはくれないから、コラボ相手がちゃんと映し出してやらないと明るみに出ない。
私もなるべくフロルちゃんの凄さがわかるようにと釣りを選んだけど、成功だったようだ。コメント欄にも彼女を覚えてくれた人が多く見られた。
そして帰り際。
何やら妙に大きな魚影が見えたから、漁師さんに唆されて私はもう一度釣竿を握った。
「必要なら支えるから、遠慮なく言ってくれ」
「はい。でも、たぶん大丈夫ですよ。攻略組の力、お見せします」
「鬼が出るか蛇が出るか、ですね」
〈大きく出たな〉
〈まーたフラグ立てた〉
〈お嬢が大見得切った時っていつも凄いことになるんだよな〉
危機を察知したのか、他の魚はもう逃げている。……しかも、私の《魔力察知》スキルもしっかり発動していた。ここは沿岸なのに、相当な強敵のようだ。
魚影は本来大きければ大きいほどかかりにくいんだけど、私の釣り針には案の定すぐにかかった。
「くぅ……っ!」
〈えっデカ〉
〈サメか?〉
〈海坊主でもかかった?〉
想像以上の手応え。私の貧弱なSTRだけでは支えきれないと判断して、《魔力飛行》を発動し応用。ダウンフォースを掛けながら踏ん張って、同時に逆噴射の形で竿を引く力にブーストを掛ける。
精霊特有の《魔力飛行》インチキで膂力にサバを読んで、巨大な魚影をなんとか引き上げると…………。
「うひゃあ!」
「…………え?」
〈は?〉
〈!?〉
〈人釣れたァ!?〉
〈wwwwwwwwwwwww〉
タコ娘が釣り上がりました。
「……なにしてるんですか、水葵さん」
「へ? ……あ、ルヴィアさん!?」
「このひと、確か海イベントの時の……」
〈お魚抱えたスキュラさん!?〉
〈釣り上げられても魚離さんの草〉
〈漁師から見たらインチキだろこれ〉
彼女は《水葵》さん、この四方浜湾の守護を担っているスキュラの少女だ。先月の海イベントのボスでもあった。
普段は四方浜のはずれの家にいる彼女だけど、どうやら魚を獲りに海へ潜っていたようだ。八本のタコ足全てがそれぞれ複数の魚を抱えている。
「そのぅ……最近、私のおうちに来訪者さんがいっぱい来て、おいしいお肉を置いていってくれるんですよ」
「ええ。確か、魚と交換でしたっけ」
「はいっ。だからー、私はたくさんお魚を獲らなきゃなんですー」
……注釈しておくと、水葵さんはドロップ品の肉とさまざまな魚を交換してくれる。なんでもクレハに食べさせてもらった肉が美味しかったから、ハマって欲しがるようになったのだとか。
交換対象の中には非売品の魚も含まれるから、料理好きのプレイヤーを中心に交換はそれなりに行われているそうだ。だから、今はその魚を補充しに来たところらしい。
「…………では、私の釣り針にかかったのは?」
「すごぉく魔力たっぷりで、おいしそーなお魚をみつけたので、つい……」
「……やっぱり、精霊漁法は万能なんですね」
「もう迂闊にやれないよ、生態系崩れそうだし」
なんともいえない形で、産業における精霊の恩恵を知ってしまった。このバランスブレイカーぶり、非プレイヤーの精霊があまり派手には動かないわけだ。
そしてオチ担当こと水葵さん、これだけでは終わらない。気が緩んだ私たちにさらなる爆弾を落としてきた。
「でもぉ、とーってもおいしかったですよぅ。ルアーでこれなら、本物のお魚やお肉に精霊の魔力を染み込ませたら……じゅるり」
…………時間が止まった。
お前はいつもそうだ。何か新しいことをするたびに検証事項が増える。




